第二十八話 Exクラス
シルフィードとの対話を終えた翌朝のこと。
すでに起きてから数時間が経つというのに、俺はぼんやりとしたまま部屋に引き篭もっていた。
室内にシルフィードの姿は見えない。
あれから俺はどうすることも出来なくて、いつのまにか寝入ってしまったのだ。
起きた時にはあいつの姿はなかった。
「一晩経っても答えはわからないまま、か」
やりきれないため息をつく。
心を落ち着ければ何かしらの解決策が浮かぶかと思ったが、そんなことはなかった。
俺は……一体シルフィードをどうしたい。
あいつは俺に選択肢を委ねるように何も言わない。
全てを受け入れるとでも言うのだろうか、罪を償う罪人のように。
殺す、と言えばおそらく抵抗すらしないだろう。いや、そもそもそんな気持ちさえ持つことは許されないのかもしれない。
俺とあいつとの契約はそういうものだったのだから。
(相手の心がわかる……伝わってくる感覚)
ベッドに身を投げ出しながら昨夜のことを思い出す。
シルフィードは俺の前では嘘をつけない。契約の力なのだろう、感覚的にそれは感じ取ることが出来る。
逆に俺の心もあいつにはわかるようだ。正確に読み取ることは出来ないようではあるが。
ずかずかと自分の領域に土足で上がりこんでいるようなものであり、正直いい気分ではない。
だがそれはシルフィードにとっても同じだろう。
(別に全てを見られるわけでもなし、お互い様ということか?ふん……)
そんなことを思ってしまう自分に笑えてしまう。
だってずっと裏切られたと思って憎んできたのにいざ違うとわかると、すぐに考えを変えてしまう自分がおかしくてたまらない。
だが事実そうなのだ。シルフィードは嘘をついていない。
不思議な力とやらはなんなのかわからないが、本当にそのせいで精霊化が解けてしまったのだ。
でも、それでも。感情はそれだけでは全てを納得してくれない。
許せないと思う気持ちと裏切っていなかったという事実。その二つがせめぎ合って答えが錯綜してしまう。
「……自分の感情は置いて考えるべきか」
努めて冷静になるようにして考えを巡らせる。このままでは埒があかない。
あいつを傍に置くメリット。
精霊の力は強大だ。大きな戦力となるのは間違いない。
しかしあの時のような力が使えるかはわからない。
俺はINTが最低値まで落ち込んでいる。制御すら出来ないかもしれない。そんな力はただ危険なだけだ。
ただそんなことはしなくとも、シルフィード自身が戦えば問題も少ないだろう。
そしてシルフィードは俺に嘘をつけない。他人を信じたくない俺にとってはそれも大きな要素ではある。
絶対服従ならば裏切られる心配もない。
デメリットは……自分の信条に反することになる。
一人で強くならなければ意味がない。他人をあてにしてどうする。
……いや、裏切られる心配がないのなら、いいの、か?
単純に考えれば利用するだけすればいいだけの話である。都合が悪くなれば切り捨てればいい。
ほんの少しそんなことを思ってしまった自分に激しい自己嫌悪が襲い掛かる。
それは以前の俺を容赦なく利用したあいつらと同じではないか、と。
……ッチ。全く、ややこしいことこの上ない。
と、頭を悩ませていた俺の部屋の扉が唐突に開け放たれる。
姿を見せたのはタンクトップ姿の女。清々しい笑顔であり、今の俺にとっては憎らしい顔にしか見えない。
「難しい顔してるねぇ。どうだい、暇ならちょっとアタシに付き合わないかい」
ノックもせずにそんなことをずけずけといきなり言い放ったのは、当事者の一人でもあるアリエスだった。
ちょうどいい。こいつにも聞きたいことがある。
問題を先延ばしにするわけではないが、アリエスの話も聞けば何かしらきっかけが掴めるかもしれん。
そうは思っていたが素直に頷くのも癪だったので、不承不承といった態度で俺はついていくことにした。
「どこが、ちょっと、だよ……」
「Lvアップしたアンタならついてこれると思ったのさ。期待通りだったよ」
そうにっこりと笑うこの女の顔を殴りたい。軽く捌かれるのが落ちであろうが、自分の意志は伝えるべきだろう。
……もうちょっと休憩した後でなっ。
ぜぇぜぇと息を切らした俺が今いるのはトール山の頂上である。
見晴らしのいい景色を一望できる場所であり、初めてここに来た時は俺でさえ圧倒されたものだった。
トレーニングの一環としてちょくちょく訪れてはいたが、何度来ても清々しい。
気持ちのいい所だ、と思うが休み無しの走りっぱなしで来る所ではない、と断言したい。
「小屋から……全力疾走したってのに……やっぱあんた、どっかおかしい」
いきなり走り出した時に不信感を抱いたものだったが、まさにそれは当たっていた。
小屋からトール山の山頂に辿り着くまでノンストップだった。
全身から汗が噴き出してへたれこんでいる俺とは違い、アリエスは余裕綽々である。
道中もこいつの背中を追うだけで精一杯。身体能力の差はいかんともし難い。
「褒め言葉として受け取っておくよ。さて、アタシも休むついでに」
不意に近づいてアリエスは俺の体に触れた。
なにすんだてめぇ、と文句を言う前にアリエスはアナライズを唱えたのだった。
他人の魔力が俺の体に走る感覚がなんともいえない。
ぞわぞわと体を震わせる俺を無視して、アリエスはいつもより一つトーンが高い声で驚きを示す。
「驚いた。一気に9もLvが上がったんだね。それにAGIとDEXがCランク。このLvでCランクはさすがに規格外さね。
すでに冒険者レベルだよ?……MPについてはもう空いた口が塞がらないね」
「勝手に見るんじゃねぇよ……」
ようやく息が整ってきたが、俺の文句に元気は伴っていない。まだまだ休息は必要そうだ。
まぁ例え怒鳴りつけるように言ったとしても、この女に効くはずもないだろうが。
せめてもの抵抗と手を振り払おうとするが、その前に引かれてしまった。……むかつく。
それはそうと、自分でもステータスを確認したことがなかった。
早速、アナライズを唱える。
名前 … ミコト
性別 … 男
種族 … ハーフエルフ
状態 … 健康
Exクラス … 連携術士
L V … 10
H P … 125 / 125
M P … 3200 / 3200
STR … D+
VIT … D
AGI … C
INT … G-
DEX … C-
S L … 高速思考・デュアル△
覚醒・トゥルースサイト
フィーリングブースト
森羅万象
ふむ、やはり全体的にステータスが上がってるな。
前はDランクから、なかなか次のCに上がらなくてヤキモキしていたんだが、無事に突破したようだ。
STRとVITが低いのはまぁ仕方ない。元々上がりにくい体質であるようだ。
成長するにつれて変化するかもしれないから期待はしておこう。
MPについては900近く上昇している。うん、最早何も言うまい。
……HPが特別に低いわけではないはずだが、こう比較してしまうとかなり貧相に見えてしまうな。
他に変わった所といえばExクラス……つまりエクストラクラスである連携術士になったこと。
それと進化?したらしいスキルの高速思考・デュアル△ってやつか。
相変わらず△が後ろについているんだが、ほんとこれなんだ。
森羅万象は相変わらず灰色のまま、か。
とりあえず、指でその項目を触ってみて説明を見てみよう。まずは高速思考・デュアル△からだ。
クラスは後に取っておく。なんとなく。
目論見通りに説明文がポップアップされた。
高速思考・デュアル△
アクティブ。ランクアップ可能な天恵スキル。
高速で物事を考えられることが出来る。
分割することも可能となり、処理速度と応用性を向上させた。
んー。どういうこっちゃ。
いまいち意味がわからない説明だ。分割??わけがわからん。
まぁこれは実際に使ってみるしかないな。次にいこう。どちらかというと、クラスの方に興味があったしな。
さて、肝心のクラスは、っと。
……ん?お、おい。これは……。
連携術士
特異な者のみが習得出来るクラス。
他の者と力を合わせる事によって真価を発揮する。
固有スキル・コンボ
攻撃限定。タイミングを合わせる事にって効果が割り増しされる。
「パーティープレイ専門職じゃねーかっ!!」
「うわっ、びっくりした。何をいきなり叫んでるさね」
思わず悲鳴にも似た叫びをあげてしまった。
傍にいたアリエスがそんな俺を奇怪なものでも見たような眼で見ているが、今はそんなことに構っている場合じゃない。
クラスとはある一定の条件を満たした者にしか習得できないものである。
専用のスキルと大幅な能力の向上が約束され、Lvアップに励む人々にとっては一つの目的となるものだ。
一見メリットしか見当たらないように見えるクラスだが、その実、一つだけ大きすぎるデメリットがある。
それは、一度そのクラスについたなら変えることは不可能に近い、らしい。
その言い分であれば変えることも出来るらしいが俺はその手段は知らないし、相当に難しいのだろう。
人生の中で一度もクラスに辿り着けない者もいる。習得できる者の方が圧倒的に少ない。
確かにそう考えればクラスをこんなに早い段階で習得できたのは僥倖だ。
だが、なんでよりにもよってこのクラスなんだ……。
嫌がらせか?嫌がらせなのか!?
「神がいるのならぶっ飛ばしてやりてぇぜ……」
「ぶっそうな事を言うねぇ。一体どうしたんだい」
「…………」
喋っていいものか少しだけ迷う。アナライズでは他人のクラスは見えず、スキルの説明文も見ることは出来ない。
自分にかけた場合のみクラスを確かめることが出来るのだ。
つまりアリエスは俺がクラスを習得したことを知らない。
それをおいそれと教えていいものかと迷っていたのだ。
……信用したわけじゃないが、憂さ晴らしという意味でもこいつの驚いた顔が見てみてぇな。
あまりの衝撃で投げやりになっていたのは否定すまい。
そういうわけで迷いも数秒だけで、俺はアリエスに教えてやる事にした。
「クラスを習得していたんだよ」
「……………………冗談?」
「嘘をつく理由がねぇだろ」
アリエスは今まで以上に驚き、大きく目を見開いてはそれこそ空いた口が塞がらない様子だった。
こんな表情をしたこいつを見たのは初めてだ。若干、心の溜飲が下がる。
「驚いた。いやもう驚いたというより呆気に取られるしかないさ。ミコトはもしかしたら史上最年少のクラス習得者かもしれないさね」
「そいつはどうも」
「あんまり嬉しそうじゃないさね?それでなんて名前のクラスなんだい」
さすがにパーティープレイ専門職だから萎えてしまった、とは言わなくていいだろう。
クラスの名前程度なら言ってもいいと判断して口に出した。
「連携術士。なんか知らんがExクラスらしいぞ」
「………………………………………………」
俺がExクラス、と言葉に出した瞬間に、アリエスは頭を抱えてしまった。
なんだその反応は。不安になるからやめろ。
Exクラスってのはそんなに大したものだったのか?
俺みたいな子供が習得するようなものだし、そういう意味でエクストラ(特別)なんだと思っていた。
あれ、今俺、余計なこと喋っちまった?
「う、うーん……ミコトは色々と常軌を逸しているね。素晴らしいと言えばいいのか、バカみたいと呆れればいいのか」
「謂れの無いバカ呼ばわりは止めろ!?」
「でもそうやって誤魔化しでもしないと、ねぇ?」
何故本人である俺に同意を求めるのか。
これがまだからかっている様子が少しでもあればまだ怒れるが、アリエスは本気中の本気だった。
始末に負えねぇ。
「はぁーーー。クラス、それもExねぇ……。これはいよいよ、ミコトにはあそこに行ってもらうしかないさねぇ」
「は?」
雲行きが怪しくなってきた言葉に身構える。
ここにつれてきた本題は最初からそれだったのか。
アリエスは俺に向き合うなり、その瞳をまっすぐに合わせた。
さっきまでの呆れや困惑やらの感情が鳴りを潜めた彼女の顔は、真剣でいてどこか柔らかかった。
まるで道を示す先導者のようであり、事実、アリエスは一つの道を俺に示すことになる。
「ミコト、アンタ、魔術学校に行く気はないかい」