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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第二十五話 死して糧となる

 人数が増えたことで数的な優位は取れると思ってしまうが、その内の一人は回復魔術しか使えない。

シルフィードを戦力として頼るのも気持ち的にありえない。

つまり実質、戦力は増えないのに見つかる危険性が増しただけであり、こうなると木々の中に潜んでの奇襲も難しくなる。

 

 「全く、クソ厄介なことになってんな、おい!マリー。走りながらスキル使えるか!?奴の動きが知りたい」

 「やってみる!…………あぁー真後ろから追ってきてるよー!ひーん」

 「情けない声出すな、気力が萎える!仕方ねぇ、足止めするからお前は逃げろっ」

 「ミコト一人じゃ無茶だよ!」

 「そんな台詞は攻撃魔術の一つでも使えるようになってから言うんだなっ」


 言いながら俺は足を止め、反転して待ち構える。

正直な話、援護も何も期待出来ないのであればいても邪魔なだけだった。

未だに躊躇して立ち止まってしまっているマリーに、俺は強く言葉をぶつけた。


 「早く行け!!」

 「う、うう……ミコト、絶対に負けないでよ!」


 ようやくマリーはこの場から離れることを選んだようだ。言われずとも負けるつもりなんて微塵もない。

遠ざかっていく彼女の気配に、孤独よりもまず俺は安堵を覚えた。

あの魔物相手だと誰かを気にかけながら戦うなど自殺行為。一人でいることの方が都合がいい。

 奴の動きはすでにマリーのスキルがなくてもわかる。

巨体を色んな場所にぶつけながら猛進しているのだろう。派手な物音が耳に届いている。

なりふり構っていられない奴の様子にほくそ笑む。そんなに急がなくても俺は逃げないというのに。


 (まぁ散々奇襲を仕掛け続けた俺が言う台詞でもないか……)


 昔見た、鼠と猫がいたちごっこのように追いかけては過激ないたずら合戦をしていたアニメをふと思い出す。

あれをもし、今の俺たちに当てはめるならば俺は鼠だろう。

ということは魔物は猫ということだ。

それにしてはあまりに大きすぎる猫であり、もうすぐそこに迫っているというのにおかしくて笑いそうになってしまった。


 (結局あれはどっちが最後には勝ったんだろうな)


 最後まで見た記憶が俺にはなく思い出せない。

子供向けのアニメだったから、もしかして和解して最後には仲良しになったのかもしれない。

だがそれは俺たちには当てはまらない。

生きるか死ぬかの瀬戸際。結末はどちらかにとってのバッドエンド。

そこに妥協点なんて存在せず、ただ敗北する者と勝利する者が明確に残されるだけだ。


 そうして役者は揃う。

来る者を迎え撃つべく、戦闘態勢でいる俺の目の前から飛び出してきたのは巨体の魔物。

相変わらずの薄汚れた体に木の葉や枝を巻いてのドレスアップ姿。

みすぼらしいと一言で言うのは容易く、だがその魔物を目を見れば言葉を飲み込む事になる。

 ぎらぎらとして輝くは野生の中で培ってきた狩人の瞳。

被捕食者がその眼孔に睨みつけられたのなら、竦みあがって体が動かせなくなる強い眼力。

人間のように混濁した感情がその瞳に込められているわけではない。

ただの殺意だ。震え上がるほどの強烈な殺意……。

お前を殺してやる。その身を喰らってやると言葉なくして語る。


 「いい眼してるじゃねぇか?お前には俺の眼はどう見えてるんだ」

 「グァァアア!!」


 俺の言葉に返答するが如く、魔物は大きな声を上げながら襲い来る。

全く、せっかちな野郎だ。いや、もしかすると女か。

どうでもいいことを考えながら、出鼻をくじく為に逃げるようなことせずに真正面からぶつかることを俺は選んだ。

魔物は俺が避けるか逃げるかすると思っていたのだろう。奴は戸惑うように一瞬だけ動きを止めた。

その隙を逃さずに鼻の部分を切りつけて、通り抜けるように股下を駆け抜ける。


 「ギャイン!?」


 犬のような鳴き声を上げる魔物だったが、ダメージとしては浅かったので大したことはない。

だが敏感である鼻の部分を傷つけられたのだ。痛くないわけがない。

その痛みを怒りに変えてもっと俺にぶつけてみろよ。お前の獲物はここだぞ?

足止め役としては俺を見てもらわねば困る。

時間を稼いだ後はまた身を隠すように逃げればいい。そうしたらまたさっきの繰り返し。

あの特殊な遠吠えさえくらわなければ勝機は十分にある。

 しかしそう事はうまくいかない。

がさり、と明らかにここではない何処かで物音がしたのだ。今度もどこかの動物が立てた音か。

そうならよかった。振り返る前から俺は嫌な予感が止まらない。

俺が視線を音の先に移せばそこにいたのはマリー。とっくに逃げているはずの彼女だった。


 「馬鹿かてめぇ!?」


 俺が声に出せたのはそこまで。何故なら俺がマリーを見つけたように、魔物もその姿を見つけてしまったのだから。

にんまり、と魔物が笑ったかのような姿を幻視する。

俺のことなど最早眼中にはなく、魔物はその鍛え抜かれた両足で地面を蹴りつけあっというまに速度を上げる。

マリーとの距離はそこまで離れていない。

おそらく、いつでも俺を助けられる位置にいられるよう遠くに離れるわけにはいかなかったのだろう。

それが仇となる。あの位置ではものの数秒で魔物なら辿り着ける。

 魔物は巨体だがトップスピードは断然奴の方が速い。

障害物がなければ俺では到底追いつけない。

最悪なことに魔物とマリーの間にはその障害となる物が少しも見当たらなかった。

このままではどうやってもあいつが先についてしまう。


 「マリィィィ!!逃げろぉぉぉ!!!」

 「!!」


 声を張り上げ、疾走する魔物を追いかけるが容易く離されていく。

彼女も魔物から逃げようとしているが、その距離はどんどん詰められるばかり。

最初に追いかけられた恐怖が蘇って体を縛っているのか、彼女の動きは鈍く追いつかれるのは時間の問題だった。

このままでは間に合わない。

また自分の目の前で人が殺されてしまう。

俺の意志とは関係なしに命が奪われていく。

どうしてその矛先を俺に向けない。なんで見せ付けるように殺すのだ。

あの名も知らぬ親子のように、わかっていながらも死の運命から助けなかった少年のように。

そして、そして。俺の大切な、大切だったあの人のように……。


 「やめろおおおおおおおお!!!」


 魔物の鋭利な爪が、光に反射しながら輝きを見せ、彼女の柔らかな体を切り裂く――。

鎧など着ていないマリーのちっぽけな体など、その一振りで簡単に命を散らす。

鮮血が舞い、濃厚な血の匂いが辺りに漂う。

骸と化した彼女の瞳にはすでに光はなく、そこにあるのはただの肉塊だった。

 そう、なるはずだった。

だがそうはならなかった。


 「グォン!?」

 「妖精、さん?」


 魔物と比べると小柄であるマリーよりも更に小さな、妖精と見違えんばかりの少女が毅然とその前に立ちはだかっていた。

奴にして見れば虫けらとでもいえるだろう少女。その眼前で魔物は動きを止められていた。

シルフィードは両手を体の前に押し出して、風の障壁を作り出していたのだった。

目の前にある見えない壁に苛立ちながら体当たりをする魔物だが、魔法によって作られた風の壁は揺らぐことは無い。

ただの物理攻撃が魔法に適う道理などないのだから。

マリーはそんな小さな少女の後ろで尻餅をつきながら、ぽかんとその光景を見上げているのだった。


 「おい……」


 何度も体当たりを仕掛けている魔物の背後に、俺はようやく追いつくことが出来た。

気を取られている内に襲い掛かってもよかった。それこそ絶好のチャンスだったかもしれない。

だけれど、俺は無性に腹が立っていた。唇が噛み切れん程の怒りを抱いていた。


 「犬畜生が。嫌なことを思い出させてくれたな……」

 「グルル……」

 「お前の相手は俺だろうが?殺意を向けるべき相手は俺だろうが?」

 「…………」


 奴は何処か気圧される様に唸り声を止めた。俺がさっきまでの俺とは違うことに敏感に感付いたのかもしれない。

俺はこいつとの戦いを楽しいと思っていた。何故なら強くなっている自分を実感できたから。

新しい自分を、新しい強さを。戦いの中で知ることができたから。

そうした先の道には更なる強さを手に入れた自分になれるとわかっていたから。

 だがそれは浮かれた心だった。甘えだった。くそったれな油断だった。

心から強くなりたいと思うなら、そんな心は捨て去るべきだったのだ。

ヒットアンドアウェイ。その戦法が間違っていたとは思わない。

だけれどそれも間違いだった。安全なんてものを考えてしまったこと、それさえも不要だった。

全身全霊を込めて相手を倒すこと。それが命の奪い合いをする戦いには必要不可欠なことだったのだ。

 過去の忘れがたい記憶を呼び覚ました魔物には、例えようの無い怒りも湧いている。

だがそれ以上に自分への怒りも強い。

何度同じようなことを繰り返せばいいのか。そうしない為に強くなろうとしているのに、とんだ馬鹿野郎だ。


 「だから八つ当たりだけどさぁ?お前の体、切り刻ませてくれよ?」

 「グォォォォォォオオオオオオオオオン!!」


 俺の言葉が終わったと同時に魔物は遠吠えを上げる。

目の前に敵がいるのだから索敵の為ではない。体を痺れさせるバインドボイスであることは間違いない。

静かにしていたのは準備をしていたからだろうか。予備動作をなくしても使えたらしい。器用な芸当をする。

 このバインドボイスの厄介な所は効果範囲がわかりづらい所だ。

音の波がどうなっているかなど普通はわからない。

だが俺には特殊な眼がある。様々な現象を捉えることが出来るトゥルースサイト。

意識を集中して見れば空気中に奔る魔力の波がはっきりとわかった。

奴から見て放射線状に広がるそれは、回避することが困難であるほどに広い。

 ただ唯一、死角があった。それは地面すれすれである狭い空間。

音が地面に反発してうまく行き渡らないのだろうか、魔力の波が薄い。

俺はそのことを理解し、バインドボイスに真正面から突っこむ。

一瞬、奴の目が驚いたように見開かれたがボイスを止めるには至らない。当てればそれこそ勝利が約束されたようなものだからだろう。


 (二度と同じ手はくらわない……)


 可視化できる攻撃ならばそれこそ容易い。

高速思考の最中、タイミングを見計らって俺はスライディングをして回避を試みた。

首の一つでも動かせば攻撃の方向を変えてくらったかもしれないが、元々一足で飛び込める間合い。

虎の子のノーモーションによるボイスで不意打ちを打ったつもりだろうが甘い。

 懐に飛び込めばちょうど奴の腹の下。

俺はそこを撫でるようにダガーを奔らせた。魔物の悲鳴が上がる。

鮮血が俺に飛び散っては触れるよりも速く、背中側に辿り着いて更に尻尾を上段から切り下ろした。

ダガーに魔力をありったけに込めて、ブーストを最大限に発揮する。

魔力の流れはあくまで清流のように無駄を省き、浸透させることを殊更意識する。

比類なきその一撃が放たれたのは最早必然。断てよと言わんばかりの渾身の一撃。

願いを聞き届けたのか尾の半分を斬り飛ばすことに成功する。

立て続けの痛みの連続で暴れだす魔物に、弾き飛ばされないよう事細かく動きながら張り付く。

逃げていては埒があかない。

シルフィードがいるとはいえ、またマリーの方へ行かないとも限らない。

宣言通り、このまま切り刻んでやる。


 「グァァァァ!!」

 「もう逃げやしねぇよ!だからお前にも付き合ってもらうぞ!」




 それから長い間俺たちは戦った。

時間にしてたぶん一時間そこらだろうか。

途中途中で魔力切れを起こし、ブーストが使えなくなって危機にも陥ったが、五体満足なままで立っていられている。

怪我がないとはいえない。アバラの一つや二つぐらいはいってるかもしれない。

さすがに全ての攻撃を回避するのは無理があり、被弾してしまうこともあったのだから。

その一撃がでかく、ちまちまと攻撃している俺とは取れるアドバンテージの差があり、一進一退だった。

それでも、こうして最後に立っているのは俺だった。

 奴は血だらけの体を横たえて、すでに虫の息だった。

失血死していないのが不思議な程の悲惨な姿。これが俺がしたことだ。今更目を背けることなど出来ない。

よろよろとした足取りで俺は魔物に近づく。

すでに唸る声さえ上げられないのだろう、微かにはっはっと息を洩らすだけで魔物は何もしてこない。

変異種であろうこの魔物はタフで、こんな状態でも生きていられる。

トドメを刺せるのは額にあるあの魔石を壊すことでしか出来ないだろう。

 ダガーを振り上げる。なけなしの魔力を注いで弱々しい光を帯びる。

そんな俺の姿を動けなくなった魔物が見上げていた。

その目をしっかりと見ながら、俺は魔石に目掛けダガーを振り下ろした――。

ぱりん。

呆気なく魔石は砕け散ってしまう。それはまるでガラスのように。

宿主である魔物が弱っていたからその硬度もなくなってしまったのだろうか。

魔石が砕けたと同時に魔物の体が光を帯びて、空気中に溶け込むように消えていく。

人の死とは違った魔物の死。塵り往く去り際はいっそ美しく、俺はその光景を見届けていた。



 『クラスと進化の覚醒の条件 ・偉業の達成・ アンロック

   エクストラクラス開放……連携術士(リンカー)

   スキルの進化が発生……高速思考・デュアル

   レベルアップ……Lv1からLv10に上昇          』



 ずいぶん昔に聞いたような機械的な声が頭に鳴り響いた。

まるでRPGのような台詞の数々。俺はどうやら強くなったらしい。

だが感動や嬉しさといったものは感じなかった。

激しい感情を戦いの中で消化してしまったから今は感じないだけだろうか。

機械的な声につられるように心の中が冷たい。


 「み、ミコト!!大変だよっ!!」


 呆然としていた俺に焦りを隠しもしないマリーの声が聞こえてきた。

そういえばマリーもいたんだったな。あまりに戦闘に集中していたから忘れていた。

ぼんやりとそんなことを思いながら振り返ると、彼女の姿をすぐにでも見つけることが出来た。

マリーは地べたに座り込んで誰かに訴えかけるように声を掛けている。

それは俺に対してではない。

彼女が声を上げている相手は、その胸の内にいた。

小さな体を横たえてぐったりと動かなくなってしまっているシルフィードという少女に向けてだった。

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