第二十四話 予期せぬ再会
「お前っ……!逃げていなかったのかよ!」
茂みの中から現れたのはとっくに逃げていると思っていたマリーだった。
事前に話しあっていた戦法として、彼女には後方支援に徹してもらうつもりでいた。
直接の戦闘には一切関与しないぐらいに隠れていてもらい、怪我などした際には回復してもらう腹積もりだった。
だから想定外の出来事、つまりマリーが敵に察知された段階で逃げてくれると思っていたのだが……。
どうやら自分の考えは甘かったらしい。
こうやって俺の所に追いついてしまった時点になって気付くとは、笑い話にさえならない。
もっとちゃんと話しておくべきだったか、いや、戦闘能力がないとわかっていながら逃げないこいつを怒るべきか。
そもそもやはり一緒に行くべきできなかったのかもしれない。
詮無い考えだとわかってはいたが、どうしようもなく苛立ってしまう。
「ミコトっ、怪我して動けないの!?」
そんな思いを込めた俺の言葉などあっさりと無視され、マリーは慌てた様子で駆け寄ってきた。
いっそのこと小突いて今の感情を教えてやろうかとも思う。
だが、彼女が来てくれたのは確かに助かることであり、自分の感情を抜きにすればありがたいことだった。
なにせマリーはヒーラー見習い。
見習いとはいえ、彼女から毎日のように回復魔術をかけてもらっている身としては腕の良さなどすでに知り尽くしていた。
マリーは地面に膝をつき、手を俺の前にかざしては魔術を詠唱し始める。
ろくに動けない俺はそんな彼女の姿を見るだけだった。
「光が汝に満ちていく。不浄なる病を消し去り、安寧の時が訪れる。キュアライト」
大地の力を借り受けるような緑色の暖かい光が、その手を通して俺の全身を包み込んでいく。
キュアライト。様々な状態異常、例えば毒や麻痺などを癒す中級の回復魔術である。
俺の状態を見て、一瞬で症状を看破したのはさすがといえるだろう。
段々と痺れがなくなってきて体が自由を取り戻していく最中、懸命に治療を続ける彼女に俺は幾分かトーンダウンした声を掛ける。
「逃げていたんじゃなかったのかよ……」
「ん、ちょっと待ってね。もう少しで終わるから……」
「……っち。くっそ情けねぇ……」
舌打ちは自分への苛立ちだった。息巻いて一人で戦っていたつもりで、だが結局マリーに助けてもらっている。
一人では弱くて魔物一匹さえ倒せない。いつまで経っても変わらない自分に嫌気が差す。
「……よし、終わったよ。どう?ちゃんと体動かせる?他に痛い所はない?」
「あぁ……大丈夫だ。すっかり元に戻った」
「そっか。よかったぁ。あ、でも小さい擦り傷とかあるみたいだし、もうちょっとだけ続けるね」
「いや、それよりもなんでお前ここにいるんだよ」
「もー。せっかくスルーしてたのに掘り返すなぁ」
「……おい」
意図的に無視していたのかよ。ふざけんな。
俺が睨みながら視線を厳しくすると、マリーはため息をつきながら出来の悪い生徒に教えるような態度でこう言葉にした。
「だってあたし達パーティー組んでるんだよ。一人だけ逃げるわけない」
「お前、自分のことわかってるか?魔物に今度こそ見つかったらどうすんだ」
「ミコトこそわかってる?さっきの状態のミコトが見つかったらどうしようもないよ。ほら、あたしが来て良かったでしょ」
「ぐっ……」
痛い所を突かれる。事実なだけに反論の余地がない。
言葉に窮しながらそれでも何か言いたいことがある気がするが、さすがにこれは堂々巡りになりそうな予感がする。
来てしまったものは仕方が無い、と諦める方が得策なのか。気持ち的には非情に納得しがたいが。
一旦頭を切り替えよう。
「そういえば、よく俺がここにいるってわかったな。大分奥の方に移動したと思っていたんだが」
「ああ、それはね……あれ?」
彼女は自分が来た道の方へと振り返る。だがそこには何もなく、ただの自然が広がるばかりだった。
首を傾げているみたいだが、何かあるのか?
俺も同じように視線の先を辿ってみるが、やはりそこには何も無い。
「うーん、照れてるのかな。ちょっと待ってね、連れてくるから」
「は?お、おい」
誰が誰を連れてくるって?
俺の制止なんて耳にも届いていないのだろう。彼女は立ち上がると来た道を引き返す。
あっという間にその姿は見えなくなり、俺は慌てて追いかける事にした。
何を考えてやがる。まだ近くには魔物がいるというのに。
いや、そういえば魔物がいるって話してないな、クソっ。
だがそんな俺の焦燥も杞憂となる。
彼女は数秒も経たない内に帰ってきたのだから。予想外の客人を引き連れて。
「ほら、この子があたしを道案内してくれた妖精さん」
「なっ…………!?」
「ミコトを追いかける事にしたのはいいんだけど、何処に行けばいいかわからなくて。そんな時に妖精さんが出てきて助けてくれたんだ」
そう嬉しそうに話すマリーのことなんてすでに俺には見えていなかった。
俺の瞳に映るのは小さな体をした、それこそ体長が二十センチ程度の少女。
鮮やかな緑色の髪はまさしく妖精のようであり、人が髪を染めただけでは再現の出来ない自然な色合いだった。
真っ白い雪のような肌に髪の色と同じ緑のワンピース。
背中に生えた四枚羽は羽ばたいて少女の体を宙に浮かせている。
愛らしい顔は何処か強張っている様子であるが、それも当然だろう。
理由は言わずともわかる。俺だからわかる。何故なら。
「シルフィード……ッッ!!テメェ!!」
六年前、俺に生きる理由をくれた彼女を失ったあの日。
土壇場になって命惜しさに裏切った精霊そのものだったのだから。
手を伸ばしても振り切っては空へと逃げるその姿を忘れるはずが無い。
見間違うはずがない。
沸騰する感情に心が追いつかない。様々な感情が荒れ尽くしては声もろくに上げることが出来なくなる。
あの日のことを思えば今でも気持ちが煮え立つ。
当然だ、こいつはミライを裏切った。俺の大切な人を裏切った。親友を裏切った。
許せるはずが無い。復讐をもう少しで果たせるという時に死にたくないから逃げるなんて。
何があろうと復讐を果たす、そんなことは俺と契約した瞬間からわかっていたはずなのに。
中途半端な覚悟なら見捨てればよかった。最初から見殺しにすればよかった。
希望を与えておいて叶う寸前に取り上げるなど残酷すぎる。
「ちょ、ちょっとミコト?どうしたの、妖精さんが怖がってるじゃない」
「うるせぇ……何も知らねぇ奴は黙ってろ」
「……その目、前にも見たことある。あの館で師匠がレコンって人を殺したって言った時、ミコトが師匠に向けた目にそっくり」
目敏いマリーに舌打ちの一つでもしたくなるが、それは肯定したも同じであるから我慢した。
だが、どうやら最初から確信を持っていたようであまり意味もなく、何処か悲しそうに彼女はするだけだった。
シルフィードは俺の視線に耐えかねたのか、マリーを盾にするように彼女の後ろに隠れる。
影からこっちの様子を見ようとするが、俺が睨んだままでいる為びくっとしてはまた隠れるといったことを繰り返していた。
そんな俺たちを取り成すようにマリーは口を開いた。
「妖精さんはあたし達を助けてくれたんだ。だからミコト、そんな目で見るのは駄目だよ」
「あたし、たち?」
「ほら、あたし達が崖から飛び降りた時、その時に妖精さんが手伝ってくれたんだって。……あたしは気絶してて覚えてないけど」
!!
あの時の風はこいつのせいか!?
思い返せばあんなに繊細な魔術をただの魔術師が使えるはずが無い。いや、むしろあれは魔法だったのかもしれない。
詠唱の一文字も聞こえず、姿形さえ見せないという時点で何かしら気付くべきだったのだ。
だがそんな事を知って俺にどうしろというのか。
感謝?馬鹿馬鹿しい。それで裏切ったという事実が帳消しになるはずがない。
溜飲が下がらぬ俺に隠れてはこちらを伺っているシルフィード。間に挟まれたマリーはさぞかし困っているはずだろう。
そんな時、膠着してしまった時を流すように狼の遠吠えが鳴り響く。散々聞き飽きた奴の索敵スキル。
ようやく喉が回復したのだろう、確実にこちらの位置を掴む為に使用したのだ。
距離的にそう遠くは無い。じっとしていれば見つからない距離である。
ただしそれは俺が腕輪を装備しているから。
この場にはマリーとシルフィードがいる。探知されたと思って間違いないだろう。
「クソ!見つかったぞ!話は後だっ。逃げろ!!」




