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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第二十二話 子供遊び

 奇襲を必ず成功させる為には声を上げるなどもってのほかだったかもしれない。

だが腹から声を出さなければ、思いの丈を叫ばなければ会心の一撃など俺には出せなかった。

一撃の元に決着をつける。その一心で武器を振り抜いた。

ダガーの軌道は魔石に吸い込まれるように弧を描いてゆく

刃に浮かんだ紋様が輝いて残像が光の軌跡を生み、けして押し負けぬよう両手を添えて思い切り横に切り払った。

空中からの、今の俺にとっての最高の一撃。


 「ギャァァァァァァァォオオ!!!!」


 高速思考で軌道修正をかけたその切り払いは正確に奴の額にある魔石に当たった。

砕けよと願い、ひび割れた部分を狙ったつもりだった。

だが、魔石の硬度は予想以上だったのか容易く弾かれる。

硬質な鉱物と鉱物がぶつかるような音と共に、耳に響くつんざく魔物の悲鳴。


 「そう簡単にはいかないってことか」


 短く舌打ちをして淡い期待はすぐに切り捨てる。痛手を負わせたのならそれで上々。

想像以上の痛みが魔物に走っているのか、あまりの痛みに地面を転がるっているローエンウルフ。

その姿を前にして追撃をかけるか一瞬だけ迷う。


 (あの暴れ様では近づいただけで弾け飛ばされそうだ)


 なにせ五メートルもある巨体。

触れるだけで俺の軽い体なんて吹き飛ばされ、それで致命傷を負ってしまっては笑えない。

まともな魔術が使えれば、と悔やむ気持ちを抱えながら後退する。

 野生に生きてきた業か、魔物の立ち直りは早かった。

判断を見誤っていたら容易く逆襲されていただろう。

俺が後退を始めた時にはすでに体勢を整えて、その瞳に危険な光を宿して俺を睨みつけていた。

それでいい。

マリーの存在にもすでに気付かれている現状、気を引くに越したことはない。

 俺は危険を承知の上で背中を見せて木々のある方へと走り出した。

自分よりとても小さな生き物に奇襲をかけられて攻撃され、あまつさえその卑怯者が逃げだそうとしているのだ。

怒り心頭になっているのは間違いないだろう。

冷静さをかいて追ってくるがいい。

力で適わないなら、強さで適わないなら頭で勝負する。Lvの差なんて覆してみせる。

自身にそう言い聞かせながら俺はより自然が豊かとなっている奥の方へと駆けて行くのだった。




 魔物がいた場所は開けた所で、戦うには都合が悪い。

相手の体格差を考え、木々などの障害物がある方が好ましい。

それは始めから俺が思っていたことで、戦うならばそういう場所に誘い込まなければいけないと思っていた。


 (そう思って誘い込んだつもりだったが、しくじったかもしれん)


 呼吸を落ち着かせながら俺は身長の高い草の中に隠れていた。

辺りは他にも緑が濃い場所ばかりで、どこにいようがすぐに見つかることはないだろう。

それはこっちにとっては都合がよかった。そのはずだった。

しかし、俺は致命的にこの場所の地理を知らなかった。

現に今、俺が隠れている場所の地面はぬかるんでいて滑りやすく、とても咄嗟に飛び出して攻撃するといったことは難しいだろう。


 (魔物の位置はかなりわかりやすいんだがな……)


 あの巨体で歩けば必ず何かしら音を立ててしまう。

障害物の多いこの場所では聞き取り難くはあるが、集中して耳を澄ませば場所の把握は簡単だった。

奴の位置は前方二十メートルほどの向こう。

音から判断するに俺から離れていっているように思える。


 「アォォォォォォォォ!!」


 時折ああやって索敵をしているが、今の所見つかってはいない。

グルル……と不機嫌そうな唸り声を上げて足で俺を探そうとしている。

遠吠えの中にもその苛立ちがはっきりと見え始め、奴は明らかに頭に血が上っている状態だ。

追いかけて来てくれたのはいい。手違いはあったがおおよそ理想の展開といえる。

たが、時間が経って冷静になられては困る。もしマリーの方を探しに行かれたらまずい事態となってしまう。


 (……よし、気付かれてはいないな)


 慎重に足を運びながら魔物の後ろをとる。

隠蔽効果のある腕輪を装備しているおかげで、ある程度距離を取っているなら発見される可能性は低いだろう。

奇襲を仕掛ける前の様子を見るに、十メートル程度ならば遠吠えをされても問題ないだろう。

ただし静止していなければ気付かれてしまうかもしれない。

魔力とは血の流れのようなもので、動いていればそれだけで活発化してしまうものなのだから。


 (まるで達磨さんが転んだをしているみたいだ)


 鬼が魔物で子が俺。見つかれば捕まって文字通り食べられる、死のゲーム。

友達もろくにいなかった俺はそんな遊びなんて一度もしたことはなかったが、まさかここでそんなことをするとはな。

実際に達磨さんをやってみたらこんな気持ちになるのだろうか。

だったら二度とやる気になんてならねぇな、そんなくだらないことを思っていた、その最中。


 (っ。きた!)


 遠吠えの前動作。

魔力を乗せた声を放つにはある程度の溜めがいるらしく、その時だけは無防備となる。

魔物の隙をつけるとすればそのタイミングしかない。

心の中で発した言葉の通り、今まさに魔物がその前動作をしようとしていた。

 ダガーに魔力を通して再び地を駆け抜ける。

同時に遠吠えが辺りを木霊する。その時にはすでに見つかっても問題ない、至近距離までに詰めていた。

魔物に振り返させる余地など与えず、後ろ足の太ももに一閃。

出来ればアキレス腱(魔物にそんなものがあるかはわからないが)を狙いたかったが。

位置的にダガーではリーチが足らずに力が入れにくかったから仕方ない。

薙いだ刃は灰色の毛の上を走る。


 「ぐっ。硬い!?」


 予想外に硬い感触に戸惑いつつも両手に力を込めてどうにか振り抜いた。

肉にまで届いている気がしない。毛の数本をカットしただけのようだった。

落胆している暇はなくすぐにでも身を隠そうと走り出すが、今度はそううまくはいかなかった。

銀の線状が目に映ったと同時、俺は危険を感じて体を地に伏せる。

どんな攻撃かもわからないままに避けることを選んだが、それはどうやら正解だったらしい。

魔物の尻尾が蝿でも落とすかのように横払いさせたようだ。

その勢いや風を切り裂くほどで、俺にとって脅威となる攻撃だったのは間違いない。

体勢を崩したままで地面に転がった俺に、逃がさんと言わんばかりに魔物は後ろ足で踏みつけようとしてきた。

危うく血の花を地面に咲かせたようかとしたが、体を転がらせることでどうにか回避する。


 「っぶねぇ!」


 ようやく攻撃の範囲外に離脱した時には魔物は完全にこちらに向き直っていた。

蛇に睨まれた蛙の心境が今ならわかる気がする。

手でも振れば友好的に逃がしてくれるだろうか。いや、完全に挑発としか思われんだろうな。

無論、正面切って戦うのは愚策でしかない。

ヒットアンドアウェーしか俺に戦う術はない。

こうなったら当然の如く逃げの一手だ。卑怯?知らんな!

 再び逃げようとする俺に魔物は今度こそ逃がすまいと必死に追ってくる。

障害物を利用しながら逃げてはいるものの、背中側から破砕する音が響いてくるのは心臓に悪い。

後ろ側には太い丸太のような木が転がっていたはずなんだが……。

おそらく障害物ごと蹴散らして追ってきているのだろう。

後ろを振り向きたい気持ちになるが、足を取られて転んでしまったらと思うとそんなことは出来ない。


 (達磨さんが終わったと思ったら次は鬼ごっこか!)


 全く、こんな魔物風情に自分の初体験をくれるてやるとは情けない。

いや、鬼ごっこならこの世界にきてからやったか?あのお嬢様をスラム街に追っかけていった時のこと。

あれをカウントするなら鬼ごっこは初めてではないらしい。

なら問題ねぇな。は、ははは!

ともすれば気でもふれてしまったかのような気持ちを抱いて、俺は命がけの逃走劇を演じるのだった。




 「フゥー。フゥー。フゥー……」


 どうにか魔物の目から遠ざかることには成功した。

息を切らすまでに走ったのは久しぶりだ。体力もかなりついてきて山を登る程度では余裕さえあったのだから。

ただ逃げるだけではそんなに難しくはなかったのだが、完全に撒いてしまってもいけなくて、その調整が難しかった。

俺が相手の位置を知らなければ戦いも続けられない。


 「ふぅ……。…………今のままだと埒があかないな」


 魔物が近くにいないことを確認して独り言を洩らす。

それはさっきの攻防でもわかった通り、俺の攻撃はまともに通らない。

弱点である魔石を攻撃すればわからないが、それは最早正面切って戦うぐらいでしか攻撃する機会はないだろう。


 「……俺のブーストは荒い、か」


 いつだったかアリエスが俺に言った言葉だ。ぼろくそに惜敗した嫌な記憶だが、今になってその言葉を何故か思い出した。

洗練さがないだとかも言われたような気がする。

普段のお前にもその言葉いってやりてぇよ、とその時は負け惜しみを思ったものだ。


 (……魔力の操作。もしかすると、このダガーにも同じようなことが出来る、か?)


 ブーストの効果は確かに上がっていた。

無駄、やり直し、最初からまたやれ、と毎日しごかれていたから向上して当たり前ではあるが。

 魔晶石のダガーは魔力を流し込むことによって、中に組み込まれた魔術が起動しその真価を発揮する。

がむしゃらに魔力を込めても発動はするだろう。

なら良質な魔力を流し込んだらどうだろうか?それこそ洗練された魔力ならば。

使っていてなんとなくこのダガーの仕組みはわかってきている。

だがまだ足りない。経験が足りない。


 「そうか、だったら何度でも試すしかねぇな……ははは」


 笑い声を上げるのはこの状況ではあまりに迂闊。でも抑え切れなかった。

状況を打破する手段が見つかったから?

違う。ただ気付いてしまっただけだ。

 だって俺があの魔物を倒せば強くなれる。

喉から手がでるほど渇望していた強さが手に入る。

変異種という強敵を倒せば俺の自信となり、心の強さの糧にだってなる。いいこと尽くめじゃないか。

あぁそうか、自分でも気がふれたと思っていたけど、俺は単純にそのことが嬉しくてたまらなかったんだ。

楽しくてたまらなかったんだ!!


 「アォォォォォォゥゥ……」

 「待ってろよ、今すぐに会いにいくからよ」


 子供のように無邪気に喜びながら、俺は再び身を潜めて奴に会いに行く。

友達の家に遊びに行くように気軽に、ただただ笑顔を浮かべながら。

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