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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第二十話 戦闘準備

 木々の間を潜り抜けながら警戒心をあらわにして足を進める。

マリーのスキルを使っているとはいえ、油断できる状況ではない。

一歩一歩を慎重に、いつ襲われても対応できるようにしてはいたが魔物の影すら見えない。

緊張の糸が急に途切れないように休憩しながらではあったが、動物がたまに見える程度だった。

あれから出発してそろそろ一時間。あの魔物と俺たちが遭遇した場所に近づいていた。


 (住処があの辺りとは限らないし、その前に出会う可能性もあったが杞憂だったか)


 魔物の行動範囲を考えればそうなっていてもおかしくはない。

だから始めから気をつけながら歩いていたのだが……。

マリーはどうも必要以上に肩肘を張っている様子だった。目と鼻の先に魔物に接近されたあの体験が起因していることは明らかだろう。

適度に緊張するのはいいことだが、魔物と遭遇する前に疲れていては話にならない。

無言で歩いていては緊張が増すばかりだ。ちょうと聞きたいこともあったので道中は話しながら移動していた。

その中で有用な情報をいくつか得ることが出来た。




 まず一つ。

魔物の遠吠えの仕組みについて。

あれを使われると隠れて接近しようとしても一発でばれて、奇襲が成り立たない。

真正面からの戦いが無謀なら、せめて先手を取らないと勝つことが難しい。

そうすると必然的に遠吠えに対する対策を考えなければならない。


 「マリー。あの遠吠えを聞いた時に変な感覚がしなかったか」

 「変な感覚って?」

 「そうだな。下級魔術のアナライズを受けた時のような」

 「うん……たぶんミコトが考えていることは当たっていると思う」


 推測するに、あの遠吠えは音に魔力を載せて潜水艦のソナーのように索敵しているのではないかと思う。

考えを言葉にするとマリーは一つ頷いて、魔力が魔物を中心に迸っているのを感知した、と裏付けする言葉を口にした。

様々な障害物が存在する場所で俺たちを正確に捉えたことからも、相当な精度を誇るのだろう。

 使われる前に仕掛ければいいのかもしれないが、今度は魔物自体のスペックが問題となる。

狼をベースにしたような風体であり、鼻と耳は良く効くのだろうと思うのが普通だ。

忙しなく動いていた尖った耳を思い返せば、不用意に近づけばすぐに察知されることは想像に難くない。

かといって慎重を期して潜んでいたとしても、今度は遠吠えのサーチに引っ掛かる。なかなかの難題である。


 「もしかしたらこれが役に立つ、かも」

 「これは?」

 「装備した人のステータスを隠蔽する腕輪」

 「……なんでそんなもの持ってんだ?」

 「えーと、で、デザインが気に入ったから買っちゃった」


 てへ、っとでも言うようにはにかむマリー。というか実際に言っている。あざとい。

この腕輪、時たまマリーが着けているのは知ってはいたが、まさか魔道具であったとは。

確かに凝ったデザインをしており、装飾品としても十分に価値があるように思える。

その込められた能力からいつも装着していないと意味がない。だからアクセサリーとしての機能もちゃんとつけていたのだろう。


 「それにしても魔晶石のダガーといい、結構な物を持っているんだな。マリーは」

 「一応、腐っても冒険者だからね。それなりの物を実は持っているんです」


 口調を変えながら自慢げにするマリーに密かにイラッとしながら、そういうものか、と俺は納得することにした。

ダガーや腕輪を受け取るばかりで何も返せてない俺だが、それは魔物との戦闘でお返しさせてもらおう。

この腕輪、意外と重要なアイテムになるかもしれない。

もしかしたら腕輪の効力で魔物の索敵を誤魔化すことが出来る可能性がある。

受け取った腕輪を早速左手にはめると、まるで最初からそこにあったかのようにぴたりと手首に装着された。

自動的にサイズ補正されるのは魔道具のデフォルトなのかもな。……ミライのあの指輪もそうだった。

 凝った意匠のないシンプルな銀の指輪。母の忘れ形見。

俺の中から取り出した後は、失くさない様に小袋に入れていつも肌身離さずに持ち歩いている。

首に下げた小袋の中。服の下で揺れては確かにそこにあることを教えてくれる。

俺は服の上からぎゅっと握り締めてもう一度だけ確認した。

それだけで心が落ち着いていく。俺の中の覚悟を改めて認識できる。


 「どうしたの?」

 「……いや、なんでもない。それより他に何か気付いたことはないか」

 「他にって魔物のことだよね。うーん……気付いたこと、気付いたこと……」


 しばらく頭を悩ませていたマリーだったがふと思いついたかのように、そういえば、と言葉を洩らした。

それが第二の情報だった。


 「……魔力の流れがおかしかった?」

 「うん、なんかね。おかしかったの」


 マリーのスキル、魔力感知で探った際の魔物の魔力がどうやら異常だったらしい。

彼女のスキルは体感的にもので、言葉ではうまく表しにくいようではっきりとした答えではなかった。

だが、一生懸命に言葉を探していく内に彼女なりのしっくりとした言葉が最後には口に出すことができた。

曰く、怪我をした時の状態に似ている、らしい。

 これだけでは断定することが出来ないが、つまりはあの魔物は手負いというわけだろうか。

しっかりと魔物と対峙した時に観察していればよかった。

あの時は切羽詰ってそれどころではなかったのが惜しまれる。

 この情報が吉となるか凶となるかは微妙なところだった。

確定的な情報ではないこともそうだが、もし手負いであっても素直には喜べない。

手負いの獣ほど厄介なものはない、とよく言うではないだろうか。

追い込まれた者ほど何をするかわからない。それが力ある者ならば尚更。

ひとまず、一つの情報として心に留めて置く。


 最後に俺たちの戦力差について話すことにした。

純然たる事実としてLvの差がまずある。

変異種のローエンウルフは推定で普通のローエンウルフの数倍。それだけでマリーと俺、二人の合計Lvでさえ軽く越している。

Lvイコール強さではないと思いたいが、果たして。


 「俺たちの数倍のLv、か。マリー。あいつ以外に魔物の反応はなかったのか」

 「大きな魔力反応はなかった、と思う……」


 あの時は緊急事態だった為、あまり正確には探れていないのだろう。

曇った顔をするマリーに気にするなと声を掛けてから思考を巡らせる。

ローエンウルフ。狼。

俺の認識で言えば狼とは群れるものであると思っている。

一匹狼という言葉もあるが、そんなものは少数派だろう。

いや、しかし、手負いという要因を考えると群れから追い出された、という線も考えられるだろう。

 こんなことを考えているのは、もしも仲間が一匹でもいれば討伐は限りなく無理だと思うからだ。

一人で行こうと思っていた時も、他に仲間がいるのなら諦めるつもりでいた。

一対一ならまだしも、俺に集団戦闘の経験はない。またマリーとの連携も取れているとはとても言えない。

相手は自然の中で生きてきたのだろう。それこそ日常的に狩りだって行っている。チームワークは抜群だろう。

一気呵成に一匹を速攻で倒せばいいのだが、あいにくそんな火力は俺にはない。

そんなわけで、絶対の死地に向かうほど無謀ではないつもりだった。


 仲間がいる、いないはマリーのスキルに頼るしかない、か。

彼女のスキルもそれほど有効範囲は広くはないみたいで、不安要素は残るが致し方ない。

仲間がいた場合はそれこそ脱兎の如く逃走するしかないだろう。

どんな手を使ったとしても生き残るために。

崖ダイブの浮遊感は今でこそ思えば少し癖になるような感覚はあったが、二度目のダイブは彼女が絶対に認めてくれないだろう。


 「なんか寒気がしたんだけど、あたしの気のせいかな」

 「気のせいだな。それよりもローエンウルフの行動パターンってわかるか?」

 「こうどうぱたーん?」

 「いや悪かった。ええとだな、ローエンウルフの攻撃方法ってわかるか?」

 「何してくるかってことかな。んー、普通のならそれこそ爪や牙で攻撃するぐらいだけど、あの魔物は他にも何かしてきそうだよね」

 「そうだな。何か特殊能力があるとしても不思議じゃない」


 それこそあの遠吠えだけだと思っていたら痛い目に合いそうな気がする。

集中して戦いに臨まないと一瞬の内に殺されてしまいそうだ。


 (望むところではあるがな。集中力なら誰にも負けない)


 散々剛速球で飛んでくる球や、それよりも速い人間凶器の攻撃を必死に避け続けた俺だ。

がむしゃらに、ひたむきに。他の事なんて何も考えずに時間を費やした。

それが今の俺の血となり肉となり、糧となっている。

例え一手先に死が待っている戦いだろうと、勝利を掴み取るまではもがき続ける。

汚く足掻けばいい。諦めた先の恭順なる死など到底認めない。


 「……そろそろ魔物がいた場所に着きそうだな。大丈夫か」


 何が、とは聞かない。彼女もわかっているようで、静かにこくりと頷いたのだから。

慎重に歩いていた足を更に遅らせて、彼女を先頭に後ろは俺が守る。

女の子を一番危険な場所にやるのは仕方ないとわかっていても心苦しい。

スキルの関係上、マリーを先に行かせないと最大限に発揮できない。

少しでも先にあの魔物を見つけなければいけないのだから。


 「ミコトっ……」


 果たして、見覚えがあるような光景がちらほらと見えかけた頃合に、押し殺したマリーの声が耳を打つ。

緊張を孕んだその声はこれから先の戦いを暗示しているかのようであった。

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