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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第十八話 終われない、諦められない

 雨は降り止むことなくあくる日の朝まで続いた。

その間、俺たちは行動の指針を決めて休息を取る事にした。

交代で仮眠を取って少しでも疲労を落とす。

これから何があってもおかしくはなく、休める内に休んだ方がいい。

例え眠れなくても目を閉じているだけでも疲れは取れるものだ。

幸い洞窟の地面は土で出来ていた為、横になるのは苦痛という程でもない。

 枕代わりのサイドバッグを互いに使いながら横になって、その翌日。

太陽の光がようやく雨雲を吹き飛ばし顔を出し始めた頃、俺たちは洞窟の外へと出たのだった。


 外に出た後は川上を目指すことにした。

これはマリーのアイデアで、この川がもしかしたら水浴びをよくしていた湖の近くにある川に通じているかもしれないらしい。

川があったことなど初耳だが、どの道行く宛てなく彷徨うよりはいいだろう。

 川上へと向かう道中、マリーの魔力感知にはかなり助けられた。

川の傍を歩きはしていたのだが川辺は岩や石が多く歩きにくく、また見通しが良すぎるのも問題だ。

だから傍にある森の中を進むことにした。

 森は森で問題点もある。

それは木々や草葉が生い茂り、森の中は何かが隠れていてもわからづらいこと。

あからさまな気配があれば俺でもある程度は察知できるだろうが、息を殺して近づかれたらわからないだろう。

雨でぬかるみが出来て足元も危なく、気をつけていなければすぐに転んでしまう。

 前者の問題は彼女のスキルのおかげで解消することが出来た。

生物には少なからず魔力が流れ、マリーはそれを感知することが出来る。

これにはとても助けられた。

魔力の大小もある程度わかるみたいで、相手との距離こそ体感で測るしかないみたいだがそれでも便利だ。

事前に危険を察知できれば迂回して回避することも簡単だった。

遠回りすることで時間こそ余計にかかってしまうがそれは仕方ない。

後は足元を取られないように慎重に進んでいく。

そうしてたっぷりと三時間ほどの時間をかけて歩き続けた。




 「本当に着いちまった」

 「うん、あたしも驚いた」

 「……言った本人が驚くなよ」


 驚愕、というよりは呆然とした声で俺は突っこみを入れた。

棒読みよりひどい切れのない突っこみは、目の前の光景に釘付けだったからだ。

広がるは見慣れた湖の光景。小屋の近くにあったあの湖だ。

もはや慣れ親しんだその場所は対岸である林側でもはっきりと区別がつく。

 呆気ない、という感想が正直な所だった。

助かったという気持ちは少しも湧いてこなくて、ただただ呆然としてしまう。

空白の頭の中、考えが少しもまとまらない。空腹と疲労のせいだろうか。

何せ食事は果物のみで他は何も食べていない。

マリーなんて俺より辛かっただろう。こいつはよく食うしな。

体力もそれに伴って落ちていたし、何より仮眠程度ではやはり完全に回復することは難しい。

それに加えて神経を使いながら森の中を進んでいたのだ。

さすがに疲れないわけがない。

だからマリーがその場にへたり込んだのは当然ともいえることだった。


 「あ、あは、あはは……よかったぁ」


 心底安堵した声を吐きながら涙目でマリーは座り込んだ。

不安もあったのだろう。地図もなく、不確かな宛てしかなかったのだから。

危険な魔物が傍にいないとも限らない。

そんな気持ちは俺だって抱いていた。このまま迷い込んだらどうなってしまうのか、と。


 (……俺はあの気配の主の存在を知っていたから、そこまで不安ではなかったが)


 あいつがアリエスに任せられた監視役であれば、真に命が危険に晒されれば何かしらの動きを見せるはず。

そう、あの崖での出来事みたいに。

マリーにもあいつのことを話せば不安がいくらか取り除かれたかもしれない。

だが逆に見えない相手がいると知って不安が更に増す可能性もあった。

そのことを思うと簡単には話せなかった。


 「無事についたのだからよしとするか……」

 「うん?何がよしなの?」

 「いや何でもない。それよりマリーは大丈夫か?」

 「あー。うーん。……ちょ、ちょっと立てない、かな?」

 「そうか」

 「ご、ごめんね!もう少ししたら回復すると思うから!あ、魔術使えば治りが良くなるかも!」

 「ただの疲労だろう。何もしなくていいから休んでろ」

 「あ……はい……」


 妙に大人しく返事をした彼女を尻目に、いくらか余裕がある俺は湖に向かっていく。

マリーはそのまま木陰で休んでいてもらおう。彼女が座り込んだ場所に背を預けられる木が立っていたからちょうどいいだろう。

そうして川の畔に辿り着き、水筒代わりのサイドバッグを取り出した。

中にあった果実はすでに全部食べ終わっていて、ナイフは腰にでも差して置いた。

皮製のこれならば水を汲んだとしても大丈夫だろう。

 ここの湖は普段、飲料水や料理などに使っていたから腹を壊す心配はない。

念の為に水で中をすすいで綺麗にして、それから八割ほど汲んでおく。

サイドバッグはその性質上、小型ではあるが八割も中を満たせばコップ十杯程度にはなる。

少しずつ漏れ出すとしてもそれで十分だろう。

 それから俺も喉の渇きを満たす為に両手ですくう。

手の平から滴る水さえも逃さないようにごくりと飲み干していく。

うまい。

川の水は安全かどうかわからなかったから飲まず食わずでいたので、久しぶりの水だった。

だからこそ水分を欲していた体には極上の味となる。

いくらでも飲めそうだったが、とりあえずは一杯だけで留めておいた。

渇きを覚えているのはマリーも同じだろうから。

水を零さないように気をつけながら俺はマリーの元へと戻った。


 「ほら、これ。中は一度洗っておいたから綺麗だと思う」

 「ありがとう、ミコト。喉カラカラだったんだ」


 サイドバッグを受け取ると、多少飲みにくそうにしながらマリーは喉を鳴らして飲み始めた。

相当喉が渇いていたのだろう、しばらくの間、サイドバッグを口から離すことはなかった。

その様子を見ながら俺は彼女の隣に腰を下ろした。

少しの間だけ休みたい。

地面に尻をついた矢先、マリーに気付かれないように深いため息をついた。

疲労が溜まったその息遣いを彼女に聞かせたくなかった。

またいらぬ心配をするだろうから。

どうやら水を飲むことに夢中になっているようで、こちらに気付いた様子はなかったが。

俺はそんな彼女を横目にしながら声を吐き出した。


 「その水、全部飲むなよ。俺の分も残しておいてくれ」

 「えっ」

 「……おい、全部飲むつもりだったのか?冗談だろ」

 「あ、そういう意味じゃなくて……その、あの、こ、これあたし口つけちゃったんだけど……」

 「……お前、意外と余裕あるよな?」


 間接キスを気にするとか、どんだけだよ。

マリーのその台詞を聞いて一気に気が抜ける。

張り詰めいていた緊張の糸が切れて、疲労がどっと押し寄せてくるようだった。

俺はマリーと同じように木に背中をつけてだらりと体を伸ばす。

あたふたと乙女に恥じらう彼女にかまけるのも面倒になった俺は瞳を閉じた。

眠くなっているわけではないが、今は何も視界に入れないほうが落ち着く。


 (そうか、俺たち助かったんだよな……)


 実感は未だに訪れない。

遭難していたのは一日プラス半日程度。時間にして三十六時間。

出口の見えない、帰れないという恐怖に襲われる前に戻れたせいだろう。

ひどく中途半端な気持ちだった。

後々になって達成感やら帰ってこれたという感動がくるのだろうか。

……いや、そこまでの苦労はしていないし、未だ目的は達成していない。


 (あの魔物を倒すこと)


 それが卒業の課題であり、俺が強くなる為の方法。

変異種という魔物のイレギュラーをLv1である俺が倒せるのだろうか。

逃げることしか考えていなかったあの時とは違い、改めて俺は魔物と戦う自分を想像する。

 何倍もの体格の差から繰り出される攻撃は、おそらく致命傷の一撃のオンパレード。

それを掻い潜りながら攻撃を与えたとして、果たしてあの強靭な体にダメージを与えられるだろうか。

腰に差したちっぽけなナイフなど役に立たない。

無手で挑めば逆にこっちの拳を痛めるのが容易に想像できる。


 (武器がない。まずはそれをどうにかしなければ)


 俺はこのままアリエスの元に帰るつもりはちっともなかった。

遭難して助かった今でさえ諦めてなんかいない。

もう一度、あの魔物に再戦するつもりだ。


 (マリーは……ダメだろうな)


 あの震えた様子を見ればついてくるわけがない。

目を開けてちらりとマリーを見れば様子さえ落ち着いているようだが、魔物と対峙すれば、いや魔物の話をするだけでも恐怖が再び湧いてくるだろう。

それに元々俺は一人であいつと戦うつもりだった。

最早、卒業試験うんぬんは関係がない。せっかく強くなる機会が訪れたのだから、どんなに無茶だろうと喰らいつく。

 じっとこちらを見る俺の視線にマリーは気付いて小首を傾げた。

不思議そうな顔をしている彼女には、内心、俺がどう思っているなんて想像もついていないことだろう。

もう少ししたらその話をしよう。

俺は心にそう決めてから視線を逸らし、雨雲一つなくなった青空を見上げた。

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