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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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雨宿り

 「あ、あれ……?ここは?」

 「ようやく気付いたか」


 洞窟の中から外を伺っていた俺は背中から聞こえるマリーの声に振り向きながら声を掛けた。

外はしとしとと雨が降り始め、予想通り天候が悪化し始めている。

歩き回る程度ならば問題のない勢いではあるが、急に天候が変わらないとも言い切れない。

土地勘のない場所を不用意に移動するのも得策ではないだろう。

 だがこれは俺たちにとっては不幸中の幸いでもある。

あの魔物がもし追ってきても雨のおかげで匂いは流れ落ちているだろうから。

とはいえ、あの遠吠えを使われたら瞬く間に見つかってしまうもしれないが。

全く、魔物とは厄介な存在だ。

それともあの個体が特殊なのだろうか。

そう言えば、マリーはあの魔物を見て変異種だとか言っていたような気がする。


 「マリー、体の方は大丈夫か」

 「う、うん。痛い所はどこにもないけど、あたしたちどうしてこんな所にいるの?」

 「……覚えてないのか」


 俺が問うと、マリーはばつが悪い顔をして頷いた。

話を聞くとどうやら崖の上での出来事が最後の記憶らしい。

人は衝撃的なことを体験すると防衛本能から記憶を失うこともあるようだが、マリーのそれも同じようなものだろう。

失神する程のショックを受けていたのだから尚更である。

 そんな彼女に改めて真実を伝えるのは少々心苦しいが、これは俺のけじめとしても言わなければならない。

他人の命を勝手に預かったことへのけじめとして。

謎の人物の助けがなければ命が危うかったのだから。


 「え?崖の上から飛び降りた……?」

 「あぁ。……すまなかった」

 「ええ、急にどうしたの?」

 「マリーに同意を取らずに俺の判断で勝手に飛び降りた。命を危険に晒してしまった」

 「あー……。うーん、でもあたしそれ覚えてないし、こうやってちゃんと助かってるから気にしなくても」

 「覚えていないのはマリーがそれほどショックを受けたということだ。それに結果として助かっただけ。俺がやったことは危険過ぎた」


 誠心誠意の謝罪を込めて頭を下げる。

他人に命を弄ばれることなどあの館で嫌というほど見てきたのだ。

それと似たようなことを俺がしてしまった。いくら助かる為だとはいえ、許されることではない。


 「すまなかった……」


 あまり繰り返せば例え謝罪の言葉でも安くなる。

故にそれ以上の言葉を続ける気はなかった。

 雨の音だけが洞窟の中に反響し、沈黙が訪れる。

俺は彼女の顔を見ることなく、ずっと頭を下げたままでいた。

散々な態度を日ごろからとっていた俺に対して鬱憤もたまっているはずだ。

それも含めて、俺は何を言われても仕方がないと覚悟する。

そんな時、ぽつりと雨粒のようにマリーは呟いたのだった。


 「驚いた……ミコトってちゃんと謝れるんだね」

 「……は?」


 予想に反するマリーの言葉に思わず頭を上げてしまう。

彼女は本当に言葉通り、目を丸くして驚いているようでからかっている様子は見当たらない。


 「あたし、ミコトって絶対謝らない人なんだって思ってた。頭を下げることなんて知らなさそうって」

 「おい……俺のことをどんな目で見ていやがった」


 口を噤み、罵倒の言葉は甘んじて受ける覚悟ではあったが、この言葉にはたまらず言い返してしまう。

マリーはそんな俺を見て、あはは、と苦笑いを浮かべる。

確かにここに来てからは謝った記憶などないが、それはそういう場面がなかっただけだ。

全てが自分の思い通りになると思っている俺様野郎ではあるまいし、勘違いにも程がある。

 ……いや、そう見えるような態度を取っていた俺にも責任はあるか。

そもそも今の俺にマリーに対してそんなに強く出ることなんて出来ない。

力なくため息をつく俺に、慌ててフォローするようにマリーは大きな声を上げた。


 「で、でも、ほらっ。ミコトって意外と優しいっていうか、そんなに冷たくないというか」


 それは一応褒めているつもりなのだろうか。

いや、まぁ、それはどちらでもいいんだが……。

必死に何かないかとあたふた探しているマリーの様子を見ていると、どうでもいい気がしてきた。


 「うん、なんか不思議な所があるよねっ!あたしと違って妙に落ち着いてるし、師匠の特訓にも音を上げないし!」

 「あのな、マリー……」

 「そんな所すごいって思うよ!?あたしはあの球を避けるやつ、する前から諦めちゃったし!」

 「いや、だから」

 「時々怖い時もあるけど、そんな所も放っておけないというか、母性本能をくすぐるというか!み、魅力的なんじゃないかなっ!?」

 「…………」


 延々と俺のことを語るマリーだが、聞かされる張本人としてはむず痒い事この上ない。

これ以上聞いているとお互い心に傷を負う予感がしたので、無言で手を挙げて待ったをかける。

呼吸さえろくに取らず一気にまくし立てたマリーはそれでようやく止まってくれた。


 「……話が逸れまくってる」

 「っはぁ、はぁ……。そ、そうだった?」

 「そうだ」

 「ふぅ。やっと息が落ち着いてきた。……でもさ、ミコト。あたしは本当に覚えてないし、気にしなくていいんだよ」

 「だが……」

 「そうだね。それじゃミコトの気が済まない。だから、さ。もしあたしが落ちている時のことを思い出して怖がったら、慰めてくれると嬉しいかな」


 そうやって晴れやかにマリーは笑った。

釈然としない気持ちはあるものの、マリーがそう言うなら俺がこれ以上詰め寄ることなんて出来ない。

しばらく躊躇してから静かに頷く俺に、彼女は笑みの深さを一つ増してもう一度笑ったのだった。




 それから俺たち二人はこれからのことを話しだした。

ひとまずの安全を確保しているがこのままというわけにはかないだろう。

 この洞窟は落ちた地点から川下の方角に行った所で偶然に見つけたもので、規模は大きくはないが子供二人程度なら雨宿りに問題はない。

あの場所から数十分という距離にあり、追跡されることを考えるともう少し距離を離したかった。

だが、途中で雨が降ってきたので止むを得ず。

川の近くにあることから野生の動物やそれこそ魔物に遭遇する可能性もあり、いつまでも留まっていては危険だ。

そんなことをマリーに話していたら、急に彼女は瞑想でもするかのように瞳を閉じた。


 「うん……大丈夫。近くには何もいないみたい」

 「マリー、それは?」

 「これは魔力感知っていってあたしのスキル。魔力があるものを探すことが出来るの。っていっても、あんまり遠くはわからないけどね」


 謙遜しながらそうは言うが、大したスキルではないだろうか。

魔力がありさえすればどんなものでも察知できるというならほとんどの生物がそうであり、レーダーとして非常に強力だ。

なるほど……あの魔物をいち早く察知できたのもそれのおかげか。

一つ得心した所で、気になっていたことも思い出した。


 「そう言えば、あの魔物を見た時に変異種って言っていたがどういう意味なんだ?」

 「あー、それはね……」


 変異種。

それは魔物の中でも特に珍しく、突発的に現れる強力な個体。

普通の魔物にはない特殊能力を秘めており、一筋縄ではいかない存在。

所謂レアなモンスターであり、特徴として魔石の色や形が特別らしいのだ。

変異種によって身体的に普通の魔物と変わらないものもおり、一目で区別がつくのが魔石だという。

あの変異種のローエンウルフは体の大きさと魔石の色が違っていたみたいだが。


 「変異種はどれも強くて、普通のと比べると数倍は強くなるみたい……」


 初めて見たからよくわからないけど、とマリーは言葉を締めくくった。

話を聞くにLvで言うならば10や20かもしれないと言う事か。

RPGを腐るほどやってきた俺からすると大したことがない数値に思えてしまうが、今の俺はLv1だ。

ゲームの世界でもLv20がいる場所で経験値を稼ごうものなら、瞬殺されてしまうことだろう。

それほどの差、ということ。

あの巨体と威圧感を思い返せば、それぐらいの差は出来ていて当然だろう。

初見であいつを見たときに逃げの一手に出たのは間違いではなかった。今はそう強く思う。


 色んなことを話して疲れたのか、マリーが疲労の見え隠れする一息をつくと、それに伴ってくぅ、と犬が鳴くような音が聞こえた。

ん?と彼女の顔を見れば、かぁっと顔が一気にゆでだこのように赤くなった。

あぁそうか、今のはマリーの腹の音か。

随分と可愛らしいものだったが、そう言えばそろそろ昼時だったかもしれない。

俺はアリエスに持たされたサイドバッグ――出発前に渡されたが、こういうことを想定していたのか?――をごそごそと探り、手の平サイズの果実を取り出してマリーに渡す。

前に食べた梨のような食感の果実だ。腹を満たすには物足りないが、ないよりマシだろう。

 ちなみにサイドバッグの中には、後は果実が二個と小さなナイフが入っている。

木々に印をつけていたのもこのナイフでやっていた。

それも皮剥きのために渡しておく。


 「ミコト、あたしも持って……」

 「ないな。どうやら逃げた際にでも落としたみたいだな」

 「ありがたく頂きます……」


 マリーにもサイドバッグを渡していたみたいだが、繋ぎ目を枝で切ったかしてなくしてしまったのだろう。

腰のあたりにあるはずのバッグはなくなってしまっていた。

意気消沈しつつも皮を剥き始め、果実を頬張る頃には笑顔になっているその変わり様に苦笑して、さてどうするかと考える。

四十、ないしは五十メートルの崖から落ちた先、食料も乏しくここがどこだかわからない。

あの変異種の存在もあって外を探索するのも容易くはない。


 (見えない気配だけのあいつもいるしな)


 少なくともあれは敵ではないと思う。敵意を持っているなら俺たちを助けることはしないだろう。

全く、大した卒業試験だった。

アリエスらしいと言えばらしいのだが。


 「ごちそうさまー。おいしかったよ」

 「ん、じゃあナイフ返してくれ。俺も剥いて食べる」

 「……」

 「そんな目をしてもやらんぞ」

 「も、物欲しそうな目なんてしてないもん!」


 どんな目をしているかなんて言ってないだろう、とはさすがにいじわるが過ぎるから言わなかった。

頬を膨らませるマリーを横目に果実を剥いていく。

大食漢なお姫様がいることだし、まずはここを抜け出すことを第一に考えないとな……。

そんなことを思いつつ、齧った果実はやはり瑞々しくてとてもうまかった。

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