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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第十六話 三秒間のダイブ

 一瞬の浮遊感、もしかしたらこのまま空を飛べるのではないかと高望みし、だが現実は無情にも物理法則には逆らえない。

束の間の滞空の後、崖の上から身を投げ出した俺たちは当然のように落ちていく。

 一見、自殺行為のように見えるこの行動、それには勿論理由がある。

逃げ出した途中に聞こえてきた音、それは水が流れる音だった。

それはすなわち、川や滝が近くにあることを指し示す。

あの魔物が水の中に逃げ込んで諦めるかは一か八かであったが、今はそれにかけるしかない。

幸いにして目的の場所は見つけた。

ただしそれが崖の下にあったというだけ。

崖の上から所在は確認済みであり、後はそこに飛び込むだけだった。


 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」


 すでに重力に従って落ちていく寸前、甲高い叫び声が俺の傍から発せられた。

言わずもがなそれはマリーの叫び声。

突然の事に目を白黒させながら、それでも本能的に何かに縋り付きたいのか必死に繋がれた手を彼女は握り締めていた。

マリーには悪いが、これ以上の手は思いつかなかった。

事前に言わなかったのもマリーが戸惑うのを避けるため。

ぐだぐだしていたら魔物の餌になっていたことだろう。

助かるならばたとえ可能性が低くてもそれを選ぶ。死にたくはない、こんなところで死んでたまるか。

嫌味や文句ならば助かった後にでもいくらでも聞こう。


 (高速思考、展開――)


 一秒が何十倍にも膨れ上がり、有限たる時を引き伸ばす己の世界。

ありとあらゆる出来事は歩みを遅め、来たるべき死の匂いさえ知覚する。

 眼前に広がる光景の中に一本の線がはしっていた。

俺たちにとって生命のラインといえるそれは落下の衝撃を和らげる水のクッション、川だ。

うまく飛び込めば無傷でこの窮地を切り抜けられるかもしれない。

 が、そうはうまくはいかないらしい。

崖から飛ぶ際に勢いをつけすぎたせいだろう、目測よりも位置がずれてしまいこのままでは川辺に激突してしまう。

森に突っこむならともかく、あの石や岩がごろごろと転がっている川辺に落ちてしまえば即死は免れない。

翼もない俺には自由に空を舞うことも出来ない。

だが俺には魔術がある。

ウィンドの詠唱をとちることなく素早く唱え、位置の修正をはかる。

成功。

元々僅かにずれているだけだったので後は慣性に身を任せていれば問題はない。


 (一秒……)


 目算で残りの時間を計算。落下していた時間は大体一秒。

そして進んだ距離を考えると川に飛び込むまで残りは後二秒程。

即座にもう一度ウィンドの詠唱を試みる。

今度は位置の修正ではなく、真下に向けて魔術を放つ。

落下速度をいくらか減少させるための苦肉の策。

先程とは違い、全力でウィンドを放つ。フィーリングブーストの発動を確認。

だがINTの補正が著しく低いせいか威力が出ない。思ったよりも速度が落ちなかった。

舌打ちをする暇さえなく、次の思考に移る。


 (二秒……)


 崖の上から川に辿り着くまでの時間を考えれば、崖から川までの距離はおよそ四十メートルから五十メートル。

普通ならそんな距離から水に飛び込めば死ぬ確率の方が高い。

魔術である程度は速度を落としたからこれ以上はどうなるかはわからないが、危険には変わりない。

打てる手はすでに打った。

もう一度魔術を打てるかはギリギリの所であり、それよりも水面に飛び込む体勢を整えたほうが得策だろう。

俺は決して手を離さないままでいたマリーの方を見やる。

彼女は目を瞑ったままで恐怖に耐えて……いや、これは?


 (失神しているのか?マジかよ……)


 きつく目を瞑っているわけでもなく、安らかともいえる表情でマリーは意識を失っていた。

心の準備もなく、突然飛び降りに付き合わせれば失神したとしてもおかしくはない。

魔物に追いかけられて精神が弱っていたことも手伝っていたのだろう。

あの怯えようを見れば、今まで命の危機に晒されたことも多くはないはずだ。

俺のように、かといってアリエスと同じというわけでもない。

マリーは回復魔術が使えるだけの、ただのお節介な女の子なのだ。

 俺は空中で彼女の身をこちらに引き寄せて抱えた。

意識がない状態でこのまま水面に突っこめば、無防備なマリーの命なんてないに等しい。

そんな最中、悪魔の囁きが心の中で響く。


 ――そのままマリーを水面に向けて下にすれば、お前はもっと安全になるぞ?

    彼女の意識がない今、誰も咎める者なんていない。


 囁きはとても優しくて、まるでそれが正しいことのように聞こえた。

ともすれば慈愛に満ちた声のようにも。

 

 (黙れクソ野郎。俺は俺の為に犠牲にすることを許さない)


 そんな思いは唾棄する。拒絶する。殺す。

優しさで彼女を助けるわけではない。命おしさに彼女を殺すこともない。

俺が彼女を巻き込んでしまったからこそ、その命を見捨てることなんて出来ないだけだ。

だから俺は自分の体を下にして衝撃から彼女を守ることを選択した。


 (三秒……!!)


 心で秒数を最後まで数え、目を瞑って来たるべき衝撃に備える。

命が助かれば僥倖。そんな思いを抱えながら。

 だが、とっくの昔に激しい衝撃がきてもおかしくはないのに一向に訪れない。

いくら高速思考を使ってるとはいえ、すでに水面には到達しているはずだ。

水に濡れた感触もない。呼吸が苦しくもない。

おかしい。

俺は瞑っていた目を開けると、やはりそこは水の中でもなく、目を閉じた時と光景は変わっていなかった。

まるで時が止まったかのように、しかしそれは間違いだと気付かされる。

 風だ。

風が俺の周りを漂っている。

俺の体を、そしてマリーの体を包み込むようにして宙に浮かせていた。

それは吹き荒ぶような荒々しいものではなく、まるで俺たちを気遣っているような優しささえ見える穏やかな風だった。

 首を回して下を見れば水面まで後少し、というところだった。まさにギリギリの瀬戸際。

異常な状況下ではあるが、川を見ていた俺はふと気付いた。


 (この川……水深が浅い。あのまま突っこんでいたら)


 水面にぶつかる衝撃に耐えられても、水底に体を強かに打ち付けて大怪我を負っていただろう。

九死に一生を得たといっても過言ではない。

背中に冷たいものが伝うのを感じ、そんな俺を風は緩やかに川辺へと運んでいく。

ゆっくりと俺はマリーを抱えたまま地面へと降り立つ。

彼女の意識はまだ戻っていない。

怪我は逃げる際に出来た浅い切り傷程度で、特別目立ったものはないようだ。

しばらくすれば目を覚ますことだろう。

マリーの体を俺に寄りかかるようにして支える。岩肌に寝かせるのはさすがに酷だろう。

それに……。


 「お前は誰だっ!何故俺たちを助けた!」


 件の俺たちを助けた奴が近くにいるのは間違いない。

あんな繊細な風の動きを遠距離からコントロールするのも考え難く、必然的に近くにいるのだと結論付けた。

アリエスである可能性も無視していいだろう。あの女なら魔術うんぬん、その化け物じみた身体能力で簡単に解決してしまうことだろう。

つまるところ、俺が知らない第三者である可能性が濃厚だった。


 「…………」


 しかし俺が問うた所で返事なんてものは何もなく、感覚を研ぎ澄まして周囲の様子を伺うが見当たらない。

ただ気配だけは感じていた。

これは再三俺たちを見ていたものと同じ、か?

あの気配はアリエスではなかったということだろうか。一体この気配の持ち主は誰だというのか。


 結局それから気配の主が姿を表すことはなかった。

川辺で待ってはいたものの、先に相手の方がいなくなってしまったようで気配は途絶えてしまった。

薄気味悪いものは感じるが、消えたのなら追うまでもないだろう。


 「う、んん……」


 マリーも未だに目を覚ましていないようだし、いつまでもここにいつも埒があかない。

崖の方を見れば魔物の姿は確認出来なかった。諦めたか、それとも……。

とりあえずどこか、体を休める所を探さなければ。

空を見れば雲行きが怪しい。

出来れば雨露が凌げる所がいいか……そんなことを思いながら、俺はマリーを背中に抱えて歩き出した。

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