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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第十五話 変異種

 魔物というものを想像できないわけじゃない。

それこそ以前はゲームを腐るほどやってきたからどういうものかはわかっていた。

いや、わかっていたつもりになっていた。

ゲームの中の想像の産物とは比較にならない現実が目の前には存在していた。

 初めに目に付くのはその巨体。

木々の隙間から見え隠れするその体はゆうに人のサイズを遥かに凌駕していた。

あの魔物と大分距離は離れているから正確な大きさはわからないが、体長五メートル程度はあるだろうか。

俺など覆いかぶさられば、それだけで押し潰されてしまう圧倒感。

そしてその全身を覆う体毛はグレーシルバー。時折、光に反射するようにきらめいている。

頭には忙しなく動き続けている二つの尖った耳と、血のような赤い瞳。

岩肌に体躯を支える強靭な四足で堂々と立ち、何かを探すように睥睨している。

極め付きは額に角のようにそびえ立つ赤黒い角。美しくも生き物のように色合いを変えるそれは有り体に言って不気味だった。

見た目こそ俺がよく知る狼のようなものではあるが、全くの異質であるのは疑いようがない。

 あれが……魔物?

ごくりと我知らずに唾を飲む。

これだけ離れているというのに俺は威圧感のようなものをあの魔物に感じていた。


 「マリー……あれがローエンウルフか?」


 警戒している様子の魔物に届かないよう小声で一緒に隠れていたマリーに声を掛ける。

だがマリーはあの魔物を凝視し続けるばかりで俺の声など聞こえていない。

俺以上に動揺している様子だった。

彼女の肩を俺が掴んだ所でようやくはっとして気付く。


 「あ、う、うん。何度か見かけたことがあるから間違いないよ」

 「そうか……」

 「でもあれは、あの大きさにあの色は……おかしい」

 「おかしい?それはどういう意味だ」

 「ローエンウルフは普通はもっと小さいんだよ。それに魔石の色も、もっと薄い感じの色だった」


 魔石というのは魔物に埋め込まれている核のことだろう。あの魔物の額にある赤黒い角がそれか。

怪しい光を放つ魔石はなるほど、引き込まれそうな魅力に溢れていた。

しかし虫のように光に誘われて体を焼き尽くされるわけにはいかない。


 「普通じゃありえない。……まさか、変異種っ!?」

 「それはどういう……」


 密談にかまけていた俺たちはそのせいで次の一手が遅れることになる。

俺の言葉は最後まで続くことはなかった。


 「アォォォォゥゥゥ…………」


 ビリビリと鼓膜に直接響くかのような遠吠えを魔物が上げたから。

全身を音波が叩くように震え、妙な感覚が体に走る。実害はない。

これはまるで下級魔術であるアナライズをかけられた時の様な感覚……。


 「いけないっ!」


 焦ったマリーの声が後か先か、ぐるりと魔物の首が回り俺たちのいる茂みをしっかりとその目に捉える。

確実にこちらの位置を掴んだのか、魔物は敵意を剥き出しにした視線で俺たちを射抜いていた。

まさか先ほどの遠吠えのせいか!?

魔物との距離はそれなりに離れており、障害となる木々などがあるからすぐに襲われることはない。

だがあの体躯ではさほど時間はかからないだろう。

逃げるのも困難に違いないが、あの魔物と真っ向にやり合うのは危険すぎる。

ましてやマリーもいるのだから尚更。


 (どっかで似たような場面になったな、くそっ!)


 心の中で罵倒するものの、状況が好転するわけではない。

俺は戦うことは放棄して逃げの一手をうつことにした。

見つかった今となっては隠れていることは意味もなく、マリーの手を引きながら飛び出した。


 「逃げるぞ、マリー!」

 「う、うん!」


 俺たち二人は来た道を猛然とした勢いで逆走する。

山道で鍛えた足はこういう時にこそ真価を発揮した。まともな道など皆無な自然の中でこそ経験は生きる。

それはマリーにも言えたことで容易に並走して俺についてきていた。

繋いでいた手はすでに解いていたが、これなら何もしなくても彼女なら大丈夫だろう。

 気になるのは後ろで迫っている気配、魔物の存在だ。

走りながら後ろを一瞬だけ振り向くと、巨体が邪魔をしているのか木々の間をジグザグに駆け抜ける魔物の姿が。

走る距離は魔物が断然に多いはずだが、距離が少しずつ縮まっている気がする。

いや、それは気でもなんでもなく事実だ。

ロスなど関係ないとでも言うように魔物の見える姿が段々と大きくなっているのが何よりの証拠。

迫り来る狩人の気配に背筋がぞくりと震える。


 (あの女……!こんなことになっているの手を出さないつもりか!?)


 アリエスはこの近くにいるはずだ。なのにどうして助けに来ない。

俺がただ勘違いしていただけだったのか?それともこれさえも試験だと言うつもりか?

マリーがいるのにあの女は見捨てるつもりなのだろうか。

俺はいい。助けられるなんて真っ平ごめんだ。

しかしマリーはお前の弟子なんだろうがよ……!!


 「っ、はぁ、はぁ!ミコトっ、引き返してどうするの!?」

 「何かしら動くと思ってたんだがなっ。アテが外れたっ」

 「ええっ。じゃあどうするの。このままじゃ追いつかれちゃうよ!」


 体力はまだ十分に余っているから走り続けるのは問題ない。

まだ追いつかれる距離ではないがそれは時間の問題だろう。

精根尽き果てる前に戦うのも手だ。だがあいつ相手に勝機があるのか?わからない。

勝機が見えない今、戦っても死が待っているだけだ。どうにかしなければならない。


 「っ!?マリー、今の音聞こえたか!?」


 思考の海へと潜るべく、走りながらの高速思考を起動した際に片隅に引っかかる音を拾うことに成功する。

普段ならば色んな音が混ざり合い、その中で隠れてしまうような僅かな音。

それを今の状況で捉えきれたのは僥倖といえるだろう。


 「何?あたしには何も聞こえないよ!」


 マリーには聞こえていないようではあるが、今でも俺には聞こえている。

説明している暇はない。構わずに俺は再び彼女を手にとってその音の元に向かって走り出した。


 「えっ、えっ!?み、ミコト??」

 「いいからついてこい!」


 四の五の言わせずに彼女を引っ張って走る、走る。

木々や茂みの間をかいくぐり、でこぼこな地面に足を取られることを必死に回避しながら駆け抜ける。

坂道になり始めた道を駆け上り、引きつりかける筋肉に鞭を打ち、自分以外の暖かさをその手に引いて。

背中からついに聞こえてきた足音から逃げ続けながら。

 そして最後に到達したのは崖の上。そこがこの逃走劇の終着点だった。

突き出した崖の先には空だけが待っていて、これ以上俺たちが進むことは出来ない。

逃げることはもう出来なかった。


 「うそ……」

 「グルルル……」


 呆然としたマリーの声と後ろから聞こえる獣の声。足を止めた俺たちに追いつくのは狩人である魔物だった。

唸り声を上げて敵意を隠しもせずに俺たちを睨んでいる。

間近で始めて魔物の姿を見たのだがやはり大きい。

一定の距離を保ちながら、逃げ道を防ぐように威嚇しながらうろうろと左右に動いている。

隙を見せれば一瞬の内に喉笛を掻き切られるだろう。

すぐにでも襲い掛からないのは品定めをしているからか、少なくとも脅威のある敵として見て警戒しているわけではないだろう。

圧倒的な体躯の差からプレッシャーは感じるが、殺意というものはあまり感じられない。

ただそれも次の瞬間にはどうなっているかわからない。

 そんな時、ぎゅっと誰かが俺の服の後ろを掴んでいた。マリーだった。

その手は恐怖で震えていて、振り向かずとも彼女の感情は嫌でも感じることが出来た。

こうして魔物に接近されたのは彼女にとって実は始めてなのかもしれない。

あの女が簡単に敵の接近を許すとは思えない。

安全な所で後衛を務めていたマリーが感じる恐怖はきっと俺の想像の上をいくのだろう。

だから、俺は?


 (守りたい?……くだらない。自分のことでも手一杯なのに誰かを守るなんて)


 それこそおこがましい。すでに捨てた思いだ。

強さもないのに守りたい者を守ろうとした者の末路など知っている。

 だから俺は情にほだされず、冷静に状況を見据えて結果を出すしか進む道を見つけられない。

その結果を導き出すため、俺はマリーの手を三度引いて崖の上から飛び降りた。

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