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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第十一話 嘘の優しさ

 「目、覚めた?」


 俺がこうして彼女に起こされたのは何度目になるのか。労わるような優しい声で目覚めたのは数え切れない。

訓練が始まってからは度々、怪我をして倒れてしまった俺に回復魔術をかけて看病してくれていた。

その度に俺は胸の中でチクリと何かが刺さる。原因不明の痛み。

だから俺はそれを無視するようにして、こうしてぶっきらぼうに返事をするしかなかった。


 「あぁ……」

 「体、どこか痛む所はない?」

 「大丈夫だ」


 痛む箇所は本当にない。

疲労という意味では大分溜まっていて体中がだるいが、怪我という怪我はないだろう。

アリエスの最後の一撃による後遺症もないようだ。


 「大丈夫なわけないよ……!師匠と一時間以上も雪の中で手合わせしていたんだよっ」


 そんなに長い間だったのか、と驚きを覚える。

押し殺した声でそう強く声を荒げるマリー。その怒りは一体誰に向けられているのか。

そもそも彼女が怒る理由がわからない。

これは俺が望んだことであり、その結果として傷ついたとして何の問題があるというのだろう。

俺のことを心配するのは勝手だ。それが同情の産物だとしても好きにしたらいい。

しかし怒りを覚えるのはお門違いじゃないだろうか。

 自然と俺は口が開いてしまった。いつもならばそんな思いは心に留めて置くというのに。

寝起きだったから意識が混濁していたのだろうか。わからない。


 「マリー、どうしてお前は怒っているんだ?」

 「え……」

 「あれは俺とアリエスの二人の同意の上でのことだった。お前が怒る理由なんてない」

 「…………」

 「だからわからない。何でお前は怒っているんだ?」


 打算や思惑のない純粋な疑問だった。

取り繕った仮面を取り払い、俺が素の自分をマリーに見せた初めての瞬間だったかもしれない。

ベッドの脇の椅子に座っていたマリーは、そんな俺の言葉と見上げる視線から俯き目を逸らした。

そのままの格好でマリーはぽつぽつと話し始める。


 「あたしは……ずっと前からこの思いを秘めていたよ。それこそ師匠とミコトがあの山の中腹で無茶をやり始めた時から」

 「無茶か。確かにそうかもしれん」

 「その時からミコトは何も言わずに師匠の無茶に付き合っていたよね。朝早くから休まずに師匠に言われた仕事をやって、昼には山の中腹にいって意識を失うまでずっとの毎日」

 「お前には世話になりっぱなしだな。治療の為に魔術を使ってもらって」

 「それはいいの。魔術を使うのはあたしの修行にもなるから」

 「そうか……」


 確かマリーは治癒士(ヒーラー)を目指していると聞いた。

治癒士とは魔術を使える医者のようなもので、主に回復魔術に特化している人たちのことを指し示すようだ。

通りで俺と違って修行という修行をしている姿を見ないはずだ、とその時は納得したものだった。

体作りは適度にしているのか、体力だけは俺以上にあって悔しさを感じたのも覚えている。

そんな彼女が何故、魔術とは関係のなさそうなアリエスの元にいるのか疑問に思ったものだが、今はそれは横に置いておこう。


 「ミコトは」


 マリーは口を噤んで言いよどむ。迷っているのだろう。

膝元に落とした両の手をぎゅっと握り締め、勇気を振り絞っているかのようだった。

果たして、マリーは散々迷った挙句にもう一度口を開いた。


 「ミコトは辛くないの?」

 「別に。修行を止めようと思ったことは一度もない」

 「…………貴方には傷跡がある。そのことはごめん。勝手に見ちゃって」

 「……それで?」

 「ミコトの体には魔術で癒した痕跡があった。見習いのあたしでもわかるような痕跡」

 「……」

 「処置が悪かったから跡が残ったのか、それはわからない。でも痕跡の量が尋常じゃない」


 そうマリーは硬い声で吐き捨てるように零した。自分の表情を隠して俯きながら。

俺の体には薄っすらとあの館にいた時の傷跡が残り、それは全身に至っているといっても過言ではない。

マリーが見たのは俺が小屋に運び込まれた直後か、湖で行水していた時か。

機会はそれこそいくらでもあっただろう。

それは知っていたから驚きはしない。


 「だから?」

 「だからって……。ミコトは大変な思いをしたのに、また傷つけられて苦しくないの!?」


 がばっと顔を上げた彼女の表情は我がことのように苦しみ、目じりに湧いた涙の粒が今にも零れそうだった。

あぁ、そうか。やっと納得がいった。

マリーはやっぱり俺のことを心配していたのだ。

心に刺さった棘が抜けたような感触。実際俺はずっともやもやしていた。

他人の気持ちを俺は推測することしかできない。何が真実で何か嘘かなんてわからない。

ああ、本当にすっきりした。


 「ミコト?笑ってるの?」


 彼女の戸惑うような声で俺は自分が笑っているということに初めて気付いた。

そうか、俺は笑っていたのか。

そのことに気付けば尚更おかしくなった。声を立てて笑い転げるのを必死に抑える程に。

我慢しようと苦心すること数秒間、その間マリーは何も言わずに待っていた。いや、戸惑っていただけかもしれないが。

ようやく収まった後、再び口火を切ったのは俺からだった。


 「マリー、俺は辛くも苦しんでもいない」

 「そんなわけ……」

 「本当だ。だからお前のはただのお節介だな」

 「おせっかい……」

 「俺はなんともない。お前のは優しさじゃなくてお節介だ」


 そう言って俺はきっぱりと断言した。

厳しく聞こえるだろうが、だってそうだろう。

優しさとは施した本人が決めることじゃない。受ける側の者が決めることなのだから。

彼女のはただのお節介でしかない。それこそ見当違いの。

俺の為に涙を流すことも、気持ちを慮って苦しむことも望んではいない。


 「あ、あはは……そっか、そうだったんだ。お節介か、そっか、そっか……」


 そっか、と同じ言葉を繰り返し呟いて乾いた笑いを浮かべるマリー。

俺から言えることはもうない。

変な空気になってしまっていたが、これで不用な感情を彼女が持たなくなったのなら僥倖だろう。


 「用はそれだけか?なら少し休ませてくれないか。今日は疲れた」

 「う、うん。ごめんね、長々と話し込んじゃって」


 未だ気持ちの整理がついていない様子だったが、後は自分でなんとかしてもらうしかない。

しどろもどろに椅子から立ち上がると、マリーは部屋の入り口に足早に向かっていった。

ドアノブを掴み後は開くだけ、といった手前で彼女は動きを止めた。

そうしてこちらを振り向くことなく、ぽつりと小さな声を零した。


 「あたしに治療してもらうのも…………嫌、だったのかな」

 「………………いや、そんなことはない」


 たっぷりと悩んだ挙句、俺はそんなことを口走っていた。

他人を信じられなくなったからといって、何もかも無碍に扱っていてはいずれ袋小路に陥るだけだ。

マリーの俺に対する感情はともかくとして、彼女にはこれからもお世話になるのだから変な対応はとれない。

……誰に言い訳しているんだろうな、俺は。

 その俺の返事にマリーは、そっか、ありがとう、と言いながらドアを開いた。

感謝の言葉を言われて妙な気分になりつつ、彼女との話もこれでようやく終わりか、と思っていた矢先、


 「ねぇミコト。最後に一つだけ、いい?」


 すでに廊下まで出ていたマリーが振り返りながらそう言ったのだった。

さっきまでとは違ったしっかりとした口ぶりに真剣な表情。嫌な予感がした。

そしてこちらの返事を待つことなく、マリーは俺の琴線に触れる一言を言ってしまった。


 「どうしてミコトは師匠のことをあんなに憎んでいるの」


 俺が、アリエスのことを、憎んでいる理由?

それは言葉にすれば簡単だ。

復讐という一言で済む単純な答え。復讐する者を奪われたのだから奪った者にその代価を支払ってもらう。

単純だからこそ奥深く、根深い。

心の中に根付き、魂さえ侵食する俺の原動力なのだから。

 だがそれを殊更に誰かに教えようとする気は毛頭ない。

このことに関しては、同情なんて安っぽいことをされれば虫唾が走る。憐憫の目を向けられたら潰したくなる。

だから俺は言葉にはせずに、彼女の瞳を見た。


 「教えては、くれないよね」


 最初から知っていたかのようにマリーは至極あっさりと聞き出すことを諦めた。

落胆からか彼女の表情が歪む。

先ほどまであった彼女に対する僅かな気遣いも、今となっては無に等しい。

出来るだけ早くマリーにはここから立ち去って欲しいぐらいだった。


 思いが届いたかはわからないが、彼女はそれっきり何も言わずに静かにドアを閉め始める。

俺もマリーの姿を見続けるのには耐えられずに、体を横にして彼女の姿を消す。

後はドアが閉まる音さえすれば一人きりにやっとなれる、そう思っていたのに、


 「師匠は……本当にレコンって人を殺したのかな……」

 「何……?」


 そんな爆弾をマリーは残していったのだった。

急いで振り返ってもすでにドアは閉まりきっており、彼女の姿は何処にも見えなくなっていた。

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