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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第四話 シンプルな条件

 「ずいぶんとかかったね。もうすぐ夕飯が出来るよ」


 小屋に戻ると玄関の所にアリエスが待ち構えていた。

いつからそこにいたのだろう。ここを出てから結構に時間が経っていたはずだが。

俺は立ち止まり、女にしては身長の高いアリエスの顔を見上げる。

視線が真っ向からかち合う。

どこか気だるそうな顔をしていたアリエスだったが、俺の顔を見るや表情を変えた。


 「へぇ……もっと時間がかかると思っていたけど、決断力はあるようさね。いいことだ」


 何か俺の表情から読み取ったのか、上から目線の言い様に腹が少し立つが話が早くて助かる。

まだるっこしいやり取りは好きじゃない。単刀直入に話をつけよう。


 「お前の提案を受ける」

 「提案って大人みたいな言い方する子さね」

 「ガキ扱いはするな。それにまだ話には続きがある」

 「聞こうじゃないか」

 「俺と戦え。それが条件だ」


 結局の所、俺は自分の気持ちを捨て切れなかった。

強くなりたいとは思う。それこそ切実に、誰の力も借りないぐらい強くなりたい。

その為ならばどんな屈辱だって耐えよう。痛みにだって慣れてしまえる。

だけど二度と取り戻せない機会を奪われ、このまま見過ごすわけにはいかない。

そうしなければ俺はきっと前には進めない。


 「条件か。……ふ。ふくく……ミコト、アンタって子は面白いね」


 押し殺した笑い声がアリエスから零れる。

教わる立場なのに条件などと言われたからこその反応だろう。人によれば激怒してもおかしくない。

口元を手で覆い隠しながらひとしきり笑い、アリエスは涙目になった目じりを拭った。

……それにしても笑いすぎだこの女。涙が出るほど笑うことはないだろう。


 「ふぅ……ごめんごめん。そんな顔で睨みなさんな。別に悪気があるわけじゃないよ」

 「悪気が無ければ笑っていいってことでもない」

 「だからそれは謝っているじゃないか。それにしても、そんな所はまだ子供さね」


 意地の悪い笑みを浮かべるアリエスだったが、そんな安い挑発に乗る俺じゃない。

挑発には乗らないが、心の中で彼女にまだ突っ掛かりたいという気持ちがある時点で負けのような気がする。

押し黙った俺に、効果は見込めないと悟ったアリエスは一呼吸置いた後に口を開いた。


 「その条件飲んでもいいさね。ただし」

 「……」

 「アタシが鍛える以上、途中退場は許さない。その覚悟がアンタにはあるのかい?」

 「ある」

 「即答かい。どんなことをするかもわからないのに。

  まぁいいさ、じゃあ具体的な話をしようか。アンタは素質はあるようだけど土台は出来ていない。

  筋肉の質を戻すのに半年。そこから更に最低限の力をつけるのに二、三年。場合によってはもっと」

 「………………」


 ある程度自分の中で想定していた事ではあるが、長い。

一朝一夕に強くなる手段なんてありえないのだから当たり前だが、果たして俺はその時間を待てるのだろうか。

他の手段を探した方がいいのではないか。

そんな疑問はここに来る前から考え尽くしていた。

だからすぐに答えを返さないのは、自分の覚悟の程度を改めて確認する為。

その時間も長くは無く、俺はすぐに答えを返した。


 「構わない、それで強くなれるのなら」

 「言ったことに責任は持つさ。アンタもやる気はあるようだしね」

 「いつから始める」

 「急いても何も始まらないよ。まずはアンタ……いや、ミコトの体力を回復させることが先決さね。

  十分に休んでご飯を腹いっぱいに食べる。それがミトコの仕事さ」


 やはり無理をしていることにアリエスは見抜いていたか。

ブーストを使ってカバーしているという仕組みそのものには気付いていないだろうが、侮れん女だ。

こまめにブーストを使っていたせいでMPの底がそろそろつきそうだった。

話もこれ以上はないようだし、俺は一旦自分の部屋へと戻ることにする。

部屋へ行く途中、背中越しに「後一時間ぐらいしたら夕飯にする」というアリエスの声がかかった。

ご飯を作るのはマリーだそうだ。

朝方に作ったのはアリエスだそうだが、いつもは彼女が当番らしい。

あの子がミコトの看護をずっとしていたからアタシが作ったのさ、という余計な情報も付け加えるが俺は振り返ることはしなかった。




 夕飯は可もなく不可もなく、といった所だった。

俺が屋敷で食べていた豪華絢爛な物でもなく、ミライがいつも作ってくれた少ない材料で工夫を凝らしたうまい物でもない。

率直に言えば彼女の料理にはどこか欠点があった。

 食卓に並んだのはシチューとパンと野菜の煮込み料理。

肉が入ったシチューは湯気が出るほどあつあつで、見た目もよくておいしそうだった。

だが実際に食べると塩気が足りなく、具の切り方も不均等で味に結構な影響を及ぼしていた。

色んな野菜が入ってる煮込み料理も煮過ぎているせいで形が崩れてしまっている。

どろりとしたスープといっても過言ではない。

パンは普通だったので既製品かもしれない。それと一緒に食べればそこそこといった感じだった。

……俺がマリーに対して少し思う所があるせいで、酷評になっているだけかもな。

俺と同い年らしいし、その事を考えれば十分かもしれない。

 無論、そんな感想を一言も出さずに俺は黙々と食べていた。

何故かマリーがこちらをちらちらと見ていたが、おそらく昼間の件で変に意識しているのだろう。

顔が若干赤かった。

覗きをされたことを俺が知っている、と話せばどうなるか少々興味はあったが。

その場にアリエスがいなかったら言葉に出していたかもしれない。

そんな感じでつつがなく飯の時間は終わった。



 自室に戻ってから満たされた腹が程よく気だるさを感じさせ、俺はベッドに身を投げ込んだ。

軋んだ音が小さく鳴り、衝撃を吸収したベッドがたわむ。

数回上下に動く体を成すがままに、仰向けになって天井を見上げた。

 俺を強くするための修行は何もなければ三日後から始まる。

修行の内容は聞かされていない。当日に直接本人から教えられるのだろう。

三日というのは待つにしては微妙な時間だが、あの館で何年も待ち続けていたのだから今更ではある。


 (強さを手に入れる)


 俺の心はそれだけに染まっている。あの日から切にそれだけを願っている。

強くなれば何者にも奪われない。もう誰にも傷つけられはしない。

今の俺ではきっと何も成し得ないから、だから……。

 手を天井に届くように伸ばした。目に見える所にあるのに、当たり前だが俺の手は届かない。

それから虚空を掴んだ。

小さな手を広げて見た所でそこには何もない。

意味の無い行動ではある。だが俺にはそれが限界だとでも言うような、そんな息苦しさを感じていた。

力なく手を下ろし、俺は大切な人を失った時のことを思い出した。

忌まわしくも悲しい、心が引き裂かれる記憶。

助けるはずが助けられ、己の無力さを痛感し慟哭したあの日……。


 (二度とそんなことは許さねぇ)


 忘れがたい過去を振り返りながら、俺は視線を強くして宙を睨んだ。

その先にある奴の顔を思い浮かべ、どうしようもなく憎しみが煮え立った。

いつか俺は仇討ちを果たす。

ゆるぎない強さを手に入れてあの男を殺す。

そう思えばたかが数年だろうと我慢は出来る。

その覚悟さえあれば、どんなに辛い修行だろうが耐えられない道理はない。

 その為にも今は何も考えずに眠るのが最善だ。

熱くなった頭を冷ますように瞳を閉じて静かに呼吸する。

規則正しく呼吸を繰り返せば段々と心が落ち着き始めた。

頃合を見て部屋に備え付けられていた魔道具の明かりを消した。

高級である魔道具を自然に持っているあたり、アリエスとマリーは相当高レベルの冒険者なのかもしれない。

そんなことを思いながら俺は眠りについたのだった。

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