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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第一章 幼少期 リヒテン編 『信じるものは救われない』
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第五十八話 束の間の攻防

 爆発的な推進力を得る為には何が必要か。

自動車であれば路面に最適なタイヤ、空気抵抗を考慮した車体、巨大なエネルギーを生むモンスターエンジン。

様々な要素が絡み合い必要となってくる。

 ではそれを人間に当てはめるとどうなるか。

これも前にあげたようなものとあまり変わらない。

タイヤの代わりに脚と靴、車体は人の体そのもの、エンジンは心臓と置き換わるだけだ。

しかしそれらの要素を一切考慮せずに前述の力を得る為にはどうすればいいのか。

答えは今まさにこの身で証明することとなる。


 「風よ、放て。ウィンド」


 俺は一呼吸終えた後、早々に魔術を詠唱した。

唱えるは風の下級魔術。

フィーリングブーストによる魔力の高ぶりを感じながら、俺は正面ではなく真後ろに向かって魔術を解き放った。

推進力を得る方法がこの身だけでは不可能ならば、外的要因に頼ればいいだけの話。

一歩間違えれば無様に自爆するだけだが、高速思考のアシストがあれば容易に制御できる。

後ろにある壁を壊さないギリギリの出力を計算し、風が跳ね返る角度、そしてタイミングを見計らい体を前傾姿勢にして走り出す。

身動きがとりにくい服装はしていたが今更脱ぐわけにもいかないだろう。

然る後、背中に何かを叩きつけられるような感覚が訪れた。

一瞬にして速度は限界を超える。足がもつれなかったのは奇跡とも言えるだろう。

あまりの速さに視界が狭まり、左右の景色がぐにゃりと曲がったかのような錯覚に陥る。

だが正面に捉えたあの女だけは見逃さない。

彼岸の距離は最初からなかったかのように詰められ、零となる。


 「死ね」


 初めから様子見などする気がなかった俺は右手に携えていたナイフで心臓を狙う。

この速度ならば、ろくに防具を着けていないこの女の胸板など軽く貫通できるだろう。

 そんな目論見を裏切るかの如く、女は超スピードで駆け寄った俺に容易く反応した。

高速思考で世界が牛歩のように時を遅くしている中で目と目が合う。

一瞬の邂逅。

女の凪いだ海のような瞳の中に暗い復讐に燃えた俺の姿が垣間見えた。


 ギャリリ、と金属同士が擦れ合う嫌な音が耳に飛び込んでくる。

心臓を貫くはずだったナイフが女のガントレットに受け流されている音だった。

束の間の不協和音を奏でると、俺は勢いのまま体ごと流されてしまった。

このままでは大きな隙を生んでしまうと判断し、足だけ一点集中型のCブーストをかける。

彼女の記憶がなくなった今となっては全身に至るCブーストは使えなくなったが、こうして一部分だけは未だに使用はできる。

 咄嗟の急制動に、筋肉がぶつ切りになるような音が体の中から聞こえてくるが無視に努める。

極度の興奮状態にいるせいか痛みもなく、行動に支障はない。

先ほどの衝突でぐにゃりと曲がってしまったナイフを、振り向きざまに女に投擲しながら再度の接近。

魔術による爆発的な加速力はないが、接近するのに造作もない距離まで詰めていたので問題はない。

唯一の武器は失ってしまったが、元々あの程度の武器では最初の一撃を決められなかった時点で最早使えないだろう。

投げられたそれを軽く身を捻ることで女は回避し、隙という隙が見当たらないまま俺は突撃する。


 「風よ、断ち切れぬ翼となりて……」

 「っ!」


 移動しながらの詠唱。これには女もその顔を歪ませる。

本来、魔術とは正確なイントネーションの元に言葉に魔力を注ぎながら唱える。 

そうして更に頭の中にイメージを描きながら、魔術という名の一つの絵を完成させなければならない。

端的に言えばものすごい集中力がいるというわけだ。

故に魔術師には固定砲台としての役割が一番相応しい。それが一般的な魔術師の見方。

 俺も一度は体を動かしながらの魔術を試したことはあった。

それのどれもが不発。成功した例はない。

だが今なら。

余計なことなど一切考えず、目の前の標的を倒すことだけに心血を注いでいる今ならば。

 魔力の励起を確認。

動きながらでも詠唱は完璧に限りなく近い。

頭の中に描くのは幾重もの風の刃が対象を切り刻むイメージ。

Cブーストは速力を最大限に発揮する為、そのまま足に維持しながら至近距離から魔術を叩き込む!!


 「……数多の同胞を率い狩人となれ。ウィンドブラストッッ!!」


 この魔術もこの三年で習得したものの一つ。

魔術の師がいないこの環境下、独学で荒削りながらも会得することが出来た。

基礎となる骨盤はすでにミライに教えてもらっていた。それも遠い過去の話ではあるが。

 下級魔術の一つ上、中級に値するこの風の魔術は威力という点で見ればウィンドとは比べ物にならない。

ウィンドが風の塊をぶつける魔術だとすれば、ブラストは鋭利な風の刃をいくつも射出する殺傷能力が高いものだ。

一度、スラム街でウィンドにありったけの魔力をつぎ込んだあの時のと似ているかもしれない。

その魔術の性質上、近距離でこそこの魔術は真価を発揮する。

遠い場所からだと刃が全て当たらないことあるからだ。


 無事に魔術は発動した。

後はどの程度この女に効くかどうかだ。

目と鼻の先にいる女に向けて開いた手の平から、次々と刃が生まれ出でる。

数にして十を超える風の刃たちは女へと様々な角度から殺到する。

女の前方全てを覆い隠さんばかりの勢い。

これを回避するにしても部屋の中では退路という退路がない。

上に跳べばいくつかは避けられるだろうが、身動きがとれない空中では後続が避けられない。

 耐え忍ぶしか手段は残されていないと思っていた俺の予測は簡単に裏切られた。

女は詠唱が終わったと同時に軽く後ろに跳躍すると、例の妙な構えで魔術を迎え撃とうとしていたのだ。

信じられない光景はそれだけでは終わらない。

女は高速で飛び込んできた魔術に対し、その拳を叩き込んだのだ。

高速思考を発動していた俺でさえ捉えることが難しいその拳は、風の刃の悉くを粉砕した。


 (あのガントレット……魔具かッ)


 フィーリングブーストで増幅されたブラストをいとも簡単に消失させていることからも、相当の品物なのだろう。

だがそれよりもあの女の技術の方が恐ろしい。

正面とは言わず左右からも風の刃がその身を切り裂かんと飛翔してくるというのに、全て掠り傷さえ負わず処理しているのだから。

前方と横からの攻撃に慣れた頃合を見計らい、上空から風の刃を奇襲させたとしても無駄だった。

これが単発ならまだわかる。

しかし風の刃はいくつも同時に射出しているのだ。二本の腕だけで防がれるはずがないのに。

魔術に耐性を持たない常人ならば、最初の数秒でその身が何等分に切り刻まれていたとしてもおかしくはない。


 「くっ…………。……う、ぐっ!?」


 歯噛みしながらも魔術の維持をしていた俺だったが、唐突に耐え難い痛みが全身に走った。

あまりの痛みに集中を保つことも出来ずに魔術は掻き消えていく。

すると僅かながら痛みが薄れたような気がした。

……指輪を無理に摘出した際の副作用が、まさかこんな時に?

そんな馬鹿な。

 そう思っていた俺の顔に影が落ちる。

気付けばあの女がすぐ傍に立っているではないか。

傷一つないその女は俺が何かをする前に、最早目では追いきれぬ速度で腹部をとんっと手の平で押す。

次の瞬間、強烈な衝撃が腹から全身に伝っていく。

発勁に似たような技か、自然と九の字に体は折れて自由が利かなくなった。

あえぎながらも意識を手放すことだけには抵抗を試みるが、魔術を使った反動がここでも拍車をかける。

抵抗は無駄だとでも言うように意識が白く染まっていく。

 終には体も支えることを放棄したのか、床に寝そべってしまった。

低い視線の中、女の履いている茶色のブーツだけが見えた。

俺は…………こんな所で、また何も果たせず、そんなことは、嫌だ……。

俺は、俺は……もっと、もっと……。

そうして頼みの綱の思考さえ曖昧となり、意識は完全に途絶えていったのだった。

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