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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第一章 幼少期 リヒテン編 『信じるものは救われない』
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幕間 振り返る夢

入れるつもりなかったんですけど、急遽幕間挿入。なので二話更新にします。

主人公の前世での話。ちょっと長いです。暗いです。

 「お前が……お前が聡子を殺したんだッッ!!」


 憎憎しげに顔を歪め、そう言い放った男は唇をきつく結んだ。

ギリギリとした嫌な音がこちらに聞こえてくる。その男の歯軋りだった。

ぼんやりとした意識の中でその男、父親の顔を俺はまるで別世界の住人のように見つめた。

そんなセリフを吐かれたのが物心がようやくついた年頃。

聡子……俺の母親が死に、そして俺が産まれた日から四年が経った時のことだった。

 俺は普通の子供より手間がかかりすぎる子供だった。癇癪持ち、と言えばわかるか。

感情の爆発が特にひどく、怒れば力の限り怒り、泣き出せば耳を塞ぐだけでは足りないぐらいの声量でわめき散らす。

周囲から声がうるさいとか、子供のしつけがなってないだとか散々言われたそうだ。

 そんなストレスの中に晒されていた親父が、つい言ってしまった本音だった。

わからない話でもない。

愛した女が死に、そして残ったのが俺みたいなロクデナシ。

数年間、世話してきたがロクに成長もせずにわめき散らすだけ。

親父の言から言えば、聡明な母親だったのだろう。そんな母から生まれた母とは違いすぎる子供。

何か一つでも似通っていればそこに愛情を注ぐことも出来ただろう。残念ながら俺は何一つ似ていなかったらしい。

 心の奥底に溜め込んでいたものを全て吐き出すように、それから一時間以上は罵詈雑言を並び立てていた。

普段は怒りさえあまりしなかった大人しい父親が、あらん限りの声量で叫ぶその姿に俺は呆然としていた。

憤怒の表情で罵り、最愛の人が亡くなった時のことを思い出し悲しみ、そしてその原因となった俺のことを視線だけで殺さんばかりに睨みつける。

まだ全ての感情というものをあまり理解していなかったし、なによりオツムが弱い俺には親父の心の叫びの意味を理解できなかったが。

ただ一つ。


 (ああ、俺はとても、とてつもなく嫌われている)


 と子供ながらに理解していた。




 好きの対極は何か。

それは無関心だ。

親父とはそれから更に数年間は一緒に暮らしていたが――といっても家にいることはほとんどなかった――、ある時を境に家にさえ寄り付かなくなった。

風の噂に聞いたところ、新しい家族が出来たらしい。

ほぼ愛情と呼ぶものを向けられていなかった俺はそのことを聞いても、ふーんとしか思わなかった。

それから俺はどうなるんだろうな、とかぐらいしか思わなかった。

俺たち親子はいつからか互いのことがどうでもよくなっていたんだろうな。

小学校を卒業する前に、俺の本当の意味での家族は全ていなくなった。

食事や掃除の用意をしてくれるお手伝いはいたが、他人と変わらないレベルでのコミュニケーションしかとらなかった。


 親がいなくなっても学校は行かなくては行けない。

だが、俺みたいな障害者を親父は無理して普通の学校に通わせていたんだ。

体裁の為かもしれんし、その頃はまだ俺に希望を見出していたのかもしれない。

入学当時はまだあの本音をぶちまけられてなかったしな。

 とはいえ、俺は喋り方も危うく、まだ言葉を覚え始めた赤ん坊の方がマシなぐらいには拙い。

言語機能が一部麻痺していると医者からは聞かされた。

オマケに頭の回転わりぃもんだから、子供の中で一際悪目立ちする。

必然的に俺はいじめられることになる。


 いじめは、まぁいい。よくないが、まぁいいとしよう。

もっと悪いのは先公のヤロウも一緒に俺をいじめていたことだ。

小学校の先生はストレスがたまりやすいのかしらねぇが、これがなかなかに陰険だった。

授業でいじるのは当たり前だったし、挨拶からケチをつけられることもある。

だからうまく喋れねぇんだよボケが。……と今ならば思うのだが、当時の俺は大層に頭が弱い。

俺が俺をバカにするほど頭が弱い。

もっとハキハキと喋れ、と言われたらバカの一つ覚えみたいに努力したし、問題を解かないと放課後もやらせて帰らせないぞ、と言われたらない知恵を絞って頑張った。

 勿論、そんな努力が実を結ぶはずもなくバカにされて笑われたし、なんでそんなことも出来ないと怒鳴られた。

ぶたれもした。

ある程度、手加減しているだろうが大人の男の暴力だ。痛くないはずがない。

しかもご丁寧に跡が残らない殴り方って言うのか?都合の悪い連中にはバレないようにしていた。

反対に俺のクラスメイトの前では、ひけらかすように躊躇しなかった。

見せしめだったのだろう。アイツは子供が嫌いなようだった。

ならなんで小学校の先生なんてやってんだよ、とは思うがまぁそれはどうでもいいな。

 そんな光景を見ていた子供たちが何を思ったと思う?

大人がいじめているから俺たちもしていいんだ、と思うのは当然だろう?

拍車をかけていじめがヒドくなったのは言うまでもない。

いじめていたヤツも、いじめに加わった教師も、そして最後にクラスメイト残らず全部。

まるでウィルスのように蔓延した。

クラスのヤツラは暴力、というものは少なかったが、何よりも言葉の暴力がクソみたいにヒドい。

毎日毎日、心をえぐられる言葉を吐き捨てられてつらくない日なんてなかった。

俺は頭はよぇけど、心は勿論ある。

傷つかないわけがない。

涙を流さないわけがない。

だけど誰も助けてはくれなかった。家でも学校でも孤独だった。

時には先公とクラスのヤツラが結託してくることもあった。

他の先公に告げ口しようとすればいじめはもっとひどくなった。

例え話を聞いてくれる先公がいても、ヤツは外面のいい教師を演じていて「あの先生がまさか」と信じてくれる人はいなかった。

俺は学校では都合のいい玩具。耐え忍ぶしかなかった。


 いじめは小学校卒業するまで続いた。

よくもまぁ続いたモンだ。やっている側も、やられている側も。

そして俺も自殺しなかったもんだよ。すればよかったのにな?

そうすればまだマシだっただろうに。




 中学校。

俺は進学の為に一生懸命勉強した。

遊び等一切せず、日常生活の八割以上を勉強に費やした。

地元で上に進学するには俺は有名になっていたし、アイツらが上がってくる学校だなんて真っ平ごめんだった。

学校に行かないという選択肢もあった。俺みたいなヤツラがいる学校に行くという選択肢もあった。

だがケチなプライドがそれを邪魔していた。俺の心は全く持って成長なんてしていなかった。

学校という集団の中でも孤独を味わい、帰ったとしてもそこには誰もいない。

人として俺はどうすれば成長したのだろう。それは今でもわからない。


 そして数ヵ月後、合格発表の日。俺は一人でその結果を見に行った。

大勢の人が群がる掲示板の前で、やはりどことなく雰囲気が違う俺に気づいたヤツらが遠巻きに避けていく。

またか、と思ったが今はそれより大事なことがある。

手元の紙に書かれた数字を探す。

……左から見始め、少しずつその数字に近づいていく。しかし俺の顔は次第に俯いていった。

見たくない気持ちが湧き上がってくる。怖い。もしなかったらどうすればいい。

特に受験も必要なかった地元の学校に戻るのか。そう思うと身震いがするぐらい恐怖が湧いた。

このまま帰りたくなる。

見ずに帰れば可能性だけは残る。そんなバカなことを思ってしまうほどに緊張していた。

だが、一筋の希望を信じて、自分が今まで頑張ってきた努力が報われたその先を見たくて……。

勇気を振り絞って、自分の数字があるだろうと思わしきその場所を、俺はようやく見上げた。

あった。

あった!!

俺の合格番号がそこに確かにあった!!

俺はその時の感動を今でも忘れていない。

今まで生きてきた中で一番の感動がそこにはあったからだ。これは言いすぎでもなんでもない。

本当に嬉しかった。

俺はまるで子供の時のようにはしゃいだ。癇癪を起こした時のように感情の発露が止まらなかった。

所構わずその思いを伝えたかった。

幸いにして周りにはたくさんの人がいる。見れば友達同士で見に来たのか、合格した喜びを分かち合うように抱き合う人々がそこにいた。

テンションが上がりきった俺は名前も知らない同年代と思わしき男女、更にその親までも巻き込み暴れまわった。

肩を組んだりなんて余裕、体が軽い女の子なんて胴上げしてやったぜ。止めろ!止めろ!だとか周囲が言っていたが知ったことじゃねぇ。

結局、守衛が俺を止めるまできたねぇ顔で涙をぶちまけながら暴れていた。


 そして入学してから俺は好きなヤツが出来た。

相変わらずの普通の学校に通ってはいたし、なんで俺はまたこんなところにいるのか、とも思ったがその子に会った時はここに来てよかった、と思った。

その女の名前は命と書いてミコトと言った。

ミコトは優しい女だった。

俺と同じクラスでな、新学期から隣同士だった。

クラスメイトのヤロウたちは俺が合格発表の日に起こした出来事を知っているのか、遠巻きに見てヒソヒソ話してた。

あぁホントにあれはやっちまったよ。若気の至りだ。成人式で暴れる阿呆みたいだよな。

後悔っつーのは後からくるもんでな、俺も反省はしたさ。

 まぁ最初っから躓いたスタートだったわけだが、俺なんて産まれた時から躓いてたんだ。今更である。

心の中では威勢よく文句を言ってるヤツラに歯向かっていたが、現実の俺は臆病で何も出来ないクソッタレ。

んでまぁ、そんなヤツの隣近所にいるヤツらは不幸な顔してこちらを嫌そうに見ていたわけだが、ミコトは違った。

優しい笑顔でこちらに話しかけてくるわけだよ。

なんだよこの女神はって思うだろ。しかたねぇだろ。

俺がミコトを好きになるのなんて余裕だった。


 ある日の放課後、俺はなけなしの勇気を振り絞ってミコトに告白した。

シチュエーションとしてはなかなかロマンチックだったんじゃねぇか?

夕焼けが差し込む放課後、二人だけの教室、時折聞こえてくる運動部の掛け声。青春だろ。

そんな青春に浸っちまったんだろうな。無謀と心の中で思いつつも告白しちまった。

でも心の中では振られても、多少気まずくなるが今まで通りになると思ってた。

ごめんね、と悲しい表情で振っても、日常に戻れば態度は変えない優しい女の子だと思ってた。

 そんなワケなかった。

俺の告白を聞くと、ミコトは今まで見たこともない冷たく蔑んだ表情でただ一言「きも……」って言ったんだ。

俺はマヌケに聞き返した。信じられなかった。

ミコトはご丁寧にもう一度、言葉の上でも丁寧に「キモチワルイ」って言ったんだよ。今度は酷薄な笑顔もつけて。

 俺に幻想があったのは事実だ。

うまくいかなくて優しく振られると思ったのも幻想。

振って振られて今まで通りになるってのも幻想、都合のいい女の子を夢見ていた。

だがこんな展開は予想もしてなかった。

だって今まで優しくしてくれていた女の子だ。周りが冷たかった分、俺は彼女の優しさに救われていた。

なのにどうしてこうなる。

優しくしてくれていたのはどうしてだ。俺に少なくとも好意があったんじゃなかったのか。

問い詰めたい気持ちで一杯だったが、そんなことを口にする前にミコトはネタ晴らしを始めた。

まるでペットのようで面白かったから、だと。

俺はこの時初めて絶望を知った。

ただの失恋なんかじゃない。

初めて俺の人生の中に現れた優しさを持った人間だったんだ。裏切られた反動はクソでかかった。


 オマケにその次の日からミコトの態度は一変した。

あの可憐な微笑みはもうない。全てが全て、嘘だった。

昨日はショックを受け、ふらふらとした体を動かしてどうにか誰もいない我が家へたどり着いた。

あまりに衝撃的過ぎて、あれは全部夢だったのはではないか、とも思っていた。

そんなワケねぇ。

リアルはいつだってヒドいものだ。

 隣の席に座る無表情に彩られたミコトの横顔に、ようやく現実に直面し呆然とした俺だったが、更にクソみてぇな事実が発覚した。

あまりに直視していたせいか、鬱陶しそうにミコトをこちらに顔を向けてネタバラシを始める。

彼女はこのクラスで俺へのちょっかいを出させないようにしていたらしい。

ミコトはツラもいいし成績もいい。外面も完璧なこの女はまさに理想の女性といってもいいだろう。

オマケに金持ち。まさしく支配階級の女だ。

自然にクラスの中、いや学校全体をとってもこの女は自身のカリスマで人気者になっていた。

 通りでいじめられないと不思議に思っていたんだ。

こんなカラクリがあったとは露にも思わなかった。

勿論、手を出さないようにしていたのは善意であるはずがない。

自分の玩具が他人の手垢で汚れるのが嫌いだっただけ。そんな理由だったとさ。

子供のような理由に俺は何も口にできなかった。


 そんな俺の様子にも驚くほど無表情だったミコトだが、唐突に「もういらない」と口にした。

周りも俺も呆然とした。いらないってなにが?という言葉を顔に貼り付けて。

だが奇しくもその言葉を最初に理解したのは、俺だった。

俺のことがいらないんだ、そう理解した時、情けなくも俺は涙を流してしまった。

みんなの前で嗚咽を上げながら涙を流す俺はさぞや滑稽だっただろう。

汚ねぇツラでわんわんと泣く男だぜ?たいしたイケメンでもねぇのに見苦しいったりゃありゃしなかっただろう。

 しかし、その場で誰もが笑うことも言葉をあげてなじることもしなかった。

一種の異様な雰囲気に飲み込まれ、誰しも言葉をなくしていた。

そこにはただ一人の泣き声だけが木霊していた。

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