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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第一章 幼少期 リヒテン編 『信じるものは救われない』
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第四十八話 呆気ない幕切れ

 蟲毒の王が最期に願ったのは皆が一つになること。

身分も、種族も、肌の色も、言葉の違い。

全てがなくなってしまえば争いなど起こらない。

そうして全てが一つになり、王もやがて孤独から解放される。

誰よりも強かった王が身に宿した力は絶大で、そんな荒唐無稽な願いさえ可能とさせる。

 竜を閉じ込めた牢獄の中で発露したのはそんな力。

形あるものは崩れ去り、無形のものであろうと根本から消し去る。

存在そのものを無へと帰す、消滅という名の呪い。

故に無限の再生能力がある腐食竜であろうとも、その呪縛から逃れることはできない。


 剣の先がずぶりと青白い人型に刺されば、その隙間から途端に黒い霧が噴出する。

止め処なく霧は勢いを増して、あっという間に人型の姿は霧の中に隠れてしまった。

 腐食竜はその再生能力の代わりに元々竜が持っていた多くの力を犠牲にしている。

もしもこれが普通の竜ならばブレスで対抗するなり出来ただろうが、腐食竜には直接その身で攻撃するしか手はない。

ただ見ていることしか出来なかった。

徐々に勢力を増す霧に竜は直感的にそれが危険なものだと察知して後退するが、すぐに壁へと突き当たってしまう。

下がることが出来なくなると竜は威嚇のために咆哮を上げる。

当然の如く霧に効果があるはずもない。

袋のねずみと化した竜にもはや手立てはなく、哀れなその姿を晒すのだった。


 「グァァァァァァァァァァアア!!!??」


 聞くに堪えない竜の叫び声が聞こえたのは霧がその身に到達した頃。

ゆっくりと忍び寄る霧は、手始めに翼へとその手を伸ばした。

触れた瞬間、音も何もなくぽっかりと触れた箇所がなくなってしまったのだ。

痛みによるものか、はたまたその理不尽な現象に恐怖してか、竜はその声を上げたのだった。

腐食竜の能力はそれでも正確に発動して、なくなった箇所に陣を浮かびあがらせるが……。

霧はその陣ごと飲み込む。後には何も残らない。

錯乱した竜が振りほどくように鋭い鉤爪で霧を切り裂こうとしたが、逆にその手ごと呪いに蝕まれ消えてしまった。

攻撃も防御も出来ず、竜は己の最期をただ待つだけとなってしまう。


 「なんと……そんな馬鹿な。完成された式にも干渉する魔法だと……?」


 思わずそう口に出したのは、目の前の光景を呆然と見ることしかできないルクレスだった。

もはや少年の邪魔をしようと考えることも出来ず、ようやくこちらの攻撃が少年に届いたことを喜ぶ姿もすでにない。

竜に施された術式は遥か昔に存在した古代魔術(エンシェントマジック)である"遡行"。

現在の回復魔術が治癒能力を高めるのに対し、遡行はその名の通り時間を巻き戻して本来の姿へと戻す。

古代魔術そのものが強大無比であり、魔法に比肩する魔術と呼ばれている程だ。

 元来、完成した魔術を妨害することは出来ない。

遡行が古代魔術と認定されているのはその能力もさることながら、発動するタイミングが恐ろしく速いからでもある。

傷をつけられた瞬間に魔術は発動し、すでにその魔術は完成している。

一種の不死身状態となっていると言ってもいい。

遡行を施された者と相対する時は、封印するのが一番早いと言われているぐらいである。

それがまさか、真っ向から打ち砕かれるとは夢にも思わないだろう。


 「…………」


 黙して檻の中を睥睨する少年の目に映るのは竜の哀れな末路。

翼をなくした竜は墜落して地面に叩きつけられる。無論、その地面も檻で出来ているから外に出たわけではない。

霧を切り裂こうとした右腕はなくなって思うように立てず、地面に這い蹲るその姿に威厳などない。

後は霧がその姿さえも覆い隠してくれるだろう。そうして霧が晴れた後に残されるものはなにもない。


 「お前……これで最後か?」

 「ひっ」


 少年は首を回してルクレスに目をやった。

ガラス玉のように無機質な瞳に見つめられたルクレスは情けない声を上げながらも、残存していた魔物たちを少年に向かわせる。

稲光を帯びた武器を携えた魔物たちだったが、それも当たらなければ意味などない。

少年は今一度、広範囲殲滅用の風の弓を創り出すと一息つく間もなく一射。

一つの矢が分かたれていくつもの必殺の矢となり、悉くを打ち抜き体内で爆散。

柔らかい体内から攻撃されればひとたまりもなく、瞬く間に魔物たちは全滅した。


 「終わりか?」

 「ひっ……ひぃぃぃ」


 いつもの不気味な笑い声ではなく、心底の怯えた声を上げながらルクレスは少年から背を向けて逃げ始めた。

それも少年にとっては遅すぎる速度である。

背の四枚羽を羽ばたかせると、能面の男の何倍もの速度で追い縋りいつの間にか変えていた風の剣で一閃。

何者をも断ち切る剣は抵抗もなく、ルクレスの左腕を切り飛ばした。


 「ひぎゃぁ!!」


 腕を切り飛ばされたルクレスは飛行することもままならないのか、醜い声を上げて墜落していく。

少年ならば墜落していく間にも切り刻むことは出来ただろうが、それではあまりに速過ぎて男に痛みさえ感じさせることは出来ないだろう。

それは望んでいなかった少年は、ゆっくりとルクレスが落ちていった地点へ自分も降りていく。

あそこはどこだろうか。

いよいよ天気も悪化して暗さが増し、夜かと疑わんばかりに光がない。

おそらく少年が住んでいた平民街ではなく、貴族街でもない。

寂れた様子を見れば商業区でもないだろう。おそらくスラム街のどこか。


 (それも瑣末事か……邪魔さえ入らなければどうでもいい)





 降り立った家には屋根さえなく、隙間風がどこそこから入りだしていた。

廃墟、といったほうが正しいかもしれない。

ルクレスはそんな廃墟の角で身を守るようにローブで全身を包んで縮こまっていた。


 「たっ、助けてくださいませんか?ひ、ヒヒヒ。ワタクシはただあの貴族に命令されただけで……」

 「戯言は言うな。化け物が人に飼われるものかよ」

 「……ヒヒヒ。そうですよね、わかっておりますとも。言ってみただけです。ならばこれはどうですかな?」

 「……貴様」


 妙に余裕があるかと思えば、ルクレスはその懐から少年が母から譲り受けたあの指輪を手にしているのだった。

少年は自分の懐を弄り、所在を確かめたが確かになくなっている。

指輪を外してからは大事にしまっていたはずなのに。

風の加護で守られていた少年に接触されたことなど……いや一度だけ、あの小さな魔物に体当たりをくらった時だろうか。

手癖の悪い魔物だったということだ。少年は今更ながらあの魔物を一瞬で射殺したことを後悔した。

 しかし今はそれよりもこの男だ。

その指輪は今となっては母の形見である。彼女もその指輪は大切なものだと思っていたようだ。

継承された記憶の中で、愛しげに指輪を撫でている彼女の姿が垣間見えた。

だからこそミライがいなくなった後でも、その指輪だけは大事にしなければいけなかった。

それを下種が汚らしい手で触っている現状が許せない。

波打つ感情が初めてはっきりと殺気という形で表立つ。

その殺気は修羅場を幾度となく経験したルクレスでさえ底冷えする程のものだった。


 「怖い怖い……。そう睨まなくてもお返ししますよ。ほらっ」


 ルクレスは言葉通りに指輪を投げて返した。

感情に振り回されていた少年は、何を考えることもなくその指輪をただ受け取る。

もしも少年がもう少し冷静ならば違う未来が待っていただろうか。

いやそれでも、どんなに高速思考で考えを巡らせようとも母の形見である指輪を無碍には出来なかっただろう。


 「ヒヒヒっ!!短縮(クイック)、リモートイクイップメント!!」

 「何!?」


 ルクレスがその魔術を唱え終わった瞬間に、指輪がひとりでに少年の指にはまってしまっていた。

瞬間、少年の全身に重苦しいまでの重圧がのしかかる。

何かに無理やり束縛されたようなその感触は、身動き一つとることさえ危うい。


 「かかりましたねぇ?無策にワタクシが指輪を返すわけないでしょう、ヒヒヒ!!」


 リモートイクイップメント。

遠隔装着と名づけられたその魔術は、指定した装備を半径五メートル以内ならば強制的に装着させるものである。

そもそも魔術は遠距離が主であり、この魔術も限定的な使い方しかできない。

相手がその指定した装備を受け取らなければ意味がなく、少しは魔術に知識があるものならば受け取りはしない。


 「どうです?呪術を施したその指輪の味は?気持ちいいですか?」

 「貴様ぁぁぁあああああ!!!」


 呪いなどと言うもので指輪を汚されたことに感情が煮え立ち、しかし声ぐらいしか上げることが出来ない。

膝立ちをするぐらいがやっとで、呪いの効果が現れてきたのか虚脱感が止まらず魔力を徐々に奪っていく。


 「こんな……もの!!」

 「いいのですかな?あまりに力を加えるとその指輪が砕けてしまいますよ?」

 「くっ……」


 少年の思いを利用した二重の策。逃れる術は少年にはなかった。

抗えばその指輪をなくしてしまい、かといってこのまま成すがままになるわけにはいかない。

力が入らない体でどうにか指輪を外そうとするが、呪術の効果だろうか外れない。


 「この程度……!ぐぅ……!?」


 絶妙に力をセーブしながら立ち上がろうとした少年だったが、力を入れた瞬間にめまいと吐き気が一気に襲いかかる。

経験したことのない虚脱感に抗うことさえできず、再び膝をつくことになった。

 少年の体は精霊化しており、その体は魔力の構成が多くを占めている。

精霊とは魔力の塊でもあるからだ。

故に指輪の効果である魔力を抑える能力、そしてルクレスの呪いの相乗効果。

精霊にとっては死活問題の魔力を徹底的に攻撃されているのだ。

このままでは少年の体が持たないだろう。

それでも少年は立ち上がろうとする。負けるわけにはいかない。死ぬわけにはいかない。

この身が死ぬのは復讐を遂げた時だけ。


 「!?」


 そう決意したはずの少年の体からすぅっと何かが抜け出していく。

途端、圧力が薄れて体の負担がなくなっていくがそれと共に絶大な力が失われていく。


 (何故だ!何故俺から離れて行く!?シルフィード!!)


 それは精霊化が解けた証だった。

完全なる支配者となったはずの少年が、どうして契約した精霊から離反されなければならないのか。

少年の身が弱ったからだろうか。それは誰にもわからない。


 (お前はミライの傍にずっといた精霊だろう!?俺はそのことを知っているぞ。姿形は曖昧で見えなかったが、ずっと見守っていたことを知っているぞ!?)


 彼女の記憶にも確かにその精霊との思い出が刻まれていた。

彼女と少女は親友だったはずなのに。

こうして少年に力を貸したのも少女も復讐を遂げたかったはずなのに。

覚醒したトゥルースサイトは、はっきりと小さな少女の後姿を捉えていた。

少年から背を向けて空へと羽ばたいてくその姿を。


 (なのに何故だ!どうして力を貸してくれたのに、もう少しでこいつらを殺せるのに逃げていく!?)


 例えこの身が滅びようとも、憎むべき相手を殺せるのならそれでよかったのではないか。

少年に力を貸すとはそういうことではなかったのか。

精霊化の反動で思うように体が動かせず、それでも少年はあの少女に向けて手を伸ばした。

しかしその手が届くことも、少女がこちらを振り向くことさえなかった。


 (命がおしいか、俺と共に散るのが嫌か、お前にとってミライは命を掛ける存在ではなかったと言うことか。

  シルフィードぉぉぉぉぉぉ!!何故だぁぁぁ!!)


 世界はかくも醜い。

どんな人だって裏切る。血の繋がった家族であろうと、何十年と共に過ごしてきた親友であろうと。

薄れ行く意識の中で延々と少年は裏切りに彩られた自分の人生を憎んでいた。

果たせない復讐を嘆きながら……。

次回からはミコトがルクレスに捕らわれた話に続きます。

結構衝撃的な話があると思いますので、お気をつけください。

一応、前書きに注意書きは書いておこうと思いますが。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

よろしかったらお気に入り、評価、感想などいただけると嬉しいです。

ではまた次の更新で。

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