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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第一章 幼少期 リヒテン編 『信じるものは救われない』
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第四十七話 物語はそこに

 竜に何度斬りつけても意味はなく、時がほんの少し経つだけで元に戻ってしまう。

矢で射ったとしても同じ結果だった。

巨大なその図体のおかげで避けられるということはないが、そもそも竜にとって避ける必要がない。

少年の攻撃は全て効いていないのだから。

だがその反面、竜の攻撃は少年の圧倒的なスピードによって届くことはない。

いたちごっこといえるが、状況は少年にとってあまり芳しくなかった。


 「……エレメンタル……」


 竜の攻撃を避けた後、MPの回復を図ろうとしたまさにそのタイミングで、横合いから邪魔が入る。

ルクレスが召喚した小悪魔だった。

その手にもった槍のような武器で突き刺そうとしてきたのを、少年は紙一重でかわし一撃の元に屠る。

息つく暇もなく今度は竜が空を駆けて突撃してくる。

魔力のラインに繋がった魔物同士の連携は完璧だった。

いくらスキルでMPが回復できるといっても、このスキルは一定以上の攻撃を受けると強制的に解除されてしまう。

移動しながらも使えないので、立ち止まるしかないのだ。


 (魔術師としては当たり前だが、常にMPの問題に悩ませられるな……)


 スキルを使う間は風の加護で魔物たちからの攻撃は防げるだろうが、例外としてあの竜の存在がある。

物理攻撃を無効化にする……最初の攻撃を避けた時に使ったミラージュシルエットというスキルもあるが、あれもあれで弱点はある。

クールタイム、所謂もう一度スキルを使えるようになるまでの時間が三十秒。無効化する時間も長くはない。

スキルの仕様を把握されれば簡単に対処されるだろう。

だからそう頻繁に使うこともできない。


 「ヒヒヒッ。ミコトさん、どうしましたか?威勢がなくなってきましたねぇ!?」


 しゃがれた愉悦に富んだ声が耳に障る。

能面の男にとっては苦汁を飲まされ続けたが、やっと回ってきた好機。

ルクレスは魔物に守られた後方で、嬉しさを表現するように身振り手振りで少年を煽っていた。

 少年は戦闘を繰り返し空を縦横無尽に飛び回っていたが、その声は風を切る騒音の中からでもしっかりと聞こえる。

少年の心にその声は何も響かない。

怒りも憎しみの前では霞むだけだった。

そんなことよりも、束の間の喜びに浸っているあの男に対し哀れみさえ覚える。

今からその事実を教えよう。


 「逃げるのですかッ!」


 少年は更に高度を上げて、一旦距離を開ける。

誰もその速度について来ることは出来ず、甘んじて見送るしかない。

無論、少年は逃げたわけではない。

不滅の竜であろうとも、滅ぼす為の魔法を歌う準備だった。

 竜が早速咆哮を上げながらこちらに迫るが遅い。

向かい撃つように少年は風の弓を斜に構えて一本の光の矢を放つ。途中でその矢は分かたれて雨となり、光の嵐が降り注ぐ。

追い縋る他の魔物も巻き込みながら、竜の巨体に数多なる矢が突き刺さり爆散。

攻撃が効かないのはわかっていた。これは足止めである。

腐食竜は傷を治す時にほんの僅かだが動きを止めなければいけないのだ。

時間はそれだけあれば十分。


 少年は瞳を閉じて世界から色をなくした。魔術と違い、魔法はイメージこそが最も必要となる。

使い手の力量に左右され、最弱にも最強にもなりうるのだ。

かつて魔法を歌った彼女を彷彿とさせる、祈りの姿で少年は歌う。

それはいつか読んだ絵本の中で語られる悲しい英雄の物語。


 『始まりは遠く遠く……』

 「また魔法ですか!?小賢しい、唱え終わる前に竜が貴方を噛み砕くことでしょう!」

 『連鎖の檻に獣在り、命運掛けて殺し合う』


 少年が歌いだした瞬間、彼の目の前に青白い獣が現れる。

導きの獣と本で描かれたその姿は、地球で言うなれば百獣の王と呼ばれる獣だった。

しかしまるで実体がないかのように造詣はあやふやだ。

目は窪むだけでその奥はなく、体毛に至ってはゆらゆらと青白い炎のようなものが漂うばかり。

幻影、とでもいうべきだろうか。

腐食竜に比べるとその獣はあまりに小さく、ルクレスもいきなり現れたので多少驚いたがすぐに持ち直した。


 「詠唱の段階で効果が現れるとは、相変わらず魔術と違い一線を越えていますね……」


 完全回復を終えた竜を少年に向かわせれば、迎撃してくるのは青白い獣だった。

両雄が激突すると、呆気なくその獣は鉤爪の餌食になると周囲に霧のようなものを残して霧散していった。


 『尊き命はそこに無く、無間の地獄が待ち受ける』


 次に現れたのは長い鼻と立派な牙を持つ青白い象が二体。

優しき象の双子は英雄に語る。かつての国のありし姿を。そして今の惨状を。救いを求めて懇願する。

 双子の象が空を走り竜に突撃するが、やはり傷を負わせることも出来ずその場で霧散した。

とはいえ、激突された衝撃で竜は動きを止められてしまった。

思うように進むことが出来ず、竜は苛立ち混じりの咆哮を上げる。

だが、まだまだそれだけでは終わらない。


 『悔い改め、食い改め、喰い改め』


 竜の周りに漂っていた霧からたくさんの動物がその姿を現し始める。

見回しただけでも三十種類以上はいるだろうか。

犬、猫、鳥、熊、猿、果ては蛇や蜘蛛に至る虫までもそこにはいた。

国の住民である彼らは英雄に希望を見出した。貧困をもたらす悪を倒してくれと叫んだ。共食いさえ辞さないこの地獄を救ってくれと。

 全ての青白い幻影は声もなく竜に襲い掛かる。

多勢に無勢。しかし竜にとってはただの有象無象である。強靭な尻尾を振り回せば、一気に十体以上を霧へと帰した。


 「何か……嫌な予感がしますね。お前たちは迂回して術者を狙いなさい!」


 今の所は何も問題など起きてはいないが、この魔法は未だ完成もしていないただの詠唱段階である。

もし最後まで唱え終われば何が起こるかわからない。

胡坐をかいて見守っているわけにもいかないだろう。

ルクレスはそう命令を下すと自らも中級魔術の詠唱を始めた。

一方の少年は我関せずと歌い続ける。


 『幽閉されしその地には、屍の檻が築かれる』


 獣たちの相手をしていた竜の周囲に、霧が実体を持って壁となって生まれ変わった。

左右首を振って確認した竜はすぐさまに突破しようとしたが、それも適わずに弾き飛ばされる。

悪の根源たる者を追い詰める英雄の道すがらには、屍の山が築かれたという。

けして逃がすことなどないように、檻は多大なる犠牲と共に完成した。

 

 「くっ、何をしているのです!そんなもの突き破ってしまいなさい!!」


 主人の命令を忠実にこなすのが召喚された魔物というものではあるが、残念ながらその命令を成し遂げることはできない。

一向に抜け出すことが出来ない竜を横目に、ルクレスは直接少年を狙うことにした。

先行させた魔物の後ろから詠唱が完了した魔術を解き放つ。

ライトニングボルト。

雷系統の中級魔術であり風の障壁に影響を受けないはずの魔術だったが、少年に当たることなく何故か障壁に逸らされる。

どういう原理をしているのか本格的に疑問に思ってしまうが、今は気にするまい。

そうルクレスは思い直し、ふと、少年の様子に気がつく。

一瞬だが眉がぴくりと動いたのだ。あの無表情を貫いていた少年が、である。


 (攻撃が貫通している……?)


 来る者を寄せつけず魔術さえ捻じ曲げる風の障壁だったが、どうやら完璧に防御できるというわけではないらしい。

これを好機と見たルクレスは、召喚した魔物たちの武器に属性を付与する魔術を唱える。


 「短縮(クイック)広域化(ワイド)。ライトニングローダー」


 詠唱を短縮、そして魔術の効果を魔物全体に及ばせ、雷属性を付与するライトニングローダー。

魔術が成功した証として、魔物たちの武器にはパチパチと黄色い稲光ようなものを纏い始めた。

着々と脅威が迫っていることを少年はわかってはいたが、物語はまだ終わってはおらず動くことが出来ない。

些事に構っている暇はない。今はあの竜を先に片付けなければ。


 『血に染められた玉座には、たった一人の王が君臨す』


 青白い霧から最後に現れたのは今までと違い人の姿をしていた。

ただそれも普通の人間と変わらないサイズであり、手に剣のようなものを持っているだけだった。

誰一人自分と同じ者がいない国で、英雄はその手を血に染めて王となった。

 抜け出せない苛立ちをぶつける格好の獲物が出てきたことで、竜はその人型に即座に牙を剥く。

応対する人型は冴え渡る剣技を持って容易く受け流し、反撃に切り返すまでの芸当を見せる。

鮮やかな一幕であったが、やはり傷はすぐに元通りになってしまい効果はない。


 強大な竜に立ち向かう英雄譚が今まさにあの檻の中で繰り広げられている中、ルクレスの魔の手は少年に着実に伸びていた。

キキィー!と甲高い声色を発する悪魔が武器を振るえば、風の障壁が軌道をずらす。

しかし守られているはずの少年には痺れと共に痛みが伝わってきた。

悪魔が持っている雷属性が付与された武器のせいだ。

声には出さないものの、こうして幾度となく繰り返し攻撃を受け続けて自然と汗が流れ落ち始めた。


 「……ライトニングボルト!いいですよ~。その調子で倒してしまいなさい。ヒヒヒッ!」


 代わる代わるに絶え間なく攻撃は続き、合間にルクレスの魔術が飛んでくる。

直撃さえ避けているがいずれ風の障壁は失われてしまうだろう。

それを犠牲にしてまでも歌を続けなくてはいけない。

それも後少し。


 『最期の王は嘆きにて、悲しみを背負いて呪いと化す』


 英雄は王となった。しかし王はその悪をも全て一人で倒したことにより力を恐れられることになる。

その恐れは、守るべき国の民による王への反乱といった形となって現れた。

 その一節を少年が歌うと、檻の中で死闘を繰り広げていた人型が喉もないはずなのに絶叫する。

木霊する叫びはありとあらゆる絶望を含み、まるで少年の心の中を表しているかのようだった。

その声に思わず竦んでしまった魔物たち。竜さえもそれは例外ではない。

ルクレスでさえ動きを止めてしまったが、そんな中でも魔力のラインを通すことはできる。

少年の傍にいた一匹の魔物に強制的に魔力を注入。

武器さえ持ってはいない小型の魔物だったが拒否をする思考はなく、少年に向けて捨て身の攻撃を仕掛けた。

風の障壁にまたも弾かれるだけだと思いきや、少年の背中に見事体当たりを当てたのだった。

初めて少年に攻撃が届いた瞬間。

惜しむらくは何も持たない魔物だったことだろう。

身の竦みが早く解ける事を願い、しかしその前に少年の歌の物語はようやく終わりを迎えた。


 『王は絶命し、秘めた呪いを解き放つ。その王の名は……"蟲毒の王"』


 王は反乱を起こした民にさえも打ち勝ち、残されたのは国民のいなくなった、たった一人の王国。

寄る辺も無い世界に王は耐えられることができなかった。愛した者たちを自分の手で殺したことを許せなかった。

だから今こうして竜と向き合ったあの檻の中で、その命を終わらせる。

 そうして青白き人型の英雄は持っていた剣でその身を貫いた。

世界を呪いながら。自らの境遇を呪いながら。自らを最も憎みながら。

その身に溜め込んだ膨大な呪いは檻の中という閉鎖空間の中で爆発した。

ちなみに魔法を全部繋げるとこういう感じです。


始まりは遠く遠く……連鎖の檻に獣在り、命運掛けて殺し合う。

尊き命はそこに無く、無間の地獄が待ち受ける。

悔い改め、食い改め、喰い改め。

幽閉されしその地には、屍の檻が築かれる。

血に染められた玉座には、たった一人の王が君臨す。

最期の王は嘆きにて、悲しみを背負いて呪いと化す。

王は絶命し、秘めた呪いを解き放つ。その王の名は……"蟲毒の王"。


結構長くなってますね。もうちょっと短くしてよかったかも。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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