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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第一章 幼少期 リヒテン編 『信じるものは救われない』
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第四話 はじめての魔法

 「まほうつかい……」


 一通り落ち着いた後、それでもやはりどこか信じられないと言う感情を込めて俺は小さく呟いた。

だってそうだろう。

身近にいる人がまさか魔法使いだなんて……うん、俺の母親エルフだったわ。あんまり不思議じゃないな。

でも今まで魔法という魔法をちっとも使っていなかったから、使えるとは思わないじゃないか。

 魔法というものを知ったのは一度だけ。

ミライに抱き抱えられて大広場で道化師が繰り広げていた魔法を見たその時だけだ。それ以降は見たことがなかった。

だから魔法を使える人というものは珍しいものなんだと思っていた。

結構身近にいるじゃねぇか、おい。

テンション上がってきた!

ファンタジー物の十八番である魔法だぞ?炎やら水やら雷やら飛び出してくるんだろ!燃える!


 「まほう、見たい!見たい!」


 興奮して、演技していた声が更に子供っぽくなり地の声が出てしまう。

これは完全なる素だ。

作った声よりよっぽど子供らしいのだが、今の俺にはそんなことに気づきもしない。

それほど我を忘れていた。人知れず両手で握り拳を作っていることからも、その様子が窺い知れるだろう。


 「どうしようかな~」

 「ねぇ!見せてっ。見せてっ!」


 いつもと違い、意地悪するようにじらすミライに俺は彼女の服の端を掴んで催促をした。

自分の表情はどうなっていたのかは知らないが、後でミライに聞いた話によると、キラキラした瞳でとても可愛かった、とのことだ。

……うぁぁ。

新たな黒歴史が出来上がったのはさておき、ミライはしばらくそんな俺の様子を楽しむと、


 「じゃあ、ちょっとだけね」


 と、子供が大切な宝物を見せる時の得意げな顔でそう言ったのだった。




 俺はベッドに座してぷらぷらと足を振りながらその時を待った。

幾分か静けさが増した室内。

ミライは部屋の中央のテーブルに備え付けられている木製の椅子に座ってなにやら集中していた。

彼女の普段とは違う様子に俺も緊張してしまう。

誰に言われたのでもないのに背筋を伸ばし、喉が渇きを覚え始めた。

喉を潤す為に唾を飲み込めば、やけに大きくその音が響く。

それが二回目に達しようかという時、その音を合図にしたかのようにそれは始まった。


 「――――」


 その音は音と呼べるのだろうか。

少なくとも、俺には言葉に聞こえなかった。言うなれば自然に奏でられた一つの音のような、不思議な音色だった。

人が再現できないような、例えば声でも楽器でも真似が出来ない音色。

それがミライの口から発せられている。

人の発声器官でこんな音が出せるのか、と俺は驚嘆する。

当のミライは瞳を閉じ、神に祈るシスターのように両手を組み合わせその音色を歌っていた。

ありとあらゆるその音を聞く者の心に響き、この空間を支配していく。

 次なる変化が起きたのは必然か。

そう、彼女は詠唱していたのである。魔法使いの魔法を。だからその現象が起きたのは必然だった。


 (……?あれは?)


 目の端に何かが移りこんだ気がした。

さっ、と目線を動かすが何も見当たらない。

首を傾げて視線を戻そうとすると、チラリとやはり何かが視界のギリギリを通った気がした。

きょろきょろと首を動かしてみるが、視線から逃げているかのように一向に視線の中に捉えることが出来ない。

猫が猫じゃらしで弄ばれている様な、そんな感覚。

 何かが通り過ぎた後には風がふわりとなびく。

窓も締め切っているのに風が吹いたのだ。何かの仕業と考えるのが妥当だろう。

最初は俺のうなじを通り過ぎ、後ろを振り向こうとする俺を嘲笑うように耳元をまたもや風が通り過ぎる。

見えない。

何かは確かに見えないのだが、見える気がするし確かにそこにいるのだ。

一生懸命に探そうとするが、ふと風が止んでいることに気づいた。

俺の周りにはもういないのだ。ではどこにいったのだろうか。

部屋の中をきょろきょろと探し出そうと躍起になる。何かに馬鹿にされていたようで気に食わない。

幸いこの部屋はそう広くない。すぐに見つけ出してやる!

窓を見る。

いつも眺めている場所だ。違和感があればすぐにわかる。あそこにはいない。

本棚の方に視線を移す。

絵本や料理のレシピ、ミライがつけている日記などが収められている本棚だ。

小難しい本が置いていないのはミライも嫌いだからだろうか。激しく同意する。本棚にもいない。

次に部屋の中央に設置してあるダイニングテーブル。

いつもはミライが何か作業をしていたり、食事をとる時に使うテーブルだ。ここも何も……変わらない……?


 「あれは何だ?」


 思わず本来の自分の口調が出てしまう。が、それを気にしている余裕はない。

不思議な現象だった。

一言で言えば、風景の中にある歪み、だろうか。

テーブルの真ん中あたりのところが歪んでぐにゃぐにゃしていた。

背景は透明になっていてテーブルの木目などは見えるのだが、変に歪んで見えているため気味が悪い。

歪んだ場所だけを見るならば、それは二十センチ程度の人の形をとっていた。

人形がちょこんと座ったのなら、あの歪みにぴったりとはまるだろうか。


 「ミコト……貴方、見えるの?」


 突然かけられた声にビクリと体を震わせると、いつのまにか椅子に座っていたはずのミライが隣に立っていた。

ベッドに座っていたため見上げる形になったミライの表情は、目を見開いて驚きに染まっている。

驚く理由がわからない俺は、その返事に一つ頷きを返すや否や、


 「すごい!すごいすごい!」


 とミライが唐突に俺の体の両脇を掴み、高い高いでもするように持ち上げた。久しぶりのその感覚。

いくら子供の小さな体とはいえ、最近はそれなりに体重も増えてきたおかげで抱き上げられることは少なくなっていた。

俺が恥ずかしがって避けていたというのも一つの原因だが。

あんまり露骨に避け続けると寂しそうな顔をするので、意外とこれが苦労する。

まぁそんなわけで、彼女のテンションがありのまま行動に直結しているのか、満面の笑顔で俺を抱き上げてしかもくるくると回り始めた。

人力メリーゴーランドである。

くるくる。

くるくるくるくる。

くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる…………。

は、吐いちゃうから、らめぇぇぇぇぇぇぇ!!


 「……あら~……」


 回していた本人も目を回してしまったのか、二人揃って仲良くベッドに体ごと投げ出してダイブ。

俺の方はそれに拍車をかけて重症である。らめぇとか冗談言っている場合ではない。

う、産まれそう。口から何か産まれそう……。


 そんなコントを二人でかましていたら、ダイニングテーブルにいた何かはいつのまにかいなくなっていたらしい。

何か知ってそうなミライに聞くと、あれはなんと風の精霊だったらしい。

なるほど、風の精霊か。

ならばミライが詠唱していたのは召喚魔法ということだろうか?

その旨を伝えると、精霊とお話していただけ、らしい。

うむ、そうか。わからん。



 ちなみにあれだけミライが騒いでいたのには理由がある。精霊をその目で見れるものは大変珍しいという話だ。

珍しいだけであれだけ騒ぐのはおかしいと思っていたが、どうもエルフにとってその、見れる、ということがとても重要らしい。

しかし、見れると言っても言わばシルエットがわかる程度なのだが……。

目を凝らしてみても意味がなかったし、現状歪み以上モザイク以下の精霊の姿が見えたところでどうだというのだろう。

まぁ成長したら違うのかもしれないし、これからに期待である。

 そう言えばミライは精霊の姿が見えないそうだ。

若干羨ましそうにこちらを見ていたが、それを上回る喜びがあるようで抱きついたり頬を摺り寄せたり終いにはチュッチュッしてきたりした。

やめろ。

外国人並の過剰なスキンシップは日本人の俺にはレベルが高すぎるんだ!

四苦八苦しながら逃げ惑い、ようやく解放されたのは夕ご飯を作る時間になった頃である。


 その晩は当然のように普段より豪華な晩御飯がテーブルに並んだ。お赤飯状態である。

おいしい料理に舌鼓を打ちつつ二人では完食が怪しい程の量をどうにか完食すると、後は寝るまでまったりするだけだ。

この世界では電球といった類の便利なものがなく、蝋燭などの消耗品を使って明かりをつけるしかない。

魔法を使えばいいのでは、と思ったがミライは風系統の魔法しか使えないらしい。

魔道具という物を使えば魔力を補充できさえすれば半永久的に使えるらしいが、案の定というか高級品なのである。

まぁそんなこんなで庶民にとっては早寝が基本となる。


 そして寝る時になってまた一波乱だった。

この小さな部屋にはベッドが一つだけしかない。無論、寝る時は布団などないから二人一緒にベッドに寝るわけであるが。


 「んふふ~」

 「…………」


 今の俺の目は一種のレ○プ目だった。

昼間の攻勢を凌ぎ切れば苦難は終わった。とでも思ったか!戯けがッッ!!

と、どこかの厳つい爺が俺をなじった気がした。あぁそうさ、現実逃避さ。

 赤ん坊の頃は専用のベッドがあり、そこに俺は寝ていたわけであるがまともに歩けるようになる頃には卒業した。

それからは今みたいにベッドに二人で寝るようになったわけだが。

今現在抱きつかれ中である。

抱きつかれなう。

俺は抱き疲れである。

抱き疲れなう。

 こうやって抱きつかれることは、たまーにはあったわけではあるが……(ミコトパワーを補充するらしい。絶対俺からなくなっているから返して欲しい)。

捕捉としてベッドは俺とミライなら余裕をもって寝れるサイズだと言っておく。

 ともかく、そう頻度は多くなかったし軽く抱擁、といった感じだった。

今はというと、ご覧の通り死んだ魚の目をした俺がここにいることから、ご理解していただきたい。

熱い抱擁である。文字通り熱い。がっちりホールド。

あ、足を絡めないでください!

なんだ、親子のスキンシップってこんなに過激なの?俺が知らないだけなの?

釣り用語にキャッチ&リリースという言葉がありまして。そろそろリリースしていただけると大変助かるのですが。

当然の如くそんな言葉は聞き入られることは無かった。

後は無駄な抵抗は止めて抱擁されるだけである。

 結局、ミライが目を閉じて寝息を立て始めるまでどうしようもなかった。

それから脱出を試みた。

ダメだった。絶望した。足のホールドが敗因だった。

その日、俺は無我の境地を獲得し、ミライのぬくもりを感じながらどうにか眠ることに成功したのだった。

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