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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第一章 幼少期 リヒテン編 『信じるものは救われない』
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第三十六話 対価と覚悟

 ティアをなんとか俺から引き剥がして自宅となっている二階に行かせてから、お互いの事情を詳しく話すことになった。

その際、やたらティアが構って欲しそうにちらちらとこちらを振り向いていたが、構うことはしなかった。

約一名の親バカは我慢出来ずに手を振っていたが、どうもティアの視界には入っていなかったらしく華麗にスルーされていた。

なんとも不憫な……。


 「それでテト、お前さんは何を対価として払える?」

 「え?」


 顎に蓄えられた髭を撫でながらの何気ない口調でガウェインは口を開いた。まるで世間話のように。

黙ってこっちの話を聞いていたと思えば、開口一番の一言がそれだった。

ぽかんとした顔をしたのは何もテトだけではない。言葉さえ発さなかったが、俺も驚いて声を出しかけた。

一体この男は何を言っているんだ、と俺が顔を向ければ、ガウェインはやれやれといった感じで頭を振る。


 「まさか無償で手を貸して貰えるとは思っていないだろうな」

 「ちょ、ちょっと待てガウェイン!話が違うだろっ」

 「ミコト、それはお前がただ勘違いをしていただけだ。俺は話は聞く、と言った。それ以上のことをする義理は今のところない」

 「そんな……」


 ガウェインと事前に話していた時には確かにそのようなことは言っていた。一言も手伝ってくれるとは言っていなかったと思う。

その時のことを思い出してぎりりと歯を噛み締める俺だったが、そんな様子を見てもガウェインは顔色一つ変えてはいない。

ガウェインという男が俺に対して好意的だから、テトも助けてくれると勘違いしていた?

娘を愛し、何だかんだ言って他人に気配りも出来る男だから、困っている人を見捨てないと思い込んでいた?

裏切られたような気持ちになった俺はガウェインに食い下がる。


 「なら俺に教えてくれたのは何故だ!?」

 「あんなものはそこらに転がる噂話だ。表層部分に過ぎない」

 「あ、有り金全部出すから……頼む。俺の仲間を助けたいんだ、協力してくれ!!」

 「金、ね。悪く取って欲しくないがスラムにいる時点で高が知れている。とても払えるとは思えない」


 情報というものは時として金より高いという。知っていたからこそ命が救われた、ということもあるのだから。

ならばテトが求めるものは果たしてどれだけの価値があるのだろうか。計り知れない価値があるのではないだろうか。

ガウェインの高圧的な物言いに一切の慈悲はない。同情を挟む余地さえなく、淡々と事実のみを語っていた。

 俺が裏切られたと感じるのはお門違いかもしれない。

言質さえとっていないのだから仕方のない部分はある。

だがしかし、どうしてテトをここに呼ぶことを了承したのか。

テトがスラム出身だということは俺が先に教えていたはずなのに。最初から断ればよかったではないか。

そこまで考えが及んだ時、はっとして俺は顔を上げてガウェインの表情を盗み見た。

先ほどの言葉こそ辛辣だったが、ガウェインは凪いだ海のように静かにテトのことを見つめていた。

その表情にテトは気付かない。カウンターに頭をこすり付けて懇願していたから。


 「お願いだ……!俺たちの仲間を……家族をどうにかして助けたいんだ!!」

 「話を聞いた限り、時間が経ちすぎてはいないか?この街にいるかもわからない。むしろ死んでいても……」

 「それでも!!」


 だんっ、とテトは否定するように拳を叩き付けた。グラスに残っていた水がその衝撃で倒れて中身が零れていく。

木製のカウンターに染みこみ、許容量を超えた水は涙のように端からぽたりぽたりと落ちていった。

テトはそれを省みることもなく、強い声で言葉を続けた。


 「俺は見つけなくちゃならない。探さなくちゃいけない。例えどんな真実が待っていようとも、僅かな手がかりだろうと」

 「知らなければよかったと思うことになってもか?」

 「ここで諦めることの方がよっぽど後悔する。どんな状況になったって諦めやしない!それを俺に見せてくれた人がいるから!」


 テトはそう言い切った後にちらりとこちらに視線を向けた後に顔を上げた。

まっすぐにガウェインを見つめ返し、毅然とした顔はもはや俯くことはない。

テト、お前……。


 「……小さいのに大した覚悟だ。一体誰を見習っているだろうな?」


 俺に顔を向けられても身に覚えなんてない。スラム街では誰でも懸命に生きているだろうから、その中の一人だろう。

俺はガウェインの視線を目の前にあったグラスを傾けることでやり過ごす。少々ぬるめになっていた。


 「まぁいい。ならば後は対価の件だが」

 「それは俺が一生かけてでも……!!」

 「いいから最後まで話は聞け。そんなものはいらん。お前たちにはスラム街で情報を集めて欲しいんだ」





 長かった話し合いが終わり、俺はガウェインとまだ話があるとテトに言って先に帰した。

トレスヴュールの中で厳つい親父とカウンター越しに向かい合い、ちびちびと水を飲む。

せめてジュースでも欲しいところだが、ここは酒場だ。酒しかない。

つまみを食べるにしても夜ご飯が入らなくなってしまうであろう微妙な時間帯だった。


 「それで話ってのは?」

 「……最初っから試すつもりだったんだな?」


 仕込みに入っていたガウェインは一旦その手を止めると、苦笑しながらこちらに顔を向けた。

それだけでも証拠としては十分だが、びっくりさせられた身としてはちゃんと説明してくれないと収まりがつかない。


 「そんな顔をするな。美人顔が台無しだぞ」

 「うるせぇ。茶化すな」

 「はは。まぁなんだ、お前たちが調べようとしているもんはそれだけ危険だってことなんだよ」

 「覚悟を見るためにあんな茶番をうったって?」

 「全部が茶番というわけでもない。対価は確かに必要だった。あそこでただ駄々をこねるようなら引き受けはしなかったさ」 


 その対価がスラム街での情報収集ってのはどういうことだよ。結局、テトたちを手助けするための行動じゃないか。

ガウェインにとっての利益があるとは思えない。

その情報を他に流せば利益が見込めるかもしれないが、それはガウェイン自身が利用しないことを約束した。

あの決然とした顔が演技ならば相当な役者だが、高速思考で逐一チェックした限りではガウェインは嘘を言っていない。

少しでもその兆候が見れれば疑う余地ができるだろうが、一切そんなものは見えなかった。

人の顔を伺うことが日常だった前世の経験が活きたのだが、非常に微妙な気持ちになってしまう。


 「しかしあの子の名前はテトと言ったか?テトはいいだろうが、他の子は大丈夫なのか?情報を集めるのも危険を伴うぞ」

 「さぁ、そこまでは俺も詳しくは知らない。だけどラトリとルーイの二人なら大丈夫だと思う」

 「……子供を使うのは正直気が乗らないが……。この件はスラムに精通した人間で、なおかつ信用ができる人材でないとリスクが高い」


 ガウェインは肩を落としながらカウンターに両手をついた。それから二階に続く階段に目をやった。

自分の娘であるティアのことを思っているのか。憂鬱そうにため息をついている。

ティアがあれから降りてくる様子はないが、おそらく昼寝でもしているのだろう。

何かと俺にじゃれ付いてくるあの子がずっと待ち続けているとは思えなかった。

いつもならば待ちきれずに、あの階段の影からひょっこり顔を覗かせていただろう。

おうじさま、おうじさま、と無邪気に引っ付いてくるティアには戸惑うことも多いが……。

純真故に俺が余計なことを考えずに済んで、俺にしては意外とうまく付き合っていっていると思う。……ロリコンではないぞ?


 「一も二もなくすぐさま頷きやがって……本当に危ないってことわかっているのか心配にもなるぜ」

 「テトは十分にわかっているはずだ。それでも自分を曲げなかった」

 「全く……最近のガキってのは末恐ろしい。テトといい、お前といい」


 呆れた顔をして夜の仕込みの準備を再開したガウェインはこれ以上話を続ける気はないようだった。

俺の魔術の練習風景を見ていたからそんなことを言っているのだろう。

 この親父と俺との関係はミライの紹介によるものだ。

と、言っても情報屋としてではなく、ここの裏庭がとても広く魔術の練習に最適でそれを利用させてもらうため、だったのだが。

相変わらずミライの交友関係は謎だが、どうもガウェインとは昔パーティーを組んで旅をしていたみたいだ。

二人が昔話に花を咲かせているのを偶然聞いてしまった。その時に、情報屋をしているということも判明したのだが。


 「ほら、そろそろミコトも家に帰ったらどうだ。いい時間だぞ」

 「もうそんな時間か……。じゃあまた来るぜ」


 バーによくある妙に座る位置が高い椅子から飛び降りて、俺は出口へと歩いていく。

ドアに手を掛ける直前に眠たそうな声が背中から聞こえてきた。

振り向くと起きた直後なのか、目をこすりながら階段の手すりを掴み降りてくるティアがいた。


 「おうじさまぁ……もう帰るの?わたしとあそぼー」

 「あぁ。ごめんな遊んでやれなくて。また来るからその時にまた、な」

 「んぅ……わかったー。またねー」


 ふりふりと小さく手を振るティアに笑顔を向けてから俺は外に出た。

ああは言ったものの、これから忙しくなるだろうから満足に遊んであげることは出来ないかもしれない。


 テトたちの誘拐事件に関しては、俺はガウェインとの橋渡し役として務めることにした。

トレスヴュールはスラムとはちょうど真反対の位置にあり、移動に難があったから俺が抜擢されたというわけだ。

俺が住んでいる平民街は両方の中間地点あたりにあったため都合もよかった。

他の手段もあっただろうが、これは自分からその役割を担わせてもらった。

俺が出来ることなんて高が知れている。

スラムには不慣れ、かといってそれ以外のところも得意というわけでもない。おまけに対人スキルは絶望的。

情報収集という面については役立たずとしかいえない。

 だが……俺には誰かを救える力がある。

未だ未熟ながらも他の人にはないスキルがある。

自分の力が及ばないことはスラムで十二分にわかった。だから魔術の練習は今まで以上に頑張らなければいけないだろう。

変な声が聞こえたりして、多少の不安材料はあるが。あれからあの声は聞こえなくなった。一体何だったんだろう。

 これからの日々を思い、気力が充実していく感じがする。

何かを成すため、目的が出来ることがこんな気持ちを湧き起こすなんて知らなかった。

逸る気持ちが足をいつのまにか速くして、俺は帰路を走って駆け抜けるのだった。

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