第三十二話 不穏な影
ある種の一体感が生まれ、妙に俺たちは和気藹々としていた。
俺がまだ動けないこともあって部屋はそのままだったが、薄暗さを気にしたプリムラが窓を開けてくれたおかげで日の光が入り多少マシになった。
どうやら追っ手が来ないか気にして閉め切っていたらしいが、あれから数時間は経っている。
大丈夫と見ても問題はないだろう。
ただ、光が入ったことで室内の埃が更に目立つ結果となってしまったのは非常に残念だった。
その様子を見てプリムラがどこかうずうずしていたが、掃除をしたかったのだろうか。
掃除するための道具もないし、それは諦めるしかないだろう。
不衛生なのは仕方ないが、ベッドの周りはさすがに寝所ということもあって比較的マシだったのは不幸中の幸いだった。
自己紹介がある程度済んだ後に、俺たちは噴水場での出会いのことを騒がしく話していた。
その話をし出して、あの時は悪かったのだとテトがまた蒸し返せば、プリムラがツンケンとし始める。
俺は内心こいつら実は仲いいんじゃねぇか、と思い始めた時にふと思い出した。
そういえばあの時、誘拐がどうのこうのと言っていたような。
何気なく俺がそのことについてテトに尋ねると、三人の様子が一変したのだ。
「……スラム街を中心に老若男女問わずに人が消えているんだ」
難しい顔をしたテトが苦々しくそう言うと、その隣にいたラトリは悔しそうに歯噛みした。
ルーイに至っては顔を伏せてその表情を見せてはくれなかった。
三人の反応にプリムラは戸惑いを隠せていない。かくいう俺もそうだった。
「もしかして、俺がその誘拐された人だと思っていたのか」
「そうだ。身なりのいい貴族らしき人物……つまりプリムラだな。プリムラと何やらもめていたようだから」
なるほど、それで俺たちに突っかかってきた、と。
にしてもそれは短絡すぎではなかろうか。そんなことで疑いを持てばきりがない気がするんだが。
それだけ必死だったってことか?
「……もしかして、貴方のお友達がそれに?」
「……あぁ。そうだ。だから手がかりになりそうなお前たちに話しかけた。仲間を、家族を助けたかったから」
多くは語りたくないのか口を閉ざすテト。その様子に続く言葉をかけられずに、プリムラも同じように黙った。
必死に探す理由が家族と聞いて、俺は胸を打たれるような気持ちになった。
家族、というワードは俺にとって琴線に触れるものだったのだから。
そうじゃなくても大きな借りがある身だ。テトたちがいなければ、どうなっていたかわからない。
どうにかして助けたいと思ってしまう。
……スラム中部にいけば何かしらの情報が得られるかもしれない。
中部で遭遇したあの男たちが無関係だとは俺には思えなかった。プリムラを攫おうとしていたし、タイミングも合致している。
偶然と片付けることも出来る。スラムは物騒な所だから事件には事欠かないだろう。
しかし、何かがひっかかる。それがなんなのかは俺にはわからないが……。
もやもやした気持ちを引き摺りつつ、暗くなった雰囲気を払拭するように俺は口を開いた。
「テト、詳しく話を聞かせてもらってもいいか?」
結果として話を聞けば聞くほど彼らの顔は沈み出し空気は更に重みを増した。
俺とプリムラを助けてくれた彼らの表情が苦渋に満ちているのには心がとても痛い。
可愛そうだとは思うが、力になりたいのならばどうなっているか知らなければならない。
例え傷を再び抉り出すことになろうとも。
事の発端はテトたちの仲間が一人消えたことから話は始まる。
その少年は仲間の中でも古参に入るほど付き合いが長く、明るくて場の雰囲気を盛り上げてくれるムードメーカー的な存在だったらしい。
テトたちのチームは拠点がいくつかあり、そこの数点を常用して使っていた。
全員が同じ場所に集まることは稀で、一週間のうち一日だけ集会みたいな物を開いて現状を把握していたそうだ。
だから数日の間、その少年の姿が見えなくなっても誰も気にすることはなかった。
交友関係の広さでは少年が仲間内でも一番だったから、どうせどこかでまた寝泊りしているのだろうと放っておいたそうだ。
気づいたのは集会が開かれたその日のことである。
集会に欠席する場合は仲間の誰かに報告するのが常であり、他の仲間はともかく少年がその掟を破ることは今までなかったそうだ。
その初めての一回が、まさか少年の失踪に繋がるとはその時誰も思っていなかったらしい。
「数日、数週間と時間は経っていったよ……未だにあいつは見つからない。消えたその日に俺たちが探していれば何か違っていたかもしれないのに……ッッ!!」
「テト、それは……」
「わかっている!わかってるけど、それでも……」
やるせない怒りを誰かにぶつけることも出来ず、握り締めた拳の行く先はどこへ行くこともなく。テトは嘆き苦しむ。
後悔に身をやつせば今を変えられるというわけではない。そんなことはテトだってわかっているだろう。
だがそれでも、もしもを考えてしまうのはいけないことなのだろうか。
後悔のない人生を過ごす人など、おそらくいない。
思い返せば楽しいことだった、と笑い話に変えることは出来ても、その時その場で覚えた苦しみは確かにあったのだから。
あの時にああすればよかった、と傷を抱えて人は成長いくのだと俺は思う。
だから俺はテトのそんな苦悩を無駄だとは思わない。考えることを止めればどうなるか、俺は知っていたから。
足踏みして無駄に人生を過ごした前の自分とテトは重ならない。
後悔に苛まれていても探し続ける彼に、俺が口を挟むことは何もないだろう。
ただこの手を貸すことはできる。俺自身の力ではないのが不甲斐ないが……。
(あいつを頼ってみるか)
実は俺にはとある情報筋がある。頼るには些か難がある人物だが、協力して貰えれば大きな力になるのは間違いない。
頭の中で算段をつけていた所、急にプリムラがベッドの端から立ち上がり、テトの前へと躍り出た。
憤慨するその顔は誰に対してのものか。
ドレスを翻しながら毅然と立つその姿は戦乙女のようであり、顔や体に付着した泥や汚れは彼女の勇ましさを演出する道具でしかない。
プリムラ……?
「私、手伝いますわ!!」
「え?」
「貴方たちのお友達を探すの、手伝いますわっ!!」
「どうして……?」
「どうしてって、えっと、その……」
おそらく見切り発車でいてもたってもいられずに言葉を発したに違いない。感情的になると言葉よりも先に体で動く彼女のことだ。
噴水場でも似たようなことが起きていたな、と俺は思い、逆に自分は考えすぎて行動が遅れるのだと今も思い知らされる。
困り顔でいるプリムラに助け舟を出そうとしたが、彼女は名案を思いついたとでも言うより晴れやかな顔で言い放った。
「私、騎士の家系ですの!困っている人を助けるのは当然ですわ!!」
初耳な情報ではあるがそうなのか?
プリムラのことをよく知らない俺には判断は出来ないが、そんなことで嘘をつくとは思えない。
それに内心は推し量ることしかできないが、本心は言葉通りではないはずだ。
その言いようでは騎士の義務で助ける、と言っているようなものでテトたちは素直にそれを受け取らない気がする。
現にテトは渋い顔をするだけで反応はよくなかった。
話を聞いた限りでは行き詰っているらしく、猫の手も借りたい状況だろうに。言葉が少し違うだけで思いは簡単に届かなくなる。
「俺にも手伝わせてくれないか?」
ようやく俺が声を出せば他の皆全ての視線がこちらに向いた。
三人の視線には戸惑いが混じっていたが、プリムラはぱぁーっと嬉しそうに笑顔を輝かせていた。
「し、しかし、プリムラも怖い目にあっただろうし、ミコトはそんなに怪我をしているじゃないか」
「うっ……た、確かに怖くはありましたけれど、貴方のお話を聞いて見過ごすわけにもいきませんわ!」
「俺のことは気にするな。こんなものすぐにでも治る」
それは嘘ではない。確かに全身のいたるところが痛くてまともに歩けるのも怪しいが、家に帰ればミライがいる。
回復魔術である程度は治ることだろう。それよりもこの怪我の言い訳を考えるのが非常に億劫なわけだが。
慌てふためいて心配に涙目になりながら、あくせくと俺の周りを動くその姿が容易に浮かぶ。
家を出かけてから一日も経っていないのに、ミライへの懐かしさを感じながらテトの言葉を待った。
俺たちの言葉を聞いて、それでも迷っているテトが焦りながら口を開く。
「これ以上危ない目に会わせるわけにも、傷をつけさせるわけにもいかないだろう。お前たちは女の子なんだから」
「………………」
まさしく紳士発言である。スラム街にいるのがおしいほどのいい男、テト先輩。パイセン、ぱねーっす。
テトの反応は俺にとって慣れていることではあるが、こんな場面で出なくてもいいだろう。マジで。
脱力しそうになるが、その発言には異議あり!と声高く申し立てなければいけない。
「俺、男だから」
「………………」
「俺、男だから!」
ん?という顔をするな、お前ら。頼む。
え?という顔をするな、プリムラ。もう突っ込みたくないよ。
ローズブライド家で開発したこの魔法の言葉は、どうやら自分以外にはあまり効果がないらしい。
自分が男なのだと説明するのがいかに情けないか、改めて思い知るのだった。
『思考進化の連携術士 EE』にてやっぱり生きてたあの男の話が掲載されてます。
読まなくても差し障りはありませんが、興味を持たれた方はどうぞご覧ください。
ここまでお読みいただきありがとうございました。