第三十一話 それから
なんとかプリムラをなだめることに成功すると、テトから事の顛末を聞きだすことにした。
うろたえたことが恥ずかしかったのかプリムラは顔を赤くしていたが、やぶ蛇になりそうなので突っ込みはしない。
俺は体調のことも考えてベッドに寝たまま聞くことにした。
体は動けないほどではないが、これ以上心配かけるわけにもいかないだろう。
「さて、何から話すべきか……」
「全部だ。あれからのこと全部」
「あれって、お前が物騒な魔術?みたいなのあいつに使った後のことか?」
「そうだ。それと俺のことはお前じゃなくてミコトって呼んでくれ」
「ミコト……。ここらでは聞かない珍しい名前だな」
「何か文句あるか?」
「いや、綺麗な響きだな、って思っただけだよ。似合ってる」
こいつ、俺のことを口説きたいのか?イケメンスマイルするんじゃねぇよ。
なんでこいつの顔がキラキラして見えるんだ。すごく爆発して欲しい。
まぁそんなやっかみはさておいて、だ。まじめに話を聞くとしよう。
「立ったままってのもアレだし、ベッドにでも座ったらどうだ?」
「ん?あぁ、まぁ体に差し障りないなら」
この部屋には他に椅子などといった座るものがなく、ただベッドがぽつんと置いてあるだけだった。
座れる場所と言えば埃まみれの床ぐらいしかなくて、必然的に残りはベッドしかない。
テトに気遣った、というわけでもなく立ったままで話されるとこちらとしても居心地がよくない。
見下ろされるのは、どうしても威圧されているみたいで気分が悪いしな。
黙ってそれに頷くと、彼はベッドの端に腰を下ろした。
それと同時に何故かプリムラも同じように腰を下ろす。
「……」
いや、女の子を立たせておくのも確かにいけないことではあるが、何故に枕元に座るのか。
至近距離にプリムラのお尻があるかと思うと、落ち着かないことこの上ない。
すぐ横を向けば、こんにちは、だぞ?挨拶されちゃうぞ、お尻に。
けして俺がロリコンと言うわけではないんだが、ほら、俺は女に対して免疫がないだろ。それでだ。
警戒心がなさすぎではないか、と思ったが注意をすれば意識をしているようでそれはそれで恥ずかしい。
ここは俺が無心を貫くしかないだろう。
渋面になった俺をテトがどう思っているかはわからないが、それから話は始まった。
規格外ともいえる風の魔術を俺が放った後のこと……テトは身の危険を感じてすぐさま建物の影に逃げ込んだ。
その予感は当たっていて、隠れてから間もなく吹き荒ぶ風が巻き起こった。
風が起こしたとも思えない激しい音が鳴り響き、耳を塞ぎながら過ぎ去るのを待っていたそうだ。
おそらく、隠れていなければ体ごと吹き飛ばされていただろう。
テトがいた場所は魔術が爆発した位置に近く、影響も大いに受けただろうから。
吹き飛ばされて、壁に叩きつけられただけでも惨事になりかねない。
俺としても予想だにしない魔術の結果となってしまったので、テトが無事でいたことを喜ぶしかない。
そうして嵐が静まった後に顔を覗かせれば、地面に倒れこんでいる俺がいた、というわけだ。
急いで駆け寄ると、意識を失っていた俺はうんともすんとも言わず、テトは慌てふためいたらしい。
身振り手振りでその時のことを必死に話す姿は、こいつは本当に俺のことを心配していたんだな、と思うとテトには悪いが少しだけおかしかった。
自然と笑っていた俺をテトは不思議そうな目で見ていたが、話の途中だったから深く突っ込むことはしないようだ。
「それからラトリとルーイが来てくれてな、ミコトとその子を一緒に担いでいってくれたんだ」
「ラトリとルーイが?」
「ああ。どうやらあいつらも物陰に隠れていたらしいな」
嬉しそうにそう言って話すテト。いないと思っていた人がいてくれたその嬉しさを噛み締めている。
そんな様子を見て、俺は仲間という絆を見たような気がした。
ラトリとルーイはたぶん俺を助ける為に残ったのではないだろう。テトという仲間がいたからこそ、その場に残った。
正直、俺はそんな三人のことがとても羨ましい、と思ってしまった。
そんな俺の心の中を知る由もないテトは、それからここまで運んだんだ、と得意げに話を締めた。
更に詳しく俺が聞くと、どうやらここはテトたちにとっての拠点の一つらしい。
緊急時に寝泊りするだけの簡単な施設らしく、それで掃除もろくにしてはいないという話だ。
ふーん、と俺が言った時にテトの目が少し泳いでいたことから、本拠地もそう変わらないのではないか、と思ってしまった。
(男の消息は掴めずじまい、か)
話の内容に男のことはあまり出てこない。俺がそのことについて聞いてみても、姿が見えなくなってからわからない、という。
男に見つかってしまえば今度こそ万事休す、となってしまうから急いでその場を離れたそうだ。
男は死んでしまったのだろうか?俺は人を殺してしまったのだろうか。
だが俺はなんとなくまだ生きているような気がしていた。
俺のただの希望的観測かもしれないが、あれだけの死闘を演じた奴のことだ。未だにしぶとく生きていてもおかしくない。
二度と会いたくないという気持ちが強いが、街の片隅であいつのことを見かけたいという気持ちも多分にある。
結局の所、覚悟を決め切れていなかった俺はそのことに苦笑するしかないのだった。
「ミコト、私にその方を紹介してくださらないんですの?」
話がちょうど終わった頃、枕元で口を挟むことなく静かだったプリムラがそう俺に目を向けて話しかけた。
そういえば……プリムラはテトとはまともに話すのは初めてだったな。
噴水場で別れてからそれっきりだ。
話の流れから自分たちを助けた人ということはわかっただろうが、それ以外は何もわかっていないのだろう。
テトに直接話しかけないのは淑女のたしなみというより、これはびびっているのか?
あの時、プリムラは興奮していたから別だが、ちゃんと話すとなると臆病の虫が顔を出すのかもしれない。
普通にその気持ちがわかる俺はテトのことを紹介しようとしたが、その前に、
「あの時はすまん!!」
と、テトが大きな声を出して頭を下げた。びっくりしたのはプリムラだけでなく、俺もだ。
そういえば、突っかかってきたのはテトの方だったな。お前らはどこのどいつだーとか言っていたような気がする。
「本当にすまなかった……。俺が余計なことをしたせいでお前らをあんな目に合わせてしまった」
「……あ。ふ、ふん、わかればいいんですのよ!!」
おい。お前、今そういえばそうだった!って顔してただろ。絶対忘れていただろ。俺もだけどさ。
しかしこのお嬢様はなんで突っかかろうとするのか。腹が立っているのかもしれんが、話を聞いていたからわかるだろ。
こいつが命の危険を犯してでも助けに来てくれたって。
俺だけがあそこにいてもダメだった。テトがいたからこそ、という部分が多い。
……まぁ、素直になりきれないだけかもしれんが、なんとも不器用なお嬢様だ。
俺も大概だけどな。伸ばしに伸ばしているあのことも、プリムラに話していないし。
発端となったのは何もテトだけのせいではない。俺のせいでもある。
そう思えばテトを援護したい気持ちにもなるが、そんなことをすればプリムラの機嫌は悪くなってしまうだろうことは明白だ。
何かうまい言い分はないものか……。
「何か面白いことになってるね」
「めっずらしー。テトが頭下げてやんの」
頭を悩ませようとしていた時、入り口のほうからそう声が聞こえてきた。
見れば悪ガキという言葉が似合う笑顔を携えるラトリ、そしてぼんやりとした表情をしているルーイがそこに。
二人は部屋の中に足を進めると、俺の前にその姿を現した。
「ラトリとルーイ、だっけ」
「そうだよ」
「おう、お前すっげぇ奴だと思うがちゃんと体は大事にしろよ?」
すっげぇ奴……?あぁ、あの戦いを見ていたのか。
いきなりそんなことを言われて戸惑うだけだが、こいつらも俺を助けてくれた人たちだ。ちゃんとお礼を言うべきだろう。
ちょうど三人がここに揃ったことだし、俺は体を起こして三人を順に見渡した。
「テト、ラトリ、ルーイ」
「??」
ありがとう、と言う前に俺はどんな顔をして言えばいいのか迷った。
思えば俺は他人に対してそんなことを言った覚えがない。心の中では思っていても、口に出したことはなかった。
単純に人との付き合いがなかった、という理由もあるが、ひどい人生だったせいでそんなことを言う機会があまりなかったとも言える。
それでも俺がミコトとして生まれ変わってからは、幸せにもそんな機会に恵まれてきた。
ミライと一緒に過ごすようになってからは、毎日がそうだ。
そんな俺が言い出せないもどかしい気持ちを抱えていた時、ミライはこう教えてくれた。
ありがとうという言葉に思いを乗せて、そうして笑ってくれればいい、と。
そうすれば笑顔が私にも移ってみんなが幸せになれるね、と言ってくれた。
なら俺は素直にそれを実践するとしよう。未だにミライという家族にしか伝えたことがない言葉を乗せて。
「ありがとう」
「…………」
笑顔でそう伝えれば、どこかで見たような呆け顔を晒す三人。
赤みがかった頬は照れているせいだろうか。それでも俺は三人に笑顔を向けた。
ぞんざいに言葉を伝えたりしていない。ありがという意味をちゃんと噛み締めて声に乗せた。
お前たちに忘れない感謝を。俺は本当に心の底からそう思っている。
だがそんな中、水を差すような一言が呟かれる。
「かわいい……」
ぽつりと小さくそんな声である。プリムラだった。なんでお前やねん。
いや、他の三人がそんなことを言っても困るが。空気読みましょうお嬢様。
笑顔が苦笑へと変わる時、三人も金縛りから解かれた様にはっとした。
残念がる声も聞こえてきたのだが、やはりそれもプリムラだった。
全く、こいつはしょうがねぇな……。
ため息もつきたくなるが、空気をリセットしたという意味では感謝しなければならないだろう。
あのままだと変な空気になったかもしれないしな。
まぁだからと言って、こいつにさっきみたいな笑顔でありがとうなんて言わないが。
どこかで、ひどいですわ!という声が聞こえたような気がするが、努めてそれは無視することに俺はしたのだった。