第二十九話 刃は二度きらめく
「は、ははは。当たらん。当たらんなぁ!俺の攻撃が全然届かんぞ!!」
男の言う通り、俺が高速思考とCブーストを使い出してから奴の攻撃はかすりさえしなくなった。
そのことを嬉しそうに言うこの男も大概だが、実の所それで有利に立っているとも言えない。
異常にこの男は耐久力があるのか、いくら攻撃を当てようと倒れないのだ。
肌が見える箇所には早くも青あざが浮かび上がっていたり、男の息遣いが段々と荒くなりだしていることから効いていないということはないだろうが。
俺のMPが尽きて動けなくなるか、はたまた避けきれなくなって攻撃をもらってしまうか……。
そうなる前に決着をつけなければならない。
しばらくの戦闘の後、散発した攻撃ではダメージの通りが悪いと思い、俺は一箇所に集中して攻撃を当てることに考えを改める。
狙うは腹。
上半身はこちらの身長とリーチの関係上、飛び上がりでもしない限り攻撃が届かない。
手や足は相手の攻撃を逆手にとってカウンターを叩き込む機会は多いが、決定打にはならない。
足を狙えば確かに機動力が奪え逃げる機会が作れるかもしれないが、見た目通りに骨格がしっかりしていてダメージの通りが悪い。
大技を放てばその骨さえ砕けるかもしれないが、まず今は無理だ。隙が大きすぎるし、当たる気がしない。
腹部ならば内臓にダメージを通しやすく、少し攻撃が当たりにくいものの届かないわけではない。
だが、その為には更に接近戦を仕掛けなければならず、相応に危険も高くなる。
今更の話だがな!
数発、狙い通りの腹に打撃を与えるが、筋肉の壁に守られているせいか思うような効果が与えられない。
逆に反撃を受けて、ぶおん、と人の手で鳴らされた音とは思えない風きり音を耳元で聞き、死が通り過ぎていく。
零距離での打ち合いは苛烈という一言に尽きた。絶えず轟音が鳴り響き、俺を仕留めようと執拗に狙い続ける。
出会い頭に俺を体ごと吹き飛ばした時の様な強力な蹴り上げをバックステップで避け、かと思えば過ぎ去ったことを安心する暇もなく派生した踵落としが襲い来る。
くらえば頭蓋骨を粉砕し絶命に至らしめるであろう一撃を、半身にして髪の端の数本分犠牲にして避けた。
無防備な腹がこれ見よがしに晒される。相手の攻撃の後にこそ最大のチャンスが生まれる。
だがしかし、俺は嫌な予感を覚えて一旦距離を離した。
すると次の瞬間には俺がいた位置に、鎌で刈り取るような変則的な横なぎの蹴りが空を切る。
どうやら踵落としを途中で止め、その足で横なぎに払うつもりだったらしい。
あれに捕まればそのまま吹き飛ばされ、一気に畳み掛けられていただろう。それだけぎりぎりの戦いだった。
三段構えの見たこともない連携だったが、避けられたのは奇跡に近い。
こうやってデータにないトリッキーな動きは予知できず、今のように勘に頼るしかない。
……しかし、何度も初見の攻撃をこうして避けれてるのは果たして偶然か。
何かしらのスキルでもまた会得したのか、それとも先ほどの声のせいか……?
「お前も楽しいだろ!?生きている実感が湧くよなぁっ!」
「ハァッ!!」
戦闘狂がっ!一緒にするんじゃねぇ!
笑いながら攻撃をするという器用なことをこなす男に、返す言葉などなく応戦する。
攻撃を回避し、裂帛の気合をもってバカの一つ覚えの掌打を腹にぶち込む。
その時、初めて腹の打撃で苦しげに顔を歪める男。俺は直感でここしかないと悟った。
危険を承知の上で一泊の間も与えず、寸分の狂いなく同じ場所に掌打。更にもう一つ。
ようやく効いてきたのか、一歩、男がうめきながら足を後退させる。
その隙を見計らい、俺は弓を引くように力を溜めそれが限界まで達した時、最後の掌打を打ち放った。
深く、深くまで腹に突き刺さり、天然の筋肉の壁を通り越してダメージが中にまで通った事を感じる。
だが、男もさることながら。
連続攻撃をくらい被害も甚大だろうに身を止めることなく、その太い腕を横に振り払う。
攻撃の硬直で俺は動けずに、高速思考を使い出してから初めてまともにくらってしまい吹き飛ばされた。
「ぉぇ……。ぐぅ……はぁ、はぁ、はぁ」
「ッ……クソ」
まだ倒れない。これだけやっても倒すことができない。
外聞を気にすることなく口から胃の中のものを吐き出す男だが、その足はしっかりと地につきまだまだ健在だった。
一方、俺の方はというと苦し紛れの攻撃をくらっただけだというのに、足にきている。
疲労の積み重ねか、本格的に体にガタがきているのか、ともかくこちらも動くことは出来ない。
男の無駄口も叩かない様子を見て、俺は仕掛けるべきはここだと確信する。
失敗すればもはや打つ手はなくなるだろう。だから、頼むぞ。
「テト!いけぇ!!」
「ッッ」
「なに!?」
伏兵に忍ばせておいたテトが物陰に隠れていたその身を晒し、いつのまにか拾っていた短刀を男に向けて投擲した。
短刀は回転しながらまっすぐに男の腹部あたりに向けてその軌跡を辿る。
俺がテトに頼んだのはこれだった。
囁き声で伝えた内容は、合図を出したら男に短刀をまっすぐに投げろ、ということ。
テトは期待通りに応えてくれた。
最初ならばそれこそ意識をせずとも回避できるかもしれない。だが余裕がなくなっている今ならばどうだ。
「甘いんだよッ!!」
しかしこの男はそれでも回避することに成功してしまう。腹部を押さえながらも身を必死に捻って刃から遠ざかる。
テトが絶望にその顔を染めているのがここからでも見えた。決死の思いでやってくれたのだろう。
だが俺はその思いを無駄にはしない。
回避されることなど想定の範囲内であったのだから。
俺と男、そしてテトの位置を線で繋げると一本の直線となる。そして俺がテトに注文したことは、短刀をまっすぐに投げること。
つまり外れた短刀はこちらに向かって今も空を彷徨っている。
回転しながらこちらに飛び込んでくるそれを、俺は男に向かって弾き返すのだ。
高速思考を使い、回る数が数えられるほど遅くなった短刀を背にくるりと俺は体を回した。
拳でつき返すだけでは勢いが足りない。考えついたのは回し蹴り。
遠心する力を利用して足りない力を補う。
一つ間違えれば俺の足に短刀が刺さってしまうだろうが、そんなこと微塵も考えなかった。
いつ短刀がこちらに辿り着き、俺がいつ蹴りを放てばいいのだとかそんな答えはすでに出ていた。
極限にまで高められた思考が導き出した答えは、現実として今ここに現れる。
「ッラァァァァァァァァ!!」
果たして、短刀の底を蹴りが正確に捉え、投げ込まれた勢いを数倍に増した速度でその刃は跳ね返された。
向かう先は男の太もも。コントロールをちゃんとつけられたのは上々といえるだろう。
文字通り、返しの刃が襲い掛かってくるなどさすがに男も思っていなかったのか、驚愕に目を見開き、そしてその刃は深く足に突き刺さる。
「っがぁぁぁぁぁぁぁああ!?」
悲鳴を上げて膝をつく男をよそに、俺は最後の詰めへと入る。
この男をこれだけで仕留めた気にはなってはいない。おそらく、短刀が突き刺さりながらでも戦いを続行するだろう。
だから完膚なきまでに叩き潰さなければならない。
「オッサン、俺、さっき言ったよな」
「……何を言っている」
脂汗をかきながらも気丈に反応する男に賞賛したい気持ちになる。俺なら泣き叫んで転げまわっていてもおかしくないだろう。
初め、わけもわからずこちらを殺しにきた男だったが、こういう所は素直にすごいと思わざるおえない。
「本気出すから死ぬなよ、ってさ」
「俺はまだ死んでねぇぞ!小僧!!負けちゃいねぇ!!」
「ああ、だから今からのことだよ」
男の後方を見て誰もいないことを確認する。テトは右端の建物付近まで移動しているようだった。
呆然とこちらの成り行きを見守るテトに、俺は一つ頷きを返した。よくやってくれた、と。
それから俺は男に向き直すと、男は早くも立ち上がって戦いを続ける意志を見せ付けた。
やはりこうなってしまうか、と思わずにはいられない。諦観の念に駆られながら、最後の甘さを捨てる。
そうして覚悟を決めて、俺はありったけの思いを込めながら詠唱を唱える。
フィーリングブーストが作用し、風の魔術が残りのMPを吸い尽くし増幅される。
空を切り裂き、穿ち、放たれる風の刃。
「風よ、放て!ウィンド!!」
某ゲーム買ってしまったので、ちょっと更新ペース落ちるかもです。
詳細は活動記録にて。ただスラム編が終わるまではペース維持したいと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。