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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第一章 幼少期 リヒテン編 『信じるものは救われない』
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第三話 ミライの職業

 物価というものがこの世界ではどの程度なのか知る由もないが(買い物に連れられても銅貨・銀貨を使ってるぐらいしかわからん)、女手一つで暮らせるほど容易ではないことはわかる。

色々と物入りになる子供を抱えて送る生活は大変の一言だろう。

記憶が蘇り始めた頃はあの手この手で苦労をかけていたが、最近では手のかからないように大人しくしている。

せめてもの罪滅ぼしだ。

しかし、そんな俺の様子を見てどこか残念そうな顔をしているミライは、もしかして母親の苦労というものをまだまだ体験したかったのだろうか。

ともかく子供の世話、という点では他の家庭よりは楽だろうとは思う。

それとは別にお金の問題だ。




 「ミコトミコト、ご本読んであげよっか?」

 「……うん」


 それはある昼下がりの午後のこと。ちょうど昼食を終えて後片付けも終わり、まったりとした時間を過ごしていた時の事だ。

ニコニコとミライが微笑みながらそう聞いてきた。

若干照れが入り返事が遅れたのは勘弁して欲しい。まだまだこの関係に慣れていないのだ。

 そんな俺の返事を聞くが早いか俺の体をひょいと両手で抱え、いとも簡単にミライは自分の膝の上に持っていった。

手馴れたその様子からわかるように、ミライに本を読んでもらうときはもっぱらこのスタイルである。

ベッドの縁に腰掛けて、窓から差し込む光を照明にして絵本を広げる。

背中に伝わってくるぬくもりに頬が少し熱くなってくるが、それと同時に心にも何か暖かいものが流れ込んできた。

子守唄のように優しい調べで、ミライは絵本の中の物語を語っていく。

こうして家にいる間、家事以外の自由な時間は俺に付きっ切りになってくれているミライ。

俺としては嬉しい反面、非常に疑問に思うことがある。


 (いつ働いているんだろう……)




 この世界の時間の単位は地球とあまり変わらない。

秒、分、時。

一日は二十四時間で成り立ち、一週間は七日。一ヶ月はおおよそ三十日。

一年は十二ヶ月と酷似している。

ただ曜日に関しては名称が違うようである。月曜日にあたる日にちのことを月の精霊の名前を借り受けて呼んでいる。

月の精霊は、ふぁ、ファナディール?だったか。ともかくそんな感じだ。

後の日についても同じように精霊の名前がつけられている。

ここで面白い所は、地球での曜日と付けられた精霊の属性が似通っていることだ。

例えば月曜ならば月の精霊、火曜ならば火の精霊といったところだ。

水曜、木曜、土曜に関しては予定調和と言ったところだったが、金曜と日曜だけは闇と光の精霊の名前らしい。

 さて、そんな精霊達の一週間と呼ばれる七日間。

七日の内、日曜にあたる光の精霊であるクレマティスと呼ばれる一日だけは休日となるらしく、特定の機関および施設を除いて全て休みとなる。

これは法に基づいた休日らしく、もしも働いている所など見られたら罪に問われる。

働いて牢屋に入れられるとかワーカーホリック涙目である。

だから人々は残りの六日で金銭を稼いだり日々の営みをするわけだが、ここでようやくミライの話へと戻る。

俺ん家の母親、大体家にいるんだけどこれ大丈夫か。


 「お母さん、聞きたいことがあるんだけど」

 「ん?なになに?」


 絵本の中の物語が佳境に入った頃、俺は遮るように口を挟んだ。

ミライはそれを気にした様子もなく小首を傾げ、胸元にある俺の顔を覗き込んだ。超至近距離である。

睫毛細くてなげーな、と思いつつ怯むことなく俺は言葉を続けた。


 「お母さんのお仕事って、なーに?」


 子供らしさを意識したぶりっ子演技。最初のうち自分でもこれはないだろ、と思っていたのだが思いの外ミライには好評のようである。

素のままだと明らかに子供っぽくないので仕方ないのだ。ならばいっそ徹底した方がばれることも少ないだろう。

演技と思えば恥ずかしくない。……嘘ついた、若干まだ恥ずかしい。


 「あら、どうしたの?突然ね。お姫様は大丈夫なの、って聞かれるのかと思ってたわ」


 絵本のお話は王子がお姫様を助けに行くところでストップしている。

内容はよくある展開で正直結末も予想がつく。それでも本をよく読んでもらっているのは字を学ぶためだ。

言葉はなんとか習得しつつあるが、文字については未だ自分一人だと読めない。


 「んーん。それも気になるけど、お仕事の方知りたいー」


 ぶりっ子演技絶好調。けして自分を第三者視点で見てはいけない。

媚び媚びの声で上目遣いにミライを見上げると、ほにゃら、と顔を崩して目じりを下げるミライ。

きっと俺のことを可愛いと思っているんだろうな、と推測するがお前のほうが可愛いんだよ、と俺は言いたい。

俺、前世も合わせると魔法使いになれる歳なんだよなぁ……こんなやつが可愛いなんてありえないよ、お母さん。

 ミライは絵本をベッドにそっと置くと、俺の体を抱っこするようにぎゅっと抱いた。

おい、着やせすると俺の中でも評判の豊満ボディが背中に当たってますよ。

いいぞ、もっとやれ。

心の中ではゲス顔で煽っている俺だが、現実の俺は緊張で体をカチカチにしているところであった。

未だに人との触れ合いというものに慣れていない。前もって心の準備があればなんとかはなるが、突発的にされるとこうやって緊張してしまう。

すまない、ヘタレなんだ。

別の部分をカチカチにすればよかった?

バカヤロウ。ミライお母さんはそういう対象じゃねぇんだよ。


 「そうだねぇ……」


 と言いつつ、ゆらゆらと前後に体を揺らすミライ。一緒に揺れる俺の体。

なんだこの天然素材の揺り篭は。ぐぬぬ、あ、抗えない。

緊張も次第に溶け、とてつもないリラックス効果を生み出す。体から力が抜けていき、自然とミライに体を預ける形となる。

もしかしたら、俺がミライを意識していることに気づいたのかもしれない。

 ……母親に抱きしめられて、緊張する子供、か。

ミライは俺のことをどう思っているのだろうか。俺が逆の立場なら、嫌われていると思うかもしれない。

それだけは絶対にないのに。嫌いだなんてありえない。

思ったままの言葉を声に出して伝えればいいのかもしれない。

 だが、それでも俺はきっと不意にミライに触れられれば反射的に反応してしまうだろう。

それではダメだ。きっとお互いが傷つくだけになる。

だから今は言えない。

俺がミライに、お母さんに自然と接するようになるその時まで、胸の内に秘めたこの思いは言葉として出ることはないだろう。

いつかそんな時が来てくれるのを俺は……。


 しばらくな何か迷うように時間が経つが、特に気にもならなかった。

考え事をしていたということもあるし、段々と瞼が重くなってきたせいでもある。

それから本格的に睡魔が侵攻を開始し、俺がうとうとし始める頃にようやくミライは先ほどの答えを返した。


 「お母さんはね、魔法使いなんだよ」


 ほう、奇遇ですな。実は俺も魔法使いなんですよ。

魔法使いというのはだな、三十歳を超えてもなお他者と混じることなく生き続けてきたピュアブラッドに捧げられる称号でしてね。

かくいう俺もそのピュアブラッドでしてね。ピュッアピュアなんだよね。

 ……いかん、揺り篭のおかげで脳みそが溶けているのか、クソみたいなこと考えてた。

恐ろしいコンボである。

うららかな昼下がりにこんなことされれば陥落間違いなしじゃねぇか。

まぁそんなことよりもだ。


 「まほうつかい?」

 「そう、魔法使いよ」


 若干ドヤ顔で仰っていらっしゃるんですが、なんだこの生き物は。愛でたい。

思わず手を伸ばして頭を撫でてやろうとするが子供の短い手では届くことがなく、ぺちぺちと頬を軽く叩くことになった。

この頬がまたきめ細かく弾力があり、よく手触りがいいものに対してシルクのような、と言うがまさにそれである。

なんだこれ。プニりたい。

ミライはそんな俺の行為にくすぐったそうに笑うだけだった。

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