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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第一章 幼少期 リヒテン編 『信じるものは救われない』
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第二十七話 復活の兆し

 今の俺は正直言ってどこもかしくもガタガタだった。

度重なる苛烈なる打ち合い。休み休みに回復はしているが魔力は風前の灯。

あまりに体を酷使してブーストを使いすぎたのか、体も五体満足な所を探すのも難しい。

 対する相手の男は未だに余力を残している。こっちは汗だくだって言うのに奴は一滴もかいていない。

動きの節々に余裕が見え隠れしているのもなんとも憎たらしい。

俺相手に全力を出すまでもないと言ったところか。

手加減をされていることは腹正しくもあるが、付け入る隙は今の所それぐらいしかない。

 それでも俺の攻撃が当たったとして、まともにダメージが入るか微妙な所だが。

さっきから柳を殴っているかのように手ごたえが全然感じられず、苛立ちが頂点に達していた。

おそらく、何かしらの技みたいなものを使われているのだろう。

あまりの手ごたえのなさにイライラしてしまって、逆にこっちが奴の攻撃を受けてしまったのはかなりの痛手だが。


 「まだおねんねの時間じゃないだろ?小僧」

 「ったりめーだろ、クソヤロウ……」


 咳き込みながらも悪態をつくことは忘れない。どの程度吹っ飛ばされたんだ?

クソが。ぽんぽんと飛ばしやがって、俺はバッティングセンターのボールじゃねぇんだよ。

腹にいい一撃を貰ったがそこまで威力はなかったのか俺は生きていた。

無事と言えるかは怪しい所だが、まだ負けてない。

例え立つことさえ苦労するような状態になった今でさえ戦える。

魔力の回復のためブーストを切っているがマジでこりゃブリキ状態だな。体が重くて仕方ない。

痛みは気合で我慢するしかないが、体が言うことを聞かなくなるのだけは勘弁だ。

これはもうまともに動けるのはブースト状態の時しかない、か。

視界の隅にある自分のMP残量はあまりに少ない。HPに至ってはレッドゾーンに突入している。

ご丁寧にHPの文字の色が赤色に変わっているのは何の冗談だよ。だがあれが本当の意味での警告と知っているから笑うに笑えない。


 俺は震える体を無理に起こし、再度男に対峙する。

活路が見出せないままだがこんな所で諦めるのだけは許せない。

俺は死なない。俺は絶対に勝つ。

そう自分に言い聞かせ、ブーストを発動しようとした時、


 「ッ!!」


 巨漢の死角から短刀が投げ入れられた。

右足の太もも辺りに狙いを付けられたそれは、男にとっては完全に目には見えない角度からの投擲。

刃渡り十五センチメートル程度のナイフが、太陽の光を鈍く反射して音もなく男に襲い掛かる。

投擲した本人が投げた際に吐いた呼吸音以外、周囲に響いた音は何もなかった。

故に必中。

投げた本人も、傍から見ていた俺も外れるとは微塵も思っていなかった。

だが、それでも。


 「なっ!?」


 男は後ろに目がついているかのように飛来したナイフが当たる直前に避けると、外れたナイフは空しく地面に突き刺さる。

驚きの声を上げたのはナイフを投げた本人、テトだった。

まさかこの角度から避けられるとは夢にも思っていなかったのか、投げた格好のまま固まっている。

その姿に驚いたのは俺も同じだった。

ただし、俺が驚いたのはテトがいることに対してだったが。

確かに外れるとは思っていなかったが底の見えないこの男のことだ。ありえないとは思わなかった。

しかしこれはチャンスだ。

俺とこの男だけなら機会の作りようがなかったが、第三者が介入してくるというなら……。


 「さっきからうろちょろしていると思ったら、小細工しかけてきたなぁ?」

 「くっ……気づいていたのか」

 「気づいていたし、例え気づいていなくてもナイフぐらい避けるのは造作もないな」


 たじろぐテトはナイフを当てる為に近づいてしまった距離を離すように一歩ずつ後ろに下がっていく。

肩越しにそれを確認する男。

ここだ!

俺はタイミングを見計らってブーストを起動、即座に体勢を立て直すと出来うる限りの速度で男に近接。

狙うは足。この男に対し、倒すという考えはすでに捨てた。

機動力を殺して後に逃走を計るしかない。

全身でぶつかる勢いで繰り出した捨て身の一撃は、しかしテトと同じ末路を辿る。

男は右に軽くステップするだけで俺の攻撃は避けられてしまった。

こいつに死角はないのかよ……ッッ。

もはや止まることさえ考えてなかった俺は無様に体勢を崩してしまい、前のめりに危険な勢いで倒れこむ。

自爆一直線かよ。クソ。こんな負け方なんて絶対に嫌だ。

そうは思うものの、バランスを保つ力さえ残っていない。


 「危ない!!」


 テトの声がその時、聞こえた。

意識すると同時に何か柔らかいものにぶつかり、その物体と一緒にごろごろと地面を転がり回るはめになった。

ようやく止まった時、俺は誰かに抱き止められていた。

地面に寝転がっているのか、土の感触を下半身で感じつつも上はぬくもりに包まれて、見上げればそこにはテトの顔。

心配そうにこちらの顔を覗き込むテトは一緒に転がったせいか、顔中に細かい切り傷が出来てしまっている。

少し深く切った頬からは薄く血が流れ始めていた。


 「おい、大丈夫か!?」

 「大丈夫か、じゃねーよバカ。お前どうしてこんな所にいる」

 「そんなこと言っている場合かよっ。ぼろぼろなクセして!」


 うるせぇ……本当のこと言うんじゃねぇよ。

あまりの事態に毒気が抜かれて体の力が抜けてしまう。結果、テトに寄りかかることになってしまった。

自分も俺を止めたせいで怪我をしたというのに、誰も助けなんて求めちゃいなかったのに。

俺をまず最初に心配なんてすんな。眉根を寄せてそんな顔をするな。お人よしが。

仲間の所にいればよかったんだ。こうして危険に飛び込むなんて。

離れようとすると、テトは俺の体を強く掴んで逃がそうとしなかった。

何すんだよ、と文句をつきそうになる前にテトは耳元で小さく囁いた。


 「あいつらもいる。もう一人の方は二人が逃がしてくれているだろう」


 あいつら、もう一人。

その言葉を聞いた時、テトの傍にいつもいた二人の子供とプリムラの姿が頭に浮かび上がった。

プリムラがいた場所に目を見やると、確かにいたはずなのにその姿はどこにも見えなかった。

テトの言葉を信じるなら、二人が彼女を安全な場所へと運んでいることだろう。

今は……その言葉を信じるしかない。

嘘だろうが本当だろうが、あの男をどうにかしなければ確かめようがないのだから。


 「そうか……だったらお前も早く逃げろ」

 「何言ってるんだお前!?見捨てるなんて出来るわけがないだろっ!」


 マジモンのお人よしかよ。スラムにもこんな奴がいるんだな。

厳しい環境だというのによく生きていけたもんだ。いや、だからこそ逆によかったのかもしれないな。

そんな関係のないことを考えていると、男が水を差すように口を挟んできた。


 「楽しそうに二人でご相談か?俺も混ぜろよ」

 「蚊帳の外にいやがれ、デカブツ」

 「かやの……?小僧、お前面白い言葉を使うな」


 あぁ、この世界の人間にはわからないか。


 「一人寂しくシコッてろってことだよオッサン」

 「ハハハハハ!!やっぱり面白れぇ小僧だなお前!」


 豪快に男はひとしきり笑う。

しばらく笑い続けた後、男はまるでスイッチが切り替わったと錯覚するほど表情を一変させた。

戦いの中でもどこか楽しんでいる様子を崩さない男だったが、今そこにあるのは完全なる無表情。

俺が魔力暴走を仕掛けようとした時と同じ顔。背筋に寒気が駆け巡る。


 「小僧も限界のようだ。そろそろ、終わらせるぞ」


 冗談じゃない。終わらせるのならば俺が勝つ時だけだ。

しかしまずい。こいつから余裕を感じられなくなった。とどめは全力でってか?

ゆっくりとこちらに歩き始める男。地面を踏み鳴らす音、その一歩一歩が死へのカウントダウンのように聞こえる。

 考えろ。考え続けろ。

この状況をどうやって打破する。

俺の体力、魔力は共にガス欠寸前。相手はこれまで温存していた本気を見せてくる。

テトを戦力として期待することは出来ない。

あのナイフの投擲を外して驚いていたぐらいだ。おそらくあれ以上の隠し玉はないだろう。

 考えろ、もっと、もっとだ!

周囲に利用できるようなものは存在しない。せいぜいが瓦礫やゴミで武器となるものはない。

一時撤退して場所を移すという手もあったが、プリムラがいなくなった分、今度はテトがいる。

幸いテトは怪我という怪我はあまりしていないので走ることは可能だろうが、俺と同じ速度で走れるかと言えばできないだろう。

 そう、テトだ。

このお人よし。誰も頼んじゃいないのに勝手に助けにきやがった。

貸しはスラムを一緒に探してくれたことで帳消しになったはずなのに、のこのこと現れて……。

帳消しになったと思ったのは俺だけだったか?

いや、スラム中部の危険性を知っているのは俺よりもこいつだったはずだ。

命の危険を天秤にかければ俺への借りなど軽い。

ならばどうしてこいつはここに来た。どうして。


 「もうあがくのも止めたか。そうだな、最期は潔く死ね」


 歩む音が止まったと思えば、男はすでに俺たちを自分の射程圏内に納める位置まで近づいていた。

考えるのを諦めていたわけではない。

だがどうしても気になった。テトがここに来た理由を。そんなこと今更考えている場合でもないのに。

 ふと、俺はテトがどんな顔をしているのか知りたくなった。

目前には死を一秒にも満たない時間で与えてくる男がいるというのに。

それでも男から視線を外し、未だに俺の体を強く掴んだままでいるテトの顔を見上げた。

テトは男の顔をじっと睨み付け、抗う姿勢を崩していない。

そんな表情から読み取れる感情なんて僅かだ。

だが、逃げもせずに俺とここにいる。諦めているわけでもなく、立ち向かう勇気を持って。

それだけで俺を守ろうとする意志が強く感じられた。


 (わけわかんねぇやつ)


 そうとしか俺には思えなかった。理解ができない。わからない。

だが、俺の為に死に直面している人をむざむざ殺させるわけにはいかない。目覚めが悪いだろ?それだけだ。

だからもっと思考よ加速しろ。使えなくなったのなら取り戻せ。

勝手にいなくなってんじゃねぇぞこの野郎!俺のスキルならさっさと使われにきやがれ!!

唱えるはただの一節。

異なる世界へ飛び込む為、己に課した鍵となる言葉を俺は胸に抱く。

それとほぼ同時についに男の死へと誘う無慈悲なる一撃が振り下ろされる。


 (高速思考、展開――!!)

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