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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第一章 幼少期 リヒテン編 『信じるものは救われない』
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第二十五話 暴風

 袋小路な状況下でも、もはや諦めることはしない。

俺は死なねぇ。プリムラも絶対に帰す。ただそれだけを果たしてやる。


 万力の如く締め付けられたその手から逃れるべく、俺は言うことをきかない体をなんとか駆使して男の拘束を抜けるよう暴れだした。

がむしゃらに両手を振り回すと、いくつかは男の腕や体に当たった感触はあるものの硬質な筋肉に弾かれ大して効果はないように思える。

現にせせら笑う男の声からは、無駄な抵抗を続ける俺を嘲笑う色合いしか見えない。

俺もこれは無駄だとはわかっている。わかっていてもやらなければならない。

次の布石を打つために。


 「活きがいい小僧だな。だがそれっぽっちじゃあどうにもならんぞ?」


 それはわかってる。こうして必死に抜け出そうとしても一向に緩む気配すら見られないのだから。

だが暴れているのはあくまでブラフ。起死回生の一撃を確実に当てるための油断を誘う演技でしかない。

暴れるしか手段がないのだと錯覚させることが目的だった。

 男は一つ勘違いをしている。

魔術師は確かに詠唱というものを必要とし、言葉と魔力を媒体に魔術は顕現する。

だから魔術師を無力化するにはMPを全て消費させるか、言葉そのものを使用できないようにすればいい。

口を塞ぐ、というのは有効だ。詠唱は正確な綴りの元に行使されなければならない。

だがそれは完璧ではない。

手で塞いだだけでは漏れ出る声があるからだ。

普通の魔術師ならばこの状況で魔術など唱えない。詠唱が不完全に終わればMPだけを消費して魔術は失敗してしまうからだ。

男もそのことは知っているのだろう。

だから男は一つ勘違いをしている。

俺をただの魔術師だと思っているからだ。


 俺は男の足元で必死に頑張ってくれているプリムラに一瞬だけ目配せをした。

これから俺がすることはかなりの危険を伴う。ここにいればプリムラにも危険が及ぶことだろう。

手段が他にないとはいえ、果たしてこれでいいのかと迷う気持ちはある。

だがこのまま全てを諦めることなど絶対に出来ない。

 男に気がつかれる可能性はあったが、俺はプリムラに合図を送った。

正直な話、このような状況下で俺の意図を汲んでくれることなど無理に等しい。

それでも何かをプリムラが感じてくれるなら、これから起こることはわからなくても心の準備だけは出来る。

その時、偶然にも俺と彼女の視線が合わさった。時間にしても一秒に満たなかっただろう。

俺は彼女の反応を確かめる間もなく、再び暴れ始めた。

しかし、


 「お前、今何を嬢ちゃんに教えた?」


 男は目ざとくその合図にも気づいてしまった。

クソ、どんだけ勘がいいんだよこの男。今のは偶然で片しておけよっ。

男の余裕に満ちた顔は一変して、実験動物を観察するような無表情な顔に戻った。

もう少しプリムラに伝えておきたかったがしょうがない。彼女が怪我をしないことを祈るしかない。

助けたい相手なのに俺が傷つけてしまうとは皮肉以外の何物でもないが、せめて彼女に危害があまり及ばないように……魔力暴走させるしかない。

 俺はフィーリングブーストを意識して故意に魔力の発露を促す。

魔術の練習の成果である程度は制御が可能になったこのスキルだが、今はそのリミッターの上限を取っ払いあらん限りの力を込める。

力の限界、その天井さえ打ち破る。全身に魔力の高ぶりを身に感じ体全体に広がるようなあつい感覚。

前準備はとうに終えた。

後はその迸り始めた魔力を言葉に乗せるだけでいい。

そうして男に口を塞がれたままの状態で、俺は不完全な詠唱を唱えた。


 「小僧、お前……」


 男の言葉が最後まで終わらない内にウィンドの魔力暴走は始まってしまった。

ウィンドは下級魔術に値する風の属性を持つ魔術だ。だからその魔力暴走も怒り狂う風のように顕現するのは当然の結果かもしれない。

男と俺の間に生まれたその風は、始めは小さなそよ風だった。

うららかな昼下がりにふさわしい優しく暖かな風。

だが突如として牙を向いてきたのは詠唱に失敗した愚かな術者を逃さないためだろうか。

その一点を中心として爆発するような衝撃を伴い、風の壁が全方位に奔り出した。

人間の抵抗など紙切れのように吹き飛ばし、抗える者などその場には一人として存在しない。

 目も開けるのが困難な風の中、俺の体は風圧に耐え切れず宙を舞っていた。

俺を拘束していた男も同じように弾き飛ばされているのだろうが、詳細はわからない。

プリムラもこの暴風の中にいるのだろう。

男の後ろ側にいたから多少は影響が少ないだろうが、こうも規模がでかいと微々たる差としか言えない。

無事にいることを切に願うことしかその時の俺には出来なかった。




 風がその猛威を振るっていたのはどれぐらいだったか。

静けさが辺りに戻ると、風がその姿を現した地点を中心に地面はならされたような模様を描いていた。

その間俺は投げ出された体が土の地面に激突し、勢いそのままに目まぐるしく転がっていた。

男に蹴り出された時と比較にならない速度で飛ばされたが、準備をしていたことも手伝って下手糞ながらなんとか受身はとることが出来た。

それでも、ようやく止まった時にはしばらく息が出来ないほどの衝撃に身動きがとれなかった。

 なんとか息を整えると、俺はすぐさまプリムラの姿を探した。

爆心の中心点を見て、それから彼女がいた位置を思い出して飛ばされた先を探す。

いた。

うつ伏せに倒れぴくりとも動かない彼女の姿を見つけた時、俺は即座に立ち上がり駆け出した。

全身に痛みが走るが彼女の安否の方が心配だ。

何も相談もなくこんな自爆まがいのことをしでかしたのだ。あの時、目があったものの何も察していない可能性もある。

覚束ない足取りでなんとか辿り着き、プリムラの体をそっと起こした。

彼女の顔を覗き込むと土くれで汚れているが、血色は悪くはない。

体の方も見て見るとドレスが擦り切れていたりはしていたが、怪我をしている様子は特にないようだ。

顔に近づけて呼吸も確かめて見る。規則正しい呼吸音が聞こえてきた。その後に脈拍も計ったが異常はなさそうだ。

どうやら気絶しているだけのようだ。

これで一安心、ということではないが一息をつくぐらいはいいだろう。

 このまま直に地面に寝かせておくのは忍びないが、まだこれで終わりと言うことはない。

再びそっと彼女を地面に横たわらせると、俺は後ろを振り返った。


 「……本物のバケモンだろ、あいつ」


 風に吹き飛ばされて石レンガの壁に叩きつけられたのだろう。壁に出来た穴から這い出た男は頭を振りながら現れた。

驚くべきことにここから見た限り怪我という怪我はしていない。

スラムの住居は廃れてもろくなっている物が多いとはいえ、石レンガに叩きつけられて無事でいられるとは思えない。

しかし現実にそのような存在が目の前にいるのだから冗談とも笑えない。

冗談であればどれほどよかったのかと思ってもしまうが。


 「くぁー……。今のは効いた効いた。頭がぐわんぐわんいってやがる」


 さして効いてもいない様子でそんなことを言われてもな……もっと足を引き摺るとか、怪我をするとかはっきりと態度で表せってんだよ。

そんな文句を言いたくなる軽い足取りで崩れた壁から完全に抜け出すと、男はひどく嬉しそうにこちらに声を掛けた。


 「あいつらがお前にやられたってのも納得だな。最初は半信半疑で他のやつがやったのかと思っていたが俺の蹴りを入れても生きてるし、わけのわからん魔術使うわで納得するしかねぇな」

 「あいつら……?お前、あの髭とハゲの仲間か?」

 「仲間……うーん、まぁ仲間か?そうだな、お前が白目剥かせたやつと膝を砕いたやつの仲間かもな」


 カラカラと心底楽しそうに笑い、仲間がやられた原因を述べる男はえげつねぇな小僧と言いながらこちらに歩いてくる。

最悪だ。ヤツらにこんな仲間がいただなんて。

一体他にどれだけの仲間が存在している?

髭は失神、ハゲは歩けないだろうから最低でも後一人こいつに連絡をしたやつがいる。

こいつレベルのヤツが他にわんさかいるとは想像もしたくないが、近くに他の仲間がいる可能性はある。

だが、この化け物相手に余力を残して戦うことなんて出来るだろうか。

MPの残量はブースト時間に換算して後二分と少し。魔力暴走でかなりのMPを消費してしまったのが痛い。

今までで最大の敵を前にして俺は逃げることが出来ない。

髭とハゲ程度のヤツならプリムラを抱えて逃げることも可能だろうが、この男ならば即座に追いつかれてしまうだろう。

残された時間が少ない中、俺は一時も油断が許されない戦いに挑むことになるのだった。

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