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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第一章 幼少期 リヒテン編 『信じるものは救われない』
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第二十四話 挫ける心と期待

 「げほっ、げほっげほっ。おぇっ」


 強烈な腹部の痛みに咳き込みが止まらない。外聞を気にすることなく涎を撒き散らして、腹を抱え地面に転がる。

それで痛みが和らぐ様子はないが襲いくる痛みに全身が支配され、満足に動くこともできやしない。

今まで感じたことのない苦痛にこのままずっと屈していたくなるが、そういうわけにはいかない。

幸いといっていいか、ブーストをかけた直後に攻撃を受けたおかげで骨や内臓といった部分は損傷していないようだ。

アナライズで表示されたステータスを見ると、状態は健康のまま変化していない。

HPの方は恐ろしいことに半分以上が消し飛んでいた。

普通の子供があの蹴りを受けていたら即死していたとしてもおかしくない。

ぞっとすると共にそんな男がまだ近くにいる現状を思い出して頭を切り替えた。


 「いってぇな……クソが」


 荒い息を吐き悪態をつく。喋ることさえうまくできない。

痛みに顔をしかめながらも、俺を蹴ったあの野郎がどこにいるのか探した。

顔を上げることぐらいしかできないが悠長に休んでいる暇はない。


 「ごほっ……。マジ……かよ……」


 驚いたことに俺はどうやら反対の建物付近にまで蹴り飛ばされたようだ。

蹴られた、ということはわかっていたがこんな簡単に吹っ飛ばされるものなのか……?

目算、距離にして十メートル以上。

体重計というものがこの世界にはないから正確にはわからないが、歳から考えて俺は約二十キログラムはあるはずだ。

小柄なことも考慮して十七、十八キログラムといったところだろう。

サッカーボールじゃあるまいし、そんな重さの子供を軽々と蹴り飛ばせる距離ではない。

何者だあの野郎……。


 「驚いた。まだ生きてやがる」


 そう嬉しそうな声を上げたのは強烈な蹴りを放った本人であるあの男だった。

彼岸の距離を一歩ずつゆっくりと歩いてくる姿は余裕以外の何物でもない。

スラム街のどの住人よりも屈強な体躯を揺らして俺の元へと歩いてきている。

プリムラには興味がないのか、はたまた逃げてもどうとでも出来るという自信があるのか目もくれていなかった。

 痛みに喘ぎながらも男がこちらに辿り着くまでに高速思考を使おうとしたが、何故かうまく発動しない。

クソ、なんでだよ!こういう時こそ必要だろうが!

ダメージを負ったせいだろうか、いつもの感覚が訪れない。

戦闘を有利に進めるための大きなアドバンテージが失われたことに焦燥感が消えてくれない。

ブーストを使った状態だと確かに身体能力は劇的に向上するが、それ以外は元のままだ。

無論、反射神経などといったものも強化されてはいるが……どの程度避ければ当たらないかといった経験が俺にはない。

それを補うための高速思考だったのだ。

平和な日本で生まれ、このテラという世界でもぬくぬくと過ごしてきた俺が使える最大の切り札だったのに。


 そんな余計な思考で時間をとられてしまったのか、気がつけば男は俺のすぐ傍まで辿り着いていた。

立つことさえままならない俺を、男は片手で頭を引っ掴み軽々と体ごと持ち上げた。

みしみしと頭蓋骨が悲鳴を上げるが成す術もなく、足が地面につかない宙ぶらりんの俺を男はまっすぐに見つめる。

男の左頬に斜めに走る切り傷、皺に刻まれた年輪は俺を威圧させるのに十分だった。

そこに感情の読めないまるで観察対象を見るような目が置かれ、体中に言いようのない怖気が走る。


 「お前……魔術師か」

 「っ」

 「当たりって顔だな。歳くってねぇガキなのに大したもんだ。エルフっていうのはそういうもんか?にしても魔術を唱える暇さえなかったはずだが……」

 「……」

 「強化魔術をかけていたか?中級魔術を使えるのもなかなかだが、しかも俺が殺す気で放った蹴りを耐えるなんてよっぽどだ。面白い」


 言葉通りに男は目を細め楽しげに笑った。その瞳に宿った感情は興味だろうか。

それにしても俺の動揺を読み取ったのか、すぐに魔術師だと看破されてしまった。

情報が戦いを制するといっても過言ではないのに、こうも容易く与えてしまってどうする。

クソ、それはもういい。だがこの状況をどうする?どうしたらいい、どうしたらいい、どうしたらいい……。


 「ミコトを離しなさい!このっ!!」

 「ん~?」


 男に頭を掴まれたまま目だけを動かせば、そこに大きく声をあげ男の太ももあたりを懸命に叩くプリムラがいた。

非力な子供の抵抗は効くはずもなく、蚊に刺された程度にも感じない胡乱な動きで男は振り返った。

束の間プリムラは男のそんな様子にたじろいだ様だが、次の瞬間にはきっ、と強いまなざしで睨み返していた。

プリムラ……止めろ。この男はあまりに危険すぎる。瞬時に子供なんて殺せるほどの力と冷酷さを持っている。

俺を置いてさっさと逃げろ……。

そんな言葉を吐こうとする直前、プリムラに振り返ったまま男は空いた方の手で素早く俺の口を塞いだ。


 「おっと危ねぇ。魔術を使われたらたまらんからな」


 顔を元の位置に戻した男はやはり楽しげな顔を崩さないままに唇の端をにやりと歪める。

そんな意図は毛頭なかった。頭にさえ思いついていなかったと言っていい。

だが確かにフィーリングブーストを併用したウィンドならばこの男であろうと通用する可能性はあっただろうが、こうしてその芽さえ摘まれてしまった。

……人殺しになるかもしれない、と忌憚していたからそんな選択肢を見逃していたのだろうか。

甘かった、甘すぎた。

そんな心構えでいたからこそチャンスを逃してこうやって追い詰められている。




 絶望的状況下に打開策が少しも見当たらない。ブーストを使った今ならこの拘束を振りほどけるか。

無理だ。体が満足に動きもしない。

しばらく時が経てば回復はするだろうが、これからどうなるかわからない現状、すぐに脱出したい。

男の雰囲気は先ほどの二人とは打って変わっているが、簡単に人を殺そうとするこの男に期待など持つ方がおかしいだろう。

 本当に死ぬかもしれない。

そう思うと背筋が凍ってしまい、嫌に大きく自分の鼓動が耳につくようになった。

怖い、怖い。死ぬのは嫌だ。

髭やハゲに対峙した時も命の危険は十分にあった。しかし俺にはブーストと高速思考があり、相手は格下だった。

油断さえしなければ負けない戦いに勝利し、本当の危機というものがどんなものか知らなかった。

今では頼みの綱の高速思考さえ使えない。

自前の頭ではろくな考えさえ浮かばず、時は無常に過ぎていく。

プリムラを助ける?

自分さえろくに守れないのに、そんなことは夢物語だったのだ。


 「……これで終わりかよ。期待してたのによぉ」


 つまらなさそうにそう吐き捨てる男の瞳には失望の色が浮かんでいた。

何を期待していたのかは知らないが、そんなもの俺に持つんじゃねぇよ……。

お前は大人で筋肉むきむきの巨漢で、ありえねぇぐらいの速度で動けるバケモンじゃねぇか。

俺はまだまだニート被れコミュ障の子供で、魔術がちょろっと使えるだけの野郎なんだよ。

そんな俺に期待なんて……。

いや。

いや、期待はこの男からだけかけられているものではない。

目端に移るあの少女はどうだ。

必死に俺をこの男から降ろそうと頑張っているプリムラは。

俺と友達になろうと言ってくれたプリムラは。

俺を信じると言ってくれたプリムラは!

簡単に諦めてんじゃねぇよクソッタレが!!


 「おぉ?どうしたエルフのガキ。目に力戻ってきてるぞ?」


 そうかよっ。お前の期待に応えるわけじゃねぇが、諦めることを止めただけだぜっ。

ちょっとパニックになって高速思考が使えないだけで絶望したりしたが、ただそれだけのことじゃねぇか。

口を押さえられて魔術は使えねぇ。体もまだ本調子だとは言えねぇ。

だがそれでも愉快そうに笑うその面、ぶっ飛ばしてやるよッッ!!

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