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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第一章 幼少期 リヒテン編 『信じるものは救われない』
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第二十一話 悪漢

 スラムの中部に入ってから数十分後、明らかに上部とは違う異質な空気に体が竦みそうになる。

かっこよく啖呵を切った割にはこの様だ。

最初からくじけない勇気を持つことなんて出来るはずがなかった。現実を知らなかったのだから。

だから俺は歩く事に覚悟を強めていくしかない。一歩、一歩踏みしめて勇気を振り絞っていく。

念の為に魔力を抑える指輪の方は外しておくことにした。緊急時にいちいち外していたら間に合わないこともあるだろう。

それだけの危険が待ち受けている、そんな予感がする。

 この区間に入ってからちりつくような視線が纏わりついている。人影が一つも見当たらないというのに視線だけは感じていた。

その先を追おうとしてもあるのは闇。建物の隙間から、板を打ち付けられた窓の間から、扉さえなくなった家の奥の暗闇から……。

まだ昼間だというのに闇は深く、濃い。濃密な闇の中から視線をよこしている持ち主は一人や二人だけではないだろう。

不気味なところだ。街路も上部とは違い荒れ放題になっていて瓦礫や鉄くずやゴミが散乱している。

建物に至っても最早廃墟が立ち並ぶばかり。空気もどこか淀んでいて息苦しい。

こんな場所にプリムラは迷い込んでしまったのか。


 俺は瓦礫を避けながら、かろうじて通れる道を四苦八苦しながら歩いていた。

ここからは完全にアテがない。住民に聞き込みするというのも難しいだろう。

上部の人間は無視を決め込む者や腹の虫が悪かったのか、いきなり暴言を吐いて喧嘩をふっかけてきた野郎などがいたが、ここはその比ではないだろう。

下手をすれば体のいいエサとして餌食になってしまうのも想像に難くない。

声を出してプリムラに呼びかけるのも愚策だ。それこそ近くにいるとわかっているならば有効だが、現状だと他の者を呼び込みかねない。


 (足で探すしかない、か)


 行き当たりばったり過ぎるがそれしかない。後はプリムラの行動パターンを想像することぐらいだ。

彼女を目撃した人の話によると、土煙を上げながら猛然とした勢いで走り抜けて行ったそうだ。

その様子からおそらく無我夢中で走っていたに違いない。

噴水場からここまでの距離を考えて見るに体力の限界は近かっただろう。

魔術的なサポートがあればまた話は別だが、プリムラは魔術が使えない。

身体能力を向上させる魔道具の存在もあるにはあるが、あれは多少なりとも魔術の心得がある者には見分けがしやすい。

魔力の流れが感じ取れるおかげか、他の物とは違う雰囲気が漂っているのだ。現に貴族街で見かけた街頭は言葉には表しにくいが何か違和感があった。

そのことを前提としてプリムラの様子を思い出してみるが、特に変わった所はなかった。

魔道具であることを隠蔽する魔術がかかっていたらお手上げだが、それは今の所考慮しても仕方ないだろう。


 (なら意外とこの近くにいる?)


 小さな希望が灯ったが焦ってはいけない。全ては推測の上に成り立っていることだ。

だが今は他に思いつくこともないし、そうであると信じて行動に移すのも悪くないだろう。

最初に声を上げて探すのは愚策だと言ったが、選択肢として残すことも考慮にいれておく。

瞬く間にそう高速思考を使って結論付けると、俺はスラム街中部の捜索を始めた。




 スラム中部に入ってから数分が経ち、神経を尖らせて警戒心を剥き出しにしながら俺は歩いていた。

多少なりとも広い道ではあるが、ゴミクズが所狭しと転がって道と呼ぶのもおこがましい通りである。

このまま道なりに進もうと思っていたがどうにも嫌な予感が消えない。視線の量も増えてきたような気がする。

俺はいつのまにか浮かんでいた冷や汗を手の甲で拭いながら、直感に従って一つ右に曲がった狭い裏路地に入った。

何か気持ちが悪いすえた匂いが鼻につき吐き気を催すが、我慢しながら足を進める。

黒ずんだ汚い水溜りを避け、壁に手をつきながらプリムラを探した。

両側の建物のせいで影が出来てしまい見通しが悪いが、見えないほどではない。ここにはいないようだ。

直感もアテにならない。

突き当りまで行き、それを確認すると俺は道を戻ることにした。

袋小路なこの場所で襲われたら最悪だ、などと縁起でもないことを思いながら。





 それは幸運と不運が舞い込んだ故の結果だった。

果たしてそれを嘆けばいいのか喜べばいいのか、複雑な所ではあったが俺はその現場に立ち会ったことを柄にもなく神に感謝することにした。


 「止めて!手を離しなさいッッ!!」


 通りに戻ると甲高い悲鳴が聞こえてくる。音の元を探ると、反対側のここと同じような裏路地からであるようだ。

聞き覚えがあるその声に俺はすぐさま走り出し路地に飛び込む。

段々と争うような声が聞こえだし、だが姿はまだ見えない。ストロークの短い子供の足に内心舌打ちし、それでも懸命に走り続けた。

路地に入ってから数秒だったか数分だったか。

時間は曖昧になってしまっていたが曲がりくねった道の先にその少女はいた。

このスラムにふさわしくない赤い髪の色と揃いのドレス、染み一つない真っ白な肌、そして当然であるかのようにその顔の造詣は美しいバランスで整っている。

が、その美を邪魔するのはその顔に浮かんだ嫌悪に染まった表情と、彼女の手を掴んでいる男。

 男の背丈は百七十を越えるかどうか。子供の自分からしたら巨人にも見えてしまうから正確に測るのは難しい。

テトたちの服をみすぼらしい、と表現したが男の服は更にそれを上回る。

元の色がわからないほど黒くくすんでしまい、破れてしまった箇所が広範囲に渡りもはやぼろ布と言ってもいい。

こちらに向けた背に伸びに伸びきった髪をだらしなく流している。ろくに風呂にも入っていないのか、髪はぼさぼさだった。

そんな男がプリムラの手を掴んでいた。


 「テメェ!!何してやがる!!」


 かっ、となった頭は思考を全て吹っ飛ばし即座に行動に移すことを選択する。

動き出した体は迷わず男に突進していく。大人と子供の体格差だ。倒すことさえ難しいだろうが、その手を解くことはできるだろう。

俺が上げた声に男は首だけをこちらに向けると、やはりそこにあったのは手入れもしてない醜悪な髭面。

浮浪者、という言葉がよく似合うその男に対応する間も与えず体を投げ出す勢いでぶち当たる。

肩からの突進はともすれば肩が抜けてしまう危険があったが、どうやら今回は無事のようだ。

衝撃による相応の体の痛みを代償として払い、しかし、予想以上の成果をもたらした。

男は手を離すと一歩、二歩とたたらを踏み尻から倒れこんだのだった。

路地は地面で出来ているため、ダメージはほぼないだろうが状況がわかっていないのかぽかんとした顔を晒していた。

千載一遇のチャンスだ。


 「行くぞ!!」

 「み、ミコト!?どうしてここに……」


 突然の事態に少女、迷子のお嬢様プリムラも目を丸くしていたがそんなの話している場合じゃねぇんだよ!

乱暴にプリムラの手を引っ掴んで走り出す。

兎にも角にも今すぐこの場から離れなければならない。幸い男は一人だ。元の道を戻ればいい。

大人と子供の足の速さの違いがありすぐに追いつかれると思うかもしれないが、俺には奥の手がある。ここで使わないでどうする。

俺はすぐさまに奥の手を使おうとした。

だが、最悪なことに男は一人だけではなかった。


 「なーにやってんだおめーはよぉ」

 「クソガキがぁ体当たりかましてきやがったんだよ!」


 行く手を遮るようにしてもう一人の男が姿を現したのだ。しかもよりにもよって帰り道の方から。

急停止して俺はその男を見上げた。髭面と同じように汚らしい格好をした大人の男だ。

にやにやといやらしい表情を貼り付けてその男は倒れ込んだ男を見下ろしていた。

背は髭面と同じくらいだろうか。その男は髭面よりはまともな服をしていたが、浮かんでいる表情は悪意に満ち溢れていて悪漢という言葉がふさわしい。

スキンヘッドに細い眉、薄い唇が愉悦に曲げられ見る者に不快を感じさせる。


 (ッチ。クソが。今使うわけにはいかねぇか……)


 その男から守るように俺はプリムラを背中に隠すと、いつでも動ける体勢で身構えて対峙した。

様子を見て隙あらば出し抜こうとも考えるが、スキンヘッドは油断なくこちらにも視線を向けていた。

今いる場所は狭い路地である。大人二人も横に並べばぎゅうぎゅう詰めになりそうなこの場所では、横を駆け抜けていくのも難しい。

状況は悪い。

後ろに髭面、前にはスキンヘッドがいて挟み撃ちな状態だ。横道も存在せず、あるのは高い石レンガの壁があるだけだ。

髭面の先にある通路はあるにはあるが、手を地面につき罵倒しながら立ち上がり始めている髭面の横を抜けるのもこれまた難しいだろう。


 「ミコト……」


 掴んでいた手をぎゅっと握られ視線を向ければ、そこには不安げに顔を曇らせるプリムラがいた。

強く掴まれた手はわずかに震えており、恐怖を抑え切れていない。安心しろとでも言うように笑おうとしたが、俺は顔をこわばらせることになる。

その震えの正体が状況だけによらないと気づいたからだ。

プリムラをよく見ればその顔には叩かれたような後があり、白い肌に浮かぶその赤い跡は痛々しげであった。

乱暴されたのだ。あの髭面のクソヤロウに。


 俺は、そう悟った瞬間から逃げ出すことを考えるのをやめた。

逃げる前にすることが出来てしまったからだ。不思議だなぁ?何で俺、こんなにイラついてんだろうなぁ?

悪態をついてこちらににじみ寄ろうとしている髭面、通せんぼをして意地の悪いにやけ顔を崩さないハゲ。

俺たちまだ三回しか会ってない知り合いレベルの間柄だぜ?それに俺は人嫌いだったはずなんだがなぁ。

そんな男たちの様子にますます震えを大きくするプリムラ。恐怖に染まり行く表情。

自分自身がわかんねぇなぁ?だけど、まぁいいかぁ……。

ともすれば笑ってしまいそうな俺。怒りが振り切れるとこんな気持ちになってしまうのかという驚き。

……俺の沸騰しそうな感情を爆発させてしまうその瞬間に、思い知るがいい。

そして後悔しろ、このクソボケヤロウどもがぁぁぁぁ!!

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