第十八話 勘違い
少年のハスキーな声は苛立ち混じりになっていた。
犬歯を剥き出しにして凄みを出そうとしているのだろうが、ぶっちゃけて言えばいじめられ慣れた俺からすれば迫力が足りない。
俺から見ればせいぜいがむくれている子供レベルである。
というか、いじめられ慣れたってのも嫌な響きだなおい。
あの声が俺たちに向けられてなければさっさと退散したいところなのだが。
一人であれば近寄られる前に逃げるという選択肢もあっただろうが、プリムラが一緒にいるからそれも難しい。
まぁ後は厄介事じゃないことを祈るだけだ。
「何ですの貴方たち!?今こちらは大事な話をしていますのよ!」
先ほどの種火が未だに燻っていたせいかプリムラは噴水の縁から腰を上げ、迎い撃つようにガキ三人との距離を詰めていく。
プリムラの怒りはどうやらあちらに向いてしまったようだ。
穏便に事を進めるのが遠のいていってしまいそうなので、俺も慌ててその後を追った。
ガキ共は彼女の剣幕に一瞬怯んだ様子だったが、リーダーらしきガキが真っ先に立ち直ると忌々しそうにプリムラを睨み付ける。
まさか手を出すようなことはないだろうが、いつでもフォローが出来る位置にいなければいけないだろう。
俺は咄嗟に高速思考が発動できるようにしつつ、睨み合っている二人の傍へと歩いていった。
「誰だてめぇは。ここいらのモンじゃないだろ」
「まず尋ねる前に自分から名を名乗るものじゃなくて?」
「……何だと?」
まさしく一触即発の雰囲気だった。
ガキの方は喧嘩っ早い性格なのか今にも爆発しそうになっていたし、プリムラはプリムラで相当腹に据えているのか喧嘩腰を隠そうともしない。
これはさっきのことがかなり頭に来ているんだろう。
めんどくせぇことになってきた。さっさと話せばよかったんだが、横槍が入るとは思ってなかったしな。
後の二人のガキもリーダーっぽいやつに任せるつもりなのか、あいつの後ろに控えているようだ。
意外と統率がとれているのかもな。
普通、こういう年頃のやつらってのはバカで考えなしだから自分のしたいようにするもんだ。
例えリーダーにあたるヤツがいても、言うことを聞かずに好きなようにすることだろう。
現に二人のガキはこちらを気にしているのか、そわそわしてこっちを見ている。
好奇心が抑えられない感じだ。
それでも前に出てこないのは、プリムラを睨み付けている少年のおかげかもしれない。
おそらく俺たちと年はそう変わらないというのに、たいしたもんだな、と感心して見ていると、ふとその少年と目があった。
ワイルドなイケメンフェイスに多少押されてしまう俺。
身長差で見下ろしてきたその視線に、プリムラを睨んでいた時のようなプレッシャーはなかった。
どちらかと言うと呆気にとられているような雰囲気がある。……何故だ?
とは言え、視線があったからには何かしらのアクションは取らねばなるまい。
見詰め合っていても何にもならん。
初対面の相手には睨みを効かせる、というのが俺の常識であるが最近それが効果がないことに気づいてしまった。
それではどうすればいいか。
うーむ。睨みが逆効果ということは、だ。
逆転の発想で睨むより微笑めばいいのではないだろうか?
笑みと言うものは喜びや嬉しさなどを表現するものであるが、時としては迫力を出すことにも使われる。
おお?これは大正解じゃねぇか?
笑顔なんて意識して作ったことはない。しかも今回はその笑顔の中に迫力を出さなければいけない。なかなかの難題だ。
迫力のある笑顔、迫力のある笑顔……。
うーん……思いつくのはミライにいつものように抱きつかれた時、何の気もなしになんか重くなった、とぽつりと俺が洩らしてしまった後のミライの顔だろうか。
女性に体重の話はタブーだというのに思わず口走ってしまった。マジで怖かった。
あれをイメージして笑えばいいのだ。よっし、俺はこれに決めたぜっ。
「お前……」
「……(にこっ)」
何か言おうとしたガキに俺は笑顔を投げつけてやった。
鏡で自分の顔を見られないからどうなっているかはわからんが、迫力満点の笑顔がそこにあることは疑いようがないだろう。
根拠のない自信は得意中の得意だ。
自信がないよりあった方がいい。うむ。
ほら見て見ろよ、ガキも恐れをなしている……だろ……う?
ガキは恐れをなすどころか、顔を背けて赤ら顔をしていた。あぁ、うん、もうねその反応そろそろ飽きたから。
だから後ろにいるガキ二人もぽーっとした面でこっちを見るな。
おいやめろ、俺は男だ。男だからな!?
絶望による強制的な無表情に陥っていると、横側からキーキーと甲高くプリムラが声を上げてきた。
「今の何ですの!私にもそんな笑顔向けてくれたことなかったのに!!」
抗議と共にがくんがくん振り回される俺の体。お前、貴族だろう……そんなはしたないことおやめなさい。
そんなことを思ってしまうが残念ながら物理的に言うこと自体が難しい。
意外に力が強いんだよこのお嬢様。
だからそんなにシェイクするのやめて。ちびっ子な俺はそれだけで抵抗できないの。
後数秒したら後ろの噴水にある像のように、口からリバースしてしまうことを確信しながら止めてもらうのを待つしかない。うぷっ。
だがそんな中、暴虐の台風に翻弄されていた俺に救いの手があった。
なんと驚くことにそれはリーダーっぽいガキだった。そろそろ言いにくいからお互い自己紹介でもどうでしょうかね。
「やめろ!嫌がってんじゃねぇか!」
そんな婦女子を助ける時のようなセリフを吐きながら、颯爽と俺を救い出すガキ。
男女の力の差だろう、呆気なく俺はガキに手を引かれてそのまま胸の内へと抱きこまれた。ギャー!!
野郎に抱かれる趣味なんてねぇんだよ!離せ!
俺は即座に抵抗を試みるものの、やはりこの体ではあまり力はでないらしく、ぽかぽかと殴るだけに終わった。
いちゃつくカップルが、やだもーケンちゃんったら~、と言いつつじゃれあうレベルと言えばわかりやすいか。
ケンちゃん誰だよ。ぶっ飛ばすからこっち来い。
公衆の面前でいちゃつくバカップル死すべし。
「いてっ、いてて。おい、もう大丈夫だから殴るのは止めろって」
俺の抵抗とも言えない抵抗に、ようやくガキが手を放したから殴ることは止めた。
子供と言えど野郎には容赦なんてしない男だぜ、俺は。
ニヒルに笑いたい所だが、どうあがいてもかっこつけられそうにないから止めておく。
それにしてもどうしてこのガキが俺を助けたのか。
プリムラから引き離された俺は不思議そうにそいつを見上げると、ガキは安心させるようにニカッと笑った。
後ろに控えていたガキ二人も何故か、もう大丈夫だからな、と声をかけてくる。
んん?
なんだか変な状況になってきた事に眉を顰めていると、対面にいたプリムラがうーっと唸り声を上げて悔しそうにこちらを睨んでいる。
戸惑うばかりの俺はどう反応すればいいか迷っていると、リーダーのガキが俺を守るようにプリムラの視線を遮り背に俺を隠した。
背中越しに俺に向かって大丈夫だと声をかけながら微笑むと、ガキはプリムラに向かい直して硬い声で話しかける。
「その身なりからしてお前、貴族か……。さっきの暴力といい、庶民に何をしてもいいってか?」
「何ですって!?」
いや、あの、あれは暴力と言うかだな。じゃれ合いに近いものであって、まぁ理不尽さは確かにあるんだが違うんだよ。
と、抗弁したい所だったが今更になって三半規管のダメージが襲い掛かってきて、気持ち悪さがこみ上げてきた。
胸を押さえて気持ち悪さに俯いて耐えていると、残りのガキ二人が背中をさすってくれる。
おぉ、サンキュー。意外といいやつらだな。
そう思っていたのだが、リーダーのガキは俺の姿を見るや否や、
「庶民だからって女の子泣かしていいってのか?ふざけるなよ!」
プリムラに向かって怒りを爆発させてしまった。
いや泣いてねぇから。しかも男だから。
お前も女の子に怒鳴っちゃってるからな?
だが今喋ると間違いなく例のアレをぶちまけてしまう可能性が高いので、喋ることが出来ない。
情けなく事の成り行きを見守ることしかできない俺だったが、プリムラの姿を見てハッとする。
彼女は今にも泣き出しそうに顔を歪めて、こちらを悲しそうな瞳で見ていた。
胸の前で両手を組み合わせてぎゅっと強く握り、何かに耐えるようなその姿は一目で先ほどまでの気持ち悪さを吹っ飛ばす。
だが俺が何か声をかけようとする前に、プリムラは体を翻して雑踏の中へと走り去ってしまったのだった。
『思考進化の連携術士 EE』にて走り去って行った後のプリムラ視点の話があります。
読まなくても差し障りはありませんが、興味がある方はご覧ください。
ここまでお読みいただきありがとうございました。