第百十九話 奴の影
戦力比はスケルトン五に対して一。クロイツも数にいれれば実に六倍。
油断のならない相手だというのは先ほどの攻防でわかりきっている。
特にあのフルアーマーは俺の攻撃を受け止めきっただけでも要注意だった。
これ見よがしの全身鎧も伊達ではないということだろう。
(得物はモーニングスターか)
鉄の柄の先にぶら下げられている星型の球は殴られたら痛いだけでは済みそうにない。
最終防衛ラインとしてクロイツの傍を離れる気はないのだろう。
モーニングスターをじゃらりと右手に携えて、フルアーマーはどっしりと構えている。
「なら、お前たちから先に片付けてやるよ!!」
厄介なフルアーマーが前に出てこないというのなら、先に周りから掃除すればいいだけだ。
前触れのない急加速で一気にトップスピードに乗る。
風の加護が空気の壁を取り払い、俺の背中を押すように手助けしてくれる。
眼に映る光景が目まぐるしく姿を変えて、そして格闘スケルトンの目の前に俺は現れた。
前衛は格闘と盗賊スケルトンの二体。なら無手の方を先に倒すのが後々面倒はない。
懐に飛び込んだ俺はスケルトンを見上げる。
目と鼻の先にあるその姿を細かく観察できる程の距離。
人間であればどんな表情をしているのかわかったのに、残念だ。
「消えろ」
言葉と共に俺は斜め上に切り上げる。
上等な防具をつけているのだろうが、その程度で俺の剣は防げない。
抵抗すらろくに感じないまま、俺はスケルトンを切り裂いた。
「ゥァァ……!!」
底冷えのする死者の声を洩らしながら、格闘スケルトンが最後の抵抗とばかりに拳を叩きつけてくる。
人間であれば痛みにのたまう所だろうに、さすがアンデットといったところか。
だが、わざわざくらってやる道理なんてない。
俺は返す刃でその腕を斬り飛ばし、そのまま回転しながら格闘スケルトンに蹴りを放つ。
吹き飛ばされる姿を最後まで見ることなく、背後から迫ってきていたもう一体に即座に対応する。
盗賊スケルトンはすでに短剣を振りかぶった状態で、俺の急所である首を正確に狙ってきていた。
風の加護を咄嗟に発動し、その短剣の軌跡を逸らす。
強烈な風が瞬時に吹き荒れ、その圧に耐え切れなかった盗賊の攻撃は俺に届くことはなかった。
そして無防備になった盗賊スケルトンの胴を俺は横なぎに切り払う。
格闘スケルトンと同じように一刀で両断された盗賊は、俺に指一つ触れることなくがしゃんと骨が崩れる音をたてて地面に倒れ伏した。
「これで二……。ッチ!」
残りの敵に目を向ければ、魔術師が大きな魔力を込めているのが見えた。
魔力の色は赤。それも真紅に近い。色合いによって魔力の大きさはある程度測れるが、あれはとびきりだ。
風の加護でも防げず、俺の得意な風の魔術でも対抗しようとするには時間が足りないと判断する。
高速思考によってコンマ一秒も経たずにそう結論付け、すぐにその場から離れようとした。
「……ッ。て、めぇ!!」
しかし、わずかコンマ一秒にも足らない隙を見逃さない者がいた。
物言わず接近し、その二つの刃で死角から攻撃してきた二刀流のスケルトンだ。
だが死角からの攻撃とはいえ、俺が反応できない速度ではない。
難なく初撃を防いだ俺だったが、面倒なことになった。
攻撃に特化しているタイプなのだろう。二刀流のスケルトンの勢いに乗った攻撃の流れを止めることができない。
全ての攻撃を回避するなり、剣で防ぐなりしているからダメージはほとんどないが……。
問題なのは、その二つの刃の猛攻で俺がその場で縫い止められていること。
『ミコト!あっちの魔術師タイプが詠唱を終えそうなのですよ!!』
シルフィードに注意されるまでもなく、そんなことはわかっている。
少しでも間があれば俺の速度なら離脱するのに一秒もかからない。
それがわかっているのだろう。二刀流のスケルトンは俺を逃がすつもりがない。
「こいつ、自分ごと俺を巻き込むつもりか!」
魔術師の膨れ上がる魔力は限界までに達し、魔術の完成がすぐそこに迫っていることを感じる。
それでも二刀流のスケルトンの刃は止まることがない。
あの魔力量の魔術なら規模も相当なものになる。魔術が放たれれば、逃げる余裕などこいつにはもうないだろう。
「…………ファイアストーム」
しゃがれた不気味な声で魔術師の詠唱は完成を迎える。
ぶつぶつと小さな声で呟いていたのは聞こえていたが、よりにもよって中級の中でも上位にあたる魔術かっ。
ファイアストームは、火系統の魔術の中でも広範囲を焼き尽くす炎の竜巻を発生させる魔術だ。
力量や魔力を込める量によってどれだけの規模の竜巻を発生させるかは変わる。
少なくとも、あの魔力量ならこの一帯を焼き尽くすことなど造作もないことだろう。
「鬱陶しい……野郎だなっ!!」
悪態をつきながらようやく二刀流のスケルトンを弾き返した時には、ファイアストームはすでに姿を現し始めていた。
瞬間的に温度が跳ね上がり、周囲の空気はすでに凶器の塊である。呼吸をするだけでも体内から焼き尽くされるだろう。
次第に視界が真っ赤に染まっていく。轟々と耳鳴りがする程の轟音が辺りを満たしていった。
唸りを上げる炎の竜巻の中に俺は取り残されてしまった。
風の加護で風を操作し、ドームのように自分の周りを覆う。
この中ならば呼吸もできる。口を開くことも出来ないなら、詠唱すら出来なくなっていただろう。
だがそれも焼け石に水だ。数秒と持たないうちにかき消されてしまうのは明白だった。
「ァァァァ…………」
捨て身で俺を拘束していたスケルトンが、呻き声をあげながらその体をぼろぼろと崩れさせていく姿を目に捉える。
二刀流のスケルトンはやはり火に弱いのだろう。防具が軽装なのも手伝いすでに炭化し始めていた。
このまま何もしなければ俺もあのスケルトンと同じ末路を辿る。
高速で思考を働かせる。
魔術障壁を張るか?それとも張りながら竜巻の中を抜け出すか。
魔術か、あるいは魔法をぶつけて相殺させるのも一瞬考えるが、即座に却下する。
周囲をここまで包囲された状態では全てを相殺させるのは不可能だ。ならば……。
持続時間がわからない以上、耐えるのは愚策と判断する。ここは多少の無茶をしてでも、この場から抜け出さなければ。
そう思っていた矢先のこと、俺の頭の中で凛々しく声を上げる者がいた。
大人しく俺に従っているはずのシルフィードだった。
『させないのです……ミコトは、ミコトは私が守るのです!!』
(お前何を……!?)
『風よ風よ。優しき風よ。私の大切な人を守って欲しいのです。安らぎの調べを貴方に……"新緑のカーテン"』
俺が意図もしないうちに声が出て、まるで自分のものではないかのような優しく透き通った声で魔法を唱える。
そう、魔法だ。
シルフィードが俺の体を勝手に使って魔法を唱えたのだ。
魔法は使う人物によってその方向性を変える。
万能の力ではない。魔法が使えるから全てのことができるわけではない。
例えば俺だと何かを壊すことしか出来ない。俺の魔法はそうあるようになってしまった。
だからこんな魔法は俺では絶対に出来ない!俺の中にいるシルフィードが使っているんだ。
魔法の名が示す通り、美しい緑色のカーテンのようなものが俺の周りをそよいでいる。
それは透明で向こうが見渡せる程だった。数歩先が火炎地獄になっていても、その余波すら感じさせない。
むしろ快適とさえ思える空間を魔法のカーテンが作り出していた。
空気が清浄化されているような、それでいて何かに守られているかのような安らぎを感じる。
だからこそ、俺はそれが苛ついてたまらない。
(誰が守って欲しいと言った!?お前はただ俺に黙って従っていろ!!)
『…………ごめんなさいなのです』
それでもシルフィードの魔法はファイアストームの効果が終わるまで消えることがなかった。
ファイアストームの効果時間は一分ほど続いたのに大した持続力だ。
防御力も桁違いなのだろう。俺はあの灼熱の中にいても傷一つすらついていなかった。
だが余計な手助けとしかいえない。俺はあの状況下でも一人で切り抜ける自信があった。
俺が命令した時以外にお前の力なんて必要ないんだよ!!
「驚いた。まだ生きてる」
二刀流スケルトンが塵一つさえ残さずに消えた場所に、未だぷすぷすと燻る熱の地面を踏みしめてクロイツが歩いてくる。
平坦な声に驚きの感情は宿っておらず、その顔も無表情に近い。
八つ当たりだとわかっていても、俺はクロイツのその顔を睨むしかなかった。
「あぁ、ご覧の通りだ」
「……嬉しくない?」
「これが嬉しい顔に見えるのなら、その機能していない目玉はいらねぇよな。潰してやるから差し出せ」
「やけに不機嫌になっている。理由がわからない」
「あぁ?テメェがけしかけたスケルトンのせいだよクソ野郎」
苛立っている理由は違うが、そもそもがこいつと戦っているからああなったともいえる。
なら怒りの矛先がこいつに向いたとしても何も問題はないな?
「今さっきのはそっちから攻撃してきた。……でも、時間稼ぎをするから結局、結果は同じ」
「時間稼ぎ?へぇ、それは何の為だ?まぁどっちにしても、後二体しかスケルトンがいないからそれも終わりだろうけどな」
「…………?いるよ、そこに」
「なに?」
首を傾げながらある方向に向けて無防備に指を向けるクロイツ。
それに注意を向けながら指の方向に目を移せば、ちょうど魔法陣がそこに浮かび上がっていた。
再召喚するつもりか?……いや、これは!?
「……テメェ、いよいよもってして、だな?なぁおい!?」
それは昔に見たことのある魔法陣。
時間が巻き戻るかのように塵から灰に、灰から骨に、そしてそれぞれが組みあがっていき、二刀流のスケルトンがそこに復活した。
同様に一刀両断した二体のスケルトンも何事もなかったかのようにその後ろに立っていた。
装備している防具が完全に元に戻っていることから、あいつらにも"遡行"がかかっているに違いない。
忌まわしい昔。あの時、ルクレスが操る腐食竜を相手にした時にこの魔法陣を見た。
時間を巻き戻し、元のあるべき姿へと戻す"遡行"。
大図書館で調べた所、これは遥か昔に失われた古代魔術であるらしい。
ルクレスが身に付けていた指輪に古代魔術……これが果たして偶然の重なりといえるだろうか?
「意味がわからない。でもまだ僕と付き合ってもらう」
そう呟いたクロイツは再びスケルトンたちに力を注ぎ始める。
隊列を組み、臨戦態勢に入るスケルトンたち。そして魔術師スケルトンはある魔術を唱えて味方を支援し始めた。
「雷を武器に付与するライトニングローダー……はは……アハハハ!!ハハハハハハ!!!!!
これはもうわざとだろ?わざとしか言えないよなぁ?」
あの時の戦いの再現でもしようというのか。わざとらしすぎて笑えてくる。
あまりにおかしくて、こいつらを殺したくて踏み潰したくて粉々にしたくてたまらない。
狂おしい程の殺気を振り撒きながら、俺は無形の風を剣から弓に作り変える。
クロイツを生きて尋問しようと思ったがやめた。お前ら、皆殺しにしてやるよ。
第二の戦いの火蓋が切って落とされようとした所に、学校側から大きな爆発が起きて横槍を入れられる。
ッチ。防衛ラインでも突破されて中にでも入られたか?
そう思ったものの、どうやら爆発は学校の屋上で起こっているらしい。
あんな場所で戦うやつなんているのか?それにあの魔力は……。
「戦おう、と思ったけど。呼ばれた」
「あぁ?テメェ、逃げるつもりか?不完全燃焼で終わらせるんじゃねぇよ。殺してやるからそこにいろ」
「残念。それはまた今度。ばいばい」
「逃がすかよ!!」
クロイツが何か手に持っていた物を地面に投げつけようとした瞬間に俺は弓を射った。
一本の光の矢が二つに、四つに、八つにと倍々に増えながら幾重も重なってクロイツに降り注ぐ。
体内にまで突き刺さり中から吹き飛ばす殺戮の矢は、人間であれば生存することなんて不可能だ。
着弾した瞬間に矢が爆砕する。その光景を見て、何度目かの舌打ちを俺は洩らした。
着弾した直後に爆発したということは、矢が突き刺っていないということだ。
爆発して広がった煙が晴れた跡には誰もそこには存在していなかった。
スケルトンもろとも何処かに逃げたようだ。
クロイツを逃がしたのは腹立たしい。しかし、そこにこれ見よがしのあいつの影が見えたことは朗報に違いない。
露骨なアピールに罠である可能性も考えるが、俺への挑発と考えると腑に落ちる。
「その挑発にのってやるよ、ルクレス。だから早くその姿を俺に見せろよ。でないと……」
『ミコト。学校で起こった爆発が気になるのですよ』
「あぁ?あれなら気にしないでいいんだよ。誰がやってるか大体見当がつくからな」
『でも……』
「それよりもお前は勝手な行動は絶対にもうするな。いいな?次に俺を裏切ったら……許さない」
『……わかったのです。もう勝手なことはしないのです』
ふん。殊勝な態度をとっているがどうだかな。
大体、何故こいつが俺の体を使えたのかがわからない。精霊化が不完全な状態になっているのか?
久しぶりに全開の状態になったから、まだ慣れていないのかもしれない。
とりあえず、どの道一度は学校に戻るつもりだったから力を抑えなくては。
意識的に深呼吸をとりながら気持ちを落ち着け、俺は体を引き絞るようなイメージをとる。
すると四枚羽が淡い光と共にその姿を消していく。
精霊化を解いたわけではないので、力そのものは体の中に残っている状態だ。
精霊化を持続させることに懸念がないわけではないが、今はいつでも戦える状態にしておきたい。
あいつを殺す機会を一秒たりとも絶対に見逃すわけにはいかない。
さて、次はどう仕掛けてくるんだ。
未だ戦闘の音が聞こえてくるその合間を俺は歩く。
ちらりと見たところ、生徒と冒険者の合同パーティーはなんとか魔物を押し返せているようだ。
しかし、これが後何度も繰り返されると……どうなるかわかったものじゃないな。
必死に戦っている生徒たちの姿を見ながら、俺は心の中でご苦労さんと笑いかけ、そして学校の中へと入っていった。
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