第百十八話 十の赤い眼光
意外といえば意外といえる人物の登場に、しかし俺は微笑みをもってして出迎える。
友好的とすらとれる俺の笑顔とは対照的に、クロイツはただただ無表情だった。
まるで死人のように顔は青白く、灰色のローブを着込んだその姿は黄泉路に旅立つ死者のようだ。
「…………」
こんにちは、と挨拶をした後は口を開くことなく黙って俺を見詰めている。
男に見詰められる趣味なんて毛頭ないが、感情の一つも浮かんでいないその瞳はあまりに無機質だった。
こいつが現れた時には俺に復讐でもしにきたのか、と思っていたが思い違いだったか?
それとも俺のように、今にも暴走しそうな復讐心を必死に抑えているだけだろうか。
どちらにせよ俺の敵であるのなら容赦はしない。
「あぁああああ!!よくもライザーをっっ!!!」
戦闘態勢に入ろうとしていた俺の横を、奇声をあげながらクロイツに斬りかかっていく影があった。
そこに戦士としての姿はない。培ってきた技も見せず、子供のように隙だらけな格好のまま突っ込んでいくアマナ。
無論、そんな稚拙な攻撃がクロイツに届くはずもない。
アマナとクロイツの間に割り込んできた盗賊スケルトンに容易く弾き飛ばされた。
あえて傍観していた俺はもう一体のスケルトンに目を向けていた。
格闘スタイルのスケルトンは動く必要すらないと判断したのか、クロイツの傍から離れていない。
(なるほど、統率はとれている。ただの魔物であるなら敵対行動を見せた相手にあんなことはしない。
召喚された、もしくはスキルで従わせている魔物で間違いはないだろう)
思考に耽っていた俺を完全に無視して、懲りもせずにアマナは感情のままに攻撃を繰り返している。
理性が吹き飛んだ状態ながらもそこは高レベルの冒険者。
最初こそ軽くあしらわれていたが、今は盗賊スケルトンを相手に一進一退を繰り広げている。
ライザーがやられたことで憎悪の感情に支配され、血走った眼で剣を振るう姿は悪くはない。
(だが邪魔だな)
一度はこの女の復讐したいという気持ちに免じて攻撃を許したが、そう何度も繰り返されると飽きもするし邪魔である。
分を弁えて後ろに下がっていればいいものを、退屈な光景を見せられのはもはや殺意すら湧いてくる。
戦う相手は前にしかいないと、無防備に背中を晒しているアマナ。
沸々と湧き上がってくる思いのまま、俺は無形の風で生成した剣をその背中につきたてようとしていた。
『ミコトっ。ライザーにはまだ息があるのですよ!!』
そんなうるさい声に妨げられ、もう一歩を踏み込むことが出来なかった。
舌打ちをしながらそんなどうでもいい情報を垂れ流したシルフィードに叱責の声をあげる。
(それがどうした?くだらないことをいちいち言わなくていい)
『くだらなくなんてないのですよ!そのことをアマナに伝えれば、きっと攻撃を止めてくれるのです』
俺がアマナをスケルトンごと斬り伏せようと動こうとしていたのに、余計なことを考える奴だ。
精霊化の状態を完全に俺が掌握していないせいか、体の動きに齟齬を感じるようになる。
唇を噛み千切りたいほどに忌々しいが、今はまだこいつの言葉を無下には出来ない。
ちょうどタイミングよくアマナがスケルトンの強攻撃をガードして、踏みとどまることが出来ず俺の傍に吹き飛ばされてきた。
息を整えることすらせず、再度の突進をしようとするアマナの目の前に風の剣を振り下ろした。
「何をするのよっ!?私の邪魔をしないでっ!!」
息も荒々しく体力の底が見えてきている分際の癖に、よりにもよってお前がその言葉を口にするのか?
あまりの言い分にこのまま斬り殺してやろうかと思ってしまう。
すんでの所で思いとどまった自分の自制心を褒め称えたいところだ。
「邪魔なのはお前だ。お前の力じゃあいつらには届かない」
「そんなものやってみなくちゃわからない!それに届かなくたって、無駄だろうとしても私はあいつらを許さない!」
涙すら浮かべて俺のことを睨みつけるアマナに思わず俺は嘆息した。
アマナのあまりに必死な姿に興ざめした気分だった。
風の剣を下げながら俺はライザーがまだ生きていることを告げる。
「え……そんな、うそ」
嘘ではない。シルフィードの言葉が真実か、俺もライザーが生きているかどうか調べたからだ。
風の力を借りればライザーの周囲から漏れる音がまるですぐ傍にいるかのように聞こえてくる。
無音であればまず死んでいるだろう。
しかし残念ながら、ライザーから弱々しい鼓動と危うげで短く断続的な呼吸音が耳に飛び込んできていた。
ライザーは瀕死ではあるが確かにまだ生きている。
憎きスケルトンのことなど忘れたかのように、ライザーの元に駆け寄っていくアマナ。
ライザーの傍にまで寄ると倒れ伏したままの体にアマナは耳を寄せていく。
恐る恐る確かめていた表情が、次の瞬間にはくしゃりと顔を歪めて静かに泣き腫らしていく。
アマナもライザーが生きていることを確かめたようだ。
「そのままじゃ後数分もしないうちにそいつは死ぬ。お前はそいつを連れて講堂に戻れ。
ついでにそこの三人も一緒に連れて行けよ」
金縛りにあったかのように動きを止めていたマークとエド、トーマス。
その呪縛からようやく解き放たれたかのように勢いよく顔をあげ、俺のことを見上げていた。
邪魔にしかならない奴らがこれで消えてくれるのなら我慢したかいもある。
「そんなミコト、俺たちだって……」
「お前たちには何も出来ない。スケルトンに瞬殺されるのが落ちだな。さっさと消えろ」
歯に衣着せぬ言い方をした俺に三人は苦い顔をしながらも口答えすることはなかった。
三人は後ろ髪を引かれる姿を見せながら、アマナの元に走って行く。
マークは慎重にライザーを抱き上げようとしているアマナを手伝い、残りの二人は拙いながらに魔術で応急処置をしようとしていた。
その魔術では気休めにしかならないだろう。
そう思いつつ、講堂にいるある女のことを頭に思い浮かべていた。
「……講堂にマリーという女生徒がいるはずだ。そいつに治療を頼め。もしかしたら助かるかもな」
マリーの治癒魔術は恐らくグリエントでも五本の指に入るはずだ。
重傷を負っているライザーでも回復できる可能性は高いだろう。間に合えば、の話だが。
アマナたちにとって幸いなのは、こうしてライザーを助けようとしている間にもスケルトンたちが動きを見せていないこと。
そして他の魔物は俺が残らず殲滅したから、クロイツが見逃せばとりあえず脅威はないといっていいだろう。
クロイツたちを警戒しつつ、アマナたちはライザーを慎重に運んでいく。
少しでもライザーを手荒に扱えばすぐにでも命の灯火はなくなってしまうのがわかっているから、急いでいても慌ててはいけなかった。
そうしてアマナたちは牛歩のような足取りで校門の向こうへと消えていった。
「あの男、助けた?」
あいつらの姿が見えなくなった瞬間を見計らったかのように、クロイツがぽつりとそんな言葉を洩らした。
たどたどしい赤子のような言葉に俺は失笑する。
助けたつもりはない。マリーのことを持ち出したのもただの思いつきだ。
「そんなつもりはない。そんなことより邪魔が入ったが再開といこうじゃねぇか」
風の剣を再び構える。型も何もない我流の構えだが、ある程度の基礎はこの間のプリムラとの決闘の時、盗ませてもらった。
またこうしてすぐに剣を使うことになるとは思っていなかったから、高速思考で何度もシミュレートを繰り返している真っ最中だが。
そんなことをおくびにも見せず、挑発的に俺は笑った。
「……戦う。始める。また?理由……勝ちたいから。……何故?」
様子のおかしいクロイツに眉を潜める。精神異常でも起こしているのか?
プリムラにかかっていた魔術のようなものでも施されているのかと思ってスキルで確かめる。
しかしその様子はなかった。精神に変化をもたらす魔術特有の紫色は見当たらない。
元よりこいつの心は壊れかけているのかもな。
あの疑似精霊アルトロンを失った時からその傾向はあったが、それから何かあったのかもしれない。
ぶつぶつと独り言を零すだけのクロイツに痺れを切らした俺はこちらから仕掛けることにした。
「っふ!!」
一つ息を吐き、背中の四枚羽から風による推進力を得て瞬間的に加速する。
ブーストの更なる強化、Cブーストによる全身の強化も合わせた俺の速度は尋常ではない。
瞬く間に盗賊スケルトンの懐に飛び込むと、斜め下から風の剣を切り上げる。
驚いたことに盗賊スケルトンは俺の動きに反応していた。しかしそれも僅かなもの。
微動だにするぐらいでとても回避できる状態ではなかった。
一刀の元に斬り捨てる。普通のスケルトンではないとわかっていたから、それなりの力で攻撃したのだが過剰だったようだ。
スケルトンは呆気なく両断された。
いい防具を身に付けていたようだが、何のことはない。手応えもろくになくスムーズなものだった。
「……こんなものか」
正直、落胆した気持ちは抑え切れない。
頭を振ってすぐにその気持ちを捨て去り、俺はクロイツに顔を向けた。
独り言を呟くことをようやく止めたクロイツは、物言わぬただの骸に成り果てたスケルトンをじっと見詰めていた。
あの時のようにまた狂乱でもするのかと思ったが、どうもそんな様子はない。
残されたスケルトンは後一体。格闘スケルトンのみだ。
少々、手応えがないのがつまらないがクロイツには聞きたい事がある。
さっさと片付けることにしよう。
そう思っていた俺の前で、クロイツはようやくアクションをとった。
ゆるりとローブに隠されていた右手を目の前に持ってくると、手の平を上に向ける。
その光景を見ていた俺は目を見開いてただ一点だけを見詰める。
「……クロイツ。テメェ、その指輪は…………!!」
俺が見詰めていたのはクロイツの指に嵌められていた指輪だった。
右手の全てに嵌められた指輪は魔術をサポートする魔道具。
魔術師としてはありがちなデバイスであり物珍しいものではない。
だが、俺はその指輪に見覚えがあった。
それはあの能面の男がしていた指輪にそっくりの……いや、見間違えるはずがない。
何度も何度も俺は夢に見ていた。能面の男の姿を頭に焼き付けていた。あれは本物だ。
かっ、と頭の中が焼け付いていく。高速思考をもってしても脳の処理が追いつかない。
感情の渦が処理速度の限界を超えていた。
(いつもいつもいつも考えていた。あいつが俺の目の前に現れたらどうなるんだろうと。
俺はどうなってしまうのか。どう変わってしまうのか。不安だった。認めたくはないが怖いとすら思っていた。
それが、それが!奴の指輪を見ただけでこの有様。笑う、笑えてくる。
憎しみが際限なく増え続けて笑いが止まらなくなる。そうか、俺は復讐する相手が目の前にきたときに笑うのか。
愉快な気持ちになっているわけじゃない。楽しくなんてなっていない。
ただ笑えてくるんだ。口角があがって自然と笑みの形をとるんだ。
この気持ち、なんて名前をつければいいんだろうな。わからない、わからないが――)
俺はお前を殺したくてたまらない。クロイツ・シュトラウセ!!
格闘スケルトンさえ無視して俺は一足の元にクロイツに斬りかかった。
正真正銘の全力の一撃。先ほどとは比べ物にならない上段からの斬撃がクロイツを襲う。
人間なんて容易く肉塊に変える一撃に、魔術師であるクロイツに抗う術はない。
例え強固なる魔術障壁を張られたとしても、障壁ごと叩き切る。
「何っ!?」
風の剣による本気の一撃は、突如として現れた全身を鎧に包んだ者によって防がれた。
硬質な音を響かせて盾で防御された俺は、横合いからの殺気に気付き素早くその場から飛び退く。
俺が今の今までいた空間ごと切り裂くような鋭い拳が通過していった。
格闘スケルトンの攻撃に後退を余儀なくされた俺は、着地したのも束の間、四枚羽を駆動させて更に後退。
いつの間に唱えていたのか追撃の魔術が地面に突き刺さって爆発し、辺りを炎が焦がしていく。
視界を炎が遮った瞬間、嫌な予感がした俺は空中で足がつかないまま剣を前方に振るった。
ガキィン!と剣と剣がぶつかり合う音。すでに別のスケルトンが攻撃の手を伸ばしていたのだ。
目の前で二つの刃を打ち下ろした軽装のスケルトンは攻撃の反動を利用して、飛び退く。
軽業師かと思うほどの身軽な動きに悪態をつき、俺もなんとか体勢を崩しつつも無事に着地する。
「…………」
物言わぬ赤い眼光が十。俺のことを見詰めている。
最初に風の剣の一撃を防いだフルアーマーの敵。クロイツの護衛のように傍で控える格闘スケルトン。
新手はフルアーマーの奴だけではなく、魔術師の格好をしたスケルトン、そして空中で攻撃してきた軽装の二刀流のスケルトンもいた。
これで四体の敵。おそらくフルアーマーの奴も同じくスケルトンなのだろうと推測する。
最後に残った赤い眼光の持ち主は……倒したはずの盗賊タイプのスケルトンだった。
(いつの間に復活しやがった?聖なる武器でないと延々と復活するって落ちか?)
合計五体ものスケルトンを前にして、さすがの俺も頭を冷やした。
静かに燻る憎しみは絶える事はないが、俺の一撃を防いだ相手に無策のまま突貫するほど馬鹿ではない。
布陣を組むように奴らは動きはじめていた。
まるでパーティーを組んでいるような感じだった。
風の剣を構えて注意深く見ていると、スケルトンに守られている形で奥の方でクロイツが先ほどの格好のままで固まっていた。
何か違和感を感じた俺はトゥルースサイトを発動し、見えないものを見えるように意識する。
(指輪からスケルトンたちに何か供給されている?)
クロイツが嵌めている指輪から黒い線のような物が延びて、スケルトンたちに注がれている。
黒い線が辿り着くとスケルトンの全身を包み込むようにして広がっていた。
強力な支援効果がついている、といったところだろうか。
特にフルアーマーの奴に注がれている量が多いようで、そこに俺の一撃を防いだカラクリがあるように思える。
一対五……クロイツも入れれば六になる不利な状況に、俺は獰猛な笑みを浮かべる。
全く、冷静になったつもりで冷静になりきれていない。
エサを目の前に釣られている気分だ。俺にとってとびっきりの。
クロイツの指に嵌められている指輪が何よりの証拠である。クロイツは確実に能面の男と繋がっている。
この好機、絶対に逃してやるものかよ。お前を八つ裂きにしてでも、必ず吐いてもらうぞクロイツ……!!
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