第百十七話 取り戻した力
邪魔だ。切り裂く。どけ。切り裂く。
俺の邪魔をするなら全て死ね!!切り裂き続ける。
魔物の群れ中心で俺は剣を振るう。一度、剣が唸りをあげれば魔物の体が両断されていく。
あまりに呆気のない手応えに失笑が漏れる。障害にすらなりもしない。
一刀の元に倒した魔物はいくつぐらいになったか。撃墜スコアを数えるのも馬鹿らしい。
体中に力が溢れている。初めて精霊化を果たした、あの時以上の力を感じていた。
名前 … ミコト
性別 … 男
種族 … ハーフエルフ
状態 … 精霊化
Exクラス … 連携術士
サブクラス … 大精霊シルフィード
L V … 51
H P … 670 / 670
M P … 1026 / 4280
STR … C
VIT … C-
AGI … B+
INT … C
DEX … A
S L … 高速思考・デュアル△
覚醒・トゥルースサイト
フィーリングブースト
エレメンタルアブソーブ
ミラージュシルエット
風の加護
森羅万象
俺の全てのステータスは、プリムラと戦った時より飛躍的に向上を遂げていた。
以前は使えなかった各スキルも灰色の文字ではなく、通常の色に戻っている。
つまり、全てのスキルを使用可能になっているということだ。
この手にしている風の剣がある通り、魔法も問題なく使える。
『……っ』
その代償としてシルフィードに多大なる負荷がかかっていた。
無理やりシルフィードの力を俺が引き出したことで、絶え間ない痛みがシルフィードを苛む。
体の中が軋み、じくじくと骨の芯が侵されるかのような痛みだ。
無論、それは契約者である俺にも流れ込んできていた。
気持ちが悪い痛みは、しかし歓迎すべきものでもある。
この程度の代償ですむならば喜んで俺は痛みを受け入れよう。
この力があるならば、どれだけの魔物がいようと関係ない。
「グァァアア!!」
圧倒的な力を取り戻した俺だったが、魔物だってただ見ているだけじゃない。
意外と頭がいいのか、それとも別の誰かが命令しているのか。俺を取り囲んで押し潰そうと四方八方から襲い掛かってくる。
獣のような呻き声をあげて、魔物は鞭の様にしなやかな腕を振り下ろす。
魔物同士が互いに干渉することのない連携のとれた攻撃に逃げ場はない。
いや、逃げる必要なんてない。
魔物の攻撃は俺に届く前にその全てが何かに阻まれるように逸れていった。
この程度の攻撃が俺に通用するとでも思ったのか?
吹き荒ぶ風が俺の周りを守っている。スキル、風の加護による結界。
風の大精霊たるシルフィードの力をもってすれば、風を自由に操ることなんて造作もない。
あちらからの攻撃は通じず、俺の攻撃は一撃必殺。
魔物の群れに単身で突入したのは五分ほど前か。
ライザーたちが呆気にとられている内に一人で突っ込んだわけだが、弱い。弱すぎる。
気付けば俺の周りには魔物の姿がほとんどいなくなっていた。
魔物は死体すら残さず、塵となって消えていくのが幸いした。
もし死体が残っていたら、今頃ここは死体の山となっていただろう。
(だが、少し妙だ)
無形の剣を霧散させ、エレメンタルアブソーブで魔力を回復させていく。
それなりにMPは消費したが、こうしてスキルですぐに回復できるから問題はない。
気になることと言えば、魔物の死体はともかく魔物の核となる魔石すら残っていないことだ。
ライラックが眷属、といっていたことと何か関係があるのだろうか。
「……ん?まだ残っていたか」
何処からか湧いてきたのか、早くも遠くの闇の中から赤い点がずらりと並んでいる。
それも俺が倒した二倍以上もの敵がいるようだ。
密集した赤い点はそれが何であるのかわかっていれば、不気味であり恐怖を呼び起こすものなのだろう。
講堂にいる生徒がこの光景を見れば、悲鳴をあげるに違いない。
しかし俺には何の脅威にも感じられなかった。
「風よ、放て。ウィンド」
手の平を闇に向けて魔術を放つ。
魔術を放ったと同時に下級魔術にはあるまじき反動が体に襲い掛かる。
背中の羽で姿勢制御をし、ブーストで体を強化して反動を吸収する。
砲弾が弾き出されたかのような音を響かせ、俺の魔術は凄まじい勢いで飛んでいった。
限界まで魔力をデバイスに流し込み、暴発寸前の魔術を解き放つ。ただそれだけのことをしただけ。
効果は見ての通り、一発ぶち込んだだけで赤い点がいくつも消えて密集した赤にぽっかりと穴が空く。
おまけに下級魔術であるから連射も容易い。いや、そもそもが詠唱すら必要ないのではないか?
面白半分で試してみると簡単に無詠唱のウィンドを使えることが出来た。
ドン!ドン!ドン!と射撃音だけが鳴り響く。その度に赤い点が消えていく。
射的をしている気分になり楽しくなってきた、というノリに乗ってきた時に限っていつの間にか殲滅が終わっていた。
「どうしたものか」
こいつらが前座に過ぎないとはいえ、これでは今の自分の力を十分の一も出し切っていない。
溢れ続ける力は今か今かと出番を待っているようで何とももどかしい。
遊んでいるわけではないが、俺が本気を出すにはこいつらではあまりに役不足だった。
「驚いたよ。君がこんな実力者だったなんて」
かけられた言葉に振り返れば、そこにはライザーたちがいた。
俺の背中に生えている輝く四枚羽が暗闇の中でも目立つのだろう。
学校から離れた薄暗い闇の中でも、ライザーたちは迷わず俺の元に辿り着いた。
「実力者、というかあまりに現実離れしてるっていうかね……君のその姿もそうなんだけど、一体何者?」
アマナが怪訝そうな顔をして俺のことを見ていた。
その後ろからついてきたマーク、トーマス、エドは一度決闘の時に俺の姿を見ていたのだろう。
ライザーたちより驚きは少ないようだった。
それでもあれだけの魔物の群れを短時間で殲滅したことで引いている様子ではあったが。
まぁそんなことはどうでもいいな。俺はアマナの質問に端的に答える。
「説明する義理はない」
「……見た目と違って、中身は可愛くないわね。それに前はもうちょっと態度が違っていたと思うけど?」
「まぁまぁアマナ。これだけの力を持っているんだ。
何かしらの理由もあるのだろうし、今は心強い戦力がいることを喜ぼうじゃないか。
……他の人たちも戦っていることだし、あまり悠長に話している時間はないよ」
ライザーが最後に厳しい顔をしてそう言った。
確かに他のところでも戦闘は始まっているようだ。
剣が宙を走る音、魔物の唸り声と人の苦悶の声、ぶつかり合うような甲高い音、魔術が爆発するかのような激しい音と光……。
すでにここは戦場となっていた。
「こっちはしばらく大丈夫なようだから加勢しないとね。アマナと君たち、そして俺は一緒に行動しよう。
ミコトくんと一緒だと俺たちは邪魔になってしまうだろう。だからミコトくんには遊撃を……」
「なんで俺がそんなことする必要があるんだ?」
「……え?」
「ええっと、君、この状況わかってる?皆が大変なことになっているのに、助け合わなくてどうするのよ」
「だから、なんで俺が助けなくちゃならないんだ?」
当然の疑問を投げかけただけなのに、ライザーとアマナは目を点にして驚いていた。
驚きたいのはこちらである。なんで俺が手伝うこと前提で話をしているのか、わけがわからない。
雑魚は雑魚どもでせいぜいやりやっていればいいじゃないか。
俺には他にすることがある。この戦場の中に必ずあいつがいるはずだ……。
「なんでって……貴方ねぇ!」
短気そうなアマナという女が、早速その怒りを爆発させようとしていた。
その寸前、ライザーがはっとした顔を見せたかと思うと、次の瞬間にはアマナの体を突き飛ばしていた。
「いったた……ちょっとライザー!なにすんの……っ!?」
いきなり突き飛ばされたことにアマナは反射的に文句をつこうとしていた。
しかしその言葉が続くことはなく、アマナは絶句してしまう。
何故ならライザーは突き飛ばした格好のまま、脇腹から剣が突き出て血を流していたからだ。
アマナの背後から白い骨だけの魔物が音もなく忍び寄ってきていたのは知っていた。
こいつらがどれだけの実力なのか知りたかったから放置していたが、案外大したことないな。
青い顔をしているライザーを見て、俺はそんなことを思っていた。
「っぅ!!」
ライザーは振り向き様に抜剣してスケルトンを攻撃しようとしたが、その攻撃は空をきる。
スケルトンは獲物をライザーから抜き取ったかと思うと、素早い身のこなしでその場から引き下がったのだ。
スケルトンという魔物は弱い、と聞いていたがこいつはどうも様子が違う。
盗賊のような格好をしているのもそうだが、装備の質もいい。ライザーたちと遜色がないように見える。
油断なく距離をとった動きも人間くさくて不気味だ。明らかに通常のスケルトンとは訳が違う。
「ライザーさん!?」
血の気が引いた顔で叫んだのはマークだった。
ライザーの近くにいたマークは彼に駆け寄ろうとして走って行く。
他の二人は突然の出来事にまだ体を動かすことが出来ないでいるようだった。
わき目も振らずにマークは走り寄る。
焦って視野が狭まっているマークには闇の中で潜んでいた、もう一匹のスケルトンに気付いていなかった。
今度のスケルトンは無手。武器は何処にももっていなかった。
ただ前傾姿勢で弾丸のように飛び込むそのスタイル。
そしてマークの懐に飛び込んだか否や、抉りこむように下から突き出す鋭い拳から格闘家を彷彿とさせる。
マークが気付いた時にはもう遅い。回避はもはや不可能だった。
あーあ、あれは死んだな。
「ぐぅぅぅうう!!」
しかし俺が思っていたよりもライザーという男はやるようだ。
いち早く格闘スケルトンの接近に気付いたライザーは、マークを自分の内側に引き寄せて場所を入れ替えた。
そして腕につけられたバックラーで防御をするべく、スケルトンの拳を真正面から迎え撃った。
思い切りがいい。反応速度はなかなか大したものだ。
だがライザーの健闘もそこまでだった。
スケルトンの攻撃を防御しようとしたまではよかったが、不利な体勢と脇腹に負った傷が響いたのだろう。
拮抗すらすることなく、スケルトンの拳でライザーの盾は弾き上げられた。
「……ぁ」
呆然とした顔をして小さな呟きを洩らしたライザー。
格闘スケルトンは無防備に体を晒して大きな隙を見せたライザーに回し蹴りを撃ち放った。
ドゴォウ、とまるで丸太を撃ちつけたような激しい音と共にライザーは吹き飛ばされた。
短い滑空を終えたライザーは、一度、二度と体を地面に打ちつけてバウンドして転がっていった。
ようやく止まった頃にはライザーは身じろぎ一つすらせず、ぴくりとも体を動かすことはなかった。
「………………」
凍りついた空気の中で誰もが言葉を失っていた。
信じられないかのように目を見開いたまま静止しているアマナ。
スケルトンが傍にいるというのに、吹き飛ばされたライザーに視線を向けたまま硬直しているマーク。
エドとトーマスも息をすることすら忘れてその光景を凝視していた。
(こいつらはもうダメだな)
俺はそんな中で早々に見切りをつけていた。利用する価値すらなくなったことで興味を失う。
アマナはもう少ししたら現実に戻ってくるだろうが、今までの様子からしてライザーを倒されたことで激昂して我を忘れるだろう。
冷静さを失った状態では、あのスケルトンを二匹も相手どるのは不可能に近い。
最初こそ勢いはあるだろうが、それだけだ。嬲り殺されることだろう。
ライザーだけは利用価値が少しだけでもあったのに、それだけは残念だった。
『ミコト……どうして』
震える声で俺に語りかけるシルフィード。
どうして助けなかった、か?実力をはかる為だと言っただろうシルフィード。
それ以上でも以下でもない。
確かにいつでも助けに入れたし、俺ならあのスケルトンでも即座に倒すことは出来ただろう。
だけどやらなかった。やる意味がなかった。
この程度で死んでしまう命に何の価値があるのか、俺にはわからない。弱い者はそのまま死んでしまった方がいいだろう?
何か俺はおかしいことを言っているか?
『……………』
言葉なく黙ってしまったシルフィードから俺は意識を切り離した。
何故なら緊急事態、というほどでもないが、突如として新しい反応が俺のすぐ傍に現れたからだ。
これは……なるほど。
俺は少しだけ驚いた。まさかこいつがこの場面で現れるとは思っていなかったからだ。
「…………こんにちは」
そいつは抑揚のない挨拶をしながらスケルトンの背後から現れた。
さっきまで気配がなかったことを考えるに、こいつはこの場に転移してきたのだろう。
転移してきたということは、つまり奴の仲間である可能性が高い。
そいつが傍に来てもスケルトンが攻撃する素振りすら見せず、むしろ控えるように道を譲ったことから敵であるのは間違いない。
しかし、なぁ。まさかお前がここに来るとはな?
おっと、挨拶には挨拶で返さないといけない。俺は軽い口調で笑いながらそいつに声を掛けた。
「よう。久しぶりだな、クロイツ・シュトラウセ」