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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第百十五話 絶望と希望

 校舎を守る結界が機能しないと聞き、生徒たちは一斉に悲鳴をあげた。

駆け込んできたクライブも今更ながら生徒たちの顔を見て、しまった、と顔を歪めていた。

 結界がないということは自分たちの安全がなくなったということ。

特に戦闘に自信がない者にとっては湧きあがる不安と恐怖は際限がないだろう。

悲嘆に暮れる生徒たちが騒ぎ始める中、俺は顎に手を当てて考えていた。


 (結界を維持するには、実習前に配布された石のような魔道具が必要になる。

  魔物たちを囮に使い、まずは結界を生成していた装置を破壊してきたか。

  明らかに計画的だ。では次はどうする?

  戦力になるかはともかく、魔術師はたくさん揃っている。とはいえ……)


 今の時期、通常の授業は行われていない。

何故ならダンジョン実習の為に教員を総動員していて、他に手が回らないからだ。

実習に関係がない上級生たちや、そもそも参加していない生徒は登校しなくてもいいことになっていた。

自主的に登校している生徒はいくらかはいるだろうが、普段よりは大分少なくなっていた。

この瞬間を狙って襲撃をかけたのは想像に難くない。


 「クライブ先生、結界陣の方は見回ってきましたか」

 「ええ。敵対意志のある魔物がこれほど接近していたのに結界は発動しませんでした。

  おかしいと思い、魔物の処理を他の方たちに任せて調べにいったんです。

  ……見事に破壊されていましたよ。強固な防御壁で守られていたのに、槍で貫かれたような跡と共に壁ごと粉砕されていました。

  それと地面に足跡が。おそらく人のものでしょう。それが一人分ありました」

 「なるほど。やはりこれは人為的なものか……」

 「すみません。もっと早くに気付いて結界陣を守りに行けばよかった」

 「結界陣は四方にあり、その内のどれかが破壊されれば結界は機能を失う。

  クライブ先生が一人で行ったとして、結果は変わらなかったでしょう。一つを守ったとして、他のどれかが破壊されるだけです」


 ライラックは淡々と事実を言っているだけでクライブを責めているわけではなかったが、言われている本人はあからさまに落ち込んでいた。 

一部の生徒などはその話に聞き耳をたてて筋違いにもクライブを恨み、険しい顔をして睨んでいる奴さえいる。

お前のせいで結界がなくなってしまった。どうしてくれるんだ!魔物がすぐ傍にいるっていうのにっ!!

そんなところか。

視線を向けられたクライブは生徒たちの眼差しに耐えられないかのように顔を伏せていた。

 こういう時、破壊した犯人ではなく守りきれなかった奴を恨むのはどうしてなんだろうな?

感情をぶつける相手が違うだろう。そのことに気付かない奴らに俺は思わず心の中で笑ってしまう。

険悪な空気が漂う中、ライラックはただ一人その中でも平静を保っているように見える。


 「クライブ先生」

 「……なんでしょうか」

 「失礼」


 そう言ったが早いかライラックの手の平が、塞ぎこんでいたクライブの頬を鋭く張った。

乾いた音が講堂の中に鳴り響き、事の成り行きを知らない生徒たちも何事かと振り返るほどの大きな音だった。

手加減のない張り手に殴られた本人も、早速赤くなり始めた頬に手をあてて呆然としている。

ライラックは振り抜いた手を戻すと、真正面からクライブを真剣な表情で見据えた。


 「私は貴方がやったことを間違いだったとは思わない。この中で何よりも一早くそれ気付いたのは貴方だからだ。

  貴方は自分に責任があるかのように思いこんでいるかもしれない。

  だが、その事に気付いてさえいなかった者たちは?その者たちに全く責任がないとは言えないだろう。

  間違いがあるとすれば、貴方が責任を全て自分のものとしていることだ」

 「…………」

 「この事態はより多くの人の力が必要となる。それには当然クライブ先生、貴方も含まれている。

  落ち込む暇なんてものはない。それに私は取り返しのつかないことなんてないと思っている。

  やってしまったと思うのなら、その分を何かで取り戻せばいい」


 取り返しのつかないことなんてない?

まさかまさか。ライラックがそんなことを考えているなんて。


 「手荒な真似をしてしまったことは謝罪する。こんな方法しか私は知らないから。すまなかった」


 深々と腰を曲げるライラックに、周囲は驚きに目を見張っていた。

意外に思っている者がほとんどだろう。

クライブなどは目を白黒させてから、慌てふためいてライラックの顔を上げようと必死に言い募っていた。

張り詰めていた空気がそれで弛緩していく。睨んでいた生徒たちも罰が悪そうに顔を背けていた。

 俺も意外に思っている一人だったが、その意味は他の連中とは違う。

ライラックの言葉に俺は呆れると共に怒りを覚えていたのだ。

それは気休めの言葉だ。甘い毒だ。

それに浸ってしまえば一時的に楽にはなるだろう。しかしすぐに現実を思い知る。


 (やってしまったことは二度と元に戻らない。過ぎ去った過去を取り戻すことなんて出来ない。

  どんなに渇望したとしてもそれは取り返しなんてつかない。そう、どんなに願ったとしても)


 俺は苛立ちを胸の中に隠して、講堂の外に目をやった。

気を紛らわすことを含め、外の状況がどうなっているのか確認したかった。

するとやはりと言うべきか、事態は更なる進展を見せていた。


 「もう新手がやってきたか」


 ぽつりと独り言を零して俺はライラックの方へと視線を向ける。

ライラックの表情には若干の苦味が入っていた。その表情は言葉より雄弁に物語っている。

 魔物の第二波は更に群れの数が増していた。

まだ遠方にいる為、姿は暗闇の中に隠れて赤い点しか見えないが、おびただしい数である。

隙間が見えない密集具合でそれがまるで絨毯のように広がっている。

攻め入る方角も一方ではなく講堂を中心にして全方位、赤い点が見えない方角はない。


 「対応はどうしますか、ライラック先生」


 魔物の再びの侵攻に動揺が周囲に渦巻く中、クライブだけは比較的に冷静さを保っていた。

とはいえ、その表情は明るくない。冷や汗を滲ませて、緊張している面持ちでライラックに話しかけていた。


 「残存している戦力でどうにかするしかないでしょう」

 「残っている戦力といってもあの魔物の数では……」


 クライブは言葉を濁していたが、はっきり言ってしまうとこのまま戦ったとしても勝算はないに等しい。

圧倒的に戦える者たちが少ないからだ。

講堂に集まっている人数は、生徒と先生たちを含め百二十名ほど。

その内、戦う意志を持っている者は俺の見立てでは半数もいない。

半数以上もの戦えない人間を、守りながら戦闘を行うなど酔狂としかいえない。

これでは勝ち負けという段階にさえならないだろう。


 「…………」


 クライブの言葉に黙したライラックとて、それは重々承知の上だろう。

この状況は実戦経験をついこの前、体験したばかりの子供たちではあまりに荷が重い。

ここに残っている者たちを無理やり戦わせたとしても、むしろ邪魔にしかならない。

戦う意志を見せている者たちでさえ、危うさというものは抜け切れない。

血気盛んな者ほど早死にするとはよく聞く話である。

 せめて前に出て戦うことで魔物たちの足止めができるブロッカーが、プリムラ以外にもいれば別なのだろうが。

魔術師にとって詠唱している間が一番無防備になる。

迫り来る魔物を前にして、盾となってくれる者もいない。

そんな状況で魔力を構築し、一字一句とちることなく詠唱することができる生徒はいるだろうか。

絶望的な雰囲気が立ち込める中、希望の一石が不意に投じられる。


 「皆さんっ、ご無事ですか!?」


 講堂の扉をけたたましい音と共に開け放って現れたのは精悍な青年だった。

身動きの取り易い軽装の鎧に腰に下げたロングソード。腕にはバックラーを装着している。

こげ茶色の髪を持つ長身の男。ダンジョン実習に同行者として協力していた冒険者、ライザーだった。

なるほど。冒険者たちもまだ学校の中に取り残されていたということか。

クライブは突然の乱入者に呆けた声をあげていた。


 「君は確か冒険者の……」

 「ライザーです!それに俺の仲間と他の冒険者たちもそこにいます!」


 続々とライザーの後から冒険者たちが姿を見せていく。

講堂までは校舎から移動すればすぐの所なので、おそらくそちらから来たのだろう。

総勢で二十名ほどいるようだ。

その中に知り合いがいたのか、アマナさん!と三馬鹿たちが嬉しそうに声を上げて手を振っていた。

 予想外の助っ人に講堂から歓声が湧き上がる。

ライラックは騒がしさを気にも留めず、早速状況を確認するようにライザーに話しかけていた。


 「ライザー。確かお前たちはゲートの傍で待機してもらっていたはず。

  ゲートは今、どうなっている?」

 「……急に辺りが暗くなった時を境にゲートが使えなくなりました。くぐって試しても見ましたが何も起こりません」

 「そうか。そうだろうとは思っていたが、これで脱出方法が一つ潰れた」


 予想していたことなのか、ライラックは残念な気持ちを微塵も見せずに腕を組んだ。

あまりに落ち着いているライラックにライザーは呆気にとられているようだ。


 「それにしても来るのが遅かったな。異変に気付いたならすぐに駆けつけられる距離だと思うが?」

 「ちょっと!その言い方、ライザーに失礼じゃない!?」

 「お前はアマナ、と言ったか?別にさっきの言い方に他意はない。いちいち問答するのも面倒だから黙っていろ」

 「なっ……」


 ライザーの傍で絶句している勝気そうな女性。三馬鹿が騒いでいた女性とはこいつのことか。

ライザーの冒険者仲間らしいが、こいつも前衛タイプのようで鎧と剣を帯剣していた。

見れば他の者たちも同じようである。これで壁が二十できたな。


 「落ち着いてアマナ。今は喧嘩をしている場合じゃない。

  ライラックさ……先生。遅れたのは魔物の対処にあたっていたからです。

  すでに校舎の方でも侵入されていました。残らず殲滅しましたが、時間をとられてしまいました」


 慣れ親しんだ校舎の中に魔物が現れたことに生徒たちは息を飲む。

よくよく見れば、冒険者の中には軽傷を負っている奴らが少なからずいた。

あの魔物を相手にしてそれだけで済んでいるということは、こいつらは使える駒だということだ。


 「ふん。あの程度、一撃で事を済ませてさっさと駆けつけろ。私ならそうした」

 「ははは。確かに。あの爆炎、というか業火は先生のものですよね。

  校舎の中にいても物凄い震動を感じましたよ。お見事です」


 二人の会話には何やら知り合い以上の気安さが見えている気がする。

こんな状況だというのに、クライブが二人のただならぬ様子に焦っている様子が見え、アマナはライザーの後ろでこめかみをピクピクさせていた。


 「まぁいい。せっかくここまで来たのだからお前たちの力、借りさせてもらうぞ」

 「えぇ、存分に」


 阿吽の呼吸で頷くライザーにライラックは微かに微笑んでから、生徒たちの方へと体ごと振り返った。


 「喜べ、貴様ら。援軍がこうして駆けつけてきてくれた。

  それもダンジョンに一緒に篭った貴様たちならわかっているだろうが、それなりの実力者たちだ。

  戦い方を熟知した冒険者たち。貴様らはこいつらと共に戦わなければならない」


 その言葉にびくりと体を震わせる生徒が多数いた。

いくら頼れる味方が増えたとして、潜在的な恐怖は完全には消え去らない。


 「魔物と戦うのが怖いか?それは当然だ。奴らは躊躇なく命を奪いに来る。

  それはダンジョンに入った時も同じだった。しかし、あれはお膳立てしてもらった戦場。

  ここは違う。己で考え、己で自らを守ることでしか生き残れない戦場だ。

  戦え。戦わなければ死ぬしか残されていない」


 現実を叩きつける言葉に勇気を振り出して戦おうと立ち上がる者はいなかった。

所詮はまだ年端もいかない子供たちである。過酷な現実と向き合うには心が未熟すぎた。

しかしライラックは現実から目を逸らすことを許さない。


 「すでに周囲は魔物に取り囲まれている。ここから生き残りたければ倒すしか道は残されていない。

  その為には一人でも、いや、一人残らず死力を尽くすことが必要になる。

  貴様たちの隣を見ろ。そこには何がいる?そこに何が見える?それは失ってもいいものか?

  魔物に怯えて目を逸らすということは、そこにあるものからも目を逸らすということだ」


 顔を見合わせる生徒たちの間には、得も言われぬ空気が漂う。

互いに互いが心の中で怯えている。戦おうと思っている者でさえそれは変わらない。

それは瞳を見るだけでわかることなのだろう。

 きゅっ、と袖を握られる感覚がした。俺の傍にはマリーぐらいしかいない。

俺はあえてそれに気付かぬ振りをしてライラックの姿を見続けていた。


 「よく考えろ。そしてすぐに決断しろ。時はもう残されていない。

  戦う意志がある者は私の所に来い。パーティーを編成する。

  幸いここに前線を任せられる冒険者たちがいる。遠慮せずに肉壁として使うがいい」

 「肉壁はちょっと嫌ですけど……安心してくれ。君たちのことは俺たちが守る。

  それこそ死ぬ気で魔物と戦わせてもらう」

 「ライザー、やはり貴様は馬鹿なままだな。死ぬつもりで戦うのは頭の悪い馬鹿のやることだ。

  戦うからには生き残れ。それが戦う為の最低限の条件だ。

  私も一緒に戦わせてもらう。戦うからには貴様らを生きる気で全力で守らせてもらう」

 「その言い方、懐かしいです。ちょっと抜けた言い方に聞こえますが、先生が言うとまた何か迫力が違いますね」

 「生意気を言うじゃないか。燃やすぞ?」


 本当に魔力を込め始めたライラックに、ライザーは慌てて頭を下げていた。

講堂の中では不思議と絶望感というものがなくなり、迷いが充満している。

それは戦うか否かの問いに答えることが出来ない者たちの迷いだった。

 魔物たちの姿は未だに暗闇の中に潜んでいて、赤い点しか見えない。

考える猶予と言えばまだあるのだろうが、戦う準備を時間に含めればほとんど余裕はない。

ここが俺たちにとってのターニングポイントなのかもしれない。

 そう思っていた矢先のこと、不意に脳に直接届くかのような声が聞こえてきた。

その声を聞いた瞬間、一瞬にして俺の全身の血がまるで入れ替わったかのように沸騰する。

ぎりぎりとした音が聞こえてきたかと思えば、それはあまりに力を入れすぎた拳から漏れ出た音だった。

爪が手のひらに食い込んで裂け、血が滴り落ちる。

赤い血だ。まだ、赤い、血だ。

化け物には相応しくない赤い血だと、何処かで考えて。

そうして不気味に笑いながら響き渡るその声を……奴の声を聞いて俺の心は正気を失っていく。

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