第十六話 友達になろう
俺は聞きようによっては無関心とも取れる言葉を口に出した。
俺の言葉に目を丸くしているプリムラに、何か言われる前に言葉を続ける。
「俺はプリムラとの付き合いは浅い。まだ知らないことも一杯ある。
だが、あんな視線を向けられていいヤツじゃないってことはわかる。……なんとなく」
言い切れないのはやはり付き合いの浅さがあるから。
断言できればそれはかっこいいだろうが、嘘はつきたくないと思った。
これは俺の直感でしかない。彼女がそんな人間だとは証明することなんて出来ないし、理由を聞かれてもそう思ったからとしか言えない。
「……貴方が私の何を知っていると言うのです?それとも噂で聞きました?」
噴水から巻き上がる水音を後ろにして、静かな声がプリムラから発せられた。
声が静なら顔は動。表情を一変させ攻撃的な意思を隠しもせずに、こちらを睨みつける。
元が美しい顔立ちなればこそ、その顔は壮絶だった。
初めて見るプリムラの激しい感情はどうしようもなく正しい。
俺だって上辺だけの言葉を貰っても、イラつきはすれど喜びはしないだろう。
「噂なんて知らねぇし興味もない。赤の他人が言ったモンなんて信じる気もねぇ」
あくまで淡々と、何でもないことかのように俺は言った。
本心であれば言い募りたいことは山ほどある。ヤツらに対する罵詈雑言やらはそれこそたくさん。
だがそれは果たしてプリムラを案じての言葉だろうか。昔の俺に重ねてしまっているだけではないか。
ましてやそんな汚い言葉を彼女に伝えられるわけもない。
俺の本心を察したわけでもないだろうが、それを聞いたプリムラは感情をリセットするように大きく一呼吸して、寂しそうに笑ったのだった。
「私もミコトにとって赤の他人ですわ」
「……」
違う、と言えばいいのか。だがそれは紛れもない嘘だ。
真実は彼女が言った言葉そのものだから。
だったら黙っていて、沈黙を返事とすればいいのか。それも違うだろう。
返す言葉はいくつも思いついた。しかしどの言葉も彼女が求めているものではない気がする。
答えは出ない、だけれど時間は無情にも経ってしまう。
彼女が自分で答えを出してしまうほどに時は過ぎてしまった。
「ごめんなさい、ミコト。勝手が過ぎましたわ。先程までのこと、全部忘れてください」
そう言って縁に手を付くと、勢いよく立ち上がるプリムラ。
前を見据えていつもまっすぐにこちらを見つめる瞳は背中の向こう側。今は華奢で小さな後ろ姿しか見えない。
俺はそれをただ見てることしかできない。
どことなく元気がない後ろ姿ではあるが、おそらく、このまま何もしないでいてもプリムラは自然と元に戻るだろう。
彼女は俺とは違うのだから。いじめにただ耐えるだけで、前には進もうとしなかった俺とは。
俺はあんなに強い光を瞳に宿していなかった。耐え忍ぶことしかできなかった日々を思い起こせば、黒く濁った瞳を閉じこもった家の中で光らせて、惰性で生きていた。
彼女と俺はきっと何もかもが似つかない。
美しくも可憐で毅然とした心を持つプリムラ。
今は友達さえいないという話だが、きっと将来には親しい人たちがたくさんできることだろう。
脳がなく心も狭くチンケなプライドにしがみついていた俺。一生を孤独に過ごし、惨めな末路しか待っていなかった。
似ているところを探す方が難しい。
だが、
「それに、もうあの手の視線には慣れましたわ。気にするだけ馬鹿らしいもの」
何故プリムラはこんなことを言うんだ。それは我慢しているからじゃないのか。
俺がいじめられていた時、先公に助けを求めたように、これもそうなんじゃないのか。
あんな視線はきっと子供にはとてもつらい。鈍い愚図だった俺でもつらくてつらくて、精神をひん曲げて耐えていた。
そんなことをこの女の子に強いていいのだろうか。
いつか時間が解決すると放置していいのだろうか。
俺に何かできることがあるのだろうか。
孤独は人の心を殺していく。殺して変異させていく。
彼女ならその痛みに耐えて逆に力に変えるかもしれない。
そしてプリムラには両親がいるからそうはならないかもしれない。
だが、いるからこその孤独もきっとあるだろう。
この声が助けを求めるものと言うのならば。
なら俺は――。
「プリムラ」
「ミコト……?」
自分でも驚くほどの優しい声が出た。そんな声色の変化を機敏に察知したプリムラは、背中ばかり見せていた体をようやくこちらに向けた。
彼女の目は若干赤みを増して、目尻には太陽に反射してきらめく涙が溜まっていた。
そんなプリムラを見て心がひどくざわついた。
やはり、一人にはしておけないと思ってしまった。
俺はそんな彼女にやっとこの言葉を伝えることができる。
「友達になろう」
俺は気負いも何もなく、ただ自然体でそう口に出していた。
散々躊躇してうじうじと悩んでいたはずなのに、実際言う段階になったら意外と呆気ない。
こんなことを口に出すこと自体違うのかもしれないが。
友達はなるものじゃない、なっているものだと言うのかもな。
それは一番綺麗な形。だが、不器用な俺には到底辿り着けないだろう。
なら愚直に進むしかない。覚束ない足取りで歩くしかない。
いつか、を待ってはいられない。来ないのならこっちから行ってやる。
プリムラは言葉の意味を理解していないのか、いつか見た呆けたあどけない顔を晒していた。
ぽかんと半開きになった口がなんか可愛いな。
そう言えばあのことも謝っていない。このチャンスを掴まずにどうする!
「それと初めて会った時、睨んでごめん」
「何ですのそれ……もう」
ついに言ってやったぞ!奥歯に何か挟まっていたような感覚があって、気持ち悪かったんだよな。
頭を下げて謝る俺に、頭上から掛けられた声は多分に呆れが混じっていた。
プリムラにとっては唐突すぎたか?
だが俺にはこれ以上にないタイミングだと思えた。
「そんなの覚えてもいませんでしたわ、ふふっ。ミコトは見た目と違って変な子ですわ」
「そっちが気にしていなくても、俺が気にするんだよ」
ぶすっ、と不機嫌な顔を作る。勿論本気ではないただのポーズだ。
変な子と呼ばれてもその通りだし、何よりプリムラの言葉には悪意の欠片もなかった。
まあ、見た目と違ってという部分には些か突っ込みたいところだが。
彼女を見上げれば憑き物が落ちたような顔で笑っていた。いい笑顔だ。
「あ、また……」
「ん、どうした?」
「口調。それが地ですの?」
あー……。そういや思いっきり俺だとか砕けた口調してたな。
まぁでも今更取り繕う必要性もないだろう。
あの口調、結構気ぃ使うしミライにはバレたくないから、そこのところを秘密にして貰えばいいか。
頭をかきながら、罰が悪そうに顔を少し歪めてプリムラを窺う。
「うん、まぁそうなんだ。気ぃ悪くしたか?」
「そんなことないですわ。ギャップ萌えでいいと思いますの!」
このお嬢さま、どこからそんな言葉仕入れてくるんだよ。てか、萌えとかそんな文化がここにもあるのがカルチャーショックなんだが。
握り拳でそんなことを力説するプリムラに、俺はますます残念お嬢さまになってきたな、と思うのだった。
これ絶対二十話で一章終わらないですね(白目
後いくつかエピソード入れたいので、たぶん四十話ぐらいに膨れ上がりそうです。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
次回更新は未定です。




