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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第百八話 繁殖の穴、地下一階

 「そっちにいったすっよ!迎撃は任せるっす!」


 抜け出てきた昆虫型の魔物は高速で飛行しながらミスラの脇の間をすり抜けていった。

地下に入ってから現れた新しい魔物である。鋭い二本の角と硬い甲殻が特徴の魔物だった。

体長もそれなりにでかく、二十センチぐらいはあるだろうか。

あの角で今のように高速移動をされ突かれでもしたら体に風穴が空くことだろう。

 しかしその時にはすでに俺は魔力の構築を組み立て、詠唱はすでに終わっていた。

高速思考による戦況把握はこと遠距離戦においても具合がいい。

魔術とは基本的に詠唱ありきの攻撃方法であり、攻撃するタイミングというものが難しい。

遅すぎてもいけないし、早すぎてもいけない。

発動のタイミングをずらすことは可能だが、それには余計な魔力を使ってしまうからだ。

だからこそ一流の魔術師には戦いの流れを読みきる能力が必要となるのだ。


 「――ウインドブラスト」


 苦もなくそれが可能となる俺にとって、たかが昆虫程度が相手になるわけがない。

風の刃に切り裂かれてばらばらになる魔物を目にし、その姿を最後まで見届けることなく俺はミスラのサポートに入る。

ミスラの方に群がっている敵の数が多い。

彼女の武器は小回りが利くタイプではなく、飛び交う魔物たちに若干苦戦しているようだ。

 プレムラは大型の魔物……彼女の背丈の二倍はあろうかという木の魔物と攻防を繰り広げていた。

地上一階で見かけたツリーウッドの亜種のような魔物だった。

ツリーウッドが枯れ木のような魔物だったことに対して、この魔物は頭の部分に花をいくつか咲かせていた。

耐久力、腕力共にツリーウッドより強く、またあの花から特殊な花粉を撒き散らして相手を状態異常にするという厄介な能力を持っていた。


 (まだ余裕はありそうだな)


 しかしそこは学園でトップクラスの実力を持つプリムラ。

危なげなく対処し、花粉は持ち前の炎で焼き尽くしているようだ。

ただあの剣だと攻撃力不足なようですぐに倒すことは出来なさそうではあるが、時間さえかければ負けることはないだろう。


 「マリー!やれるか?」

 「が、頑張ってみる!あたしも見ているだけじゃないんだから!」


 回復魔術しか使えないマリーではあるが、彼女が魔導デバイスに選んだダガーは普通のものではない。

魔晶石のダガーと呼ばれるもので、魔力を通し続ければ切れ味が増していくという魔道具なのだ。

 マリーが片手にダガーを握り締めながら魔力を流し込めば、刃に彫られた紋様の部分が鈍く光りだした。

トール山で一緒に過ごしてきた俺にはマリーの運動神経が悪くないのは知っている。

アリエスと一緒に冒険者としてやってきたのだろう。魔物に対する怖れもあまりない。


 『私も一緒に頑張るのですよ!』


 それでも多少ながらマリーに不安を覚えていた俺だったが、シルフィードがマリーのカバーな入ることで解消される。

俺よりよほど魔術の扱いに長けているあいつなら万が一もないだろう。

マリーの傍へと飛んでいく小さな精霊の姿を目にしながら、一応、最後の一人にも目を向けておく。


 「……ん?僕かい?安心していいよ。戦闘に関しては役立たずで何にもできないけど、自衛ぐらいはできるから」

 「心配なんかしてねーよ。適当に邪魔にならないよう隅っこにいっておけ」

 「そうかい?悪いね。なら僕はポーターの仕事でもしようかな。魔石回収は任せておいてね」


 ひらひらと手を振りながら本当に通路の隅に行くロイド。

邪魔にならない位置でありながら逃げやすい場所に退避しているあたり、こいつも実戦が初めてというわけではないようだ。

戦闘能力はない、と自分で言っていたがそれも本当かどうかは定かではない。

戦う力がない人間が魔物がひしめくダンジョンに入ってこうも余裕がある態度を取れるだろうか。


 (いっそのこと、魔物をけしかけて真偽の程を確かめるか……)


 残念なことにそれを実行する前に戦闘の方が先に終わりを迎えてしまった。

魔石をそそくさと回収に向かうロイドは結局一度として戦う姿すら見れなかった。

 戦闘自体は楽勝、とまではいかないがそれなりに余裕をもって戦うことが出来た。

前衛の二人は言わずもがなである。

さすがに学校側から選ばれた人材だけあって、戦い慣れている。

ミスラも意外な実力をもっていた。強くなった魔物たちと対等に戦う彼女の実力は本物だろう。

マリーも攻撃魔術こそ使えないが、ダガーを使ってそこそこ戦うことができていた。


 「この調子ならまだまだ先に進めますよね、先輩」

 「ん?そうっすね。バランスが悪そうなパーティーと思っていたんすけど、意外と戦えてるっす。

  ただ奥にいくにつれて魔物が強くなってくるので気をつけないといけないっすよ?」

 「望む所です」


 そうミスラに向かって言うと彼女は意外そうに少し目を丸くして俺の顔を見ていた。

何か言いたいことでもあるのだろうか。


 「ミコトが積極的にこの実習に取り組んでいるのが不思議っすねー」

 「率直に言いますね、先輩。私はこれでも優等生として通っているんですよ?」

 「あはは、そうだったっすね。でも決闘の時の君を見てからちょっとイメージが変わったんすよね」


 ……ミスラはあの時、決闘の場にいた大勢の人々に俺たちの会話を聞こえないように細工をしていた。

ただしそれはミスラ本人だけは会話の内容を聞いていた、ということだろう。

今の言葉を聞くに、そうとしか思えなかった。


 「ミスラ先輩がもっている私のイメージというのが気になります」

 「なんですのなんですの!私もお話に混ぜて欲しいですわ!」

 「プリムラも一緒に話したいっすか?いいっすよー。今はミコトの印象について話していたっす」

 「ミコトの、ですの!?それは楽しそうですわっ」


 子犬がうざったい程に遊んで遊んでとせがんでくるイメージを俺は今のお前に抱いてるよ。

うやむやになったミスラの話はすぐにどこかにいってしまい、それからはプリムラの独壇場だった。

どんな内容だったかは、赤面したり汗がとまらなくなった俺を想像して、悟ってくれるとありがたい。




 繁殖の穴、地下一階は庭園のような地上階と違い木の中にいるかのようなダンジョン構造をしていた。

木の枝が複雑に絡み合って出来た地面は気をつけて歩かないとすぐに足を取られてしまう。

これがなかなかに面倒で、戦闘中は特に気をつけていないと思わぬ所で転んでしまいかねない。

現にマリーが引っ掛かってしまい、何度も転びそうになっていた。

これには慣れてもらうしか方法はないだろう。


 「あ、歩くだけでも疲れるよー!」


 と、泣き言を言うマリーに少しだけ同情した。


 「それにしても、これがダンジョン、か」


 壁に手を這わせると綺麗な木目で手触りは悪くない。

これが自然にできたものとはとても思えないほどの出来栄えだった。

 通路は人が手を一杯に伸ばした人が四人ほど通れるぐらいの広さで、天井も四メートルぐらいはあるだろうか。

地下だというのに明るさが確保されているのは、所々に生えている植物のおかげだった。

見た目はコケのようなものでそれが発光してあたりを照らしているのだ。

通路を照らせるほどの光量でありながら、不思議と眩しくなかった。

おかげで通路の先がちゃんと見えて、不意打ちをつかれないのはありがたかった。


 (高速思考も万能じゃないからな。

  確かにトゥルースサイトと併用すれば一種の危機察知スキルみたいに使えて、魔物の接近を事前に察知はできる)


 が、それも常時展開するのは得策ではない。何より疲れるからだ。

ダンジョンの中では全力を出しつくすことよりも、常に一定以上の力を出すことが優先される。

いついかなる時に不測の事態に陥らないとも限らないからだ。

要はペース配分を考えて、諸々の行動に移せということである。


 (と、言ったものの俺もダンジョン攻略については初心者同然だからな)

 『ミコト。これは皆で頑張ることが目的なのではないのです?他の人を頼っていいのですよ。もちろん、私もなのです!』

 (……ああ、そうだな)


 遅れて返事をする俺にシルフィードは曖昧に笑った。

シルフィードの言いたいことはわかっていたが、俺はそれに答えることはなかった。




 数度の戦闘を終えて、俺たちはある小部屋で休憩をとっていた。

入り口の所ではプリムラが警戒態勢をとっている。

俺はその時になってようやく張り詰めていた空気を僅かに弛緩させた。

思った以上に俺は疲れていた。

 HPはほぼ全快である。これはマリーのおかげだ。どんな傷を負ったとしてもマリーが跡形もなく癒してくれたからだ。

やはり回復魔術の腕はこの中でもマリーが一番卓越している。

MPに到っても何ら問題はなかった。

膨大なMP量に見合った自然回復量を俺は持っていたので、魔術を連発するか、ブーストをフル稼働させない限りきれることはない。

 どちらかというとこれは気疲れの方だろう。

パーティープレイというものがここまで自分にとって難しいものだとは思ってもいなかった。

慣れればまた違ってくるのだろうか。完璧にこなしていると自分では思っていたから、これ以上の向上はすぐには無理だ。

 重いため息をつきながら水を飲む。水筒に似た冒険者ご用達の魔道具『ヒエルンデス』に入っていた水は冷たくておいしかった。

ネーミングセンスは最悪だが、この発明には感謝するしかない。


 「ミコト、お疲れ様」

 「ん、ああ……」



 言葉少なに返した俺の隣に座ったのはマリーだった。

慣れない道中を過ごしていたのはマリーとて同じだろう。それでも彼女は笑顔を俺に向けていた。

男と女ではそもそもの本質的なパイタリティが違うのかもしれない。

それは言い訳だな、と自覚して俺は自嘲した。


 「あたし、あんまり役に立てなくてごめんね」

 「急にどうしたんだ」

 「うん、ほら、あたしって攻撃魔術がぜんぜん使えなくて、戦う時何もできてないな、って思ってさ」


 そんなことはないと思う。

確かにマリーは危なっかしい場面が多々あるが、それは戦い慣れていないからだ。

そもそもヒーラーが自分から攻撃に向かうという時点で何か間違っている気がしないでもない。

そうフォローを入れたところで、マリーは納得しないだろうな、とはなんとなくわかっていた。


 「攻撃魔術が使えなくても、お前には回復魔術があるだろう」

 「そうなんだけどさ、それでも皆強いからあんまり意味がないというか、特別あたしじゃなくてもいいような気がして。

  ……ごめん、なんか今あたし嫌なこと言ってるよね。うぅ、こんなこと言うつもりじゃなかったのに」


 しょんぼりと肩を落とすマリーに俺はどんな言葉をかけたらいいか迷った。

本当の役立たずがあそこにいるから気にするな、とでも言うか。

ちらりとロイドの方を向く。奴は壁に背中を預けて天井を見上げているようだ。何を考えているやら。


 (しかし、その言い方だと暗にマリーも役立たずだと肯定しているようなもんじゃないか?)


 うぅむ、と唸る俺にマリーが慌てたようにわたわたと両手を振る。


 「や、ごめん、その、そんなに悩むようなことじゃないの。あたしが言っても説得力ないけど、あはは……。

  そう、愚痴のようなものでね?うん、あんまり気にしないで」

 「…………そうか」


 消化不良な感じが俺の中では残ったが、マリーがいいというならそれでいいのだろう。

その時になって、んあ!、と気が抜ける声が俺の頭の上で響いた。

ダンジョンの中だというのに、たっぷりぐっすりと休憩をとっていたシルフィードである。

どうやらようやく起きたみたいだ。俺の頭をベット代わりに使いやがって。

 マリーはその声にくすっ、と笑うと立ち上がった。

その様子を見て、とりあえず今の所は大丈夫そうだと俺は思った。

気疲れした所にマリーからの相談と続いて、俺はすっかり気が抜けてしまっていた。

その隙間を掻い潜るように、ぽつりとマリーは呟いた。


 「あたし、やっぱり皆がいないとダメだなぁ……」


 それは諦観というより、その言葉に納得して安心しているかのような声だった。

そしてマリーの次の言葉は掻い潜った先にある俺の心臓を貫いた。


 「だからね。ミコトも皆のこと頼ってもいいと思うんだ。一人じゃきっと限界がある。

  それに今のミコトのように疲れきっちゃうから。ミコトは、皆に頼ることは嫌いかな」


 言葉は、何も出なかった。

いやもしかしたら何か言ったのかもしれない。

でもその時のことは俺の記憶の中には何もなくて、ただ空虚な気持ちだけが残っていた。

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