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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第百六話 気楽な道中

 ダンジョンの低層にはあまり強い魔物は湧かない。

このダンジョンで最初に戦った敵、ツリーウッドも弱点をつけばあっさりと倒すことが出来た。

見た目通り、火属性の攻撃が弱点のようだった。

試しに唱えた下級魔術であるファイアで一撃で倒せたのは拍子抜けするぐらいだった。

 それよりも魔術を唱えた際、ツリーウッドが暴れて周囲に飛び火しそうになったのには冷や汗がどっと出た。

プリムラにあんなことを思っていたのに、俺がやってしまったのかと戦々恐々としていた。

幸い、ツリーウッドはそのまま燃え尽きて炎はすぐに鎮火した。

不思議なダンジョンの力が働いたのだろう。

これならば火力がある魔術でも使わなければ早々に炎上することもなさそうだ。


 (ふー。めちゃくちゃ焦った……)


 手早く魔物を片付けた俺たちは魔石を回収しながら先へと進んでいく。

何事もない順調な出だしである。

ツリーウッドの他に手の平サイズの昆虫型の魔物、スモールインセクトという魔物もいたが難なく倒すことが出来た。

飛行しながら飛び掛ってくるなかなかに素早い魔物だったが、高速思考を起動させた俺にとっては止まって見える。

前衛の二人が相手をしている隙に無詠唱のウインドで一刀両断である。


 「なかなかやるっすねー、ミコト。ソロでの実力はすごいことは知っていたっすけど、集団戦もお手の物ってとこっすかね」

 『とーぜんなのです!私の契約者なのですよ!』


 何故お前がそこで威張るのかと。

ふんすと鼻をならして小さな胸を張るシルフィードはともかくとして。

ミスラはそう言いながら武器であるハンマーのようなものを肩に担ぎ俺に笑いかけていた。


 (お手の物ってわけでもないんだがな……)


 愛想笑いを返しながら俺は心の中でそう思っていた。

先ほどの戦闘で見せた立ち回りは高速思考を活用すれば造作もないことではあるが、いつもより疲れていた。

ミスラの目にはうまく立ち回っているように見えたかもしれないが、俺としてはかなりやりにくかった。

所謂、気疲れというものだろう。

自分一人ならば魔物だけの動きを見ていればいいが、パーティーとなると他の者の動きも見ていなければならない。

 確かにプリムラの実力は言うことなしであり、気になっていたミスラも意外と機敏に動いて前衛として申し分ない。

ミスラは伸縮を自在にできるハンマーを振り回し、スモールインセクトを華麗に叩き落していた。

そんな二人が魔物を足止めにしていてくれるのだから、俺たちは射的のような感覚で魔術をうまく当てるだけでよかった。


 (いや、俺たちっていうよりは)


 言葉を訂正しておこう。俺たち、ではなくて俺は、といった方が正しい。

なにせマリーは攻撃魔術は使えず、唯一の攻撃手段は持参してきた魔晶石のダガーで切りつけるぐらいである。

まさかマリーを前衛として使うこともできず、彼女は手持ち無沙汰で戦闘を見守っていた。

 現に今もマリーは何処か不服そうな顔で魔石の回収を手伝っている。

俺としてはマリーはヒーラーとしての働きをしてくれればいいと思っている。

ヒーラーとしての役割上、誰かが怪我を負わなければ出番はない。

今がその時ではない、というだけなのだ。

 問題なのは残りの一人だった。

ロイド・マーカス。この男はどうしようもない。本当に何もしていない。

戦闘中は突っ立っているだけだった。そこでパーティーメンバーが戦っているというのに、他人事のような目で見ているだけだったのだ。

戦闘の後始末だけは率先して行っていたが、それも褒められたものではない。

その姿はまるでハイエナのようだった。


 「ロイド、お前は魔術を使えないのか?」


 ロイドは動けなくなったツリーウッドの傍にいた。

ツリーウッドは半身を砕かれて見るも無残といった有様だった。魔石の力のおかげで辛うじて存在しているだけだろう。

これはプリムラの仕業だな。俺なら魔術で燃やし尽くすし、ミスラではここまで粉砕することは出来ない。

 声を掛けた俺にロイドは振り返った。その顔には酷薄な笑みを浮かんでいた。


 「ほとんど使えないね。グリエントに入ったのも伝手を使っただけだから。

  一般人とさほど変わりないよ、僕は。それにしても……」


 貼り付けた笑みのまま、ロイドはツリーウッドを足蹴にする。何度も、何度も。

ぼろぼろな状態になっていたツリーウッドは、それだけの攻撃でも身が崩れていく。

足蹴にされる度に蠢いて、その姿はもがき苦しんでいるようにも見えた。


 「魔物というのはタフだね。こんな姿になっても生き長らえている。無様で見っとも無い。

  さっさと死ねばいいのに。死ねばいいのに。死ねばいいのにね?」


 三度繰り返し、ロイドは呟く。暗く濁った瞳が真正面から俺を見ていた。

その瞳を見ている者は俺以外いなかった。

少し離れた場所でロイドの行為を眉を潜めてみている三人からは、その言葉は聞こえず顔も見えていないだろう。


 「……やめろ」

 「あ」


 俺はロイドが足蹴にしていたツリーウッドに魔術を使って止めを刺した。

魔物はすでに限界近くだったのだろう。あっさりと体は崩れて魔石すら残らなかった。

つまらないな、と声を洩らすロイドに俺は苦々しい顔を向けていたことだろう。

本人であるロイドは何事もなかったかのように顔をあげる。

その顔はいつもと変わらない。変わらず、何を考えているかわからない。


 「まぁ僕は戦闘の面では役立たずだけどそれ以外で活躍するから安心して欲しいね。

  さっそく役立つ情報を一つ教えようか。ここの魔物はさっき戦った二種類しかいないよ。

  低級の魔物で弱くて、それこそ学生たちでも倒せる手ごろな魔物しかいない」

 「……その口ぶりだとその先のことも知っているな?」

 「知っているけど、さすがに今教えなくてもいいよね。ほら、何か言っていたじゃない、先生たちが。

  初見での対応力を見るとか。まぁ君なら知っていようがいまいが、関係なく対処できるだろうけど。

  後はそうだなぁ、後二、三回戦闘して僕たちが御眼鏡に叶ったなら次の階層に進むことになるだろうね」

 「どういう意味だそれは」

 「この実習も一種のテストだってことだよ」


 そう言ったっきりロイドは女性陣の視線も気にせずに、他の後始末へと向かっていった。


 『ミコト、やはりロイドには関わらない方がいいのです』

 (……わかってる)


 シルフィードの断固とした声に俺は頷いた。

奴の狂気にあてられて俺が変わることをシルフィードは恐れているのだろう。

それは俺も望むことではない。俺の復讐に誰かの介入を許すことなんてありえない。


 「ミコトー?そろそろ出発するってミスラ先輩が言ってるよ」


 マリーのその普段通りの声に息を一つつきながら意識を変える。

ここはダンジョンの中だ。何が起きるかわからない。集中していこう。

 プリムラとミスラは何か二人で話しているようだった。

真面目な顔をしていることからも、ただの世間話というわけでもないだろう。

ロイドの先ほどの話を思い出す。御眼鏡に叶ったなら次の階層に、という話だ。


 (テスト、か)


 試験管がこの二人であるのなら、俺たちの実力を戦闘の中で確かめているといったところか?

それで実力が十分とわかったならさらに強い魔物がいる階層に向かう、と。

不十分だとわかればここでレベル上げをすると、そういうことなのだろう。

 おそらく俺だけを見れば次の階層に行くのは間違いないが、不安なのは残りの二人だ。

この階層では誰一人傷すら負わず実力を見せられないマリー、そしてやる気のカケラもないロイド。

プリムラとミスラがそんな二人のことをどう見るかで決まってしまう。

 俺としては是が非でも次の階層に行きたい。

魔物が強くなるということは経験値も多く貰えるということだ。

忌々しいこのイヤリングをさっさと外す為にも経験値を多く手に入る機会は逃したくない。

いざとなればこっそりと自分だけ抜け出すのも悪くはないな。

しかしそうすると血眼になってプリムラが探しにきそうなのが問題といえば問題である。




 そんな俺の不安もすぐに杞憂に終わった。

庭園のような道をさらに進み、戦闘を何度か終えた後に見えてきた地下へと続く階段。

これが次の階層に向かう為の入り口なのだろう。

どうやら俺たちはひとまず合格したようだ。でなければここに辿り着くことすらなかったはず。

 階段の先はぽつぽつと松明が壁にかけられており、真っ暗というわけではなかったが見通しはよくない。

足元を照らすには不十分な光量で気をつけて降りなければ踏み外してしまうだろう。

壁も階段も石造りのようで古めかしく蔦が所々に伝っている。

光り輝く庭園のようなこの場所と対比してえらく暗い雰囲気が強調されているな、と俺は感じた。


 「さてようやく着いたっすね。ここが次の階層に続く道になってるっす」

 「ダンジョンってここだけじゃなかったんだ……」


 マリーは驚いた声を出して階段の方を見詰めていた。

おい。事前に三階あることは説明されていただろう。まぁそれが地下かどうかは言っていなかったが。

俺と同じ思いなのかミスラは苦笑してその様子を傍で見ていた。


 「ふふん!このダンジョンは三階以上あるのですわよ!そんなことも知らなかったんですの?」


 突っ込まなかった俺とミスラとは違い、プリムラはこれ見よがしにいじわるな顔をしてマリーにそう言った。

また始まったか、という思いを抱きながら俺は半笑いしていた。

 決闘騒ぎがあってからプリムラは殊勝な態度で俺と、そして巻き込まれたマリーに謝っていた。

その姿は誠心誠意といった気持ちが現れており、マリーに到っては逆にかしこまってしまっていたものだった。

それからプリムラは俺に対して忠犬の如きうざった……ごほん、献身的な態度で接するようになったのだった。

 だがマリーにだけは何やら対抗意識のようなものを燃やしているようである。

数ある突っ掛かりも陰険のようなものではなくあくまで微笑ましい程度のものばかりで、俺もあえて間に入ることはしていなかった。

それに当の本人であるマリーが……。


 「あ、そうだったんですね。知らなかったぁ!教えてくれてありがとうございました、プリムラ先輩!」

 「い、いいのでわ、こほん、いいのですわ!先輩として当然のことをしたまでですわ!先輩としてっ。

  ……う、うぅん、何か期待していた反応と違いますわ……」


 といった有様で衝突以前の問題で何故かうまくいっているのである。

これなら本当にいつの間にか仲が良くなっているかもしれんな。


 「……まぁ、そーいうわけでそろそろお昼にするっすか」

 「え、お昼……ですか?」


 俺の疑問の声を無視して、ミスラはごそごそとポケットをまさぐっている。

食料も準備をする段階で用意はちゃんとしていた。携帯食料の類であり、味は保証せずに栄養はよく持ち運びのいいものばかりだった。

シルフィードがどうしても食べてみたいというので食べさせてみたら、言葉に現せないしかめっ面をして大いに笑ったものだった。


 『ミコト、今余計なこと思い出してないのです?』


 おっと。危ない危ない。

それはそうとして、お昼という時間には少々早かったので俺はミスラにそう聞いたのだ。


 「んーと、あったあったこれっす。いやー小型にしすぎて探しにくいとは困ったものっすねー」


 ミスラの手の平にあったものは何かのミニチュアのようだった。

それは放り投げてから一言ミスラは呟く。次の瞬間には、ぼんっ、と軽い爆発音のようなものが聞こえたかと思うと……。

ミニチュアが巨大化していって本来の姿を取り戻していった。


 「……は?」

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