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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第百四話 交渉

 ライラックの洗礼を受けた生徒たちは顔を引き締め、気持ちを新たにしたようだった。

あの女の荒療治も意外とうまくいくのが始末に終えない。

だが幾人かの生徒はショックから立ち直れず、リタイアすることを選んだ。

幸いといっていいか、俺のパーティーのメンバーは脱落者は一人としていなかった。

言わずもがな、そいつらは俺の傍で目をぱちぱちとさせているマリーとすました顔をしているロイドである。


 (まぁこいつらはさっきのぐらいじゃなんともないか)

 『ミコト、心配していたのです?』

 (うるせぇ、違うわ)


 シルフィードの声を聞いたのか、マリーがどうしたのといった表情でこっちを見ていた。

手を振ってなんでもないことをアピールすると、納得していない顔をしながらもマリーは視線を前に移した。

壇上にはすでに別の先生(クライブ先生だった)があがって注意事項などを話しているから、それを聞こうとしているのだろう。

面倒くさいことにならなかったことに安堵しつつ、俺も話しを聞くことにした。




 (……なるほど、ダンジョン"実習"ってだけあって、ただレベルを上げるだけでもないか)


 どうやら授業というだけあって採点されるらしい。それも学校から用意された同行者が点数をつけるみたいだ。

採点基準は当然の如く明らかにされなかった。

答案用紙があって問題を解いて正解を書き込む。そんな従来のテストとはかけ離れたものになるだろう。

問題があったとしても正解が一つとは限らない。つまりはそういうことだ。

 また危険な状況に陥ったのなら結界石というアイテムを使えと何度も言われた。

結界石とはその名の通り、強力な結界を作り出す魔道具である。

設置された場所から半径三メートルまで防御壁を展開し、結界内の者たちを守ってくれる。

意外に効果範囲は狭いが、その結界の持続する時間は一日から二日と長く、石も子供でも握れる程度の大きさで持ち運びは便利だった。

それが生徒全てに支給されるというのだから、豪勢なことである。

 魔道具といえば、安いものでも庶民の一ヶ月の生活費ぐらいはするはず。金のかけ方が違うな。

もしかしたら自作してコストを抑えているのかもしれんが……確かグリエントにはそういう科があったはずだ。

どういう科だったか思い出そうとしていた俺の耳に、ひそひそ声が耳に入った。

マリーとロイドである。裏事情を知っている身としては、この二人に接点なんてもって欲しくなかったが。

気になった俺は先生の話もそこそこに、二人の会話に聞き耳をたてた。


 「あたしは師匠に鍛えられていたから、少しは耐性あったから大丈夫だったけどさ。

  ライラック先生のあれはちょっとやりすぎのような気が……泣いてる子、何人かいたよ」

 「こういっては何だけど、それがその子たちにとってよかったかもしれないよ」

 「え、マーカスくん、なんで?」

 「ダンジョンに遊び半分の気持ちでいくのなら、命に関わるだろうしね。

  ほら、最初に渡された紙にも書いてあったじゃない。自分に責任をもてる者のみ参加しろって。

  つまりあれって命の保障はしない。死んでも自己責任ってことだよ」

 「え゛」


 気付いてなかったんかい……。

硬直するマリーにロイドはおかしそうに笑っていた。相変わらずその目は笑っていないのが不気味だったが。

 そういえばなし崩し的にパーティーを組んだ俺たちだったが、ロイドはともかくマリーはよかったのだろうか。

確かキーラという仲の良い女生徒がいたはずだ。

ふと気になったものの、ここまできてしまえばもうどうにもならないだろう。

それにもしかしたら、何か気まずい理由でパーティーを組まなかったのかもしれない。やぶ蛇になるのは御免だった。

そう思っていたのに、俺の契約精霊であるシルフィードはのほほんとマリーに質問してしまった。

こいつ俺の心を読んだな?


 『そういえばマリーはキーラとパーティー組まなくてよかったのです?

  ミコトと一緒にいってくれるのは嬉しいのですが、気になったのです』


 何でお前が嬉しがるんだよ、という突っ込みはさておき、うっ、と呻きながら明らかに狼狽しているマリー。

その顔を見るだけである程度の事情は察せられるというものである。

しかし、純真無垢である我らが精霊様は小首を傾げてくりくりとした眼でマリーを見詰めていた。

どうして?ねぇねぇ、なんで?そう言いたげな表情だった。


 「その……もうキーラは他の人と組んでて、空きがなかったって言うか……。

  本当はあたしとキーラと、その、み、ミコトとパーティー組もうかな、なんて。

  うぅ……あたしが声かける前に他の人と組んでたのは、ちょっとショックだったなぁ……」


 はぁぁ、とマリーにしては珍しい長いため息をついた。

さすがにその様子を見て、シルフィードもしまったと気付いたのか、それ以上詮索することはなかった。

まぁ……マリーの良くない噂が広まった時にも影ながら支えていたキーラが、マリーのことを嫌って組まなかったわけでもあるまい。

友達関係に口を挟めるほど俺も達者ではないので余計なことは言わないが。

細かい注意点をクライブ先生が述べている中、マリーはずっと浮かない顔をしているのだった。




 長ったらしい説明もようやく終わりを迎えた。

生徒たちが魔物と戦うことになるのだから先生たちの心配もわかるが、当の本人たちは長々とした話に辟易気味だった。

ふむ、と思いながら俺は説明していた話の内容を思い返す。

 俺たちが入ることになるダンジョンの名は『繁殖の穴』と呼ばれている。

すでにダンジョンの中は把握済みなのだろう。全五階層の比較的浅いダンジョンみたいだ。

俺たちが篭ることになるのはその一階と二階のみ。三階以降は立ち入り禁止ということらしい。

その部分の説明の時だけ、ライラックが物言わぬ眼光を飛ばして生徒たちを威圧していた。

視線に宿るのは、興味本位で覗こうものならわかっているな?、という重圧さえ感じる脅しである。

知らず知らず生徒全員が体を震わせていたのは言うまでもないだろう。無論、俺もである。

 まぁそれ以前に生徒が立ち入らないように人員が配置され、封印処置も施されてるらしい。

そこまで厳重に守られていることに興味が湧かないでもないが、あいにくまだ命は捨てたくないので忘れることにする。


 (さすがにどんな魔物が出るかまでは言わなかったな。言えば対処もしやすくなるし、テストにはならないからか)


 とはいえ、強力な魔物が出るということはないだろう。

俺のクラスメイトに聞いたところ、ほとんどがレベル一の者ばかりだった。

上のクラスになると多少はレベルが上がっている者はいるだろうが、さして変わりはない。


 (それよりも学校が用意した同行者というのが気になる)


 それはダンジョン実習の説明をしたクライブ先生も何も言ってなかった。

この先生の性格ならさっきみたいに細かく言うはずだから、そろそろだと思うのだが……。


 「じゃあこれでダンジョンのことについての説明は一旦終わって、君たちに同行してくれる人たちを紹介しようか」


 クライブはそう言うと小屋に向かって一つ頷いて合図を出した。

それを契機に小屋の扉が開き、ぞろぞろとあんな小さな小屋から出てきたとは思えない人数が俺たちの前に姿を現した。

その数、ざっと見て五十人ぐらいだろうか。

見てくれはどれも成人した男女ばかりで、生徒たちのような子供は一人もいないようだった。

 それよりも俺はそいつらが装備している武器や防具に目をつけていた。

見るからに手入れの行き届いた武器の数々に、歴戦の戦いを切り抜けたであろう防具についた傷たち。

その者たちは戦士と称するに十分な出で立ちをしていた。


 (生徒たちはほぼ全てが魔術師だから、か。それにしてもあいつらは冒険者、ってやつか?)


 グリエントは魔術を扱う学校であるから卒業生という線も薄いだろう。

手っ取り早く金で雇った、というのは一番わかりやすい話だ。

しかし、あの冒険者の中にはどうも性質の悪そうな輩もいるようだが……。

清廉潔白そうないかにも優等生そうな奴もいるが、こちらを見ていやらしい笑みをしているアホ面もいる。

 突然現れた大人たちに動揺した空気が波のように漂い、それに拍車をかけるようにクライブが口を開く。

それはこいつらをどうあてがうんだと思っていた俺に対する答えにもなっていた。


 「では後は君たちが交渉して同行者を決めてくれ。以上」


 は?

その時ばかりは生徒たちの心は一つになっただろう。

まさかの用意するだけして後は俺たちにぶん投げである。予想だにしない展開にざわめきが強くなる。

いや、待てよ。これは……。

感付いた俺は納得した半面、これを考えた奴はなんとも意地が悪い野郎だ、と思った。

すでにダンジョン実習はあの時から始まっていたということだったのだ。


 「こ、交渉って一体どうすればいいんですかっ。先生っ」


 ある生徒がそうやってクライブに突っ掛かった時、彼は事も無げにこう言った。


 「君たちに支給したお金があるだろう。その余りを交渉材料に使いなさい」


 旅行は準備する段階から旅行の一部であるように、これもまた同じだったということ。

質問をした生徒はその答えを聞いて顔面を蒼白させていた。

あれはお金を全て使い込んだな……。

他にもそれを聞いて悲鳴をあげた生徒が何人もいたようだった。

ちなみに我がクラスの三馬鹿の悲鳴も聞こえた。お前ら……。


 「ね、ねぇミコト。あたしたちのパーティーのお金って結構余ってるよね」


 いつの間にか立ち直っていたマリーがそうやって俺に聞いてきた。

確かに俺が予想していた以上に金は余っていた。これは認めたくないがロイドの手腕といえる。

マリーの言葉を聞いて、にやりとクソいやらしい笑みを浮かべているロイドの野郎には絶対言わないが。


 「まぁ余っているには余っているが……」


 阿鼻叫喚と言えるぐらい騒がしくなった生徒たち。余裕を持って準備した奴らも困惑した顔をして動けないようだった。

いきなり交渉と言われてもどうすればいいかわからないのだろう。

これは先陣を切った方がいいか。

先立ってしまうとどうしても目立ってしまうのはわかっている。

それは望んでいないのだが明らかなハズレが混じっている以上、残り物には福がない、という状況はありうる。

高速思考を発動させ、周りの状況を即座に把握して瞬時に決断する。


 (ここは前に出るべきだ)


 生徒の波の中から一人這い出た俺はすぐにでも生徒、そして冒険者たちに注目された。

マリーの驚いている顔が視界に入って少しだけおかしかった。

 冒険者の中には俺の姿を見て目を丸くさせながら、ほう、とため息をついている奴もいた。

どうやら様々な場所を訪れて経験を蓄えてきたであろう冒険者たちの眼に、俺の容姿はちゃんと通用するみたいだ。

一つ自信を得て、俺ははっきりとその場にいる者たちに聞こえるような声で喋り始めた。


 「私はミコトといいます。この中で私とダンジョンへ共に行ってくれる方はいますか」


 おべっかも打算もない直球の一言。

まずは先手の一手。これに冒険者たちがどういう反応をするのかを見極める。

 数秒待ってから人々の間を掻き分けて、一人の若い男が進み出た。

見るからに優しげな風貌にこげ茶色の髪の長身の男だ。こいつ、絶対に女にモテるな。

俺もモテているのかもしれないが、それは綺麗だとかそういう意味でだ。かっこいいは少数派だろう。

そういう意味でこいつには妬ましさはあるが、おくびにも出さずに俺はにっこりと笑顔で迎え撃った。


 「俺の名前はライザー。よろしくな、ミコトち……」

 「私、男ですから」

 「そ、そうか……。ミコトくん、か」


 間違えそうだったので先に言うと、ライザーは少しばかり動揺する。

こんなことで動揺するなんて、この男、案外大したことがないのか?

 俺の見立てではおそらく、こいつは冒険者としては高位の者だと思っている。

こうして悪く言えば一人だけ出しゃばった真似をしているのに、周りの者は何も言わないからだ。

それは実力者として認められている証拠ではないか、と俺は思ったのだ。


 「それで君は俺たちに何を求めているのかな?」


 年少の者に優しく話すようでいてライザーの目は細くなり、何かを見定めようとしているかのようだった。

それは少しだけ楽しそうでもあった。……むかつく態度だ。

 俺がこいつらを確かめようとしているように、こいつらも俺を確かめようとしているのだろう。

自分たちが同行するに相応しい者かどうか。


 「私の盾になって欲しいと思っています」

 「それはまた……なんというか、直接的だ」

 「私たちのパーティー、いえ、生徒はみんな魔術師ですから。前に出て戦うことは出来ません」


 まぁ、俺は普通に戦えるだろうけど、今はそんなこと言う必要はない。


 「貴方たちは前衛として敵を食い止め、私たちは魔術を唱え敵を殲滅する」

 「パーティーとしてはそれが理想だ。でもまだ年若い、魔物と戦ったことがない君にそれができるか?」

 「いいえ、すでに私は魔物と戦ったことがあります。そしてその戦いにも勝ちました」

 「へぇ……それは誰かに手伝ってもらってかい?」

 「手伝って貰ったといえばそうかもしれません。しかし、ほとんど私一人でやりました」


 それを聞いて目の色が変わった者が何人かいた。

魔術が使えるのだからありえない話ではない、と思ったのだろう。

倒した魔物が変異種ということを言えば嘘をついていると思われそうだったので、そこは黙っておく。

ライザーはというと素直に感心した様子を見せていた。疑うことを知らない男だ。


 「そいつはすごい。すでに実戦を経験済みか。しかし聞いている限り、複数人での戦いは経験していないね?」

 「……はい」

 「うん、そうか。いや、これでそれも経験済みだと俺たちの立場がなくなりそうだ」


 頭をかきながらライザーが笑えば、後ろから黄色い小さな叫び声があがった。

生徒たちを誘惑するんじゃねぇロリコン。

心の中で罵倒しながら、さて、次はどうするのかと俺は出方を窺う。

俺も交渉なんてこれが初めてだ。出たとこ勝負になるのは致し方ない。


 「……うん、大体のことはわかったかな。後は俺が聞きたいのは報酬だ」

 「報酬、ですか」

 「そう、俺たちは何もボランティアでここにいるわけじゃない。ちゃんとした対価は必要だ」

 「これをどうぞ」


 俺は金貨が五枚ほど入った袋を手渡した。

金貨五枚。日本で換算する所の五万円に相当する。

ちなみに他の硬貨は鉄貨、銅貨、銀貨でありそれぞれが十円、百円、千円だ。

それに小銅貨やら大銅貨やら他にもあるが、概ね上の基準を覚えていれば問題ないだろう。


 「これはなかなか残したね。やりくりが大変だったんじゃないかな。後は……」

 「ドロップは七三でいいです。勿論、七がそちらで」


 俺が先んじて言うと、ライザーは少し驚いた表情をつくった。

俺が言っているのは魔物を倒した際に落ちる魔石の分配についてだ。

魔石は魔道具の材料に使われたり、砕いてまぶせば植物の成長が良くなったり、溶かして装備に混ぜれば魔力を帯びた物ができるなど多様性に富んでいる。

どんなに小さな物でも売れないということはありえず、必ず利益になるおいしいアイテムである。

 だからこそこんなパーティーを組む際にはよくよく問題になることがある。

七対三だと俺たちが損している計算になるが、俺の分は勘定に入れてない。

少しばかりマリーとロイドには損してもらう計算になるが、そこは納得してもらうことにしよう。


 「いいのかい?この条件だと君たちが相当損していることになる。

  このダンジョン実習では事前に言ってある通り、魔石等のドロップ品は君たちが持ち帰って自分の物にしていいんだよ」


 こいつも黙って儲けを甘受すればいいのにわざわざそんなことを忠告するとは、相当のお人よしなのかもしれない。

だが俺は金なんて求めちゃいない。欲しいのは強くなる為の力だ。それ以外はいらない。


 「それで構いません。この条件で一緒に行ってくれる方はいませんか」


 俺は素早く目配せをして、好条件の餌に喰らい付いてくるのは誰かを見定めた。

普通の冒険者風の者が何人か、それとアホ面が食いついてるな。さっきいやらしい顔で笑ってた奴だ。

後は様子見か。

何も食いついてきた中から必ず選ばないといけないというわけでもない。

だがまぁ、あのアホ面は蹴ることは決定だな。

 そう俺が断定した所で、ライザーが仕方ないと言わんばかりにため息をつき、何かを口走ろうとした。

まさしくその直前に割り込んできた大きな声。どこかで聞いたような女の声がそれを遮った。


 「私がミコトと一緒に行ってあげますわっ!!」

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