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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第百三話 覚悟のほどを確かめる

 ざわめく声が青空の下へと吸い込まれていく。

一つ一つは囁くような声だったが、それが百も重ねればもはや騒音に近い。

生徒たちの囁き声がひっそりと飛び交う中で、俺は誰にも見えないようにこっそりとため息をついていた。

 俺が今いる場所は平原のような所だった。

新人戦の時に使った物とはまた違う、学校に設置されたゲートをくぐった先の場所である。

ある程度は人の手も入っているらしくゲートの周辺は整備されており、小屋がいくつか近くに建てられていた。

未開の地といっても過言ではなかった新人戦のあの場所とは違い、人が来る可能性も考慮してなのだろう。

常駐している人が十人ばかりいて、笑顔で俺たちを出迎えてくれた。

 到着してから優に三十分。ようやく最後の生徒たちがゲートをくぐって現れた。

一番早くついたのが俺がいたグループだったようで、たっぷりと待たされてしまった。

前の時のようにぎゅうぎゅう詰めで待たされるのを嫌い、先に行った結果がこれだ。

これならどちらにしても……と思ってしまうのは仕方ないだろう。


 (人込みは嫌いだっていうのに)


 左を向いても人、右を向いても人。前後も人に挟まれていて、非常に居心地が悪い。

相変わらずの親衛隊が俺の傍で待機して周りを牽制しているが、目立ってしまって視線を集めていた。

やんわりと俺がもういいから、と言葉で伝えても、いいえっ、これが私たちのお仕事ですから!ときっぱりと言い切られてしまった。

瞳の中に使命感という炎がめらめらと燃え滾っていた。

こんな日ぐらい自分のことを優先すればいいだろうに、と俺は心の中で苦笑しながら思っていた。

 そう、今日こそダンジョン実習が行われる日だった。

アイテム等の装備を取り揃え、渋々ながらパーティーを組んだら後は早いものだった。

俺目当ての密かな争奪戦も俺がパーティーを組んだとなるとあっさりと散っていき、各々人集めに必死になっていた。

なにせ初めての本格的な実戦である。俺にいつまでも固執してはいられないだろう。

生徒同士の練習試合なら何度となくやってきたのだろうが、今回は手加減も待ったもない魔物との戦い。

いやがおうにも真剣になるだろうという話だ。


 (その真剣さが最後まで保っていればよかったんだが)


 ゆっくりと首をまわして辺りの様子を見る。

笑顔のままでお喋りに夢中になっている者、友だちと小突き合いながらこれからの実習に興奮を隠せない者と様々だ。

この空気を見るに、浮ついているという印象が拭えない。

生徒たちの間には遠足の前のような空気が蔓延してしまっている。

過度に緊張しているのも良くないが、全く緊張感がないというのも問題だ。


 (何人かは覚悟を決めている顔をしているが、大半は遊び感覚だなこれは。

  大人数での行事なんて早々ないから、その気持ちはわからないでもないが。このままだと大怪我しそうな奴が出てきそうだ)


 ささやかな談笑もいつの間にか大きくなり、騒ぎ始める生徒が現れ始める。

幼いといってもいい年代の生徒たちに、じっと黙って待っていることは至難の技なのだろう。

これは収拾がつかなくなって最後には先生に怒られるパターンだな、と俺はぼんやりとそんなことを思っていた。

 そんなことを思ってしまったせいか、思ってしまったからこそか、期待に応えるように奴が現れた。

聡い者はそいつが現れた瞬間に清聴する体勢に入る。どこの軍隊か、と頭の片隅で思ってしまうがそれは正しい反応である。

だが半数以上の生徒は周りの急な変化に戸惑いを覚え、ざわつき始めていた。


 (あいつらはあの先生の受け持ちの生徒じゃないんだろうな)


 わかっている奴は皆、無駄口を叩かずに前だけを見ている。

俺もそれに倣う様に口元を引き締めて、いつの間にか設置されていた壇上に近づいていくその人物を見ていた。

風を切るようにして歩く姿は颯爽としていて無駄がない。

洗練された、というより研ぎ澄まされた刃のようにきりっとした表情は、そこらの男どもよりも男らしい。

見た目は美人と評するに異論さえ挟む余地がないのは明らかであるが、その眼差しはあまりに鋭く恐ろしい。

 彼女こそグリエントが誇る超絶スパルタ教師、ライラック女史である。

ついでに俺は彼女の目をつけられているから余計な動きなんて一切できないでいた。


 (実習の現場まで任されているのかよ、こいつ)

 『相変わらずかっこいい女性なのですねー』


 のほほんとシルフィードはそんなことを言っているが、もしもその声が今あいつに届いていたら、きっつい視線で睨まれていたに違いない。

ライラックは氷点下かくやという視線でざわついていた生徒たちをも黙らせると、不自然なほどの静寂が辺りに満ちる。

沈黙が五秒ほど続いた後、ライラックは壇上から睥睨するように見回し、ぴたりとその視線が少しの間止まった。

視線の先にいた生徒たちはひぃ、と喉の奥から悲鳴をあげているが安心して欲しい。

あいつが見ているのは俺だ。残念なことに俺なのだ。

 視線を逸らすと後でどうなるかわからないから逸らせないが、今すぐに顔を背けたい気持ちで一杯だった。

真っ向から見るにはあまりに迫力がありすぎるのだ。

気圧されないように一度ごくりと喉を鳴らして見詰め合う。見詰め合うというよりも、それは一方的に睨まれていただけともいうが。

ライラックは束の間俺を睨んだ後、ふん、と鼻を鳴らしてからようやく視線を外した。

猛獣にでも睨まれていたかのような緊張感だったぞ、おい……。

 それからライラックは腕を組みながら、艶やかな唇から声を出した。

その内容は短いながらも苛烈。怒気混じりの言葉を生徒たちに叩きつける。


 「貴様らの顔つきが気に入らんな」


 突然の言葉に呆気に取られたのが半数、これはなにかの凶兆だと気付いたが何も出来なかったのが半分。

残りの極少数はライラックの魔力の励起に反応し防御行動にはしった。

かくいう俺はというと……何もしなかった。

 ライラックが何気なく手を振るう。

その軌跡をぼんやりと目で追っていた連中は次の瞬間に驚愕に目を見張ることになった。

赤々とした色が世界を覆わんばかりに視界を染めていったからだ。

 それは炎。灼熱の赤。全てを焼き尽くし、灰さえも残さない高密度の焔。

それが四方八方、生徒たちを取り囲むように突如として現れたのだ。

熱気が肌をちりちりと焦がし、空気は炎の支配下におかれてしまう。熱せられた空気を吸い込めば喉を焼かれそうだった。

包囲からの脱出は出来そうにない。魔術障壁を展開したとして、ただの学生である彼らにあの炎に耐え切れる壁はつくれない。

極少数のライラックの行動に反応した優秀な生徒たちもそれはわかっていたのか、悔しそうに歯噛みしていた。


 (あいつらはそれなりに使えるな……さて)


 ライラックの突然の行動に生徒たちは遅まきながら騒ぎ出す。

一体これはどういうことですか、私たちに向かって魔術を使うなんて信じられない。

それは不満が多いに含まれた言動だった。

炎に取り囲まれているという危機的状況において、彼らは不平不満をライラックにぶつけることを選んだのだ。

 彼らは生徒という身分であり、ライラックは先生という役柄である。

つまり彼らは自分たちに先生が危害を加えるはずなんてないと思っているのだ。

これがもしライラックが魔物や敵だったとしたら、彼らも不満なんて言わず戦うなり逃げるなりを選んだことだろう。

だがそれは認識が甘すぎるとしかいえない。

この女をそんな枠組みに入れること自体が間違っている。やる時はこの女は躊躇わずにやる。

地獄の特訓を経験した俺はそれを身に染みて知っていた。


 「鳥でもそこまで囀らん。貴様らには少々仕置きが必要なようだ」


 そうは言ったがはやく、ライラックは手を振り下ろした。

その行動が意味することとは。


 「きゃああああ!?」


 女生徒が甲高い叫び声をあげ、真上の方をみて目を見張っていた。

吸い込まれるようにその他大勢の生徒たちが見上げれば、天井にあたる炎が少しずつ高度を下げ始めていた。

それは取り囲んでいた炎も同じく、除々にではあるがこちらに忍び寄ってきている。

信じられないものでもみたかのように驚愕を顔に貼り付ける生徒たち。

まさか、本気でこの先生は自分たちを焼き殺そうとしているのか?

生徒たちは縋るようにライラックに目を向けてはみるものの、炎の向こうにいる彼女の顔はいっそうに冷たく無表情。まるで氷のようだった。

 助けはないと知るや、他の教員に目を向けて助けを請う者もいたし、どうにか自分たちの魔術で対抗できないかと模索し始めた者もいた。

炎に対抗するには水や氷が覿面と思ったのだろう。一斉に唱え始め魔術を行使したがその全てが炎に飲み込まれた。

他の系統の魔術もかき消されるばかりで一向に効果が現れない。

実力の差がありすぎるのだ。ライラックと生徒たちでは天と地ほど差がある。


 『これはまた……すごい騒ぎになってきたのです』

 (……そうだな)


 俺は言葉少なく反応して事の成り行きを見守っていた。

親衛隊がここぞとばかりに俺の身辺を警護しているが、それも意味はない。

ライラックが本気ならどうあがいても対抗する手段なんて今の俺たちにはないのだ。


 (本気なら、な)


 いよいよ生徒たちも万策がつき、迫り来る炎も後数歩といった所でライラックはもう一度腕を振るった。

炎はさっきまでの遅々とした動きはどこへいったのか、ライラックの命に従うように急激に進行をはやめ生徒たちに襲い掛かった。

いくら魔術に強い抵抗があるといわれた制服を着込んでいても、彼女の魔術の前にはそれは紙切れも同然だろう。

果たして、焔は百人もの生徒を全て飲み込んで骨すらも魂すらも焼き尽くす。

 ……その直前に炎は霧のように消えていった。

あの肌を焼く熱も、呼吸すら困難にする熱せられた空気もどこへやら。

頬を撫でる風は涼しくて、ひたりと伝う汗を冷ましていた。


 「さっきよりはマシになったな。どうだ、これが命の危機というやつだ。貴様ら、覚えたか」


 ぽかんとした表情で生徒たちは声の主を見上げる。

そこにはふてぶてしく笑うライラックの姿があった。

始めからそうするつもりだったのだろう。随伴していた先生たちもしきりに苦笑するばかりで驚いた様子はない。


 「貴様らが今から向かうダンジョンには今のようなことが起こっても不思議ではない。

  生半可な覚悟で向かうならばこの場で棄権しろ。私から言えるのはその程度だ。ではな、気をつけていってこい」


 そう言い捨てると、ライラックはすたすたと壇上を下りて去っていった。

未だにショックから立ち直れていない生徒は驚く暇すらない様子だった。

 俺としては、えぇ……、という気分である。言葉が少ないっていうレベルではない。

伝えたいことはわかるがあまりに直接すぎるのだ。絶対これ、ライラックのせいでリタイアする奴いるだろう。

 まぁそれでもライラックの言う通り、半端な気持ちで挑めばそれこそ命を落とす可能性もある。

ライラックなりの優しさ?なのかもしれない。こんな優しさ、俺はいらねぇや……。


 ちなみに俺がライラックが本気ではないとわかったのは、日頃のいじめ……もとい、特訓を受けていたからだ。

あの周囲を取り囲んだ炎は実は幻影である。特訓の時、よくフェイントで使われていたから俺は覚えていたのだ。

さすがにライラックといえど無詠唱で百人もの人数を取り囲む炎の魔術は行使できない。

巧妙に炎がすぐそばにあるかのように空気や熱を再現させ、リアリティを出す。

だが、実際あの炎の中に突っ込んだとしても火傷さえ負わないだろう。

 幻影に騙されている間に準備を済ませ、いざ生徒たちが魔術を使って抵抗しようとしたところですでにライラックの準備は終えている。

魔術をことごとく粉砕し、生徒たちの戦意を喪失させる。見事なまでの手並みだった。

あるいは、百人全員で協力すればライラックの包囲網から脱出できたかもしれないが……。

それさえも鼻で笑いつつ押さえ込まれてしまいそうなのが、この女の怖い所なのである。


 『ミコトが協力してればどうにかなったかもしれないのですよー?』

 (勘弁してくれ……これ以上、あいつに目をつけられたくない)


 今でさえ熱烈なアプローチに辟易しているのだ。

頑張っている姿など見せて少しでも興味を惹かれたら、あれ以上の地獄が待っているのだ。

俺は強くなりたいが、ライラックに関わっていると洗脳されてしまいそうで恐ろしい。

どうにも俺は攻めの姿勢が強すぎる女は苦手のようだった。

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