第百二話 お買い物
ダンジョンに入る前の準備というのも色々ある。
RPGなどのゲームを想像してみるとわかりやすいだろうか。
武器や防具といったものは当然のこと、体力やMPを回復させるアイテムなども必要になってくる。
テラという名のこの世界はゲームに似た部分があるものの、より現実に近い。
装備は当然のように劣化するし、扱い方を間違えればあっという間に使い物にならなくなるだろう。
防具で身を守っても、打ち所が悪ければどんなにHPがあったとしても死に繋がる。
クリティカルヒットはすなわち即死である。
蘇生アイテムといった物は店に売ってるはずもなく、そもそも存在することすらわからない。
「飲んで安心、かけて安全、ハイポーション……」
俺は小瓶に書かれているキャッチフレーズを、疑いに満ちた声で読んだ。
帝都の商業地区のとあるアイテムショップの中には俺以外の客もまばらに存在していたが、誰にも俺の独り言は聞かれていないようだ。
胡散臭い。一目見てそう思った小瓶には先ほどのうたい文句と法外な値段が書かれていた。
庶民であればこの小瓶一つで一ヶ月は暮らしていける値段だった。
生き死にに直結する回復アイテムに金をケチるなど馬鹿のすることだが、それにしても胡散臭い。
ただただ人目につくように派手さを重要視した文字の配色は無駄の一言。
そしてそんな高額なアイテムをこうして誰にでも手がとれるような場所に置いてあるのはいかがなものか。
結局、俺はその店から何も買うことなく店を出ることにした。
時間はすでに昼下がりである。
帝都の商業地区には当然のように料理を取り扱う店も存在しているが、俺は未だに昼飯にありつけていない。
今日はダンジョン実習の為にアイテム等を揃えようと思っていた。
目的を果たしてからでなければ締りが悪い。それにしてもこうまで時間がかかるとは予想していなかったが。
準備を整える為の軍資金は学校側から大目に渡されており、何を揃えるかは個々に任せるという自由さ。
どんな物を準備するか、その点も学校側で評価するのだろう。
ここで気をつけるところは資金はかなりの額を渡されている、というところだ。
パーティーの人数に応じて金額は上下しているが計算した所、人数分の十分な装備を整えたところでなお余る。
余った金はどうするのかと思えば、それも好きにしていいとのことである。
そう言って、にやりといやらしく笑うライラックの顔が今でも鮮明に思い出せる。
(あれ、絶対に罠だからな……)
平民が多い我がクラスには金の余裕がないクラスメイトも多々いるらしく、その言葉を聞いた瞬間喜びの声をあげていた。
さすがに少し可愛そうと思い、声をかけようとした俺にライラックの射殺すような視線が突き刺さる。
……まぁ、可愛そうだけど痛い目を見るのも一つの勉強だよな!
願わくば、その生徒たちが資金の全てを使い果たさないように祈るばかりである。
「うっま!この店の串焼き、前々から食べたいと思ってたんだよなー!」
「こっちのカララ鳥の肉団子もいけるよ。はぁーおいしいなぁ……」
「うむ。上品な口当たりに脳を駆け巡る芳しい香り……何とも上等な飲み物であるな!」
「アイテムも揃えたし、余ったお金は好きにしていいし、実習最高!」
「後から返せって言われないように、バンバン使っちゃおう!使いきっちゃおう!」
「で、あるな!!」
「「「あーっはっはっはっは!!!」」」
街の喧騒の中、何処からか我がクラスきっての馬鹿三人衆の金を散布するような会話が聞こえてきた気がする。
声の方に視線を向けても人込みの中から見つけることは出来なかった。
ライラックの監視がない今ならば、と思ったが……俺の聞き間違いか?
それっきり俺はそのことは忘れてしまい、自分の準備に取り掛かることにしたのである。
ポーションといった回復アイテムは場所を取る。
ゲームのように十本も二十本、果ては九十九個なんて持ち運べるはずがない。
異空間に物を収納できる魔道具もあるらしいが、古代遺物級の物であり一般に普及することはない。
鞄やリュックに入れたり、ベルトにアイテムを括りつけるぐらいが一般的という話だ。
普通のポーションのサイズはおおよそ百ミリリットルから二百程度。
ポーションだけに場所をとるわけにもいかず、自然と持っていける数は限られてしまう。
ダンジョンに挑もうとする冒険者にとって常備しておくポーションは二、三本の緊急用のみ。
後は回復魔法が使えるヒーラー、もしくはアイテムを持ち運ぶことを専門とするポーターを雇うのが常識。
つらつらとそんなことをのたまう男に先ほどからしつこく付きまとわれ、俺は唇の端を引きつかせていた。
「……アイテムの重要性についてはわかるが、お前は何でついてきてるんだ」
「だって先生たちから支度金が渡されたじゃない。君ならすぐにでも行動に移すと思ったんだよね」
喧騒にまみれた路地の片隅で俺たちは向き合っていた。
後ろからついてきてたのは何を隠そうロイドである。先日、パーティーを組もうとかほざいていたがあれは本気だったようだ。
というよりすでに既成事実が出来ているわけであるが。
せめてもの抵抗とうんざりとした顔でロイドを見ても何処吹く風で効果はない。
それだけならまだしも……。
「そんな言い方はないよ、ミコト。だってあたしたちはパーティーでしょ?協力しあわなきゃ」
「……さっきの言葉訂正するわ。お前"たち"は何でついてきているんだ」
俺たちの間に入って取り成そうとしているマリーに言葉を強調してそう言った。
そうなのだ。何故かダンジョン実習の俺のパーティーにロイドだけではなく、マリーも入っていた。
誓って言うが、俺はこいつらと一緒にダンジョンに行くとは一言も言っていない。
いつの間にか申請書を出されて、いつの間にか同じパーティーにされていたのだ。
却下しようにもすでに受理された、なんか文句でもあんのか?と言わんばかりのライラックが待ち受けているのである。
なんたる理不尽。しかし今やグリエントの支配者たる彼女に逆らえるものは誰も存在していない。
(三馬鹿あたりのパーティーに入ろう思っていたのに、あいつらすでに組んでやがるし。
タイミング的に三馬鹿のパーティーに入れば、こいつらと組むこともなかったんだがな。
しかし四人目はあれだれだっけ……妙な語尾を使っていて、時折俺のことを熱い視線で見ている変な奴)
『私は全然知らないのですよー』
俺の肩に乗って悠々と買い食いのおかしを頬張っているシルフィードがそう答えた。
その言葉に俺は眉を顰めた。
シルフィードは俺のクラスメイトのみならず、近寄ってくる人物のことを全て把握していた。
姿が見えないことを悪用……もとい、有効に使って調べていたのだろう。
危険人物がいないか調べるのですよ!と得意満面で言っていたからよく覚えている。
だというのに、こいつが名前も知らないというのは不思議だ。
少し気になっただけで所詮はどうでもいいことなのだが、それよりも食べかすがぽろぽろと落ちてきてるんですが?
「妖精さんも来てるんだねー。楽しいお買い物になりそう!」
「へぇ、精霊に触れた物は一時的に見えなくなるらしいけど、手元から離れると元に戻るみたいだね。
なかなか興味深い面白い光景だね。宙から突然に何かが現れるってのは」
『もふ、ふもふもふ!もっふんっ、ふもーーーーーーーーーっ!!
(この人、私嫌いなのです!ミコトっ、見ないように言ってくださいなのですっ!)』
ボロボロボロ。シルフィードが何か声をあげる度に食べかすの雨が降る。
八つ当たり気味に髪を引っ張るのはやめろ。後、食べながら喋るなといつも言っているだろ!
心の声で伝えれば済むことだろうが!聞いてる?俺の声届いてる!?
「それじゃ、そろそろ行こうか。僕が懇意にしているアイテム屋があるんだ」
「へぇぇ。マーカスくん、詳しいんだね。すごいなぁ。
あたし、こっちは生活に使う物ぐらいしか買い物しにきたことがないから、そういうの全然なんだよね」
「まぁ確かに興味でもなければポーションとかは普通の人には縁遠いものかもね。
マリーさんはこの機会に色々と見て回るのもいいかもしれないね。
ダンジョン攻略に必要なアイテムは大体僕がリストアップしてるから、そっちは気にしなくていいよ」
「えぇ、なんだかそれはそれで悪いなぁ。あたしにできることがあったら言ってね?」
「うん、今でも十分に楽しませてもらってるから別にいいんだよ」
「……?そう?」
不思議そうに首を傾げるマリーがロイドから視線を外した時、奴がこっちを見て気持ち悪い笑顔を見せる。
いやに社交的に接しているかと思えば、このクソ野郎……。
俺は当然、こいつがマリーにしたことを知っているから善意ではないとわかっていたが、どうもこの状況を楽しんでいるようだ。
やはりこいつは好きになれない。むしろ嫌いだ。
ロイドと協力関係を結ぶのは納得はしているものの、感情の面ではとてもじゃないが納得してるとは言い難い。
いつかその面をぶちのめしてやる。その時に後悔してもおせぇからな。
『ふもっ、もっーーー!!(やっぱり、不気味なのですーーー!!)』
お前はいい加減、俺の頭の上で食べるのをやめろォ!?
俺の空しい叫びはあっさりと無視され、この日、不機嫌になったシルフィードを終始宥めることになるのだった。
ちなみに買い物自体はあれからロイドの手引きで訪れた店で済ませ、何も問題なく無事に終えることが出来た。
また癪に障る結果となってしまったが、俺一人だと物の良し悪しがいまいち把握できなかったから、こうもうまくはいかなかっただろう。
鑑定スキルのようなものがあれば、とない物ねだりをする俺だった。




