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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第百話 サプライズ

 何気ない日常の中に身を投じて、ふとした瞬間に違和感を感じる。

自分はどうしてこんなところにいるのだろう。何をしているのだろう。

やらなければならないことがあるのに、こんな所で平穏に過ごしていていいのか。

そんな気持ちが俺の中に湧いて出てくるのだ。

俺が彼ら……クラスメイトの奴らに素の自分を受け入れられてから、その気持ちは日増しに強くなっていた。


 「はよーっす。ミコト」

 「おはよう!」

 「今日も朝日が眩しいな……朝飯食いそびれて力が出ないのだが、恵んでくれ」


 トラブルも何もない平和な日常。

好き好んで厄介事を引き起こしていたわけではなく、こんな日々はむしろ俺にとって望んでいたことだったはず。


 「おはよう。お前らいつも元気そうだな」


 人間関係は良好で、むしろ前よりよくなっている。

軽く挨拶してきたマークを始めとして、続いてエドが俺に挨拶をして教室に入ってきた。

三馬鹿とまとめて呼ばれている三人だ。

このクラスの中ではおそらくマリーに次いで俺とよく話している三人だろう。

 トーマスの挨拶にもなっていない言葉を軽く無視すると、奴は捨てられた子猫のような顔をしてとぼとぼと歩いていく。

残念ながら変人の扱いには慣れているのだ。

こいつらと二、三回とやり取りを繰り返している内にエドも爺と同じ手合いだということはわかっていた。

まぁ……あのクソ爺に比べるとエドは可愛いもんだが。

 今日も振られたな、と背中を叩くマークとエド。しかしその顔はとてもいじわるそうに笑っていた。

二人の様子に気がついたトーマスはむっとしたいつもの鉄面皮に。


 (あいつらは本当に仲がいいな)


 騒がしく教室の中を歩いてく三人を目にしながら、やはり俺はどこか違和感を感じていた。

ここにいることの意味を俺は自分で納得している。実際、俺は着実に目的へと近づいている。

グリエントでは膨大な知識が大図書館には眠っている。

その知識を存分吸収することが出来れば、きっと将来の俺の力になる。

だからこの胸の中にうずくまった物は焦燥感ではないのだ。




 「ダンジョン実習、ねぇ……」


 朝のホームルームで渡された紙に書かれた、なんとも気の抜ける文字を目で追いながら声に出す。

昼休みになってから生徒の間ではその話題で持ちきりだった。

平和な日常に一石が投じられた、とまではいかない予定調和の話。

この学校に入る前からこれがあることは知っていたから。

おそらく、入学を無事に果たした生徒のほとんどがそのことは知っていただろう。

むしろコレ目的で入学を決意した生徒もいるかもしれない。

 ダンジョン実習とは、つまりはレベル上げの為の授業である。

本来であればレベルを上げるのには多大な危険が伴う。

 この世界の誰もが初めはレベル一だ。そして成人した大人のステータスでも最下級の魔物にさえ太刀打ちできない。

そこに装備や魔術といったもので補強して、どうにか魔物と対等に渡り合えるのだ。

どうにか勝利した暁にようやく経験値を獲得することができる。

しかしその量は微々たるもので次のレベルになろうとすれば、その死闘を後数十回は繰り返すことになる。

生まれ持った才覚がある者ならばまだしも、普通の人間ならその途中で命を落とすことになる。


 (己に責任を持てる者のみ参加すること……また物騒なことが書いてあんな)


 文章を読み進めていた最後にそう書かれていた。

俺は首をぐるりと回して教室の中を見る。この言葉の意味を理解している者は何人いるのだろう。

見渡した限りではダンジョンにいけるという高揚感に騙されている奴らばかりだった。


 (ダンジョン実習の担当がライラックという話だから、もう一度ぐらい釘を刺してくるだろう)


 わざわざ俺が注意を促すことでもない、か。

浮き足立つクラスメイトたちを目にしながら俺は黙っておくことにした。




 ダンジョン実習というものは、どうも複数のクラスとの合同授業らしい。

一年生という枠組みはあるが、クラスの色は問わず自由にパーティーを組んでいいみたいだ。

人数は最低でも二人、最大で四人。

それに加え、学校側から数名の人員が補填される。所謂、俺たちのお守り役だ。

さすがに生徒だけをダンジョンに篭らせるわけにはいかない、ということだ。


 「ねぇねぇ君、私たちと一緒のパーティー組まない?」

 「え、でも俺の色、緑ですけど……」

 「何言ってるの!本選まで君いってたじゃない。それとも、もうパーティー決まっちゃった?」

 「いやっ、まだです。じゃ、じゃあよかったら……その、お願いします」


 新人戦を終えて各々の実力というものが垣間見えたおかげで、上の色からのスカウトもちらほらと出てきている。

緑だからといって使えないということはなく、逆に黒だからといって強いというわけでもない。

あくまで色の区分は成績と各人のステータスを参照して振り分けられたものだったということだ。

 わざわざ俺たちのクラスまできて勧誘しにきた黒の女生徒を俺は横目に見ていた。

その女性徒はなかなかの美人で、実力を認められたこともあるだろうが誘惑に負けた部分も多いだろうな、と俺は思っていた。


 『何を自分は関係ない、みたいな顔をしているのです。現実逃避していないで横を見るのですよ?』


 えぇ……見たくないんだけど。

まだ食事をしていない俺は購買に行くかしないと昼飯の確保ができないのだが、行けない理由があった。

それは廊下側にごった煮の如く溢れかえっている人の山のせいである。

俺がここに来たばかりの当初を思い出させる人の数であるが、気のせいかあの時よりも更に増員しているような気がする。


 『朝はミコトの親衛隊さんたちがガードして何とかなってたのです。でもさすがに昼休みはカバーできてないのです』


 最近、俺が平穏無事に暮らせていたのは……その、親衛隊のおかげである。

多少、行き過ぎた行動をとることもある彼?彼女ら?だったが。

正直な話、ダンジョン実習の話が出てからは親衛隊のおかげで助かっていると認めるしかない。


 (何でこんなに俺に構うんだかわけがわからん。俺より魔術がうまいやつなんているだろ)

 『ミコトが皆に好かれているからなのですよー。とっても嬉しいのです!』

 (……っるせぇ。ニコニコすんな)


 確かに周りにはいい顔をするようにしていたのだが、思った以上の効果が出ていて居心地が悪いのだ。

ちらりと横を見ると、それだけで歓声が湧き起こる。

親衛隊がなんとか押さえつけているが、あいつらがいなかったら教室の中にまでなだれ込んでいることだろう。

なんとか体裁を取り繕って俺は笑いを返したが、絶対に引きつっていたのは間違いない。

 正面に向きなおして誰にも気付かれないようにため息をつく。

他人なんてどうでもいい。利用できるのなら何でも構わない。

そう思っていたのに何故だろう。好意の視線が今の俺には痛い。

 そこに悪意が一欠けらでも混じっていたら俺はきっと敏感に察知することが出来た。

であるなら俺は躊躇いもなく利用して使い捨てていただろう。


 (純粋な気持ちだからこそ、性質が悪い……)


 もう一度、音にもならないため息をついていた俺の前に、ひらりと紙の切れ端が舞い降りた。

反射的に俺は顔をあげたが、誰がこの紙の切れ端を置いたのかがわからない。


 『風の魔術の残滓があるのですよ』


 俺の肩口からひょいと顔を覗かせたシルフィードが切れ端を見てそう言った。

風の妖精であるこいつがそういうのならば間違いないだろう。

魔術の使用が禁止されている校内で、わざわざそんなことをしでかす奴がいるとはな。

校長不在の今、ライラックが代理のように校内のことを仕切っているのだ。

そのことを知っていれば、これほど命知らずな行為はないだろう。

 ばれたらただでは済まないぞ……というかこれ、俺が巻き込まれる可能性大なんだが!?

どっちにせよ見ない選択肢はもうない。

後でばれて知らぬ存ぜぬをしようとも、他の先生ならともかくライラックには通用しない。

むしろ、俺がほとんど関係ないことでもあの女ならこじつけて、地獄の特訓をさせようとするに違いない……。

クソ、誰だよこんなもんやったのは!

心の中で悪態をつきながら、俺ははた迷惑すぎる紙の切れ端を開いた。

差出人が書いていないというわけではなく、しっかりとその名前が紙には書かれていた。

だがその名前を見て、俺は盛大に顔を顰めることになる。




 その日の放課後、時刻は夕暮れ時である。

すでに下校の時間は差し迫っていて部活動やらで残っていた生徒以外、校舎の中には誰も居ない時間帯。

人気の少なくなった校舎を出て、更に誰もがすすんで訪れないであろう校舎の裏側に足を進める。

切れ端に指定された場所は校舎の裏だった。

果し合いか、はたまた愛の告白かといった感じであるが、そのどちらでもない。

 ちなみにシルフィードは先に帰らせた。絶対に愉快な話になることはないし、あいつに悪影響がでないとも限らない。

精霊というものは宿主に感化されやすいという話だ。

つまり、俺がとる行動によってシルフィードも変わってしまうのだ。

それにしては、あいつの性格は俺とも似ても似つかないが……それはきっと前の契約者のおかげに違いない。


 「感傷的な顔をしているね。黄昏時だからかな?」

 「……憂鬱な顔をしていたんだよ。お前と会わなきゃいけなかったからな」

 「そいつはひどい言い草だ。でもちゃんとここに来てくれるってのは律儀だね」

 「こんなふざけたメッセージを残してどの口がいいやがる」


 苛立ちが募って俺は奴……ロイドが俺の机の上に残した紙切れを乱暴に投げ捨てた。

紙切れの内容はこうだ。アピールしたいから校舎裏に来てね、ロイド。

他人が見れば告白だと勘違いしそうな内容である。想像しただけで怖気が走る。


 「だってそのままのことを書くわけにはいかないじゃないか。暗号みたいなものだよ、暗号。

  情報を漏洩させない為の必要な処置だと思って欲しいね」

 「そこまでする必要があるとは思えんが?」

 「甘いよ、ミコトくん。情報なんてものは何処から漏れるかわかったものじゃない。慎重すぎるぐらいがちょうどいい。

  それにこれでも連絡手段をどうするか迷ったんだよ。

  君は人気者すぎるからねぇ?いつも何処かで誰かの目がついている。厄介なことこの上ないよ」


 そうは言いつつロイドはへらへらと笑って、地面に捨ててあった紙切れを拾っていた。

その顔は俺を馬鹿にするようでいて、目の奥は笑っていない。

こいつ……また俺のことを観察してやがる。


 「……校内で無断で魔術を使用したとライラックに告げ口してやろうか?」

 「それは勘弁して欲しいなぁ。僕はひ弱だからあの先生のしごきを受けたら死んでしまうよ。

  まぁ、実際そうなったらミコトくんも一緒になるだろうしそれはそれでいいかな?」

 「相変わらずのクソヤロウだな、テメェ。……ッチ、さっさと用件を言え」


 わざわざここまで来たのはロイドのアピール、つまり情報を聞きたかったからだ。

どんなに俺がこいつのことをいけすかないと思って嫌っていても、その情報には価値がある。

俺の言葉を聞いて肩をすくめるロイド。頬がひくついてきたがなんとか抑える。


 「ミコトくんは黒い死神について知っているかな?」

 「あ?あの帝都に出没するっていう幽霊のことか。くだらない噂話だな。

  魔物か、あるいは何処ぞの馬鹿がコスプレでもしてるんだろう」

 「こすぷれ……?その言葉の意味はわからないけど、魔物である可能性は低いよ。

  グリエント魔術学校のように帝都には結界があるからね」

 「それは門がある場所だけだろう。上から来られたらわからん」

 「……驚いた、よく門だけに結界が張られているって知ってるね。

  そう、さすがに帝都は広大なだけあって帝都全域を結界で覆うことは出来なかった。

  人通りの多い西門と東門、そして帝がいるという城の各所に張り巡らせているぐらいだ」


 特殊な目を持っている俺には、そういう普通の人には見えない者が見えたりすることがある。

どうやら結界についてはあまり知られていないことらしい……口を滑らせてしまったか。

探られると面倒になることは明白だったのでさっさと話を進めることにする。


 「それで?その死神とやらに何かあるのか?」

 「……ミコトくんが言うように世間一般では噂話の段階にすぎない。

  何故ならそれは信憑性がないから。いないんだよ、その死神とやらを見た人がね。

  だから噂の域を出なかったんだ。今までは、ね」

 「目撃者が出た、ということか」

 「そう。黒い死神を見た人がいたんだよ。

  見つからなかったはずだ。その人は帝都からすでに遠く離れた村に逃げていた。

  誰に見つからないように遠く、遠くの場所にね……」

 「そいつは死神の正体を見たのか?」

 「なかなかおぞましい光景を見ちゃったみたいだね。恐怖で震えて話も出来ない様子だったけど、最後にはなんとか」


 死神、というぐらいだ。犯行現場はさぞかし凄惨だったのだろう。

しかしそれが魔物であれ人であれ、痕跡を残さないということはできるのだろうか。

血痕、もしくは匂いでもいい。そういうものが一つも見つからないのは不自然だ。

……魔術の類か?

 そこまで考えて、俺には関係ないことだな、と頭を振った。

帝都にいる以上、全くの無関係ということはないが、俺に降りかからないのであれば知ったことではない。

まさかロイドは危険が傍に潜んでいると、そういうことを言いたいのだろうか。

そうであるならば俺へのアピールは失敗したと言うしかない。

思いの他ロイドの話に食いついてしまったことを恥じながら、俺はロイドに結論を急がせた。


 「今の所俺には特に関係がないように見えるが?話はそれだけなら俺は帰らせてもらう」

 「まぁまぁ待ちなよ。これからがいいところなのにさぁ……」


 ロイドは粘りつくような笑みを見せて、その瞳を爛々と輝かせていた。

普段は何を考えているかわからない得体の知れない奴ではあるが、一度、俺はこのような表情を浮かべているロイドを見たことがある。

こいつの本性は復讐者だ。煮えたぎるような感情をその身に潜ませている。

それがどんなものか、どの程度のものかは知らない。

ただ唯一、俺にとってロイドという男の信用できる部分だと俺は思っている。

であるなら、これからロイドの話すことはどれも真実に違いない。


 「…………」

 「死神の正体はね……君にとって馴染みの深い相手さ」

 「馴染み深い?それはどういう……」

 「仮面の男」

 「まさか……」

 「目撃者の話しだと、そいつは深遠のようなローブを纏い、白い女性の仮面を顔に貼り付けていたんだってさ。

  そんな奇抜な格好をした相手なんてそうはいないよね?」


 くつくつと喉の奥で笑うロイドは心底喜んでいるようだった。

俺は思考を切り離し、第三者的視点でその光景を見ていた。

そうしないと感情の波に飲み込まれてしまいそうだったから。

 やはりシルフィードをこの場に連れてこないのは正解だった。

今の俺の心をあいつが感じ取ったなら、混乱するどころの話ではない。

まさか、やっと、あいつを見つけることができるだなんて。

ルクレス……貴様を殺せる機会がこんなにも早く訪れるなんて……。

…………くく、ははは!!ははははは!!!!


 (……………………絶対に、逃がさない)

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