第十五話 エスコート
俺はでけぇ屋敷やすげぇ屋敷が立ち並ぶ貴族街を一人でテクテクと歩いていた。
語彙が貧困なのは気にすんな。屋敷の外観をこと細かく説明したって誰の得にもなりゃしねぇ。
まぁそんなわけで、俺はそんな街中を歩いていたわけだが……。
「ねぇお嬢ちゃん、一人?甘いお菓子あるんだけど一緒に食べない?」
またか……。
半眼で睨むように振り向けば、貴族街にふさわしい出で立ちの化粧のきつい女性が一人そこにいた。
睨みを強めてそんなのいらねぇよ、と言外に匂わせても引く様子は全然ない。それどころか何故か押しが強くなる。
最近、ほんの少し、ほんの少しだけなんだが気づいたことがあるんだ。
いやそれはまさか、ありえない話だと思うんだがな……。
俺ってもしかして、睨んだ顔って怖くないのか?むしろこの様子を見ると逆効果なのか?可愛かったりしちゃうのか?
頭を抱えて苦悩したくなる気持ちをどうにか抑え、勢い余って顔が近づきすぎなこの女をどう追っ払おうか高速思考を使うことにする俺である。
いやだなぁ、なんで俺こんなことにスキル使ってんだろう……。
「やっとついた……」
そこはローズブライド家の門前だ。
ここまで来るのにえらい時間がかかった。一体何人の女どもを追い払って逃げたりしたことか。
それがかっこいいだという理由ならまぁ男として納得できる。
しかしあの女ども、揃いも揃って俺を女の子扱いしやがって。
話をして説得するのも難しい。最近ようやくプリムラとの会話を出来るようになったのに、俺が初対面なヤツらに対処できるはずがない。
だったら残りは態度で示すしかないわけだが、いかんせんその態度がヤツらの琴線に触れてしまうのかキャーキャーうるさくなるだけだった。
終いには人だかりが出来る始末である。
やめろ、俺は見せモンじゃねぇぞ!魔術で蹴散らしてやろうか?あぁん?
と、まではさすがに出来なかった。
何よりミライに魔術を気軽に使うなと言われているし……。母親は絶対なのである。
さて、そうしてようやくたどり着いたローズブライド家、門前。
そこにはプリムラが座って待っていた。
段々とお嬢様が外聞を気にせずに座っている様子に慣れつつある俺は、そのことをおかしく思いながらプリムラに声を掛ける。
「ごめん、待たせたかな」
「今来たところですわ」
なんだこのデート感。
セリフだけ見るならば間違いなくこいつら付き合っている、と確信できる内容である。
まぁ俺とプリムラはそんな付き合う以前の仲なわけだが。友達かぁ……そう言えば俺、まだプリムラに最初に会った時のこと謝ってねぇ。
なかなか機会が恵まれなかったから、今日こそは。
そんな決意を胸に抱いて、先日の約束を果たすために今日は一人でこっちに来た。俺そっちのけで決まった約束だったけどなっ。
それにしても……貴族のお嬢様なのだから、護衛の一人や二人付いてきそうなものだが、それはどうなのだろうか。
疑問に思った俺はすぐにそのことをプリムラに聞いてみることにした。
すると彼女はちろっと小さく舌を出して、
「近くの貴族の家へ遊びに行くってことにしましたの」
といたずら顔で笑っていた。
貴族街ならば安全も保障されているようなものだし、そこまで詮索されませんでしたわ、とプリムラは続けた。
うーん……そういうものか?
よくわからんが、上機嫌な彼女の機嫌をわざわざ損なわせることもないだろう。
それにここからなら俺の家までそこまで時間はかからない。
人通りが多い場所を歩くことになるだろうし、そう危険でもない、か。
「それじゃあ行こうか」
「どんなエスコートしてくださるのか楽しみですわ!」
まるで初めて遊園地に来た子供みたいにプリムラは楽しそうに笑っていた。
もしかしたら外出自体久しぶりで浮かれているのかもしれない。
エスコートのエも知らない俺に期待してもらっても困るが、というかそもそも道中なんて話すればいいのかさえわからん。
黙ったままってのもアレだしな……俺たちの共通点なんて魔術かミライぐらいしかないわけだが、さて。
ミライについてならアツく語るのもやぶさかではないが、確実に引かれるのは目に見えている。
とすると魔術の話か。うーん。
そんなことを考えて二人で街の中を歩いていると、妙に視線が集まっていることに気づいた。
それはローズブライド家に向かっている最中の好奇な視線とは違った、どこか粘つくような嫌なものだった。
(なんだ?)
露骨にぶつけられるそれは周りに散らばっている人々のものだ。
顔を向ければ視線は逸らされるものの、一向にその量は減らない。
どこかでこの類の視線を知っているような気がする。そう、これは懐かしく慣れ親しんだもの。
これは以前の俺に向けられた……。
(侮蔑、蔑み)
「おっ?」
グイッ、っと体が後ろに引かれてつんのめりそうになる俺。
何だと後ろを振り向くと、顔を伏せて俺の服の袖を握り締めるプリムラがその原因だった。
俺の袖は皺がくっきりと出てしまうほどに強く握り締められていた。
プリムラがどんな顔をしているかわからないが、その体は密かに震えている。
この事態の中心にいるのはプリムラ、か?
立ち止まって歩こうとしない彼女に俺はどうするべきか。
対処マニュアルなんてない現実に苦笑したくなるが、考えすぎはいいことにならないと学んでいるので俺は即座に行動することにした。
何よりこんな視線クソくらえだぜ。
(俺なりのエスコートってやつを見せてやるよっ、と!)
「プリムラ、行くぞ!」
「えっ!?」
俺は彼女の手を取ると、嫌な空気が蔓延したこの場から抜け出すように走り出した。
手を引かれたプリムラは驚いて呆然としていたが、足はついて来てくれているようだった。
彼女の服装がいつもより活動的な格好をしていたおかげもあるだろう。
努めてその手に握った柔らかい手の感触を気にしないようにしながら、俺たちは脱出することに成功したのだった。
それから数分走って息がきれかかった頃、ようやく俺は走ることを止めた。
子供の短い足だからそれほど距離を稼げたわけではないだろうが、少なくともあの手の視線はもうない。
中央広場に近づいてきたせいもあるだろう、貴族の連中はあまり広場に近寄らないらしい。
息を整いつつ歩くと周りが段々ときらびやかと言うよりにぎやか、上品というより活気がある町並みに変わり始め、人通りも多くなってきた。
正直、この人混みは好きではないが裏路地に行くというのも危険だ。
俺、地理、知らない。
半引き篭もりは自分家の周りぐらいしか知らないのだ!はっはっはっ。
そういや俺この街の名前もうろ覚えだな。なんだっけ、えーと……。
「ミコト、あの……」
思い出すのに必死になっていると、隣を歩いていたプリムラが街の喧騒に掻き消えそうな小さな声で俺に囁いた。
もう少し考え事に熱中していたら絶対聞こえないなこれ。
それにしてもいつもハキハキしたイメージがあるプリムラにしては珍しい調子である。
まぁ三回しかまだ会ってないから、見ていない顔もまだまだあるだろう。
そう思いながら何?と先を促すと、プリムラは二人の間に視線を落とした。
言葉で言ってくれないことを不思議に思いながらその視線の先を辿ると、がっちりと繋がれた俺とプリムラの手がそこにあった。
思わず体が硬直すると、無意識にきゅっと手に力が入ってしまった。
それと共に小さな声で「あっ……」と小さな声が漏れる。
その声に反射的に顔を上げると、俯いたままのプリムラが耳を真っ赤にさせていた。白い肌にもほんのりと朱が差している。
そんな様子にますます体が言うことを聞かなくなる。意識も真っ白になってしまう。
結局それから何分もの間、人通りが多い道の真ん中で佇む二人の少年少女がいたとかなんとか。
大広場と名づけられている街の中心には大きな噴水場がデデンと存在している。
この噴水場は一種の魔道具であるようで、ある時間になると噴出していた水が止まり、しばらくすると水のショーが始まるという。
それはこの街の名物でもあるようで、外から来る観光客は大抵ここに来るのだそうだ。
今はその時間帯ではないようで人もそれほどいないが、時間になると人がごった煮になるらしい……想像するだけで恐ろしい。
俺達はそんな名物の縁に隣り合わせに腰かけていた。
手の方はすでに解かれていたが、微妙に気まずい空気が漂っている。
どうしたもんか、と経験のしたことない事態に途方に暮れそうになるが、口火はプリムラが切ってくれた。
ただ、その声は沈みきってしまっていたが。
「ミコト……さっきの街の人達の様子、気になるでしょう」
「へ?」
思いがけない言葉に間抜けな声が勝手に出てしまった。
気まずいからなるべく彼女の方を見ないようにしていたが、これには反応して虚空を彷徨わせていた視線のピントをプリムラに合わせた。
彼女は苦い顔をしながら、膝の上に揃わせていた両手を握りしめていた。
俺はそんなプリムラの様子に大事な話なのだと思い、茶化すことなく思ったままに返事をした。
「いや、全然」
アイフォンで小説書くの面倒くさいですね。
キーボードがやはり至高。
おかしい改行や誤字が増えるとおもいますので、お手数ですが報告してくれるとありがたいです。
ここまでお読みいただきありがとございました。
次回更新は明日です。
めっちゃ歯切れ悪いので連続更新ということで。