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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第九十八話 黒い死神

『EE 思考進化の連携術士』にていくつか閑話的なものを投稿してます。

興味がある方は是非読んでみて下さい。


後、この回は気分の悪くなりそうな話も含んでいるので、苦手な方はお気をつけください。

 世界には裏表というものがある。

光があるならば影があり、善があれば悪もあるのが必然である。どちらか一方が欠けることはない。

それは表向き平和を保っている帝都の中であっても同じことであった。

 その男は悪人と称するに十分な人物だった。

強盗、恐喝、誘拐、殺人……軽いものから重いものまで、ありとあらゆる犯罪に手を染めてきた。

元冒険者ということもあってレベルも高く、性格は傲慢で強欲。

自分のやりたいことをやらずにはいられない性質で、その界隈では手のつけられない悪党として知られていた。

 そんな男が今、恐怖に顔を歪めてひたすらに暗い路地を走っていた。

筋肉隆々の体は走ることに適していない程に盛り上がっていたが、さすがは高レベルというところだろうか。

疾走するというに相応しい動きで路地を蹴りつけ、道の角から角へと身を滑り込ませていく。

何かから猛然と逃げるように、何度も何度も後ろを振り返りながら。


 「ハァハァハァハァ……」


 それでも体力は有限であり、遂には男の足も止まってしまう。

無我夢中で走ってきたからだろう。すでに男は自分が何処にいるのかもわからなくなっていた。

帝都は広い。初めて帝都に訪れた観光客など案内がなければ確実に迷ってしまうことだろう。

 男は帝都に訪れたのは初めてではないが、最近になって帝都に手を広げてきた口であった。

それに加え、すでに光源がなければ足元さえ見えない時刻になっている。

この辺りは裏路地ということもあって更に薄暗い。土地勘のある人間でも深夜帯には近づくことさえしなくなる場所であった。


 「ちくしょうっ、ちくしょうっ!一体なんなんだよ!」


 苛立った男の叫び声が響き渡る。荒げた声と同じくして壁に拳を叩きつける。

並の人であれば拳の方が傷ついてしまう程の一撃。

しかし壁はまるで砂のように砕け散っていった。無論、男の拳には傷一つない。

一般人、いや、冒険者の中でも逸脱した高レベルの男だからこそ出来る芸当だった。

 この強さがあるからこそ、男は並々ならぬ自信を抱き増長していた。

誰も俺には敵わない。強い俺だからこそ何でもやっていいんだ。

事実、歯向かう者なんて誰もいなかった。好き勝手やりたい放題やって、つまらなくなったら次の場所へと移動していた。

 今度は何処へ行こうか。そうだ。今までは行ったのは小さな村ばかりだった。

次は大きな所へ行こう。俺ならそこでだって何でもやれる。

そうして訪れた帝都。皇帝の膝元だと言われていたグラフィールだったが、何のことはなかった。

いつも通りに男は楽しく面白く過ごしていた。さすがに反抗してくる者たちも多くなったが、その全てを力で捻じ伏せてきた。

ここも変わらない。やはり自分は支配する側なのだと、そう男は確信に到っていた。

……ほんの数分前までは。


 「あいつは来ていないな?くそ、ここはどこだ。どうやったら大通りに戻れる……」


 自信に満ち溢れている男の姿はそこにはなく、怯えを表情に表し焦燥に駆られるように周囲を探っていた。

男がいる場所は大通り……歓楽街と言われる夜の街の通り……からずいぶん離れていた。

入り組んだ裏路地ははからずしも迷路のようになっている。

来た道を戻る選択肢はない。あいつに出くわしてしまう。それでは何の為に逃げたのかわからない。

行く道は一つしかない。更に迷う可能性はあるが、このまま進んでいくしかないだろう。

 休息は十分にとったと判断した男は足を再び動かそうとした。半笑いの笑みを携えて。

こんな危機は何度だってあった。その度に視線を掻い潜ってここまでやってきたのだ。

俺なら今度だってやってみせる。そうして無事に帰った後はまた自分の好きなように生きてやるのだ。

とびきりの酒をかっくらい、俺好みの女を抱いて馬鹿騒ぎをしてやる。金ならいくらだってあるんだ。

ここから離れれば、帝都から抜け出せばもう大丈夫だ。やってやる、やってやるぞ……!!

 だが、結果として男の足が動くことはなかった。

何故なら肉と皮のない、真っ白な骨だけの手が男の足を掴んでいたから。


 「ひっ……!!」


 くぐもった悲鳴を上げた男は掴まれていない反対の足でその手を反射的に蹴り上げた。

骨の手は呆気なく外れ、闇の向こうへと消えていく。

あいつだ。あいつの手の者に違いない。

急激に高まる心臓の音が耳障りな程にがなりたて始める。追いつかれた、追いつかれたのか。

いやまだ大丈夫。さっきの奴しか来ていない。待て。さっきの奴はおかしくないか。

あれは見間違いじゃなければ骨の手しかなかった。つまりその本体は一体何処に……?


 「ッッ!!」


 男は自分の心音に邪魔をされながらも空気を切り裂くような音を耳に捉えた。

それは背後。近距離から聞こえたその音に男の中で警笛がなる。

風切り音がすぐ横を通り過ぎるのを感じながら、男は横に身を投げ出して背後から迫っていた何かを避ける。

地面に倒れこみながら肩越しに振り返れば、ついさっきまで男がいた場所に無骨な斧が振り下ろされていた。

片腕のないスケルトンが男を背後から襲ってきていたのだ。

 背筋が凍るような思いをしながらも男の判断は早かった。

骨だけで構成されているスケルトンという魔物は斬撃には強いが打撃系の攻撃には弱い傾向にある。

そのスケルトンの武装は斧と粗末な防具のみ。露出されている骨の部分は多く、また男にとって相性のいい相手だった。

男は己の体だけで戦う格闘家というクラスを習得していた。

近接戦闘に特化した拳をメインに戦うクラスである。

今は素手ではあるが、それでもスケルトン程度ならば十分に倒せる。

 そう勝利の確信を抱き、男は口角を上げる。

笑みを洩らしたのも束の間、ついで怒りが込み上げてくる。スケルトン如きにびびってしまったことがなによりも腹立たしい。

まるで鬱憤を晴らすように怒りを原動力に男は敵の懐に飛び込む。

まだスケルトンは武器を振り下ろしたままであり、それは男にとっての必中の間合いである。


 「一撃で粉々にしてやる……もう一度死ね!!」


 力任せの抉りこむようなボディブロウ。

人がこの攻撃をまともにくらえば内臓もろとも一撃で破壊されることは間違いない。

血塗れの(かいな)の二つ名を持つ男は現実に幾人もの命を奪ってきた。

このスケルトンであるならば言葉通り、原型さえ留めず粉々に吹き飛ぶだろう。

まさしくそれは純然たる暴威だった。


 「何!?」


 攻撃した瞬間というものは隙というものが必ずうまれる。その隙をついた男の攻撃は当たるはずだった。

しかし結果としてスケルトンの体に触れることさえなかった。

 スケルトンは生物では絶対に不可能な動きをして寸前の所で回避したのだ。

身を螺子のように回しながら男の腕を掻い潜る。

血肉ある生き物ならば体が捻じ切られてもおかしくはない。

肉も神経さえも通っていないアンデットならではの回避方法だった。


 「ぐぅっ!」


 スケルトンは避けるだけには終わらず、男の後ろ側へと行った瞬間に背中を斧で斬りつけた。

入りこそ浅く、致命傷には到底届かなかったが男の背中からじくじくと血が滲み始めた。

 男はよろめき、痛みに僅かに顔を顰めながら振り向く。

スケルトンはすでに間合いから離れ、暗闇の中でうっすらとその白い体を覗かせていた。

なくなっていた手もいつの間にか元に戻り、小刻みに体を震わせながら男のことを見ていた。

 動揺をひた隠ししながら男は思う。こいつはただのスケルトンじゃない、と。

スケルトンの魔物としての格はそれほど高くはない。

アンデットの中では下級であり、駆け出しの冒険者でも十分に勝てる相手だ。

男にとっては雑魚でしかない存在だった。無傷で打ち勝てるのが当然という程の。


 「…………」


 すーっと意識を切り替える。今だけは動揺も怒りもなくして。

冷静に対処しなければならない相手だった。

腐っても高レベルの冒険者だった男は戦闘に関してだけは誠実に向き合っていた。

命のやり取りをするのに余計な感情を抱いては邪魔にしかならない。

それを本能的に男はわかっていたのだ。

 対峙する両者の間は遠くなく、かといって近くもない微妙な距離感。

どちらか先に動けば瞬く間に互いの間合いに入るのは歴然としていた。

この勝負、明暗を分けるのは今まさにこの時といっても過言ではない。

 空気が緊張を孕んでいるようにひり付いている。男にとっては慣れ親しんだ感覚。

このまま焦れてしまって先に動くのか、それとも不動のままに迎え撃つのか。

その答えを出すのは男と魔物ではなく、不気味に路地に響き渡る笑い声だった。


 「ひひひ……お待たせしてしまったようですねぇ?」


 そのひび割れたかのような気持ちの悪い声を聞いた瞬間、男は思い出した。

何故、自分がこんな所にまで逃げていたのかを。

怖気が走って肌が粟立つ。それは恐怖によるものだった。

 男は自分の感というものを信じている。これまで自分が生きてこられたのはその感があったからこそだ、と。

声の主の姿を初めて見た瞬間に男は悟った。こいつはやばい。絶対に関わってはならないと。

 ぬぅっと闇の中から誰かが現れる。

それは黒よりも黒いローブを身に纏い、全身を闇に溶かしたかのような人物だった。

大柄な男よりは幾分か小さめの体躯。全容こそローブに隠されてわからないものの、顔だけはぽっかりと闇の中に浮かんでいた。

仮面。いや、それはこの世界とは別の世界で能面と呼ばれる物。

女性を象った白い能面。薄く笑みを浮かべたままで固定されたその面は薄気味悪いの一言だろう。

仮面の奥から漏れ出る男の笑い声は拍車をかけてその気持ち悪さを加速させていた。


 「お、お前はっ!!ちっ、くそぉ!!」


 男は脱兎の如く逃げ出した。なりふりなんて構っていられない。

戦闘中に敵に背中を見せることなどあってはならないことだったが、何よりも逃げ出さないといけない原因がそこにいる。


 「おやぁ?私がようやく追いついたというのに……」


 やたらとゆっくりと喋る声が男の耳にも届いたが、すでに走り出している最中だった。

能面の男から逃げ出すにはあのスケルトンの横を掻い潜っていかなければならない。

普通のスケルトンとは明らかに違う奴の横を抜けるのは、かなりの危険を伴うが能面の男の方へと行くよりマシだった。

覚悟を決めて男を駆け出した。

 そんな決死の覚悟を決めた男を前にしてスケルトンは微動だにもしない。

一歩また一歩と距離を詰めるが、動く様子はなかった。

罠か?どちらにせよ押し通るしかない。

そして男が真横にまで駆け、通り過ぎたとしてもそのスケルトンは動くことはなかった。

嫌な予感が男の頭に過ぎる。しかし、もはや突っ切るしかない。

目の前すらろくに見えない闇の中を、男はがむしゃらに走るのだった。


 「逃げ出すなんて、つれないですねぇ?」


 遠くから聞こえる僅かなその声が、愉悦に富んだその声が聞こえるまでが、男に出来る最後の足掻きだった。

どんっ。

男は最高速を保ったままで何かにぶつかった。

壁ではない。目がろくに利かない暗闇の中でも、男ならば感覚で何処に何があるのかはわかっていた。

それに壁にぶつかったとしたなら固い感触であるはずだ。ぶつかった感触はなんだか柔らかかった。

 よろめきながら手を振ってバランスを取ろうとした所にぶにゅっとした感触の何かを掴む。

何だ、一体どうなっている。

さっきまでここには何もなかったはずなのに。

男は目を凝らした。何かを掴んだままでそれがなんなのかを確かめようとした。


 「……え」


 目だ。そこには目があった。たくさんの目がぎょろぎょろと忙しなく動いていた。

あまりのことに男は動揺する。手を離すと何か汁のようなものが手から垂れていた。

動転した男は後ずさろうとするものの、すぐに行き止まりに突き当たる。

 ぶにょっとした感覚が背中に伝わり、おそるおそる振り返ればそこにあるのは血走った目、目、目……。

気付けば男は周囲を目たちに囲まれていた。それは地面すら関係なく、全方位をぎょろりとした目が取り囲んでいた。

かすれた笛のような音が聞こえる。それは男の出す悲鳴にもならない声だった。

だが、目たちはその悲鳴を聞き届けてしまったのだろう。

一斉に百をも越す目が男を見詰めだした。


 「はっ、はっ、はっ……た、助けて……誰か、助けてくれ」


 犬のような荒い息をつきながら、か細い声で男は助けを求めた。

これ以上、目たちを刺激しないように細心の注意を払いながら救いを求める。

男はあがき続けるように出口を探すが、そこにもはや出口などない。

 それは悪魔の(デモンズウォール)と呼ばれる召喚術だった。

地獄に存在するという亡者たちの成れの果て。それがこの召喚術の正体である。

術の対象である相手を悪魔の壁で取り囲み拘束する。

男は恐慌に駆られて壁を殴ることさえしなかったが、例えしたとしても無駄に終わったことだろう。

いたずらに亡者たちを刺激するだけである。

そして抵抗しなかったとしても、亡者たちが男に救いを与えることはない。




 「んんー。素晴らしい悲鳴ですねぇ。ひひひ……」


 先ほどの路地にて、能面の男はスケルトンと共に哀れな男の断末魔に耳を傾けていた。

絶え間なく聞こえてくるその声は苦痛に満ちていた。

悪魔の壁は対象を取り囲むだけに終わらず、こちら側へと引き込もうとするのだ。

亡者になる為の条件とは現世での苦痛や後悔、妬み、怒りなどである。

取り分け苦痛が引き起こす感情が大きな要因となっている。

すなわち、亡者たちは壁の中にいる者にありとあらゆる苦痛を与えてくる。

目だけではなく折れ曲がった手が生え、不揃いな歯が並ぶ口ができ、壁は除々に徐々に迫り来る。

仲間を増やす為。壁の一部になってもらう為にその命が絶えるまで苦痛を与え続ける。


 「………………」


 その悲鳴を耳にしているのは能面の男だけではなかった。

すぐ傍に虚ろな目をした少年が寄り添うように立っていたのだ。

能面の男と同じような黒いローブを身に纏った人物とは、父親に見捨てられてしまい行く当てもなく彷徨っていた少年。

クロイツ・シュトラウセ、その人だった。


 「素晴らしいでしょう、クロイツ。この力は例え高レベルの者だろうと飲み込んでしまえる。

  この特別製のスケルトンも召喚術の賜物ですよ?元は人間を素材にしたのですがねぇ……ひひひ」

 「…………」


 黙ったままこくりと頷くクロイツに生気はなかった。まるで人形のようだった。

しかし、能面の男が彼の頭の手を乗せ、撫でる瞬間だけは子犬のように目を細める。


 「貴方は疑似とはいえ精霊を従えた。それは才能であり、逸材だといえるでしょう。

  だから貴方は私の為に力を尽くしなさい。私の為だけにありなさい。

  そうするならば私は貴方を必要としましょう。私だけが貴方を必要とするでしょう」

 「…………はい」

 「いい子ですね、クロイツ。さぁ、貴方にはまだまだ学んでいただきたいことがたくさんあるのです。

  来たるべき日までその力を磨き続けましょう。なぁにその日はそう遠くない。

  貴方も彼を見返してやりたいでしょう?ひひひ……私が舞台を整えて、お手伝いしてあげますからねぇ」


 気持ち良さそうに目を細めるクロイツと響き渡る悲鳴。

その声は届いているはずなのに、クロイツは何も感じてはいなかった。

ただ頭を撫でられる感覚に、必要とされているという言葉だけに喜びを感じていた。



 その日、一人の悪党が消え、ある噂が流れ始める。

夜な夜な黒いローブを纏った死神がその鎌の餌食になる獲物を探している、と。

笑い話として鼻で笑う者が多い中、とある男だけはその噂の出元を追っていた。

クロイツが父に見放された時と同じくして、用済みとされ仕事を首になった男だった。


 「ぼっちゃん……何処にいかれたんですかい……」


 クロイツが失踪した日に黒いローブの男と一緒にいた所を目撃したという話を男は耳にしていたのだ。

シュトラウセ家からゴミのように捨てられて、クロイツからも道具のように扱われた男、オラフ。

彼はみすぼらしい格好になってまでもクロイツのことを探していた。

遠い日の恩義をまだ胸の中に感じていたから。

 来たるべき日。能面の男がそう嘯いた日まで彼らが出会うことはない。

あるいは、もっとこの二人が何処かの日に偶然にでも再会したのなら、結末はもっと違ったものになったのかもしれない。

グリエントの消失と呼ばれるその日まで、後もう少し……。

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