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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第九十七話 淡く咲いた心の花

 一日の内、幸せな時間は三回あるとあたしは思う。

朝と昼と夜。ここまで言ったらもうわかると思う。そう食事の時間だ。


 「んんーー!!」


 学校の昼下がり。あたしは天気もいいということで中庭での優雅な一時を過ごしていた。

授業で多大なエネルギーを消費したあたしにはまさしく至福の時間。

今日も今日とて、購買で購入したハムサンドにお疲れ様と労われるのだった。


 「マリーちゃんっていっつもおいしそうに食べるよね」

 「ほうかな?」


 そうかな、と自分では言ったつもりだったのに、口に含んだまま喋ったせいで変になってしまった。

その様子を見てキーラはくすくすと笑みを零していた。

この学校に来て初めて出来た友達であり、親友でもある彼女だけどさすがに気恥ずかしくなる。


 「そうそう。マリーってばこっちが欲しくなるぐらいおいしそうに食べるもん」

 「あ、あげないよ?」

 「わかってるって。マリーは食欲旺盛だから、むしろ私の昼ごはん守らないと」

 「この前は餌付けしまくってたら、いつのまにか私たちのご飯なくなってたしね」

 「食欲旺盛に餌付けって、ずばずば言いすぎじゃないかな!?」


 むきー、とポーズの上だけで憤慨してみせるとあたしの周りは笑いに包まれた。

中庭に備え付けられたベンチに座って、キーラとあたしと二人の友だちと食べる昼ごはん。

そこにはつい先日まであったわだかまりは一つもなくなっていた。

むしろ前よりもずっと仲良くなっているとあたしは思っていた。

 あたしはハムサンドを完食した後、新しい包みを開けながらふと思う。

不思議だなぁ、と。この前まではキーラ以外とは誰とも喋らず、距離を置かれていた。

それはとても寂しいことで、でも仕方がないともあたしは思っていた。

諦めていながら、自分からも友だちとの距離を取っていた。


 (でもそれは違うって言われて、あたしはようやく気付いた。それが今に繋がっているのがとても不思議)


 一人の少年の真剣な顔を思い出す。知らず、頬が俄かに熱を帯びてくる。

いつもは無愛想で冷たいくせに、肝心な所では優しさを見せてくる。ずるいと思う。

唐突に情熱的に迫ってきて、思わせぶりな言葉も言ってきたりする。あれで本人に自覚がないとかずるすぎる。

……それでいて、あたしの本当のことを知っても微塵も態度を変えなかった人。


 (あれ……?)


 考えているとなんだかどきどきしてきた。

思わず胸に手を当てれば鼓動はかなり速くなっている。病気かな、と心配しながら何か違う気がする。

普通に過ごしている時にはこんな風にならないのに、あたしおかしくなったのかな。

 食事の手さえ止めてしまったあたしに、友だちが話しかけてくる。

どうやらあたしの様子には気付いていないようだけど、その話す内容にあたしの鼓動は更に跳ね上がった。


 「そういえば、前々から気になってたんだけど、マリーとミコトくんってどういう関係なの?」

 「え……えぇ!?」


 なんでいきなりそんな話になるの!?

考え事をしていたせいで耳に入っていなかったのかもだけど、その話題は予想外だった。

驚くあたしに友だちの追及の手は止まらなかった。


 「だってクラスの中の女子のほとんどが気になってるよ」

 「クラスどころじゃなくて、他のクラスの子……言ってしまえば学校全体で気にしてるかもねー」

 「そんな大事に!?」


 規模の大きさにあたしは目を見張る。

この学校は人数だけで言えばかなりの人が在籍している。

さすがに気にしている人が学校の全員が全員、というわけでもないと思うし、思いたい。

けれど全体の半分と見積もっても……数百という人に注目されているようだった。


 「んで、実際の所どうなのよ。マリー。親密なご関係だったりするの?」

 「ありゃあズバっといくね。もっと外側から攻めていってもよかったんじゃない」

 「だって私の友だちがしつこいのよ。聞け聞けって。怖いんだからね?目が血走っちゃってさ。

  あれが恋する乙女のパワーなのかもしれないけど」

 「まぁわからないでもないよね。この前の壇上に立ったミコトくん、かっこよかったし。

  前のミコトくんは何処となく壁があったしね」

 「そうだね。今の自然体なミコトくんの方が私は好きかな」

 「お?もしかして、恋する乙女だったのはあんただったりするの?友だちの話とかは建前で、ただ自分が聞きたかったからとか?」

 「ち、違うわよ!ばかっ」


 ミコトが褒められることはいいことだと思う。

演技をしていないミコトは有り体に言ってしまえば人にあまり好かれる性質じゃないから。

それをよしとする本人の性格も相まって、人を寄せ付けていなかった。

演技をしていた時も当たり障りのない付き合い方で、必要以上は関わっていなかった。

 だから飾らないミコトに好意を寄せている、そんな友だちを見るのは喜ばしいことのはずだった。

あたしに聞くことなんて忘れているかのようにじゃれあっている二人。

そんな中、あたしはさっきから走る胸の痛みに困惑していた。


 「……マリーちゃん、大丈夫?なんだか顔色が悪いよ」


 心配そうにあたしの顔を覗きこむキーラにどうにか笑顔を返した。

うまく笑えていたかどうかはわからない。

除々に痛みは引いていっていたけれど、原因がわからなかった。

じっと手元に残っている昼ごはんを見詰めるけれど、答えは出てこない。


 (気のせい、かな)


 誰でも体調が悪い時はある。それがたまたまあたしの場合は今というだけ。そういうことなのかな。

あれこれ考えていてもしょうがない。そう思い、残りのご飯に手をつけた。

でも、いつもとは違ってその時のあたしには食べていて幸せという感覚が訪れなかった。




 もやもやとした昼休みが終わり、苦行の授業が始まってもあたしはなんだか上の空だった。

いつも必死にならないと授業についていけないのに、ぼんやりしていたからその日の午後はかなりひどいことになった。

特に実技の授業があの厳しいライラック先生だったからまずかった。


 「ほう、マリー。私が直々に教えているというのに真面目に取り組まないとはいい度胸だな」


 魔物もその場から逃げ出すような鋭い眼光に睨まれ、文字通りの雷が落ちる。

ライラック先生が放った雷の魔術は一瞬の内に詠唱され、正確無比なコントロールで放ったのであたしには当たらなかった。

でもあたしの真横ぎりぎりに落とされ、肌にびりびりとした雷の余韻が伝わるほどの近さ。

先生の迫力も相まって恐ろしさしかあたしの中には残らない。

 その後、こってりみっちりとライラック先生との個人授業が始まってしまった。

つ、つらかった。師匠のしごきと同じレベルの辛さだった。

あの経験がなかったらライラック先生から泣いて逃げ帰っていたかもしれない。

ありがとう。師匠。あたしに辛い修行をさせてくれて。

……ありがとう、なのかなぁ?


 「はぁー。終わったぁ……」


 ようやくライラック先生から解放されたのは放課後だった。

その日の授業が実技で最後ということもあり、あたしだけその場に居残りさせられていたのだ。


 「クライブ先生の裏切り者……可愛い生徒を救って欲しかったのに、ライラック先生にでれでれしてさ」


 あたしの居残りを連絡する時のクライブ先生を思い出して唇を尖らせる。

うちの生徒をよろしくお願いします!とか即決の満面の笑みで言うんだよ。

その特訓を受けるあたしの身にもなってほしいよ。

特に体を動かすことはないんだけど、詠唱するのにも集中力がいるし、体内の魔力のコントロールにも神経を使う。

見た目以上に魔術を使うことには体力を使うのだ。


 「……はぁ」


 さっきとは別の意味の重たいため息をつく。

ずっとかかりっきりになって魔術を教えてくれたライラック先生には悪いけど、うまくいかなかったから。

さすがに二人っきりになればいやでも集中して、ぼんやりしている暇なんてなかったのだけど。

結局今日も攻撃系の魔術を使えることはなかった。

 緑のクラスでも攻撃系の魔術を使えないのはあたしだけみたいだ。

それを気にしてか、ライラック先生は厳しいけれど真摯にあたしに向き合って教えてくれた。

それでも攻撃系の魔術を使えないあたしが申し訳ない顔をすれば、気にするなと、ふっと穏やかに笑ってくれた。

思わずあたしはその顔に見惚れてしまう。ライラック先生のそんな顔を見るのは初めてだったから。

 前々からライラック先生は気にかけていてくれたみたいだ。

本のようなものを片手に色々と指導をしてくれていたから。前々から調べていてくれたのだろう。

 だからあたしはライラック先生のことを怖い先生だと思っているけれど、同時に尊敬もしていた。

強い女性の象徴みたいな人だから。あたしはああいう風になれたらいいな、と常日頃思っている。

後は……もうちょっと教え方を優しくしてくれたらなぁ。

注意される時に雷だけとはいわず、炎の柱も取り囲むように展開されてすっごく怖かったよ!


 「さすがに誰もいないよね」


 教室のドアをくぐっても居残っている生徒は誰もいなかった。

友だちやキーラはあたしのことを待っていると言ってくれたけど、いつになるかわからなかったからあたしから断った。

勝手なもので、誰もいない教室を見てそれでも寂しさはあたしは感じていた。

 帰りの支度を済ませてから廊下に出て昇降口を目指す。

歩きながら、この後のことをあたしは考えていた。

ずっと集中して魔術を使っていたせいで少々体が汗臭い。

あたしが泊まっている所では水浴びがせいぜいなので、今日は奮発して近くのお風呂屋さんにいってみるのもいいかもしれない。

 そう考えると沈んでいた気持ちも上がってきた。

さっぱりした後はおいしい食事も待っている。これは急いで帰らねば!

気分があがってくれば体もそれについてくる。疲労感はあったけれど、今は走りたい気分になっていた。

小走りに廊下を走っていく。幸い注意する先生もいない。汗もかいてしまったのだからもう気にならない。

なんだか開放感さえ覚えながら昇降口に辿り着く。そこに一つの人影があった。


 「え、ミコト!?」


 思わぬ人物だった。最近はクラスメイトとの仲も良好なようで、前以上に遊びに誘われているミコト。

一人で帰っているのも珍しいぐらいになっていたのに、どうしてここにいるのだろう。


 「よう、お疲れさん」


 そう言いながらミコトはこっちに歩いてきた。手に何かを持ちながら。

近くに寄ってからそれをあたしに差し出され、思わず受け取ってしまった。

これは、飲み物?

使い捨てのコップの中身は茶色の液体。嗅いで見ると芳しい匂いが鼻の中を通り過ぎていった。

落ち着く匂い。体中の強張っていた部分が揉み解されていくかのようだった。


 「これは?」

 「購買で買ってきた。名前は知らんが、よく女子生徒が飲んでいるから人気なんだろ」


 ミコトの適当な言い方に自然と笑ってしまう。

そんな言い方をしないでもいいのに、と思う反面ミコトらしいなとも思っていた。

 その時、ふと気付く。ミコトはここであたしを待っていたのだと。

この飲み物をあたしに渡す為に待っていてくれていたのだと。

そう思うと、何故だかかーっと顔が熱くなってきた。


 「? おい、なんか顔が赤くなってないか」

 「ち、近寄らないで!……あ、違う、そうじゃなくて、ええと、その」


 あたしの傍に寄ってきそうなミコトに大声で止める。

だってあたしはまだお風呂に入っていない。近寄られれば汗臭いのがばれてしまうかもしれない。

あ、あれ。変だな。今までそんなこと気にしたこともなかったのに。

師匠の所で修行していた時なんか、今よりももっとひどかったはずなのに。

 ミコトはちょっとだけ眉を潜めながら、近寄るのを止めてくれた。

付かず離れずの距離。今のあたしにとってはありがたいけれど、少し物足りないような気もする。

本当にあたしはどうしちゃったのだろうか……。


 『マリー!私たちと一緒に帰るのですよー!』


 助け舟を出してくれたのは精霊さんだった。

声だけしか聞こえないけれどとても可愛らしい声で元気にそう言ってくれた。


 「こいつがどうしてもお前を待つって聞かなくてな」

 『ミコト、嘘は良くないのです。ミコトも同じ気持ちでいてくれたのですよー。それを用意したのもミコトなのです』

 「……それは黙っていろと言っただろうが、このお気楽妖精」


 妖精さんがそう言うのだから間違っていないのだろう。

ミコトと妖精さんはとても深く繋がっていて嘘がつけないみたいだから。

納得はしたけれど、一緒に帰るとなると問題がある。

困った顔で立ち尽くしていたあたしに、ふっと囁く声が耳元から聞こえた。


 『マリー。その飲み物を飲むのですよ。魔法をかけたのです』


 妖精さん……?楽しそうな妖精さんの声にあたしは戸惑う。

何をマリーに話していたんだ、と問い詰めようとしてるミコトの声を外側に、あたしはとりあえず飲み物を飲むことにした。


 「……!!」


 その飲み物は喉越しがとても爽やかで、まるで自分が今、草原でもいるような感覚になっていた。

あたしは購買でたまにこの飲み物を買うけれど、こんな味はしたことがない。

妖精さんが言うように、まるで魔法をかけられたみたいだ。


 「……あれ?」


 気付けばあれほど気になっていた汗臭さがなくなっている。どういうことだろうか。

疲れを感じていた体もどことなく軽い。

攻撃魔術は使えなくとも回復魔術には精通しているあたしだから、こんな回復魔術があるとは聞いたことがなかった。

これが本当の魔法、なのかな?


 「あー、こほん。それでマリー。ついでだから一緒に帰るか」

 『ついでってもう。ミコトはほんとにもう!』


 ぷりぷりと怒る妖精さんに憮然とした顔でそれが悪いか、と居直るミコト。

そんな二人を見ていると元気が出てくるような気がした。


 「二人共、ありがとう……。ね、ついででもいいから一緒に帰ろ?」

 『うぅ……マリーは健気なのですね。それに比べてミコトときたら』

 「っせぇ。もういいから、行くぞ」


 照れ隠しなのか、すぐさま踵を返して校舎を出ようとするミコトをあたしは追いかける。

隣に立って横目で見て見ると、不貞腐れているような顔が待ち受けていた。

それがとてもおかしくて、なんだかとても嬉しくて。

その帰り道はあたしにとってとても幸せな帰り道になったのだった。

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