第十四話 被害者は庭師のみ
回復魔術の優しくも暖かい光がミライの両手から仄かに漂う。
その両手を細かい切り傷が刻まれた俺の両足にかざすと、見る見る内に傷跡が消えていった。
回復魔術か……すごいもんだ。等級で言うなら中級らしいが、こんな小さな傷に使わなくてもいいのにな。
俺の全身は草の上を転がったせいで薄汚れて切り傷はたくさんあるが、大事に到るものは一つもない。
頭を強く打ったというわけでもないので、そんな顔をしないで欲しい。
「今日のことでわかったと思うけど、魔術は危険だから使うのは十分に気をつけてね」
声色を強めて俺を嗜めるミライだったがその表情は心配の色が強く、言葉より何よりその顔の方が俺には効いた。
治療の為、椅子に座った俺の足元から見上げてくるそんな顔を直視するのも居た堪れなくて、未だ続くミライの治療を尻目に窓から見えるめちゃくちゃになった庭を眺めた。
外にはプリムラと庭師と思われる数名がいて、プリムラの指示の元慌しく庭の修繕が行われていた。
自分があんな惨状を作り出してしまったのだと思うと、尚更申し訳ない気持ちが湧いてくる。
だと言うのに俺は屋敷の中で手厚い看護を受けて、手伝うこともできない。
俺は庭師という専門職でもないから直接仕事を出来るわけではないが、それでも雑用ぐらいは出来ただろう。
だが、手伝おうとしてもミライが許さなかったし、プリムラもそれを受けてくれることはなかった。
「ふぅ……。でも、ミコトが無事でよかった」
一通り言いたいことは言ったのか一息つき、治療の最後である両足の治癒も同じく終わったようで見下ろした彼女の表情はようやく明るさを取り戻した。
神妙な心持ちでいた俺はうん、としか頷けなかった。
「でも、何であんなに魔術がすごくなったんだろう?指輪はしてるし、あの威力だったら私の全力の……」
すっと立ち上がるとミライは腕を組みながら首を傾げ、ぶつぶつと小さな独り言を繰り返し悩み始めた。
確かにあの魔術の威力はどう見てもおかしい。
実演してもらったミライの魔術は、全力ではないだろうがあの威力。
以前、アナライズで見せてもらったミライのINTは俺より一ランク上のAだった。
あの時は一流魔術師クラスと言われるBの更に上のランクとか、実はミライってすげぇのか?と驚愕していたのだが。
それを凌駕する魔術を俺が使えるのはおかしいだろう。ましてや指輪で魔力を制御している状態で、だ。
俺は何か原因がないか調べる為にアナライズを自分にかけることにした。
すると……
名前 … ミコト
性別 … 男
種族 … ハーフエルフ
状態 … 健康
L V … 1
H P … 17 / 17
M P … 2309 / 2359
STR … F-
VIT … F
AGI … E+
INT … D+
DEX … E
S L … 高速思考Δ
トゥルースサイト
フィーリングブースト
何かスキルが増えてる!?
INTが二段階下がっているのは指輪の効力だろうが、フィーリングブーストってスキルは知らないぞ。
十中八九、このスキルのせいで馬鹿げた威力が出たのだと思うが……あー!マジでヘルプねぇのかよ!
説明書がないゲームをしている感覚がしてもどかしい。
ゲームならばいい。架空の世界だから失敗しても取り返しはつく。
手探りだろうとせいぜい時間がかかるだけで、誰にも迷惑はかからないだろう。
だが現実に得体の知れない力を唐突に手に入れてしまったらどうだろうか。
スキル、というゲームでは当たり前で特に気にもしなかった言葉が、こうして現実となると途端に重苦しい言葉へと変化する。
そんなヒーローにありがちな苦悩を抱えていると、
「スキルの説明が知りたい?出来るよ?」
と、あっさりとミライはそんな俺の苦悩を吹き飛ばした。
……さっきも魔術使う時に言われたけど、俺って考えすぎなのか。
こんな軽く解決されたらアホくさいです……。
誰が悪いわけでもないが、変な所でへこんでしまう俺だった。
スキルの詳細を知ることが出来る魔術はアナライズであってアナライズではない。
まぁ、んな難しそうに言わなくてもいいんだが、要はアナライズの詠唱を少し変化させるだけでいいらしい。
どうしてアナライズが二種類もあるかと言うと、最初のアナライズではMPを消費しないが、スキル説明あり版だと僅かだが消費するらしい。
MPが少ない人にとって例えアナライズの僅かな消費だろうと節約したい。
そのような思想の元、開発された魔術がスキル説明なし版だと言う。はぁ、魔術ってのも色々種類や時代背景があんだな。
早速俺はそのアナライズ改とでも言うべき魔術を唱えることにした。
「心技体の理を白日の下に示せ、アナライズ」
するといつものステータス画面にちょっとした変化があった。
スキル欄の文字が淡く光って点滅しているのだ。
さて、どうするかなと思ってとりあえず意識してその文字列を見やるが特に変化はない。
ならばと思い、右手で高速思考Δの文字を触ると、高速思考とトゥルースサイトの間に空白が出来てそこに文字が並びたてられていく。
(なになに?)
高速思考Δ
アクティブ。ランクアップ可能な天恵スキル。
高速で物事を考えられることが出来る。
……それだけかよっ。
まんまじゃねーか!なんかもっと他に特殊能力があるのか期待してたのに!
アクティブってのは自分から使おうと思わなきゃ使えないってことかね。
しかしランクアップというのは何だ?まだ上の能力に成長する余地があるってことか。
それとも今ランクアップ出来んのか?
やり方がわからないから適当に連打してみたら、高速で説明文が出たり入ったりするだけで特に変化はなかった。
まぁそれは置いておくか。
次にトゥルースサイトを押してみた。
トゥルースサイト
パッシブ。真実を見通す瞳。
その眼は常人には視認できない現象を捉える事が出来る。
うーん、まぁ何というかこれもそのまんまだな。
精霊が見えたのもこれのおかげだろう。
説明文的に精霊以外にも何か見ることが出来そうだが、ちょっと楽しみだな。
パッシブってのは常時発動するスキルってことだろう。
自分の意思でオンオフ出来ないのは困ったことになりそうな予感がヒシヒシとするが、どうにもならんな。
その時になったら対処を考えるしかない。
さて、最後に問題のスキルを見てみるか。
フィーリングブースト
パッシブ。
魔力を使う魔法・魔術の効果がその時の感情により増減する。
また消費MPもそれに伴い変化。
これまたピーキーなスキルだなおい。パッシブって所も性質が悪い。
消費MPに関しては潤沢にあるMPのおかげで気にすることはないだろうが、効果の変動がなぁ……面白いことは面白いが。
まぁクールな俺からしたら楽に制御できるスキルだな。
高威力の攻撃魔術使いたい時はアツくなればいいのかね。
雄たけび上げながら詠唱している俺を想像して、すごく恥ずかしくなったんだが。
そんな自分のスキルを確認していると、軽いノック音が聞こえてきた。
ミライがその音に返事すると、入り口の扉が開きプリムラが中に入ってきた。
罰の悪い顔をする俺にプリムラはあくまで優雅に、でもどこか急ぎ足で俺の近くへと歩いてくる。
そして俺の隣にあった椅子を引き寄せてから、体が触れあうほどの近い位置に椅子を置き、ようやく腰を下ろした。
って、マジで近い近い。
「よかったですわ。もう起き上がっても平気なのね。顔色も悪くないようだし安心しました」
プリムラはそう言って胸を撫で下ろす。
ミライと同じく心配の色が濃いその表情を見て、嬉しい反面申し訳ない気持ちが強い。
それにプリムラはこの家の娘だ。庭をあんな風にされて嫌な思いをしていないはずがない。
「プリムラ、ごめん」
「え?」
「庭……めちゃくちゃにしちゃって」
「うーん……別に庭師が忙しくなるだけですし、私はそんなに気にしていませんのに」
本当に気にしていないとでも言うように自分の頬に手を当て苦笑するプリムラ。
頼む、庭師にもっと気遣ってやれ。
「プリムラはそうでも、その、家の人とかは……」
「両親ですか?そんなの気にするような人たちではありませんわ」
ころころと笑うプリムラはとても嘘をついているようには見えない。
プリムラの両親はどんだけ豪気なんだか、はたまた無頓着なんだか。
しかし、本人たちが気にしないと言っていても、このままなぁなぁで済ますのも気持ちが悪い。
「だけど僕は……」
「うーん……そうですわね。……!!
じゃあ、今度ミコトが住んでいるところに行きたいですわ!」
名案を思いついたとでも言うように、プリムラはぽんっと左の手の平を右手の握り拳で軽く叩いた。
っておいおい。どういうことだ。それが謝罪の代わりにでもなるってのか。
もっと別の形と言うかだな、いやまぁ俺もどんなことすればいいのかよくわかんねぇけど。
困惑する俺と自分の両手を胸の前に合わせて楽しそうに笑うプリムラ。
もう一人のミライはというと……。
「プリムラちゃん一人だけだと危ないから、ミコトが送り迎えしなくちゃね」
「エスコートお願いしますわ!」
プリムラのアイデアの援護射撃をしていた!
あたふたする俺を尻目に、二人は計画の内容を詰めるのか俺から離れていってしまう。
ついて行くこともできず、その光景を見送るしかない俺を誰が責められるだろうか。
なんですかねこの外堀を埋められている感覚は。初めてですよ、ここまで何もできない状況は……。
もはや事態はこの手を離れていってしまったことを感じ、俺は何気なく外を見た。
庭師が、とっても頑張っていた。
庭師すまん庭師。
「思考進化の連携術士 EE」にてある親子との出会いのお話があります。
本筋とは関係ないので見なくても大丈夫ですが、ご興味がある方はご覧ください。
ここまでお読みいただきありがとうございました。