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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第八十七話 一人なんかじゃない

 俺は粗雑な剣しか使えない。力の限り剣を振り、それをぶつけることしか出来ない。

剣と剣とを結び、競り合うことだって技術がいるのだ。

それは一朝一夕では真似のできないもの。魔術のようにうまくはいかない。

痛いほどにこの戦いでそれを理解していた俺は、走り出せば後はもう止まれなかった。


 「っらぁ!!」


 無骨な一太刀をプリムラに浴びせる。

ただ加速をつけて速くしただけの一撃は、炎の騎士盾によって容易く受け流された。

直線的であり、くるとわかってる俺の攻撃。しかしそれでも常人ならば俺の姿は消えたようにも見えるはず。

プリムラの動体視力もさることながら、盾を神速の一撃に絶妙にあわせ受け流すことなど、もはや離れ業といっても過言ではないだろう。

 まだだ、これで終わりじゃない。

ちりっ、と炎の余熱を頭の後ろに感じながら俺は一点集中型のブースト……Cブーストを両足にかける。

地すべりしながらも強引に流されようとする体を止め、半端なく負担がかかる足を更に酷使させて体ごと反転させる。

そこにはプリムラのがら空きとなっている背中があった。

歯を食いしばりながら伝わってくる衝撃を耐えて、四枚羽から風の出力を得る。

強烈な風圧を背中から受けたかのような推進力。

それに加えCブーストを使い地面を蹴り出せば、次の瞬間にはその場から俺の姿は消えている。

 全くの無防備であったプリムラは、そう見えていても油断などしていなかったと直後に知る。

この戦いが始まってからいつものように俺が盾の防御を突破できず、攻撃を受け流されていたにも関わらず。

その後はお決まりのように反撃されて、俺は傷を増やしていっていた。

俺はそれを全く同じように再現した。そうすればカウンターの更なるカウンターを簡単に狙える。


 「そこですわ!」


 後ろに目がついているかのように、俺が再度飛び出したタイミングに合わせてプリムラは振り向き様に魔剣を振るう。

もし俺が今までのようになっていたら、プリムラが今したことは無駄以外の何物でもない。そこに俺はいないのだから。

この場面だからこそ、このタイミングだからこそ生きる一撃だった。

 俺の体の傍をすれすれに刃が通り過ぎていく。服の生地の一部がもっていかれ宙に舞った。

プリムラがこの程度で簡単にやられるはずがないとわかっていたから、俺は直接切りかかろうとはしなかった。

好機と見て攻撃していたら間違いなくやられていただろう。

 一瞬の攻防はそれだけでは終わらせない。

プリムラの攻撃を避けながら体を捻って魔術を放つ。こんな体勢で撃てるものなんて高が知れている。

左手をかかげて無詠唱の風の魔術が放たれた。当たれば痛い。その程度の子供だましの魔術。

 しかし、警戒心からだろうプリムラは律儀にそれを盾で防いだ。

彼女の得意とするものは守りにある。避けるよりは確実に防げる防御へと偏っている。

それが今となっては仇になっているとは知らず。


 「つぅぅ!!」


 プリムラの顔が苦悶の色に染まる。

魔術を放った直後に俺が再び攻勢に出たからだ。俺が放った二度目の斬撃はより重く、より強くなっていた。

無詠唱による魔術はシルフィードのもの。であれば、次に放った一撃にはコンボの能力が適用される。

またも騎士盾に阻まれようとも、手に残る感触は先ほどとは別物。

自分の限界以上の力が出ていると感じ、頭の中で反動も計算にいれた力加減を組み立てていく。

どこまでそれが通用するのか、どこまでこれが続いていくのか。

自らを風のように躍らせて俺は三度駆けだした。


 『自分の中にある魔力を……その血潮を感じるのですよ、ミコト』

 (…………)


 無言でシルフィードに返事をする。心の中で話す余裕すらなかったから。

目まぐるしいほどに魔力が体の中を流れていく。

脚部にCブーストをかけてはプリムラに接近し、すれ違い様の一撃を加える時には右手にブーストを集中させていた。

他の箇所の強化がおろそかになる諸刃の刃、Cブースト。一度でも、コンマ一秒でも制御を間違えれば自滅に陥ることだろう。

高速思考の世界でその全てを掌握する。

プリムラの行動を、彼女がとる一挙手一投足を見定め。

己の力を、流れゆく魔力の血脈をこの身に感じる。


 「ぁぁぁああああ!!」


 獣のような雄たけび声をあげ、風の剣を何度でも振るった。

その度にプリムラの盾が、もしくは魔剣が硬質な音を立てて阻んでいく。

防がれる、防がれる、弾き返される。プリムラの死角をついた高速の斬撃は留まることを知らない。


 「くっ、ぅぅうう!!」


 防戦一方になっているプリムラはそのことごとくに反応していた。

ここまでとなると、もはやそれは一種の能力である。スキルかあるいは別の能力か。

どちらにしても俺が出来るのは愚直にこれを繰り返すことだけだった。


 (くるしい……痛い)


 動き続ける俺の体力は秒毎に減っていく。時折、コンボの計算外の反動もあって肉体も傷ついていた。

圧倒的な優勢に見えるかもしれないが、それは上辺だけだった。

確かにプリムラも俺と同じぐらいには疲弊しているだろうが、運動量の差による疲労の蓄積は雲泥だ。

もしも俺が動きを止めれば倒れ込むのは間違いない。

その時、プリムラはぼろぼろになりながらも立っていることだろう。


 『魔力の消耗が激しいのです!このままでは先に倒れてしまうのですよっ!』


 戦闘以外の思考を極力そぎ落として、痛みも苦しみも忘却の彼方へと無理やり押し込んだ時。

俺の中に残っているのは俺を励ますように叱咤するシルフィードの声だった。

 だがその時の俺はすでにシルフィードの声は声として受け止めきれず、ただの音としか認識できなかった。

何かを喋っている。でもその内容がどんなものかわからない。

ただ動かなくては、もっと動けるようにならなくては。その一心だけで俺は左手をかざしては風の剣を振るっていた。


 「いい加減に、はぁはぁ、してくださいませんかっ!……っあ!?」


 何度目かもわからない剣戟を切り結ぶと、決定的な場面が訪れた。

ブリムラが根負けしたのだ。

一方的に守ることしか出来ずに攻められるのは、相当にストレスが溜まることだったのだろう。

プリムラは盾で守るべき所を魔剣で俺の攻撃を弾き返そうとした。

 そのまま返す手で反撃の一つでも入れるつもりだったのかもしれない。

だが、散々コンボを積み重ねてきた俺の一撃は飛躍的に威力があがっていた。

実際、その時の俺はほとんど力を入れていなかったにも関わらず、容易くプリムラの魔剣を跳ね除けた。

その勢いや腕を持っていかれるほどのものだっただろうに。

プリムラは騎士の矜持とでも言うべきか、魔剣をけして手放すことはなかった。


 「ぁ……ぁぁ……」


 喋ることもろくに出来なくなっていたとしても、俺の思考はその時こそが最大のチャンスだと感じ取っていた。

今しかプリムラを倒すことが出来ない。

千載一遇の機会に、しかし、最後に体が俺を裏切った。

 ……腕が、上がらない。

コンボの反動の蓄積と疲労、質量がないとはいえ魔剣と切り結べば衝撃を全ては受け流せない。

無意識的に剣を振り続け一切のそれらを無視してきたが、ついにこの時になって限界がきてしまった。

あるいは絶好の機会だからこそ、気が緩んでしまったのか。


 『――――!!』


 呆然としている俺の顔に影が差した。

妙に時の流れが遅くなったと感じながら見上げれば、視界に移りこんできたのはプリムラの魔剣だった。

炎の魔剣。赤き刀身が横で構えるプリムラの顔を照らしていた。

その時の彼女の顔は何とも言えない表情で、唇は何かを言いたそうに震えていた。

しかし、それは最後まで語られることなく、魔剣は振り下ろされた。

 ゆっくりと落ちてくる剣の切っ先を見詰める。

それは寸分違わずに俺の体を切り裂こうとしていた。

そのままでいれば大怪我をすることなんて当たり前で、でも俺の頭はそんなことは考えていなかった。

どこかでこんな光景を見たな、とそんなことをぼんやりと思っていたのだった。


 『――ト!!』


 体はもう動かなかった。止まってしまえば動かなくなることは知っていた。

俺の体に流れていた膨大な魔力は見る影もなく、今となってはほんの少ししかなくてそんなものではこの窮地を脱しきれない。

せいぜいが下級の魔術を唱えられる程度か。

 右手に握っていた風の剣もそろそろ維持が出来なくなっていた。

おぼろげになって消えかけている剣と、魔力がほとんどなくなって動くこともろくに出来ない男。

そんなもので何が出来るというのだろうか。

どうしようもない。何も出来ない。こうなってしまったら俺にはどうすることも……。

あの時のように無力なままの俺で……。


 (……主よ、それは違うだろう?あの時も、そう今だって。主は一人なんかじゃない)


 その声にはっ、とさせられる。暗闇に囚われていた意識が急激に光を取り戻したかのようにはっきりとした。

そうしてようやく俺は自分の中から聞こえる、切ないまでの叫び声に耳を傾けることが出来た。


 『ミコト!!』


 反射的に俺はなけなしの魔力を左手に流し込んだ。励起する魔力。それはあまりにか細いものだった。

状況を打破する一撃には到底なりえない。しかし次へ繋がる一撃にはなりうる。

そうして放たれたものは無詠唱の風の魔術。ウィンド。

風の大精霊たるシルフィードにとって造作もなく、どんな時だろうと正確に操れる魔術。

ウィンドは振り下ろされている魔剣に向かってその矛先を向けた。

当然、そんなものでは魔剣の勢いをとめることなんて不可能だ。


 「ッっはぁぁあああああああああああ!!」


 気力を振り絞って俺は最後の一撃を放つ。右手に握り締めた風の剣を絶対に離すまいと、渾身の力を込めながら。

狙うはウィンドが当たった魔剣の刀身。

コンボの能力を最大限に活かす為の逆転の一手。

 このスキルは事前に別の者が攻撃を当てた相手に対して発動する。

威力は軒並み向上し、元の威力が大きければ大きいほど効果も増すようだ。

そしてもう一つの特徴は事前に当てた場所に近ければ近いほど、更に威力が増していく。

つまり針の穴を通すように同じ場所に攻撃を当てれば、最大限の威力を発揮するということ。


 「なっ!?」


 プリムラの驚く声とパキン、とガラスの板でも踏んだかのような音が同時に響いた。

振りぬいた俺の右手にはもう風の剣は跡形もなくなっている。

どうやらもう維持することさえ出来ないようだった。

 上空からと何かが回転しながら落ちてきていた。

風切り音が耳に届いて見上げるより前にそれは地上へと落ちていった。

そして何度か空しいとも思えるからんからん、と硬質な音を立てて動きを止める。

 それはプリムラの魔剣だったもの。燃えるような刀身は鳴りを潜め、本来の色を取り戻していた。

刀身の半ばから断たれたその切り口は実に鮮やかだった。

とても俺がやったとは思えないほどに。

 観衆さえも静まり、沈黙が訪れたフィールドにもう一つからん、と音が鳴り響いた。

それと共にプリムラが床に膝をつく。信じられないものでも見たかのように断たれた刀身を見詰めていた。

彼女の隣には魔剣の柄と残りの半身が物悲しそうに横たわっていた。

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