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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第七十九話 烈火

 魔術師のもっとも得意な距離は中距離である。魔術を最大限に活用でき、なおかつ相手に当て易い。

遠くから攻撃する手段がない相手ならばそれだけでも封殺は可能となる。

 対魔術師の初動の基本も中距離から始まる。腕の優劣を計るにはまさにうってつけでもあるから。

格付けが終われば腕が上の者はそのまま火力で押し切ろうとするし、下の者は奇策なりあえての一時撤退などを強いられる。

高度な駆け引きによる頭脳戦が始まっていくというわけだ。


 「なのに力技!」


 文句を垂れ流しながらウィンドを前方に放った。

下級魔術であり制限された俺のステータスではそこまでの威力は出ない。

 だがフィーリングブーストによってウィンドは強化され、下級魔術にあるまじき魔術へと変貌した。

下級故に詠唱は短く、それなのに高威力という一種の反則技。

下級魔術と相手が侮れば手痛いダメージを負うのは間違いない。

相手が対抗して下級魔術で相殺しようとしても無駄だ。一方的に打ち消していくことだろう。

 つまりは避ける以外の選択肢はない。

そのはずがプリムラは真っ向から見えない風の刃に向かい、そして銀の煌きを宙に瞬かせてかき消した。

俺は舌打ちをして次なる魔術を装填する。

これで二度目だ。まぐれ、というわけではないらしい。

 あまりの一瞬の出来事に観客席にいた者たちは、何が起きたかもわからなかっただろう。

高速思考を起動させていた俺でも見逃しそうになる程の斬撃を、プリムラはウィンドにぶつけたのだ。

本来ならばただの剣による攻撃なんて魔術に当てたとしても意味はない。

 俺はこれと同じような現象を目にしたことがある。

それを成したのは拳を武器にして戦う飄々とした女、アリエスだ。いつかの夜にあいつは事も無げに俺の魔術を粉砕した。

あの時はウィンドブラストという中級の魔術だったが、それでも強化されたウィンドを相殺するのは至難の技だろう。

しかもそれは走りながら、である。


 「うふふ!ミコト!強くなりましたわねっ」


 三日月型に唇を歪ませて、笑い声を上げながらプリムラは接近してくる。

ウィンドでは足止めにもならないっ。

様子見などしている場合ではなかったか?

いや、スキルによって強化されたウィンドは相手の意表もつける。悪い手ではなかった。

ただプリムラの力がそれを上回っていただけ。


 「リラ!そっちは任せますわ!」

 「それはいいけどプリム、何かテンションおかしいんだから無茶するんじゃないよ?」

 「それは約束できかねますわっ!!」


 三度目のウィンドも簡単に無力化される。

パートナーと話しながらとは随分余裕を出してくれる。

 しかし、展開としてはこちらの予想通りだった。

俺にはプリムラ、そしてマリーにはリラがそれぞれの相手を務める。

可能性としてはこの逆のパターン、そして二対二で協力しながら戦うというパターンもあった。

正直な所、この三択であれば今の状況が一番俺には都合がよかった。


 「悪いけど、やる以上は手加減しないからね下級生!」


 リラはこれまたプリムラと同じようにマリーの元へと接近を試みている。

その足捌きは速く、プリムラに引けを取っていない。

 リラ・リリベル。

棒術をメインとし、遠距離攻撃は防御に優れる得意の土魔術で防ぐ。魔術学校では珍しい近接スタイル。

近距離が苦手な魔術師ならば九割以上の勝率を誇る。黒の生徒の中でも上位に入る強敵。


 (シルフィード!)

 『お任せなのです!』


 攻撃手段の持たないマリーだからとすぐに接近戦を仕掛けると思った。

一つ、懸念事項はあったがそれも相手にはなさそうだ。

残念ながらそう簡単にはいかないぞ?先輩。


 「いっくよー!……って、うわあああ!?」


 後数メートルで武器の射程に入るといった所で、シルフィードの仕掛けた罠にリラはかかった。

ある場所に足を踏み入れた瞬間、彼女の足元から凄まじく突き上げる突風が巻き起こったのだ。

それはリラの体を容易く上空に持ち上げる。

 そのまま床に叩き付けられればそれだけで戦闘不能かという高度。

しかしさすがは黒の上位者。滞空している間に体勢を整え、床に衝突する直前に柔らかな土を生成してそれをクッションとした。

無傷に事なきを得たリラだったが、その顔は驚きに満ちていた。


 『風の中級魔術、ラピッドボムなのです!。どうです、不用意に近づけばまた地雷を踏んじゃうのですよ?』


 ドヤ顔で満足げなシルフィードとは対象にマリーはがちがちだった。

めちゃくちゃ緊張しているじゃねぇか。仕方ない話だが。

あれでちゃんと演技できるんだろうな。

 そう不安に駆られた俺だったが、マリーはぎゅっと一度手を握り、覚悟を決めたかのように顔をあげた。

そして魔晶石のダガーの切っ先をリラに向けたのだ。

あれがマリーの魔導デバイス。

柄の部分に赤色の宝石がはめ込まれ、刃の部分は銀でツタのように黒い模様が走っている不思議な短刀だ。

魔力を注ぎこむと硬度を増すという彼女のお守り。

 俺は二人に事前に作戦を伝えていた。もしもリラが相手になった場合の話を。

シルフィードがいるとはいえ相手はかなりの実力者。

しかも属性的に土と風ではあまり相性が良くない。

まともに戦えばシルフィードのフォローが間に合わず、マリーに攻撃が届いてしまうだろう。

 だから相手の心理を利用する。いつ仕掛けられたわからない正体不明の魔術と意味深なダガーを使うのだ。

ラピッドマインはシルフィード特有の魔術なのか、教科書や本には載っていなかった。

おまけに相手にはシルフィードの声が届かないので、いつ仕掛けられるかわからない。

心配だったのは俺のように魔力の流れが見えてしまうと、あの魔術も何処に仕掛けられているかすぐにわかってしまう。

それはさっきまんまと罠にかかっていたことを考えれば、リラには見えないといっていい。


 「さっきの魔術なの?それに何あのダガー……」


 黒の生徒だからこそ知識も豊富な分、見知らぬ魔術には警戒する。

術中にはまりつつあるリラ。だが後一押し欲しい。

それにはお前の力がいるんだからな、マリー!


 「り、リラ先輩!すでにこの周辺には先ほどの……ええっと」


 うぉぃ!ラピッドだ!ラピッド!

お、そうそう、シルフィード。お前が教えてやれ!


 「らぴっど?……兎さん?そ、そう!すでにこの周辺には兎さんボムが仕掛けられているのです!!」


 かーわいい!って違う!

どんだけ混乱しているんだよ!シルフィードが囁いた言葉をそのまま言うだけじゃねぇか!

こんなのリラが聞いたら馬鹿にしてと怒るか……って、おぉ?


 「一年生にしてすでにオリジナル魔術に手を……?しかも術式のレベルが高くて、位置も特定できない。

  あんた、侮れないわね。話に聞いていたことは鵜呑みにしない方が良さそうだわ」


 らっきぃぃぃ!何か勘違いしてる!

当初の目論見とは些か違った形になってしまったが、これはこれでよし!

あれでマリーのことを警戒して簡単には近寄ろうとはしないはずだ。

俺が胸を撫で下ろしたのも束の間、殺気がちりりと首の裏筋をはしった。


 「寂しいですわ……どうしてあちらばかり見ています、のっ!」

 「っ!?」


 直感的に身を捻れば、俺がコンマ一秒前にいた場所にプリムラの袈裟斬りがはしる。

ブーストによる身体強化を利用しながら、俺は体勢を整えた。 

今のは危なかった……決闘の暗黙のルールとして直接的な殺傷能力のあるデバイス等は許可されない。

だから刃引きした剣なのだろうが、プリムラの鋭い斬撃ならば骨ぐらいは砕けていただろう。


 「私はここにいますのよ。お相手してくれないと泣いてしまいそうですわ」

 「……私には喜んでいるようにしか見えないんですけどね」


 俺の言葉を聞いて、更に嬉しそうに顔を綻ばせる。

それにしても余所見をしていたとはいえ、もうここまで接近されていたか。

間合いとしては三歩も歩けばすでにプリムラの射程である。

 ブーストを駆動させれば体術にはそれなりに自信がある俺だったが、やはり武器として使うのは魔術がいいだろう。

集中さえすれば移動しながらの魔術を使えるし、奥の手、といえるかは微妙だが一つ手札も持っている。

それらをさしおいても接近戦に持ち込みたくない理由がある。それは……。


 「喜んでいますわ!嬉しいですわ!子供のころから追っていた背中に追いついて、今こうして肩を並べている!

  そこに私は無上の喜びを感じているのですわ!この気持ち、わかってくれないかしら?」

 「わかりたくもないですね。貴方は遠慮のかけらもなく私の中を汚した。そんな人を理解したくない」

 「私はミコトに傷跡をつけてしまった?」

 「……そうとも言えますね」

 「……嬉しい」


 その一言を耳にして、歓喜に打ち震えている姿を目にして、俺はプリムラという存在が完全にわからなくなった。

これは強者が弱者を虐げる喜びではない。あれは暗い喜びに嗜虐的な光りを宿していた。

プリムラは心底に喜んでいる。喜びにもだえている。

これは、そう、もっと狂った何か。壊れてしまった何か。


 「もっと私を見てミコト。私だけを見て。それが私の喜びなの、会いたかったの!!

  幾日貴方を探し続けたか。幾日貴方のいない夜を過ごしたか。求めているのに手が届かない。

  夢を見れど朝には消えてしまう。切ない、切なかったの!!

  あぁ……もっと、もっともっと!貴方を私に釘付けにして差し上げますわぁ!!」


 喜びに狂ったプリムラといえど、その手にしている力は曇りない。

烈火の騎士としての実力は剣の冴えだけではない。魔術を剣技で相殺した程度では計れない。 

 すらりと鞘から抜きさった剣は銀の輝き。何処までも高潔な光りを放つ。

その刃にプリムラは指を添える。狂気を内に秘めながら彼女は己の魔力を解き放った。


 「焔よ焔、気高き炎。神聖なるその身を移し身に宿す……」


 すぅーっと刃の腹を撫でながら、剣先へと指を這わせていく。

なぞった後には高密度の魔力が剣に宿っていく。俺のスキルを使わずとも、おそらく誰にでも見えていたことだろう。

 自分の魔力を流し込む工程はデバイスにも備わっているが、これは違う。

魔導デバイスは中に注ぎ込むことによって魔力を増幅させる。

しかし、プリムラは外から包み込むように剣に魔力を覆わせているのだ。

これが帝都の騎士団長が編み出したといわれる魔剣……!


 「烈火、エンチャントライズ!見せてあげますわ!私の朽ちることのない炎!!」


 爆炎が巻き起こった時のような轟音をあげて、プリムラの剣に炎が宿った。

赤々と燃え上がる刀身は灼熱。その全身はくまなく赤に染まり、曇りなど一点もない。

魔剣に断てぬものなし。

竜の鱗でさえ切り裂くといわれている魔剣を目の前にして、俺は汗を一つ頬に流しながら覚悟を決めるのだった。

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