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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第七十八話 魔剣の使い手

 決闘に使われる会場として選ばれたのは、普段から実技の授業を行っている場所だった。

フィールド。学校側に申請することで特別に使用が許可される場所だ。

ここは魔術に対する抵抗力が校舎で使われている物より殊更高い素材で建築されている。

授業で魔術を多様するのだから当たり前の処置ではある。

俺にはただの壁や床にしか見えないが、見る目のある者にとっては唸って頭を抱えてしまうほどの物らしい。

 他には実際に魔術のやり取りをするフィールドを取り囲むように、観客席のようなものも備え付けられている。

これは他の生徒、もしくは外部の人間でも簡単に見学できるようにという配慮だろう。

たまに俺たちの授業を見学する人が来てたりするのだ。

生徒然り、学校では見たこともない人物も然り。

 クラスメイトたちはたまに来る知らない人に居心地悪そうにしていたが、あれは恐らくスカウトの類だ。

真剣な瞳でこちらを見定めている様子から見てもわかりやすい。

こんな人種が来ることのも、グリエント魔術学校の名が世に憚っているという証拠なのかもしれない。

 それでもどんなに多くとも席が埋まることがなかった観客席が、今、満員に差しかかろうとしていた。

座れなかった生徒は立ったままでも今から起こる決闘を見ようとしている。

決闘の三十分前でさえこの有様で、人が増えることに留まりはなさそうだった。


 「これはどういうことだ」

 「さ、さぁ?あたしにはわからないよ」


 独り言のつもりで呟いた言葉にマリーは律儀に反応をした。

見つかるとややこしいことになりそうだったので、隠れながらこっそりと覗いていたわけだったのだが……。

こんなに人が来るとは聞いていない。


 俺たちはフィールドに設けられた一室である部屋で来る時を待っていた。

部屋は更衣室のようなものでロッカーとベンチが部屋の中にはあった。

俺は立ちながら軽く準備運動、マリーは緊張気味にベンチに座っていた。

そんなマリーの肩に座り、緊張をほぐすように話し相手になっていたのはシルフィードだった。

結局、あのクソ爺がいなかったせいでイヤリングは取れなかった。

シルフィードの関しても聞きたかったのだが、もう知らん。

後で文句を言われようともこいつも一緒に戦ってもらうことにした。

 若干逆切れ気味にそう居直っていた俺だったが、ふと何か音が漏れ聞こえていることに気付いた。

それは話し声のようであり音も小さなものだったのだが、時間が経つにつれて次第に大きくなっていく。

緊張がほぐれて仲良くお喋りしていた二人もそれに気付いたのか、俺の方に顔を向けていた。

もはやはっきりと人の声とわかるようになった段階で、俺は部屋から出て音の聞こえる方へと歩いていったのだった。


 それがこの有様、というわけだった。

何処を見ても人、人、人ばかりで一向に空席が見当たらない。

新人戦も観客で溢れかえっていたらしいが、それ以上の盛況ぶりかもしれない。

マリーはあまりの人だかりに緊張感がぶり返してきたみたいで、半笑いでその光景を見ていた。


 「御機嫌よう、ミコト」


 そんな俺たちに涼しげな声を掛けてきたのは、今回の決闘の相手であるプリムラだった。

にこやかに微笑みながら俺たちの元へと歩いてくる。

リラという先輩も横に並び立ち、目を細めて厳しい視線を投げかけていた。

プリムラも余裕のある態度を崩してはいないが、瞳の中にある光は真剣そのものだった。

やる気は十分、ということらしい。


 「御機嫌よう、じゃねぇ……いや、ないですよ。これは一体どういうことですか?プリムラ先輩」

 「あら、かしこまった態度。まぁいいですわ。これ、とはもしかしてこの観客の皆さんのことかしら?」

 「そうです。こんなに人が来るとは知りませんでした」

 「たくさんの人にこの決闘の証人になって欲しかったのですわ。それに噂を聞きつけて来た方もいるのではないかしら」

 「噂……?」


 嫌な予感がした。まさか、という思いも。そのどちらも俺は否定して欲しかった。

だが、プリムラは愉快そうに横に視線を流してマリーのことを見たのだ。

プリムラの言う噂とはマリーのことか。しかし最近はあの噂は下火になっていっていたはず。

この決闘騒ぎのせいでまた再燃したというのだろうか。

いや、最悪な想像をすれば、プリムラがわざと煽るように噂話をたきつけた可能性もある。


 「ちょっとプリム、よしなよ。こんなことあんたらしくないよ」


 意外な横槍を入れたのはリラだった。俺たち、いや、俺のことをあんなにきつい視線で見詰めていたのに。

愛称で呼び合うような仲なのだろう。気安い言葉遣いからもそれは窺える。

リラがプリムラの肩を掴みながらそう注意を促すと、大人しくプリムラは引き下がった。


 「……決闘、楽しみにしていますわね」


 まだ何か言いたげに捨て台詞を吐くと、プリムラは踵を返して行ってしまった。

リラは一度だけこちらに軽く頭を下げてから彼女の後を追っていく。

 胸糞の悪い想像をしてしまった。それがまだ真実とは限らないのに。

だけれどプリムラの態度を見ているとそうとしか思えなくなってくるのだ。悪態の一つでもつきたくなってくる。

それよりも前に気遣うべき相手がいると、隣に立っていたマリーのことを見て今更思い出す。


 「マリー、大丈夫か」

 「平気」


 ただ一言、マリーはそう返した。

そこに不安の色は見えなかった。表面上は。

微かに体が震えてるのも、緊張感からと言い訳は出来るだろう。

きゅっ、と結んでいる唇も決闘に向けての気構えだと言う事も出来るだろう。

 それらを俺はこの目で見ても、何もしなかった。

だってそれは彼女の決意の表れだと俺は思ったから。

もしも俺がマリーの手を握って安心させたとして、そこにそれ以上の意味はあるのだろうか。

約束の時間になり、気丈にも好奇の視線が行き交うフィールドに自ら赴こうとしている彼女を目の前にして、そんな安っぽい同情はいらない。

彼女に手助けがいるとしたら、きっとこんな場面ではない。

そうして俺は暗い廊下から明るいフィールドへとマリーと一緒に歩み出る。




 「お待たせしましたわ」


 フィールドに出てからちょうど一分が経った後、プリムラとリラはようやく現れた。

俺たちと同じように学校の制服姿だったが、リラの手には彼女の身の丈に近い棒を片手に持っていた。

恐らくあれがリラの魔導デバイスだろう。一メートル五十はあるだろう長い棒を持つ姿は、この学校ではかなり珍しいに違いない。

大抵の生徒は魔術師らしい杖や本、スタッフなどをデバイスに選ぶのだから。

だがそれよりも目立つのは……。


 (剣、か)


 プリムラの腰に下げられている剣だろう。

意匠の凝った鞘の中に収められているのはロングソードの類だろう。

長さ的にはぱっと見で一メートルと少し。かちゃかちゃと揺らしながら歩く姿は実に様になっていた。

 プリムラのことは噂では聞いていたが実物を見ても、本当だったのか、という感想が頭の中で浮かんでくる。

まさしくあれこそがプリムラの魔導デバイスであり、彼女の二つ名の由来でもある。

烈火の騎士、あるいは魔剣の使い手。人は彼女のことをそう呼ぶ。

 それが噂だけではなく、見た目だけではないことを俺は知る。

高速思考を使いながら彼女の一挙手一投足を見れば、それだけでも弛まない訓練の元に鍛えてきたのだと察することが出来た。

背筋を伸ばしながら綺麗にプリムラは歩く。ただそれだけである。

しかし、ただそれだけがいかに難しいことか。

自然体でありながらも無駄のない動きというものを、意識せずできる者が何人いるだろうか。

彼女はそれを地でいっている。見るものには美しさを印象として与え、力を知る者には油断のならない相手だと教える。


 (俺の知らない間に一体何が……)


 いや、と俺は頭を振る。それは考えても栓のないことだった。

また知る意味もない。知ったところで、今の俺が感じているプリムラに対する感情は変わらない。

 そうこうしている間にもプリムラたちとの距離は縮まり、両者は相対する。

先ほどまで俺たちに応援やら何やらが飛び込んできていたが、それも除々に静まっていく。

視線だけが俺たちに注がれている。その中に含まれているのは好奇、興味、興奮……。

そして一握りだけの悪意。俺はその視線の主を睨み付けたい衝動を抑える。

プリムラの言っていた様に、噂にかこつけて来た輩は確かにいるようだった。

 それは俺にとっても耐え難いことだった。

蔑むような視線は嫌というほどに経験してきたのだから。骨身に染みているといっても過言ではない。

例えそれが俺自身に向けられたものでなかったとしても、胸がむかついて仕方なかった。


 「この時を待ちわびましたわ。ねぇ、ミコト」

 「……それはどうでしょうか」

 「つれない言葉ですわね。でもいいですわ。私たちの間には空白の時間があるのだから。

  それを今からゆっくりと埋めていけばいいだけの話ですわ」

 「もう勝ったつもりですか?私が勝てば、そううまくはいきませんよ」

 「ふふふっ。虚勢を張る姿は可愛らしいですけど、貴方は私には勝てませんわ。

  正確には私たちには、ですけど。ミコト、貴方のパートナーは戦力として数えられるのかしら?」


 なるほど。調べていたのは俺だけではなかったというわけか。

不遜に笑うプリムラを前にしてそれは認めるしかないだろう。攻撃魔術の使えないマリー一人では何も出来ない。

だがな、お前には見えていないだろうけどこっちにはもう一人いるんだよ。


 (シルフィード、マリーのことは頼んだぞ)

 『それは任せてもいいのです。だけれどミコト、やっぱりプリムラの様子が……』


 シルフィードの言葉は、このフィールドにいる全員に届かせるようなプリムラの大きな声によってかき消された。

プリムラは舞台の役者のように両手を広げながら声を高く響かせる。


 「私、プリムラ・ローズブライド並びリラ・リリベルの両者は、ミコト及びマリーの二人に対し決闘を宣言します!!

  互いの譲れぬ信念を剣として戦い合うことをここに誓い、リュシエルの御許によって誠実を示しましょう!」


 リュシエルとは戦いの神と言われている神様のことだ。

プリムラはその神様の姿形を彫ったというリュシエル硬貨を手にしていた。

決闘の合図はあれで始めるらしい。あまりにらしすぎて、失笑してしまいそうだった。

茶番だ。この宣言も、この観客たちも、ここにあるなにもかも。


 (茶番だからこそ……仕組んだ奴が許せない)


 プリムラは何気ない動作で硬貨を爪の上に乗せて、ピンッと上に跳ねさせた。

小気味のいい音がなり、まっすぐに飛んだリュシエル硬貨は宙を回転しながら光を反射して煌く。

その僅かな間に魔力を励起させる。

もはや慣れ親しんだ手順。スイッチさえ入れば電気が流れるよりも早く、俺は魔術を行使できるようになる。

 戦いの準備を終えた俺はプリムラは見ていた。

すっ、と細められた目はすでにいつもの彼女とは違っている。

冷静に俺を見据えるプリムラの顔に笑顔なんてものはない。すでに彼女は己のデバイスに手をつけていた。

硬貨が落ちた瞬間にでも、その鞘から抜き放たれるであろう魔剣。

俺が知っているどのプリムラとも違う、あれがプリムラの戦う姿……。

 戦いの神はまるでその時を急かしているかのように、地面を高らかに鳴らす。

奏でるは魔術。響くは剣の閃き。神はその宴を喝采する。

くだらねぇと俺が切り捨てようと宴は始まる。

勝者は神に祝福されるというが、そんな正しさがここにあるというのか?

そんな苛立ちめいた思いを抱えながら、俺は魔力を最大限にまで高めて魔術を撃ち放つのだった。

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