第七十七話 呪いのアイテム?
『わし、不在。探さないでください。あ、でも御用がある可愛い生徒(可愛いに二重丸がしてある)は、
お手紙を机の上に置いていてくれると、わし、何より優先するように頑張るぞい――』
行きたくない気持ちを押し殺しつつ、重い足を引き摺って爺のいる部屋に辿り着いた時。
こんな置手紙が机の上に舐めてんのかと思ってしまう程の可愛らしい便箋に入っていたら。
普通の人はどうするだろうか。
ちなみにこの手紙の続きは読みたくもなかったのでどれぐらいあるのかはわからない。
ただ三枚分はあると手触りだけでわかった。
あのこめかみがひくつく内容の文が延々と続いているかと思うと俺は……。
「ふっざけんなぁぁあああああああああ!!あのクソじじいいいいいいいいぃぃぃいいいい!!!!!!」
と、衝動の赴くままに叫びながら手紙を破り捨てた。
この部屋だけではなく、きっとその声は廊下にまで木霊していたことだろう。
文章の内容もそうだが、肝心な所で行方をくらました爺に腹が立つ。
何よりもイヤリングのことで文句をつけようと俺はここにきたのだ。
実はこのイヤリング……一度、自分で外そうとしたのだ。
…………外れなかった。
何か魔術でも掛けられているのか、耳にぴったりとくっついて離れないのだ。
思い出しただけでも腹が立ってきた。
宙に舞っている紙片が鬱陶しく感じ、更に風の魔術で粉微塵にする。
それを見ていたシルフィードも楽しそうだと思ったのか、同じように魔術を唱えて手紙を切り裂いていた。
いいぞ、もっとやれ。
きゃっきゃっと喜ぶシルフィードの後ろから黒い笑みを浮かべる俺。
更に後ろから温度がない瞳で一部始終を見ていたライズという名の女性。
「……はっ」
しまった、と思う頃には時すでに遅し。
すっかり忘れていたが、この校長室には俺たちだけではなくこの人もいたんだ。
ここを訪ねた時、ライズが対応に部屋から出てきて少し驚いたのを今更思い出す。
それから件の忌々しい手紙を見せられたわけなのだが……。
「もうお終いですか」
「あ、は、はい……」
「そうですか」
気まずげに顔を逸らせる俺に、ライズはいつの間にか持っていた掃除用具でささっと紙くずをまとめ始めた。
なんというか、スーツ姿のきっちりとした格好の女性がこんなことをしていることに激しい違和感を感じる。
それに奇行に走った俺のことを責めるわけでもなく、無反応だった。
優しさによるスルーというより、ただ無関心なだけのように思える。
ありがたいやら、肩透かしのような……って何を考えているんだ俺は。
ライズはあの爺の秘書か何かなのだろうか。
いまいちこの女性の立ち位置がはっきりとしなく、そして何を考えているかわからない人だな、と思った。
三十秒も経たない内に掃除を終えたライズは、眼鏡の位置を戻しながら俺を見た。
あまり関わりのなかった人物だが、どうも俺の苦手なタイプのようだった。
俺を見ても物怖じしないのはいい。大抵の人は驚いたり、見惚れたりするからだ。
そういう点では好ましい、と言えなくもない。だけれど、その目が嫌だった。
まるで動物を観察しているような目がどうにも好きになれない。ただの思い過ごしだろうか。
「それで御用は何だったのでしょうか」
「えーと、それは爺……いえ、校長先生じゃないとわからないことなので」
「そうですか」
……あれ!?会話終わった!?や、やりずれぇ……。
コミュニケーションスキルの低い俺に繋げるような会話も思いつかず沈黙が部屋の中に落ちた。
無愛想な人なのですね、とシルフィードが呟く。
お前、それ相手に聞こえてないからいいけど、もうちょっと口を慎め。
普段の自分のことを棚に上げながら、重い空気になっていくことに居心地の悪さを覚えた。
さっさと立ち去ればいいものを、と後になって思ったのだが、結果としてそれは良い方向へと向かった。
「ちわーす!校長せんせーいます……か?」
唐突にノックすらせず勢いよくドアが開け放たれ、眼帯をつけた女生徒が入ってきた。
見覚えのある顔だった。
あれは確か俺のデバイスを調整した調律技師科のミスラって人じゃなかったか。
「えぇ。これどういう状況っすか。何でミコトとライズさんが二人っきりでここにいるんすか」
どうやらライズとミスラは顔見知りらしい。
目を丸くして驚いているミスラを見て、俺はこの人ならもしかしたら何とかできるかもしれない、と内心思っていた。
「それでデバイスの調子を見るのはいいんすけど、それもっすか?」
「ええ。出来たらお願いしたいです」
「魔道具の解析とかは趣味でやってるからいいんすけど、本業じゃないんすよねぇ……」
俺たちは校長室から速やかに退散して空き教室の一つに移動していた。
ミスラも校長に用があったらしいが、その肝心の爺が不在では意味がない。
手の空いたミスラをこれ幸いにと俺はにっこり笑顔でちょっとお願いしたいことがあるんですけど、とお願いしたのだった。
後のことは効果は抜群だった、とだけ言っておこう。
ちなみに俺のデバイスである指輪の調子も見てもらいたかったのは本当だ。
あんなことをしてしまった後だから何か問題でも起こっていないか、と心配していたのだ。
一応シルフィードにも何もなってないのですよ、と言われたのだが、本職である彼女に見てもらった方が断然いいだろう。
見てもらった結果は特に変わった所はなかったらしい。
無理な使い方をすると調律のズレが起こることもあるみたいだが、それも問題なかったようだ。
後はイヤリングのことだけだったのだが。
「じゃあ外してもらっていいっすか」
「外れないんです」
「……外れない?」
「外れないんです!」
怒りが再燃してつい声が大きくなってしまう。
別にミスラを驚かせるつもりはなかったのに、八つ当たりのようになってしまった。
「……すみません。つい大きな声を出してしまいました」
「やー。別にいいっすけど、ミコトでもそんな声を出すんすね」
対外的には優等生スタイルでいっているから、そんなイメージを抱いていたのだろう。
曖昧に笑って返しながら、俺はミスラに話を続けた。
「だからこのまま見てもらっていいですか?」
「え、えぇ……」
そんな嫌そうな声を出さなくてもいいじゃないか。俺だって傷つくんだぞ。
まぁこれを調べようとすると、自然にくっついて調べなければいけないだろう。
恥ずかしい気持ちはわからないでもない。
といっても俺は下級生だし、調律技師科の三年であるミスラは年上なんだから、別に……。
と、思ったがプリムラの例もあるな。あいつは俺と同い年のはず。
ミスラは……たぶん違うだろう。見た目は年上っぽい。すごく失礼な言い方だが。
「わかったっすよ。ちょっとやりにくいっすけど、やってみるっす」
小さなため息をつきながら、それでもミスラは渋々納得してくれた。
少しだけ赤面して、ミスラは俺の傍に寄ってくる。
口を真横に結んで、おっかなびっくりイヤリングに手を伸ばしてくる。
彼女の息遣いが肌にかかってくる。若干緊張しているのか、呼吸のペースが速い。
それを我慢していると、そっと耳元を触られる感触が走り、更に我慢を強いられることになる。
他人に耳を触られるってここまでくすぐったいものなのか……!!
やらなければよかったかもしれない、と後悔しても後の祭りだった。
「……終わったっすよ」
時間にして一分もなかっただろうが、永劫に時間が延びたかのような感覚だった。
きっと今の俺の顔はミスラと同じように赤くなっているに違いない。
夕日が差し込め始めた教室は赤みがかっていた。
俺たちの顔色もその色に少し隠れてしまっているのがちょっとだけ救いだろうか。
手で顔を仰いでいるミスラに結果の程を早速聞くことにした。
「それでどうでした。このイヤリング、外せますか?」
「……申し訳ないっすけど、厳しいっす。すぐにわかったっすけど、これ、古代遺物級のアイテムっすよね。
そういうアイテムには大抵強力な効果が込められているっすよ。今の技術ではとても造られない強力なものが。
私には見ることが出来なかったっすけど、何か能力があるっすよね。このイヤリング」
「ありますね。装着した人の成長を促進させるのだとか」
「他に何かないっすか。強力な分、デメリットもあるものなんすよ」
「外せない以外だと……強制的にLv1にされる、ってことでしょうか」
「それはまた……よくそんなもの着けたっすね」
呆れた声を出すミスラ。
俺の事情を話すわけにもいかないので苦笑いをするしかなかった。
「うーん、察するに、これ校長から貰ったものじゃないっすか」
「え、よくわかりましたね」
「あの人はよくこういうアイテムを持ってくるんすよ。今回いなくなったのも、またアイテム漁りじゃないっすかねぇ」
校長の仕事を放り出して趣味に走ってんのかあのクソ爺。
こういう輩がトップだとろくなことにならねーな。罰を与える奴がいないんだから。
まぁあの爺だと罰すら喜んでうけそうだ。変態だし。
「他に何か校長から話は聞いてないっすか?」
「他に……。……そういえば、このイヤリングが黒から白に変わると終わるような言い方をしてたような」
「それっすね。イヤリングの解除方法はおそらくそれしかないと思うっす。後は最終手段として……物理的に?」
おい。怖ろしいこと言うんじゃねぇよ。
耳を引きちぎれってことなのか。股間がヒュンっとしたわ。
さすがにそれを試すわけにはいかない。
これはLv1のまま決闘の挑むしかないのか……。
沸々と俺を騙した爺に怒りが湧き上がる。帰ってきたらマジでただじゃおかねぇ。
ぎりぎりと歯噛みして拳を強く握る。この拳を絶対に爺の顔にぶち込むのだと、固く誓う。
「なんだか思う所があるようっすね。……あれっすか、決闘のことっすか」
「ご存知だったんですか、ミスラ先輩」
「学校中の噂っすよ?烈火の騎士に挑む妖精がいるって」
「その二つ名、勘弁してもらいたいですね」
「そうっすか?どっちも名前通りな気がするっすけどね。それは置いておいても、決闘は止めたほうがいいっす」
「……何故ですか?」
ミスラは俺がLv1だと知ったからそう忠告しているのだろうか。
少しだけむっとする自分を自覚しながらそう訊ねると、ミスラは至極真面目な顔で答えた。
「この前の戦い、私も実況席から見ていたっす。途中で映像は途切れてしまったっすけどね。
高度なテクニックを使った魔術戦、見事としか言い様がなかったっす。でもあれじゃあの人には勝てないっす」
「断言しますね。私じゃプリムラ……先輩には勝てないと?」
「そうっす。相性がまず悪い。彼女はこの学校の中でも特殊なタイプっすから」
それはプリムラのことを調べていた俺にだってわかっている。
有名だからこそ入ってくる情報はたくさんあったのだ。
だからこそ情報量では俺の方が勝っている。俺のデータはせいぜいが新人戦の時と風の噂程度だろう。
俺の全てをミスラは知らない。そしてプリムラも。
「それは知っています。でもそれだけが負ける理由にはならない。私も負けるつもりなんてありません」
「……そういう顔は男の子なんすね」
「何か言いましたか?ミスラ先輩」
ミスラの囁き声は吐息よりも小さくて俺には聞こえなかった。
慌てて手を振って何でもないとアピールするミスラ。
大げさなリアクションが少し気になったが、やぶ蛇になりそうだったので追求することは止めておいた。
ミスラはそれから間を置いて、しょうがない、と言うような顔でため息をつく。
「わかったっす。これ以上は何も言わないっすよ。ただ良かったら協力させて欲しいっすね。
決闘の前日でもいいので、デバイスの最終調整をさせて欲しいっす」
「いいんですか?先輩も暇ではないでしょうに」
「まぁ余計なことを言った罪滅ぼし、っすかね?それに当日には応援にも行くっすよ」
やんわりと断ろうとした俺に、快活に笑うミスラの顔に含みは一切なかった、と思う。
純粋に俺のことを手助けしてくれるのだろう。
どうしてそこまでしてくれるのだろう、と疑心を抱く俺は間違っているのだろうか。
彼女の笑顔を前にして、様々な過去のことが過ぎる。
いや、間違ってなんかいない。
その思いを振り切るように俺はとびきりの笑顔を意識して、ミスラに返すのだった。