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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第七十六話 嵐の前の静けさ

 プリムラとの決闘の日は後日決めることになった。それがまさか互いの顔見せという意味合いも含め、直接本人が俺の元へとやってくるとは思わなかったが。

昼休みの最中、以前と同じように人の視線なんて気にせず堂々とプリムラは教室の中に入ってきたのだ。

 その際、プリムラの相方である人物についてもご丁寧に紹介するという余裕っぷり。

黒の生徒の三年生、リラという女生徒だった。

しきりに俺の顔をちら見しては何か言いたそうにしていたよ、とはマリーから後で聞かされた話だ。

俺はプリムラと真正面から向き合っていて、他のことは気にしている余裕がなかった。

ざわめく周囲の喧騒すら彼方へと追いやって、俺だけにたおやかに微笑むプリムラを見ていた。


 「これが決闘の書面ですわ」

 「……」


 黙ってそれを受け取って俺は文字に視線を這わせる。

内容はとても簡単で、俺たちとプリムラたちが決闘をするというものだった。

他に決闘の日時、場所、ルール、勝利条件などが書かれていた。

そして一番重要な部分である勝った際の報酬は……。


 「勝者は敗者に何でも一つだけ命令できる、か」

 「単純でいいでしょう?最も、私が望むのは一つだけしかありませんけどね」


 色のない瞳を俺の傍らにいたマリーに向ける。

いつからこいつはそんな目で人を見るようになったのだろうか。

俺が視線を遮れば途端に笑顔になるプリムラ。その笑い顔には多分に色んな感情が含まれていた。

押し殺されている感情とでもいうのだろうか。


 (……少なくとも、再会した時はまだ以前のプリムラのように感じていたのに)


 その姿こそ見違えるように成長を遂げていたが、中身は昔のままのように思えた。

それは勘違いだった?いや……。

改めて冷静に考えればプリムラに変化が起きたのはあの時から、と思うことの方が正しい。

 再会した直後に俺は何の考えもなしにミライの死をプリムラに告げた。

彼女の心の準備はきっと出来ていなかったにも関わらず。

ミライの死をプリムラは受け止め切れなかった、ということなのだろうか。

それに関しては後悔の念はある。何もあんな流れのままに言わなくてもよかった。


 (それでも……)


 どの道、いずれはこうなっていたのかもしれない。

プリムラが求めることに俺は応えられないから。

そして俺はもう自分の周りに他人を置いておきたくない。だからこれは遅いか早いかの違いでしかなかったのだ。

 俺は風の魔術を唱えて自分の指を薄く切り、血が滲み床に落ちきる前に書面に指を押し付けた。

反対にプリムラは持参していたナイフでさっと指を切り、同じように押し付ける。

すると、それぞれの血に呼応するかのように書面に書かれていた文字が淡く光りだした。

 この書面は一種の契約書のようなものだ。

高度な魔術が紙に込められており、書面に書かれた内容を絶対に遵守しなければならない。

それは勿論、勝った時の報酬についても、だ。

ただし、ある程度制限はあるようで特に生死に関わることについてはそれに限らない。

例えば死ね、と命じた所で強制力は発揮しないのだ。


 「確かに。これで決闘の前段階はほぼ済みましたわね。当日が待ち遠しくて仕方ありませんわ」

 「…………」

 「何も喋らないのですわね。いいですわ、終わってからじっくりと二人だけでお話しましょう」


 最後にもう一度だけにっこりと笑ってから、プリムラは教室から立ち去っていった。

彼女がいなくなった途端、クラスメイトたちが俺の席へと群がってくる。

そのほとんどが事の経緯を知りたいという話だったが、俺はいつものように愛想を振り撒くことはしなかった。

そんな俺の変化をシルフィードは心配そうに見詰めているのだった。




 その日の放課後、俺が泊まっている宿舎にマリーを呼ぶことにした。作戦会議の為である。

学校ではどこに耳や目があるかわからない。

ここもそういう意味ではあまり適してはいないだろう。他に泊まっている生徒もいるだろうから。

学校よりはマシといった程度だったが、それはともかく……。


 「何してんだよ。はやく入れって」


 部屋の中から外にいるマリーへと声を掛ける。

彼女は何故か廊下で立ち止まってしまっていて、なかなか中に入ろうとしなかった。

不審な顔でマリーを見ると、何やら視線をあっちこっちに彷徨わせていて実に落ち着きがない。

汗も若干かいているようだ。もしかして、緊張してるのか?

そっくりそのままの言葉でマリーに尋ねると、慌てふためいて言い訳しながらマリーはようやく部屋の中に入ってきたのだった。

……そういえば、この部屋に人を呼んだのはマリーが初めてだ。

ふとそんなことを考えてしまった。


 「さてと。とりあえず何か飲むか」

 「え?あ、う、うん。お構いなく」


 お決まりのセリフを吐けばお決まりのセリフが返ってくる。

こっちの世界でも同じなんだな、と妙な所で感慨深く思いながら適当に飲み物を用意する。

マリーは宿舎に備え付けられていた椅子にこじんまりとして座っていた。

借りてきた猫でも、もうちょっと伸び伸びしているだろう。

 俺はマリーの目の前にあるテーブルに静かに木のコップを置いた。

中身はリンゴジュース……のような飲み物。近くの市場に売ってあったものを買い置きしておいたものだ。

対面に俺も座り、同じくリンゴジュースのようなものを一口。

酸味が少しきついが、甘さも十分にありうまい。

一息ついてからマリーを見ると、ぷはー!とすでに飲み干してコップの中身が空になっていた。

はえーよ。


 「おいしいね、これ!まだある!?」

 「あー……うん。もう何杯でも飲め」

 「本当!?ミコトは天使の生まれ変わりか何かかな!?」


 打って変わって元気一杯になったマリーに思わず苦笑して、おかわりを持ってくる。

それすらも数秒で片付けてしまい、緊張で喉が渇いたから、という言い訳では済まされない量をマリーはぐびぐびと飲みまくった。

よくもまぁ腹がたぷたぷにならないものだ。


 「……ふぅ、おいしかった。ご馳走様でした。それで何の話だっけ?」

 「覚えていてくれて嬉しいよ。そのまま帰られたらさすがに衝撃を受けたところだ」


 お前は今不思議そうな顔をしているがな、前にそういうことあったからな。

あの時は宿題を手伝っていた時だったから現実逃避したかったせいかもしれんが。


 「決闘の作戦会議だよ、作戦会議」

 「……なるほど!」

 「なるほど、じゃねーよ!お前相変わらず攻撃魔術使えねーんだからな!」

 「あは、あははは」


 マリーは魔術の勉強をさぼっているわけでもない。

そりゃあ座学はクソミスッカスで目も当てられない程ひどいレベルではあるが。


 「今、ひどいこと考えているよね?そんな顔してるし……」


 半眼でマリーのことを見ているだけで、そんな顔をしている覚えはない。

それはさておき、魔術の実技に関してはマリーも真剣に取り組んでいた。

実際に同じ授業を受けている俺から見ても、不真面目という印象はない。

むしろ他の生徒より一生懸命に見えるのだ。

だというのに使えない。全くもって発動する兆しすら見えない。

これにはさすがのライラックも目頭を指で押さえつけていた。

 魔術は術者の精神的な影響を受ける部分もあると聞く。

気分の上下によって魔術の効果の幅も変わってくるのだ。

それは大抵が些細なものであったりするのだが。

極端な話、魔術が使えなくなる……ここでいえば攻撃魔術だけが使えなくなる、ということもありうるのではないだろうか。


 「どうしたの、あたしの顔をじっと見詰めて。……はっ!?昼ごはんの食べかすが口についてる!?

  おっかしいな……いつもキーラに頼んでチェックしてもらってるのに……」


 と言いつつ口をまさぐっているマリー。

そんなことをしてやってるキーラには同情するほかない。

 ……こんな能天気なマリーにもあの噂のように、何かしらのしがらみがある。

それが原因になっているかまではわからない。

決闘の日は今日から数えて三日。

マリーの魔術が使えない問題に関して、それまでに片付くとは思えない。

だが心には留めておくことにしよう。後で大図書館で調べてみるのもいいだろう。

 当面の問題はやはりマリーの戦闘能力のなさだ。

決闘では二対二で戦う以外に特に際立ったルールはなかった。

以下が書面に記されていたルールだ。


 一、二対二で戦うこと。

 二、魔術の等級は危険性の比較的少ない中級までであること。

 三、勝利条件は相手全ての気絶、または戦闘続行不能にすること。

 四、勝者は敗者に何でも一つだけ命令することが出来る。

 五、いかなる事柄が試合中起きても当人たちの問題とする。


 新人戦のルールに若干似ているが、あの時とは違いバンドなどという身を守るアイテムはない。

自分で魔術障壁を張って身を守らなければならない。

それに中級魔術までとはいえ、障壁がない状態で直撃すれば大怪我ではすまないかもしれない。

だからこそ、五のルールがあるのだろう。つまりは、死んだりしても自己責任、ということだ。

この五のルールに関してだけは、決闘の際にはいつも記されているものみたいだった。

なるほど、決闘がそう簡単に起きないわけだ……。


 「攻撃魔術を使えないのは仕方ないとして、またシルフィードについてもらうしかねーのか……」

 『任せるのですよ!はぐはぐ。マリーは、はぐ、私が守ってあげりゅのです!』

 「あれ!?なんか頭の上からおかしのくずが降ってきた!?いつもの夢かな?」


 マリーの頭の上にはいつの間にかシルフィードが座り込んでいて、俺がこれまた買い置きしていたおかしを食っていた。

喋りながらおかしを食っているものだから、ぽろぽろとくずがマリーの目の前に落ちてきているわけだ。

まぁあれはこいつ用に買ってきていたから別にいいんだが、場所を考えろ場所を。

 食い意地が張っている者同士、相性はいいのかもしれんが、果たしてシルフィードを人数に数えるのかどうか……。

それとこれに関してもちょっと考えるべきだろうな。

俺は耳につけている吸生のイヤリングを指でさすった。

今朝方、鏡でイヤリングを見た所、少しだけ色が変化していた。黒色が本当にうすーくだが白くなっていたのだ。

新人戦での経験が役に立ったということだろうか?


 「…………」


 目の前でおかしの雨が降っていることに動揺しながら、ちょっと嬉しそうにしているマリーを見ながら思う。

クロイツとの戦いは戦う前から勝機があると思っていた。

アルトロンという予想だにしない相手が現れなければ、おそらくそのまま勝っていただろう。

 だが、今度の相手はプリムラである。

情報戦が命だと思っている俺は決闘を申し込まれたその日から、プリムラに関する情報を集めていた。

出てきた情報はどれもプリムラを称えるものばかりだった。

曰く、学校内ランキング一位の実力者。

曰く、生徒同士の模擬戦では負け知らず。

曰く、実戦経験も豊富で騎士団に仮入団している。

 プリムラの過去を知る俺としては信じがたいものばかりだった。

しかしそれは紛れもなくプリムラ・ローズブライドという人物を指し示していることに他ならない。

明らかに強者である相手に対して、このイヤリングをつけたままで勝算はあるのか。

それにプリムラの相方であるリラという女生徒も相当に強いという話だった。

個人戦ならまだしも、多対多の戦闘に慣れていない俺ではかなり分が悪い。


 「ッチ。また会いに行くのは癪だが、行くしかねーか……」


 思わず独り言を呟いた俺に、二人して何何?と顔を向けるのはやめろ。

憂鬱な感情になりながらも、俺は爺……グリエントの校長であるあの野郎に会いに行くことに決めていた。

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