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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第七十四話 燃え上がる嫉妬

 逢う魔が時、という言葉がある。

夕暮れ時の薄暗さにはあやふやなものが潜んでいるという。例えばそれは妖怪や幽霊、悪魔。

日が落ちる寸前の不吉な時間には化け物共が現れるという。

 俺にとっても夕暮れというものにはいい思い出がない。

特に学校という場所では人間の汚らしさを見せられていたからだ。

弱者をいたぶることに快感を覚える、人という名の化け物が現れていたから。


 あるいは、俺もその仲間になってしまったのかもしれない。

強い憎しみに囚われた復讐鬼。その感情の矛先を、俺はいつだって求めていた。

 毎日通うことになった教室。

段々と慣れ親しんできたこの風景の中で、俺は人の首を鷲掴みにして吊り上げていた。

ぎりぎりと指が肉に食い込む感触が伝わってくる。

片手だけで持ち上げているというのに、俺は少しも苦じゃなかった。

魔力による身体強化のブーストのおかげだった。例え大人であっても軽々と持ち上げていただろう。


 「っぐ。……がぁ!」


 苦しそうな声が耳に聞こえる。それは当然だ。きっとろくに息も出来ていない。

目の端にうっすらと涙を浮かばせて、口からはみっともなく涎を垂れ流していた。

壁に背中を叩きつけたから後ろに逃げ場もない。

もとより俺は逃がすつもりはなかった。


 「さっき……言ったことは本当か?」


 平坦な声で訊ねる。心の中は荒れ狂いそうだったからせめて表面上は冷静さを保っていたかった。

でないと、今すぐにでもこの手に力を込めてこいつの人生を終わらせたくなってしまうから。

歯止めを掛けたのは、なけなしの自制心と俺の片手にすがり付いているシルフィードだった。

自制心はやっと手に入れた情報源だ、と叫んでいる。

心の中に伝わってくるシルフィードの感情は、そんなことをしてはいけない、と訴えている。


 「……ック。クク……」


 両者に板ばさみにされて危うい所で踏みとどまっていた俺に、こともあろうにこいつは笑った。

首を掴まれて命を俺に握られているといっても過言ではないというのに。

どろりとした濁った瞳で俺を笑いながら見詰めていた。

 何処かで見た瞳だと心の片隅で思いながら、俺はこいつ……レギオンの一員だというこいつを見上げていた。

レギオン。それはあの能面の男が属するという集団の名前だった。

こいつがしたことはまさしくあの外道がしそうなことばかりだと思う一方で、何処か引っ掛かりを覚える。

その違和感を取り除くかのように、俺はここ数日の間で起きたことを思い出していた……。






 「飽きもせずにくる……」


 廊下の角に隠れながら、俺は遠ざかっていく赤髪の後姿を見送っていた。

あの調子だとまた俺を探しているのだろう。

しつこい所の話ではない。すでに辟易しているといってもいい。

一緒に隠れていたシルフィードは彼女の背中を見ながら心配そうにしていた。

 ミライの死を告げた数日の間、プリムラはその姿さえ見せなかった。

よほどショックだったのだろう。

上級生の中でも目立った存在である彼女の話は、聞こうとしないでも聞こえてくる。

どうやら久しぶりに登校したというのに、次の日には体調を崩して休んでしまったらしい。

理由は言わずもがなだろう。それについて何か思う所はないでもないが、俺にはどうすることも出来ない。

自分で立ち直ってもらうしかないのだから。

 そう思っていた矢先のこと、プリムラはまた俺に会いに来るようになった。

あの日から三日と経っていない。もっと時間がかかると思っていただけに意外だった。

そしてプリムラはその驚きに拍車をかけるように、俺に何度もあることについて聞いてくるようになる。


 「どうしてミライは亡くなったんですの?ミコトは今まで何をしていたんですの?」


 ……正直な話をすれば、俺はプリムラに期待していたのかもしれない。

一時の友人関係だったとはいえ、俺のことを慮ってくれると心の何処かで思っていた。

あけすけに、心の傷を抉るように言葉の刃で切り刻むことなんてない、と。

 ミライがどうして死んでしまったのか、それを聞きたいという気持ちはわかる。

わかるけれど、言いたくなんてない。何故なら俺が殺したも同然なのだから。

俺のことを話そうとすれば、自ずとあの館で過ごした日々のことにも行き着く。

わざわざあのことについて口にしたいとは到底思えなかった。


 『プリムラは大丈夫なのです……?』

 「お前、プリムラのこと知ってたのか」

 『前に家にお泊りに来たことあったのですよ?それにたまにミライに付いて行って、お屋敷の方にお邪魔したこともあったのです。

  それよりも、何だかプリムラの様子が変で心配なのです』

 「……知ったことじゃねぇよそんなこと」


 他人の心は誰にもわからない、と言ったの誰であろう俺だ。

なるほど、確かにその通りだ。プリムラが今していることはわからないからこそ、言葉にして欲しいということなのだ。

俺が苛々するのも道理に合わない。

だけど、本当にほんの少しも伝わっていないのか?

 プリムラの子供の頃はいつも自分のペースを保っている女の子だった。

それでも他人の心の機微には疎くなかったと思う。

皆が落ち込みそうな時には変な言葉で勇気付けて、それを聞いた皆は思わず笑ってしまっていた。

プリムラはどうして笑われているのかわからずに困惑しながら、まぁ笑顔になったのならいいですわ、と偉そうに胸を張っていた。

 プリムラはあの時とは違う。あれから時はいくつも過ぎたのだから。

会わなかった間のことは俺だって知らない。どんな風に成長したのかもわからない。

その時間を埋めるには言葉を交わし、同じ時を再び刻むしかないのだろう。

 だからこそプリムラは過去のことを知りたがっているのかもしれない。

しかしそれは溝を深めるだけだということに気付いていない。

その時にはもう俺の中のもやっとしたものも消え去り、ただただ冷徹にプリムラの対処法を考えようとしていたのだった。




 物思いに耽ってろくに授業を聞いていなかった昼下がり、俺はマリーと二人で中庭の大きな木の下で座っていた。

俺はさっさとプリムラから逃げる為。マリーは未だに自分が教室を微妙な空気にしていると察している為。

プリムラはさすがに人の目を気にしているのか、あの話は人の目がある時はしなかった。

マリーはマリーで噂が消えるまではキーラとも離れて一人でいたいらしい。迷惑をかけたくないとか。

俺はそんなことは気にしないし、人目があるのならプリムラ避けにもなる。

寂しそうなマリーの背中を廊下で見つけた時は、そんなことを思いながら声をかけたのだった。


 「あー……清々する」

 「ミコト、演技、なくなっちゃってるよ」

 「っせー。ここならまぁ大丈夫だろ」


 校舎の影にある木の傍なので、日当たりもあまり良くなく人の出入りは少ない場所だった。

学校にいる間はずっといい人を演じようと思っていたのだが、最近のプリムラのしつこさに精神が磨耗していた。

すでに相手もしたくない俺だったが、シルフィードはどうやら違うらしい。

今も珍しく俺の傍を離れてプリムラのことを探しにいったぐらいだ。


 (何をあいつはそんなにプリムラのこと気にしているんだろうな……)


 首を小気味よく回して、嫌な事を忘れるかのように両腕を空に向かって思いっきり伸ばす。

片方の手首を持って引っ張り上げ、同じように逆側も。体がほぐれただけだというのに、心が軽くなった気がした。

そんな俺をマリーは苦笑しながら購買で買ってきたパンをがさごそと取り出していた。


 「んー……ん?マリー、何か少なくないか?パンの量」

 「えーと、まぁちょっとね」


 マリーを言葉を濁して曖昧に笑った。そっか、と俺は呟きながらなんとなく理由を察する。

ままならないことは俺だけじゃないんだな、とつい思ってしまう。

どうにかしてやりたいとは思う。マリーには借りがたくさんあるから。

最近のことで言えば新人戦のことだ。怖い思いをさせてしまった。

そのことを謝るのはまたとない機会か。それにかこつけて何か俺に出来ることでも聞くとしよう。

俺がそうして口を開く前に、校舎の角から来て欲しくなかった人の姿が目に入った。

そこにシルフィードの姿はなかった。どうやら探し人とは会えずじまいだったらしい。


 「ここにいたんですのね、ミコト」

 「……ッチ。しつこいなお前も」


 嬉しそうに駆け寄ってくるプリムラに、俺は辟易した態度を隠しもしなかった。

これは演技でもなんでもない本心からのものだった。

それでも、そんな態度の俺にプリムラは嫌な顔の一つもしない。

何がそんなに嬉しいのかわからない。俺には嫌がらせとしか思えなかった。

プリムラの顔を見たくなくて俺は顔を逸らせる。

そんなこと関係ないとでも言うように、プリムラはいきなり俺の手を取るのだった。


 「さぁ行きましょう。お話したいことがあるのですわ」

 「…………」

 「ちょ、ちょっと待ってください先輩」

 「……どなた?」


 俺がその手を思いのままに振り切る前に、マリーが制止の言葉をプリムラにかけた。

初めて自分の存在を目に入れたかのような態度に、マリーは怯む。

そして一度だけ俺に視線を移した。

これ以上迷惑をかけるわけにもいかない。俺はそういう意味で苦笑いを返したのだった。

それをどういう意味で捉えたのか……マリーは勢いよく立ち上がってプリムラに食って掛かった。


 「ミコト、嫌がってるじゃないですか!その手を離してやってくださいっ」

 「そんなことありませんわ。私たち、友達ですものね。ね、ミコト?」

 「……それは昔のことだろ」


 言い放ち、俺はプリムラの手を振り解いた。

振り解いた後のぽかん、とした彼女の顔がとても印象的だった。いたたまれなくなり、すぐに俺は視線を逸らした。

気まずい空気が流れると思うのも束の間、くすくすとした笑い声が頭の上から聞こえてくるのだった。


 「恥ずかしがっているんですのね。全く、貴方は昔から照れ屋さんでしたわね。懐かしいですわ」

 「は……?」

 「男の子らしいといえばらしいですわね。やっぱり大きくなって見た目はミライにそっくりになっても、ミコトはミコトですわね」

 「お前!!」


 その名をここで口にするな!!

そう大声で叫びたかった。マリーがいるこの場所で口にしていい言葉ではないから。

プリムラを怒りの視線で睨みつける。踏み荒らしていい領域では最早ない。

俺が決定的な一言を口走るより先駆けて、マリーが口を開いたのだった。


 「ずっと見ていたけど……やっぱり、先輩、おかしい。……先輩がミコトに執着する理由って何ですか?」

 「おかしい……私が?執着する理由ですって?」


 その時、空気がまた変わったような気がした。

冷たくマリーを見下げているプリムラの瞳が何よりそれを物語っていた。


 「貴方……何者ですの?ミコトと同じクラスメイトですわよね。……たまに一緒にいるのも見かけましたわ。

  楽しそうにお話している姿も。それに今、ミコトは皆の前とは違った話し方をしていますわ。

  私と二人きりの時と同じ……。どういうことですの?何故、どうして?」

 「先輩、落ち着いてください」

 「…………妬ましいですわ」

 「え?」


 小さく呟いた声は俺にもよく聞こえなかった。

情緒不安定としか言えないプリムラの反応に、俺のさっきまでの怒りも鎮火し始めていた。

シルフィードの心配していたことはこのことだったのだろうか。

それはわからないが、これ以上プリムラを刺激するのはまずいのはわかる。

 俺が間に入ろうとする直前に、プリムラはいきなり自分の記章を取り外した。

そして、勢いよくマリーに投げつけてからこう告げるのだった。


 「私、プリムラ・ローズブライドは貴方に決闘を申し込みますわ」

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