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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第七十三話 全ては過去

 グリエント魔術学校には生徒たちに開放されている屋上がある。

休み時間に足を運ぶには移動の時間も相まってあまり利用されていないが、昼休みとなるとたちまち人気スポットになる。

屋上からの眺めは良く、広々とした空間も確保されている。

おまけにベンチが備え付けられているので、お昼ご飯をここで食べようとする生徒が結構いるのだ。

そんな屋上の隅っこ。あまり人気がなく、他の人たちからも注目されにくい場所に俺は避難していた。


 予想外の再会はプリムラが正気に戻り、クライブ先生の存在に気付いた時にようやく終わりを迎えた。

まるっきり無視されていたクライブは通信簿片手にいじけていたのだが、凛としたプリムラの声で現実に戻された。

さっきとは雲泥の態度に別の意味で驚くクラスメイトたちと先生。

何事もなかったですよ、と言わんばかりにプリムラは綺麗なお辞儀をして「お見苦しい所を見せて失礼しましたわ」と言いながら立ち去っていった。

あまりの呆気なさにまたもやぽかーんとする一同だったが、俺はプリムラの耳が赤くなっていたのを見逃さなかった。

切り替えきれていない所に残念さが滲み出て、やはりプリムラだ、と改めて確信する俺だった。

 しかし何故。どうして今この時に?

疑問は尽きることはないがここで問いただすわけにはいかない。いや、それ以前の問題でもある。

この場だけではなく、俺はプリムラと関わることをよしとしない。

今更の話なのだ。今更、昔の知り合いが現れたといって何を信じられる。

結論はすでに出てしまっている。

 そんな俺にプリムラは教室のドアから去る間際、一瞬だけこちらに名残惜しそうな視線を向けたのがいやに気になった。

よくないことが起こる、そんな予感がヒシヒシとしたのだ。


 「予感が的中したな……」


 俺は昼飯すら食べられずここまで逃げてきていた。誰から?プリムラからに決まっている。

休み時間の度に猛プッシュしてくるプリムラのことを思い出して、ついため息をついた。

誰も傍にいないから遠慮なく脱力している真っ最中だった。


 「プリムラ、か」


 思わず俺は苦い顔をしてしまう。

だってプリムラはあの頃の彼女となんら変わりなく俺と接してくるのだから。

外野のことなんて眼中にないかのように、空いた時間を縫って俺に会いに来る。

親しげな顔で、懐かしそうな顔で、喜びの表情で。

今までどうしていただとか、ずいぶん大きくなっただとか……ミライによく似てきただとか。

俺が閉ざしていた記憶をいやでも刺激するのだ。彼女の傍にいるだけで俺は苛立ちが止まらなかった。


 「人違いです、と言うわけにもいかんよな」


 そんな機会はとうに過ぎている。

言ったとしても信じるとは思えないが、相手が納得しなくてもそれで押し通すことは出来たのだ。

昔の知り合いに会ったのなら、そんな強引な手段で切り抜けようと思っていた。

あんな風に出会わなければもっとやりようがあったのに。

 早速学校では俺とプリムラのことが噂になっているらしい。

感動の二人の再会、だとか。くだらない。俺は皮肉な笑みを浮かべる。

これはけして美談なんかじゃない。そんなものくそくらえだ。

いつもなら俺関係の噂なんてどんなものだろうと軽く流せたのだが、何故かプリムラ絡みの噂だけはもやもやとしたものが胸に残った。

 腹が減っているから多少のことで気にするのかもしれない。

いつもは学食で済ませていたのだが、あんなわかりやすい所にいたらすぐに見つかっていただろう。

中庭で楽しそうに弁当箱を広げている生徒たちを俺は舌打ちしながら見下ろしていた。


 「せめてパンぐらい買っておくべきだったか」

 「はい。どうぞですわ」

 「おぉ。サンキュー……って!お前!?」


 いつの間にか俺の傍に立って、プリムラは紙包みに包まれているパンを俺に向かって差し出していた。

いくら周辺に注意を向けていなかったとはいえ、ここまで簡単に接近されたのはアリエス以外初めてだった。

反射的に距離を空けた俺をプリムラはきょとんとした顔で眺めている。


 「どうしたんですの、ミコト?」

 「……どうして俺がここにいるってわかった?」


 質問に別の質問を返した俺のことを気にすることなく、プリムラはなんとなくいそうだと思いましたの、と答えた。

なんとなく……感、ってことか?

とても信じられる答えではなかったが、嘘をついている様子も特にない。

俺がここを逃げ場所に選んだのは、人気の中にある死角ならなかなか見つからないと思ったからだ。

へたに空き教室とかに隠れるよりは見つかりにくいと思っていたのだが、こうも簡単に見つかってしまうとは。


 「それでこれ、いりませんの?」

 「……いらない」

 「そう。じゃあ、ここに座ってお話ししましょう」


 言うが早いかプリムラは淑女にあるまじき行動をとる。何も敷いていない地面にぺたん、と座ったのだ。

ベンチがあるのだからそっちへ行けばいいのに。無論、それで俺がついていく謂れはないが。

何も言わずに俺が立ち尽くしていると、プリムラはしばらくそんな俺を無言で見上げていた。


 (何をやっているんだ俺は……。さっさと立ち去ればいいじゃねぇか)


 もやもやがまた胸に募っていた。プリムラに対する答えはもう出ているのに、足はなかなか動こうとはしない。

彼女の視線にまるで魔力でもあるかのようだった。

あまりに、そうあまりにもプリムラの視線はまっすぐ過ぎた。

それが何も知らなかった頃の自分を求められているようで……もう俺は以前の俺とは違うのに。

 プリムラから視線を切って、ようやく俺の体が動きだした。

もうここにはいたくない。何を言われるかわかったものじゃないから。

無言で踵を返した俺の背中にプリムラの声が呼び止める。あぁ、また。そのまま無視すればよかったのに。

背中越しの声はとても懐かしそうに昔話を語る。


 「ミコトは何だか雰囲気が変わりましたわね。昔はもっと捻くれてて、いじわるな子でしたわ。

  よく私のことをからかっていたの覚えてますわ。当時の私の言動や行動がずれていたのは今でなら納得できるのですが、それでもひどいですわ」

 「……そんな昔のこと、覚えてないな」

 「嘘ですわ。私が魔術の練習をしている時なんていつも「お前の詠唱している格好、変だ」って笑ってましたわ!

  形から入るのが大切だって教えてもらって、純真で素直な私はその通りにしただけでしたのに。……まぁ、魔術は結局うまく出来ませんでしたけど」

 「……そんなことがあったかもな」

 「初めてミコトの家にお泊りしたこともありましたわね。あの時は興奮してなかなか寝付けませんでしたわ。

  夜遅くまで起きていたのも初めてで、小さなベッドの中で自分以外と一緒に寝たのも初めてでしたわ」

 「…………」


 その思い出には……。


 「寄り添って寝るのがまた楽しくて、狭いけれど暖かくて、何故だか小さな声で話していましたわね。

  内緒の話をしているようで笑顔になるのが止められませんでしたわ。本当に楽しかった」

 「…………」

 「一緒に勉強したことだって何度もありましたわ。

  私が知らない事、私が教えようとしていた所をミコトが最初から知っていたりして、すごく腹が立ったのも覚えていますわ。

  ……理不尽な話ですわね?でも子供心ながら対等な関係でいたかったから、何でも一緒がよかったのですわ」


 俺とプリムラの思い出には……。


 「……私たちが仲良くなったきっかけはスラム街から助けてもらった時でしたわね。

  今でこそ言えますが、あの時は本当に怖い思いをしましたわ。ミコトの前から逃げ出して、何も考えずに走り出して、いつのまにか迷子になって。

  知らない土地に一人で取り残されて、挙句に悪い人たちに捕まってしまって……このまま私はどうなってしまうのかと不安で一杯でしたわ」

 「…………」

 「そんな時に貴方が助けてくれましたわね。本当に嬉しかったですわ。私のことを探しにきてくれて……どこにいるかもわかってなかったのに。

  あの広い街の中からたった一人の私を見つけてくれた貴方に、私は……いえ、これは今言うべきことではないですわね。

  ミコト。スラム街から助けてもらった後のことも覚えてますわね?」

 「……あぁ」


 否定することなんて俺には出来ない。

それは俺にとっても大切な思い出でもあるから。例えそれを思い浮かべるだけでも胸に鋭い痛みが走るものであったとしても。

 そう、俺たちの思い出には欠かせない人物が一人いる。

俺たちの魔術の先生で、プリムラが泊まりに来た夜は大人気なく一緒にベッドに潜り込んではしゃいでいた。

俺たちがいなくなった時など街中を駆け巡って探してくれた。内心、どれだけ俺たちのことを心配していただろうか。

 子供っぽくて無邪気で、だけれど俺なんかよりずっと大人の優しい人。

暖かかった。本当に暖かな人だった。

俺には過ぎるほどの深い愛情を注いでくれた大切な人。

 ずきん、と胸が痛む。思わず俺は制服の上から心臓の部分を押さえた。

いつもならその人の名を思い出すぐらいならなんともなかった。

だけれどこの時ようやく、それがただ無理をして抑えていただけだったと気付いた。

自分の中であまりに大きくなってしまっていたから、だから失ったつらさに耐えられない。

耳を塞ぎたかった。プリムラの次の言葉を想像できたから。


 「ミライは……何処にいますの?」


 すーっと自分の中が冷たくなっていくのを感じる。

それは自動的だった。自分の心を守ろうとするが故に心を殺していく。

在りし日の思い出をその時に感じた感情すらも一緒に。

だから俺は自分でも驚くほど冷静にその事実をプリムラに伝えることが出来た。


 「ミライは死んだよ」


 後ろで息を呑む音が聞こえた。そんな、まさか……という呟きにも満たないかすれ声も風に乗って俺の耳に届いた。

きっとプリムラは何かあったかもしれない、と想像はしていただろう。

勿論、最悪な事態だって頭の中で過ぎっていたはずだ。

それでも認めたくない事実だったはずだ。こうして直面して絶句していることからもそれは明らかだった。

 俺はプリムラを慰めることなく、その場を立ち去った。

一つその場から抜け出してしまえば、屋上は活気に満ちていた。

まだ昼も半ばが過ぎた頃だ。生徒たちは楽しそうに昼休みを過ごしていた。

俺はその合間をくぐりながら歩いた。中には俺の存在に気付いた生徒もいたが無視を決め込む。

きっと今の俺の顔を見れば、今まで抱いていた印象など吹き飛んでしまうだろう。

表情さえも殺した俺の顔はきっと不気味に見えるに違いない。

 ぎぃぃ、と古めかしい音を立てる扉を開けて屋上から出た。

相変わらず屋上からは生徒たちの楽しそうな話し声がここからでも聞こえていた。

騒ぐ声を後ろにしながら階段を下っていく。

あれほど熱心に俺の元へと来ていたプリムラが、その日、俺のことを追いかけてくることは二度となかった。

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