第十二話 Call me
ローズブライド家へ初めて行った日から三日後。
俺はまたこの華々しい街中をミライと二人歩いていた。
相変わらず道中は注目を浴びているような気がするが、威嚇はしないようになった。
なんだか逆に騒がれているような気がするのだ。バカにして挑発しているのか、たまに手を振ってくる女がいるが我慢する。
ふん、俺が魔術をちゃんと使えるようになったら覚えていろよ。地獄見せてやるぜ!
そんなことを思いつつ、目的地の家の門前まで来るといつものようにプリムラが座って待っていた。
貴族のお嬢様なんだから出迎えなくていいし、座って待っているなど叱責モンだと思うのだが、当の本人は気にもしていない。
遠目から俺たちが来たのを見つけると、スカートの裾をはためかせこちらに走ってきた。
(お嬢様らしくないお嬢様だな……)
立ち振る舞いは確かに貴族らしさを感じさせるのだが、行動自体はどこにでもいるお転婆少女なのだからアンバランスだ。
まだ距離があるというのに、ここからでもわかるほど笑顔を振りまいて走っているプリムラを見て、俺は一つ嘆息した。
三日前のことを意識すると緊張してきたのだ。
(あー……そういや俺、このお嬢様のことどう呼べばいいかさえわかんねぇ)
初めてこのローズブライド家に訪れ、一緒に七時間ぐらい過ごした仲だと言うのに、俺は彼女の名前を呼んだ記憶がない。
呼びかける時も、あの、その、だった。
奥手男子かよ、とバカにしたくもなるが実際そうなのだから始末が悪い。
名前一つでこれなのだから、前途多難すぎるこれからに早くも挫折しかけていた。
「先生、ミコト!こんにちはっ」
「はーい。プリムラちゃんこんにちは~」
「……こんにちは」
風で少々乱れてしまった髪を手櫛で直しながら、出会い頭に元気よくプリムラは挨拶をしてきた。
ミライはののほんとマイペースに返し、俺は気まずそうに言葉を返す。
今日も赤いドレスで彼女はめかしこんでいる。よく見れば要所要所が前のドレスと少しだけ違うみたいだ。
今日のはどうもリボンが大目らしい。ちょっとプリムラにはミスマッチな感じがするが、似合っていないわけではない。
しかし、改めて対峙すると、更にどうしたらいいかわからねぇぇぇぇぇぇーーーーー!!
この前は急展開だったから対応に追われて何も考えず流され続けたが、余裕があると色々と考えちまう。
俺は真っ直ぐプリムラを見ることさえ出来なくて、地面に視線が縫い付けられてしまった。
「……ミコト、こんにちは!」
「……?こ、こんにちは」
な、なんだ。今なんでまた挨拶してきた??
俺がテンパっている間になんか会話が進んでいたのか?おあー。全然聞いてなかったぁぁぁ。
「ミコトっ。こんにちは!!」
「こ、こんにちは?」
え、マジで何なの。このお嬢様、挨拶繰り返してくるんだけど。
俺は器用に目線を外しつつ視線の端でプリムラを見ると、腰に両手を当ててなんだか不機嫌な顔をしている。
「ミコトっ!こんにちは!ミコトっっ!!」
「!?」
何か回文みたいになってきた!意味がわからなくてこええー。
思わず狂ったように同じ言葉を繰り返すインコを思い浮かべてしまった。
ヤツらはヘタしたら一時間以上壊れたレコーダーみたいに延々と喋りだすからな……。
そんな失礼な妄想を浮かべている場合じゃないのはわかっているんだが、一体これはどういうことだろうか。
妙に名前を強調しているが……。
あー。
んー。
これって、もしかして俺に名前を呼べって暗に言ってるのか?
勘違いだった凄まじく恥ずかしい事態になりそうだが、このままプリムラをインコ状態にしておくわけにもいくまい。
つーても、呼び方、どうすりゃいいんだ。
苗字のローズブライド?いやそれはあまりに他人行儀だろう。
赤の他人ならそれで正解だろうが、俺も鈍感ではない。
プリムラが俺に対して少なからずの好意を寄せてくれているのはわかっている。
ならば愛称?それはさすがに難易度が高すぎやしないだろうか。愛称なんてつけたこともない。
名前で呼ぶにしても……って、えぇい!うじうじした考えはもう止めだ!
俺は覚悟を決めると、俯いていた顔を上げて堂々と目の前に立つプリムラを見つめた。
突然顔を上げた俺に驚いたのか、プリムラは切れ長の瞳を見開かせ体をのけぞらせた。
そんな表情をすると案外顔立ちが幼く見えることにおかしくなって、緊張も少しだけなくなった。
「ミコト……?」
「プリムラ!こんにちはっ!」
声を掛けてきたプリムラに俺は続く言葉を最後まで言わせず、ようやく彼女の名前を呼び捨てにして挨拶を口に出来たのだった。
うああああああ。何だこれめっちゃ恥ずかしい!
ありえねぇ!色々とありえねぇ!
真正面に立つプリムラから視線を逸らさず、呼び捨てにして挨拶を交わすだけでなんだかもう死にそう。
精神的に死にそう……。
ニートで対人経験まったくない俺には難易度が高すぎる。高すぎたが、やり遂げたぞ!
これが勘違いだったらマジで死ぬけどね!
しかし、次に見せたプリムラの表情がそれが答えだと教えてくれる。
不思議そうな顔が一変して、満面の笑顔になる。
その如実な変化に俺は安心もしたが、更なる混沌とした気持ちになるとは思いもしなかった。
うああああああああああああ、なんじゃこりゃああああああ!!
激しくむず痒い!誰か、誰か助けてくれ!!
俺の救いの女神であるはずのミライは、そんな俺とプリムラの様子をただ黙って温かい眼差しをしながらのニコニコ笑顔していたと言う。
もんどりうちそうな俺がそのことに気づきもしなかったのは、幸せだったのか不幸だったのか。
それは誰にもわからないことだろう。
「今日は魔術の本格的な練習をしましょう!」
「はい!」
「……はい」
ぐったりと疲れた声で返事をしたのは俺である。
ミライが言った内容は本来ならとても魅力的なものだったが、精神的疲労により復活できていない。
もしも誰かが今の俺にアナライズをかけたのならば『状態…グロッキー』になっているだろう。
まぁそれはともかく、なんだろうなこのノリ。軽くね?
今からお遊戯始めましょうね~。
はーい。
みたいな幼稚園児のノリなんだが。
もっと、なんて言うか、こう、あるだろ。
なんかうまく説明できないけど、すごいコレジャナイ感があるんだよ!
そんな説明ができないもんにょり感に悶え苦しみ、またしても精神に持続ダメージを受ける俺を他所に話は次に進んでいた。
現在、俺たちがいる場所は館のひろーーーーーーーい園庭の一箇所である。
その庭園は庭師がその技術を如何なく発揮しているのか、素人の俺が見た限りでもすごい。
中央の噴水場を軸として四方に分かれた四つの区間は互いにシンメトリーを保ち、一体感が半端ない。
美しい統一感に圧倒されがちだが、要所にある色とりどりの花たちが心に癒しを与える。
おそらく花言葉も考えての配置もしているだろうが、あいにく俺は詳しくない。
そして庭園の後ろ側に威風堂々としたあの館が存在していた。
時間があればあの館から俯瞰して鑑賞するのも面白いかもしれない。
そんな庭園の端。木や花、垣根があまりない広場のような場所が今日の教室のようだった。
青空教室だなこれ。
まぁさすがに魔術を使うのなら、室内でやるには危険があるのだろう。
火の気がある魔術だとここも危ないが、そこらへんは配慮しているはずだ。
「でも、ぷ、プリムラ……と僕って授業の進み方とか違うんじゃないの?」
名前を呼ぶのに慣れていないのはご愛嬌とさせてくれ。
「その点はだいじょーぶ!プリムラちゃん、まだ魔術使えないから!」
「先生!それは言わない約束でしょう!?」
顔を真っ赤にしてミライに食って掛かるプリムラだが、ミライは器用にひょいひょいと避けている。
あれ風魔法使ってるよな……そこまで運動が出来るとは言えないミライにしては少々異常だ。
何より俺の目にはまたあの歪みが映っていた。
ミライの体を支えるように歪みはちょこまかと移動し続けている。
あれだけ動いていたら精霊が大変そうだ。歪み自体が小さいし、以前家に現れたいたずら精霊かもしれない。
あの精霊も動きが機敏だったし、大きさも同じくらいだ。
「はぁはぁ……ど、どうして捕まりませんの。そんなに運動神経良さそうに見えませんのに」
何気に失礼なことを呟きながらプリムラは俺の傍まで帰ってきて、肩で息をしていた。
それでも地べたに座り込まないのは育ちのよさの表れか。
結構長い時間追いかけっこしていたからな。庭園が広いだけにどこまでだって逃げられるし。
追いかけられていた側はどうやら余裕そうだ。特に疲れた様子もない。
なるほど、やっぱり魔法は便利だな。
これから学ぶ魔術もこんなに便利だといいんだが。
俺はプリムラにお疲れさんと声を掛けるべきか悩みながら、そんなことを思っていた。
魔術の練習まで話進めようと思っていたら、全然足りなかった。
ということで次の話は結構更新はやいかもしれません。
ようやくちょっとミコトのチートっぽさがでるかな。