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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第六十六話 森羅万象

 音もなくテーブルの上に置かれたカップを目の前に、俺は静かにソファーに座っていた。

それを置いた人物は一言も喋らず、用が済んだや否やこの部屋からすぐに退出していった。

眼鏡の裏に隠されたその表情は、最初にこの部屋に訪れた時と変わらず冷ややかだった。

 カップの中身は暖かいお茶だろうか。湯気が立ち、鼻に掠める匂いは芳しい。

少しだけリラックスした気持ちになりながらも、俺は手をつけることはなかった。

反対に対面に座っている爺、シェイム・フリードリヒはゆったりとその味と匂いを楽しんでいるようだ。

……クロイツとの試合が終わった後の二日後、俺はこうして校長室に呼び出されているのだった。


 「うーむ。相変わらずライズの淹れる茶は格別じゃのぅ。後は笑顔でも一つ茶の付け合せとして貰えると最高なんじゃがのー」

 「……」

 「そうは思わんか、ミコト」

 「俺は退学か」

 「ほ?」


 カップを片手にしたまま爺は不思議そうな目で俺を見ていた。

俺が呼び出される原因は十中八九あの試合絡みでしかないからだ。

好き勝手に暴れ回った責任をとれということだろう。

退学以上の罰があったとしてもおかしくはない。むしろそれが普通だろう。


 「何か勘違いをしているようじゃ。わしがお主を呼んだのはそんなつまらんことじゃないのぅ」

 「あれだけのことをしたのにお咎めなし、だと?」

 「ほっほっ。確かに新人戦にしては些かやんちゃが過ぎるかの?」


 やんちゃ、という一言で済まされていいものだろうか。

少なくとも命の危険性は十分にあったのだ。ほんの少し間違いがあったなら、誰かが死んでいただろう。


 「やんちゃ、じゃよ。わしがあの場にいる限りそれで済むのじゃ」

 「…………まさかあの時に感じた異常な魔力は」


 それはマリーとシルフィードを風の障壁ごと闇の力で包み、そのまま消し去ろうとした時のこと。

あるいは黒槍の投擲を受けて無事だったクロイツのこと。

全部が全部、爺が助けていた……?一切の己の関与を悟らせずに?

 俺の瞳には魔力の流れが読み取れる。その目をもってしても外部からの干渉があったとは気付かなかった。

それこそ唐突に黒い繭が割れてマリーたちは助かり、いつの間にかクロイツは無傷なままにあの場にいたのだ。

ぞくり、と背中に悪寒が走る。

得体の知れない何かをこの爺に感じてしまったから。

その時初めて、俺は目の前の人物がただの食えない爺ではないことに気付かされたのだった。

俺の胸中のことなんて知りもせずに、爺は口早に喋りだした。


 「それにクロイツと言ったかの。相手も相手じゃ。まさか精霊をぶつけてくるとはのー。

  ミコトにはあの娘がついておるから大丈夫かの?って思っておったら、バンバンと高等魔術を無詠唱で使いおるからの!

  あれにはわしもびっくり仰天。急いで対応に走ったものじゃ。いやー老体にはしんどかったのー」

 「…………」

 「浮かない顔をしておるの?わしが手を出したことを怒っておるのかの?

  それとも……自分に罰を与えられないのが納得いかないのかの?」

 「っ!!」


 ばっ、と顔を上げた時には爺の顔はカップの向こう側に隠れていた。

喉を鳴らして茶を飲む爺に歯軋りを立てながら、そんなことはない、と自分の中で否定する。

進んで罰を受けようとしていただと?清廉潔白な奴じゃあるまいし、受けないでいいならそれに越したことはない。

舌打ちをし、俺は顔を横に向けてから喋った。


 「ただより高い物はない、というだろう。それだ」

 「言うのかの?あまり聞かない言葉じゃが」

 「だからおいしい話の裏には厄介事があるだろってことだ」

 「ふぅむ?つまり罰がない、ということは何か代わりのことをやらされるかもしれない、と思ってるのかの?」

 「そういうことだ」

 「難儀よなぁ。本当にこれといって何もないんじゃよ。信じてくれんかの?」

 「信じるわけがない」


 ばっさりと断ち切ると、爺は困った顔をしながら苦笑いをした。

信用されておらんの、と独りごちている爺を無視して、まだ本題に入ってすらいないことに気付く。

ではここに呼び出された理由は一体なんなのか。


 「じゃあなんで俺を呼びつけたんだ?」

 「そう、それじゃよ。んもー、ミコトが話を逸らすからー」

 「物忘れが激しいクソ爺だな。隠居しろ。後、きもい」

 「ほっほっ。その罵倒はわしにとっての回復魔術じゃな!っと、そんなに睨むでない。ちゃんと話すからの」


 いつもの調子になってきた爺にストッパーという意味でも睨みを利かせると、ようやく話す気になったようだった。

ごほん、と話に区切りをつけるように咳払いをした爺は改めて顔をこちらに向けた。

いやに真剣な表情だった。白い髭を擦りながら出た言葉も神妙としていた。


 「わしがお主をここに呼んだ理由はミコトの中にある力のことじゃ」

 「……俺の力?」

 「そうじゃ。ミコトはあれから自分のステータスは見たかの?」


 俺は黙って首を振る。試合が終わった後、疲労が一気に圧し掛かったのかベッドに辿り着いた後はずっと眠り続けていた。

おかげでグリエントに来たのも一日ぶりである。

 そういえば登校した直後にハプニングもあった。

二日前の試合を見ていた生徒たちに健闘を称えられ、お祭り騒ぎの歓待をされたのだ。

緑の生徒たちからはよくやった!ぶちのめしてくれてすっきりした!と肩を叩かれ、上の学年の先輩たちからは早速熱い勧誘合戦が始まった程だ。

 あれだけの騒ぎを起こしてこの反応はおかしい……そう思って聞いてみた所、途中から試合の映像は途切れてしまったみたいだ。

正確に言うと俺が暴走をする直前には魔道具が突然故障したという話だった。たぶんこれも爺の差し金だ。

結果として試合は引き分けに終わった。

どの道、クロイツと戦う目的が達成できれば大会を辞退するつもりだったから、試合の結果そのものはどうでもいい。

 それはさておき、俺のステータス、だったか?

俺はもはや慣れた手順でステータスウィンドウを出現させた。

空中に浮かんで表示される数値は相変わらずで、特にレベルアップをしているわけでもない。

目を凝らしてみていても何もないみたいだが……。


 「……ん?」


 スキル欄の一部にちょっとした変化があったことに気付く。

俺は何気なくその文字に手を伸ばして触れると、これまでと同じように説明文がずらりと表示される。

それは今まで灰色の文字となっていて、触れたとしても反応すらなかったあるスキルのものだった。



 森羅万象

   アクティブ。継承スキル。

   発動することにより、あらゆる魔術適性を最高値にまで高める。

   発動時間に制限があり、一日に一度しか使用できない。



 「森羅万象。使えるようになっておるんじゃないかの」

 「……何故、お前がそんなことを知っている?」

 「安心せい。お主が寝ている間に調べたわけでもない。ただ知っていただけじゃよ」

 「知っていた、だと?それはどういう意味だ」


 爺はそっと飲みかけのカップをテーブルの上に降ろすと、ソファーから腰を上げて窓辺へと歩いていった。

そして窓に片手を当てながら、ぽつりぽつりと話し出した。


 「ある少女がおっての……。その少女は孤独じゃった。大きすぎる力をその身に宿すが故に独りぼっちじゃった。

  両親さえもその力を敬い、実の娘だというのに子供扱いすらしなかったのじゃ」

 「…………」


 唐突に話し出したのは俺に関係のない話のように思えた。

だが俺は口を挟むことができない。爺のその雰囲気と口ぶりが邪魔をすることを許さなかった。

俺は黙りながらも爺の背中をじっと見ていた。


 「そこに愛があったといえばあったのじゃろう。暖かさがあってぬくもりがあった。それは確かじゃ。

  疎外感を感じつつも少女は愛情に包まれておった。

  だから少女は成長を遂げたとしても、まっすぐに、純粋に育つことが出来た。

  周囲の人々からも特別な者として見られていたが、その屈託のない笑顔によって本来あったはずの垣根はとかされておった」


 親からの愛情、か。

俺が初めてそれを貰ったのはこの世界に転生してからだった。

ひねくれて腐っていた俺が息を吹き返したのは、間違いなく彼女のくれた贈り物のおかげだろう。

……もしも、地球に生きていた頃に父親から愛情を注がれていたのなら、俺も少女のようになれていただろうか。

俺は益体のないことを頭を振って追い出した。くだらない。そんなもの今更変えようなんてない。

苛立ちを感じつつも、俺は爺の話を耳に入れる。


 「少女はその特別な力によって自由に行き来することはできなかった。

  成長するにつれてどんどんその力を増してゆき、その力を見た人々の中から神聖視する者たちさえ現れ始めたからじゃな。

  狭い世界に閉じ込められた少女は、だが、それでも良かったんじゃそうじゃ。

  愛してくれる両親がいて、笑顔で暮らせる空間がそこにあって、不自由だけれど幸せな時間じゃったそうじゃ」


 爺の話し方に嫌な予感が過ぎった。どうしようもない結末が待っている。そんな気がしてならなかった。

いつの間にか俺は少女の行く末が気になり、話に没頭していたのだった。

中身が冷たくなった手付かずのカップを前にしながら、俺は爺の言葉に耳を傾け続けたのだった。

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